goo blog サービス終了のお知らせ 

かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

今日は散々でした。

2016-02-11 21:39:04 | 夢、易占
 日頃、運が無い、と思うことはまあ割りとあるんじゃないか、と思いますが、今日はその中でも特級に凶運に見舞われ、難儀しました。

 今日は朝から東京に出張で、午後には西部のとある大学に、世話になっている先生を訪ねての移動でした。朝から見事な青空の中、気持よく出発したまでは良かったのですが、色々とトラブルがあって東京に出るのに30分程余計に時間がかかりました。ある程度の時間の余裕は見込んで移動の計画を立てていましたので、このまま後はすんなり行けばさほどの遅れは無かったのですが、新宿に移動するため乗車した山手線が、原宿を前にして急停止、10分余りその場で停車したまま動かない、というアクシデントに見舞われました。いきなり急ブレーキでレールと車輪がこすれあう音が車内に響き、ひょっとしてこれは原宿駅でホームからヒトが落ちたりしたのか? と一瞬思ったのですが、実はそうではなく、停止の原因は、私の乗った車両のすぐ後ろのほうで急病人が出たとかで乗客の誰かが非常用のボタンを押したせいでした。それが間の悪いことに緊急停止時に車両点検をしなければならない区間での停止、との車掌のアナウンスで、運行を再開するには点検を済ませる必要があるとの事。その間じっと待つより他無く、ようやく新宿駅について中央線に乗った時には、当初の予定から40分以上の遅れになっていました。更に、訪問が久しぶりすぎて駅からの道を間違え、遠回りしてしまいました。更に困ったことに、持っていた鞄の取っ手が壊れ、肩掛けでしか使えない状態になってしまいました。

 今朝、旅立つ前の易占で出たのが、「雷火豊 上六」でした。その意は、「其の屋を豊にす、其の家に蔀す。其の戸を?(闚)うに、闃として其れ人なし。三歳にして観ず。凶。」 徳が無いまま上の位にいて人を人とも思わないために誰も付いて来ず、3年間は悲境に陥る、という、易の卦の中でも十指に入る大凶の卦でした。私自身滅多に見ない卦だったので何があるのかとこわごわものでしたが、結果は斯くの如く、ひどい目に遭いました。まあ身に及ぶような凶事という事もなく、思わぬ遅刻を先生に詫びて済んだだけ、この程度で良かったという見方もありますが、さすがにこれだけ立て続けに凶事に見舞われると恐れおののきます。
 これ以上凶運が続いてはたまりませんので、明日の仕事の件の卦を立ててみると、「地水師六十四」と出ました。「師左にやどる。咎無し」という卦で、戦いの時に安定した優位の地である左側に布陣できた。無理はしないように、という意味の卦です。つまり、まだ危険な戦場にいるが、とりあえず危地は脱し安全地帯に入った。といって油断や無理は禁物、ということなのでしょう。明日は分刻みで仕事をこなさなくてはなりませんし、歩く距離も相当なものになりそうなので、無理だけは避けるようにして、ゆるゆると行くと致しましょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昨日から夢見づいていますが、どうも解釈が別れて判断が難しいです。

2016-01-15 20:54:43 | 夢、易占
 今日も朝は氷点下となり、寒い一日となりました。特に夜に入ってからは底冷えする寒気が強いのか、ストーブを炊いているのですが中々暖かくなりません。こういう日は、とっとと布団をかぶって寝てしまうに限ります。

 寒くなってきて、重ね布団が重いせいなのか、妙に一昨夜、昨夜と夢を良く見ます。今朝未明は、短い夢を4つほど見ました。せっかくなので記録しておきましょう。

1つめ。
 近鉄吉野口駅(と夢の中で思い込んでいる)を降りて歩いています。町並みの様子は、JR五条駅を降りたところの旧紀州街道「新町通り」の鄙びた様子に似ています。通りにうどん屋が一件あり、そこに立ち寄りましたら、奈良県知事(と夢の中で思い込んでいる、現知事荒井正吾とは似ても似つかぬ人物)が居て、何かしゃべっていました。

2つめ。
 自分の部屋に居ます。雰囲気は、前の前の竹やぶの中の一軒家時代のようです。部屋に敷かれた布団の上にいましたら、左手をついた辺りにキラキラ輝いている何かが見えます。なんだろう? と思っていましたら、上からポタり、と落ちてきて、そのキラキラが回りに軽く弾けました。水? ということは雨漏りしてるの? と天井を見上げますと、バンザイしたら手が届くほどに低くなっている天井の一面に、冬のガラス窓の結露のような水玉がびっしりとつき、そこからぽたぽたと水が落ちてきているようでした。これはタオルか何かで拭き取らないと布団がびしょ濡れになってしまう、とタオルを探しました。

3つめ。
 前の職場の近く(ふもと)のダムに、木製の橋がかかっています。橋の幅は車2台が並ぶ位あり、船の甲板のように、横向きに板がきっちり張られており、かなりしっかりした構造の橋です。ただし、欄干などは無く、転げるとそのままダム湖に落ちてしまいます。橋の真ん中で、知り合いのS社長がしゃがみ込み、床の真ん中にある20センチ角程の四角い凹み? を見ています。社長は笑いながら、落ちかけたわ、と言いながら橋の上流側の端に寄って身を乗り出し、半身になって橋板にしがみついて、どう落ちかけたのか、わざわざ改めて実演してみせました。

4つめ。
 私がPC机代わりに使っているこたつ(こたつ布団なし)の下から水道用のホースが出ており、次女がそこから部屋の中の布団などに水をまいていました。やめろ、と静止しましたが、娘は笑いながら水が出っぱなしのホースを振り回し、自分の胸元にホースを突っ込むなどして遊んでいます。これは水栓を締めるより無い、と観念した私は、確か栓は左下にあった、と思いながらその辺りを探しました。

1つめの夢は判りませんが、2と4は体調不良などを暗示するという解釈が多く、3つめのも、立派な橋は幸運の夢ですが、そこから落ちるのは不吉極まりないのだそうです。もっともこの場合は私は落ちておらず、社長も別に落ちたわけではないので少しばかり解釈が厄介ですが。水の方も、きれいな水だと幸運と解釈する例があるようで、これも正直な所よく判りません。私の場合、体調不良の際はかなりの確率で蜘蛛の巣か蜂やムカデの夢になり、あまりこのような水の夢を観た覚えがないのも、解釈に悩むところです。少し前まで確かに身体は不調でしたが、このところはマシになってきているように感じていました。それが単なる油断に過ぎなかったのか、あるいは確かに吉兆といえたのか、それはしばらく様子を見てみるよりなさそうです。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久しぶりの印象深い夢は、大荒れの一幕でした。

2016-01-12 22:22:12 | 夢、易占
 昨夜は、印象深い夢を久しぶりに見ました。
 それは、竜巻と雷の夢です。私は今務めている職場にいます。別棟の、いつも仕事をしている建物に居て、普段出入りしている勝手口の方から外を眺めていますと、右手前方20mくらいのところに細長い竜巻が立ち上がり、轟々と唸りを上げながら徐々にこちらに近づいてきます。高さはおよそ5~10m位でしょうか。こちらまで来るのだろうか、入り口や建物のガラスは無事だろうか? などと考えながらにじり寄る竜巻を見ておりました。視点が変わって、今度は正面玄関口にいて、そこから左手、車用のロータリーを挟んで本館の方を見ていますと、先ほどと同じような竜巻が吹き荒れています。なんとかそれを避けて本館の方に移動しようとしましたら、これから通ろうとした本館出入口前に、ちょうど腰辺りの高さに、地面を撫でるように水平に稲光が走り、雷の轟音が鳴り響きました。あのまま向かっていたらその雷に当たっていたに違いないと驚きながら、しばらく状況が落ち着くまでじっとしているのが良かろう、とそのまま外には出ずに建物の中で控えておりました。

 夢で竜巻を眺めるのは大きな試練が近づいてきていることやトラブルの発生を暗示するのだそうです。稲光は大きなチャンス、鋭い直感、予期せぬ変化を暗示する一方で、雷から逃げている場合は人間関係のトラブルに注意、なのだそうです。
 そう言えば今日の仕事、午前中にちょっとした連絡ミスによるトラブルがあり、危うく4月以降の重要な仕事をひとつフイにしてしまいかねないトラブルに見舞われましたが、ひょっとしてそのことを暗示していたんでしょうか? それならとりあえずは明日以降心配をしなくて済むのですが、念のため卦を立ててみたら火水未済初六、「其の尾を濡らす、吝なり」なので、大凶は無いにしてもまだ警戒は必要なようです。今日のトラブルがまだ尾を引く可能性もありますね。桑原桑原です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

初夢はひょっとしたら今年の行く末を暗示する内容だったかもしれません。

2016-01-02 23:13:51 | 夢、易占
新年2日目。例年この日は枚方の実家に帰る日で、今日も朝からその予定で自宅を出発したまでは良かったのですが、何故か今日は朝からお腹の調子が悪く、この調子ではとても実家までは辿りつけないと判断し、途中で引き返しました。朝からトイレを我が部屋同然というような状態で過ごしましたが、ようやく峠を越えたか小休止の安定状態になったように見られたため、少し遅めでしたが家を出発しました。いつもなら車で行くところですが、今日は色々あって一人で行く上、正月の挨拶で父と盃を酌み交わすことにもなろうとも思い、電車を乗り継いで行くつもりで徒歩15分の駅まで歩いて向かいました。ところが、わずか5分も行かないうちに急激に腹具合が悪化、ちょうど地元スーパーの近くまで来たのでトイレを借りようと思ったのですが、普段なら営業しているはずが今日は正月休みで開いておらず、当然トイレも借りることが出来ませんでした。このまま駅まで行くのは到底無理でしたし、途中使えそうな公衆トイレのたぐいも思いつきませんでしたので、諦めて回れ右、することになったのでした。まあ体調不良は割と普段からあるのではありますが、正月2日から具合が悪くなったのはあまり記憶にありません。身体が冷えたのか、変なものを食べたのか、いわゆるお腹の風邪を引いたのか、原因は定かではありませんが、諦めてひがな一日、うたた寝しつつひたすら休養することになりました。

 さて、そんな体調の中ではありましたが、一応初夢を見て記憶にも留まりましたので、念のためそれを記録しておきましょう。
 私はとある駅のホームに立っています。夢のなかの認識としてはJR大阪駅なのですが、規模としてはその半分くらいだろうと思われる、割と大きめの駅です。長大な島型ホームがいくつも平行して並び、そのうちの一つの、やや前よりのところで、電車を待っています。行き先は北陸方面のようで、快速または各駅停車の普通に乗るつもりでいるようです。ホームの掲示板に表示された時刻を見ますと、電車の発車までには25分ほど時間がありました。両手に荷物を持っていたので面倒だなとは思いましたが、時間は十分ありますし、この後の長丁場を考慮すれば行ける時に行っておいたほうが良かろう、と判断し、ここでトイレに行っておくことにしました。トイレはそのホームにはなく、隣のホームに移動しなければなりません。ちょうど近くに連絡の地下道に降りる階段があったのでそれを降り、トイレや改札がある端のホームに移動しました。トイレの入り口はずいぶん広く、何人かのヒトが出入りしているのが見えます。中は明るく綺麗なトイレで、正面やや左手に、カーテンで遮られた個室が2つあります。
 と、いつの間にかトイレを出て元のホームを観た私は、既に目的の電車が入線しているのに気づきました。ホームを歩く客はまばらで、座席が埋まることはなさそうでしたが、電車が来ているなら乗ってしまおうと考えを改め、少し焦りを覚えるのを、時間はまだ十分にある、と自分に言い聞かせながら再び階段を降り、目的のホームに向かいました。

 ・・・、残念ながら「一富士二鷹三茄子」とは行きませんでしたが、駅の夢というのは運命の転換点とか新しい始まりとか、これまでとはなにか違う未来を暗示するそうなので、ひょっとしたら今年を象徴する内容なのかもしれません。今から既に判っている色々な動きもあるのはありますし、忙しいながらも楽しみも多い年になりそうだと予想しております。それを十全に楽しむためにも、体調管理はより一層意識していく必要があるでしょうね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寝不足でブログ更新をミスる位だったせいか、具体的な夢を見ました。

2015-11-15 20:49:17 | 夢、易占
 昨日はやたら眠い中、なんとかかんとか驚愕のフランス・テロ事件を触れるだけ触れて、即寝てしまったのですが、その際ちゃんとアップするのを忘れていたみたいで、さあ今日の分を書こうと開いてみたら、一昨日から更新されていない状況のトップが出て少しの間首を傾げておりました。そのままログインして新規投稿を開けてみると、バックアップされた昨日の投稿が出てきました。1晩経ってもデータを遺しておくブログの機能は、以前の一瞬の油断でデータがどこかに飛んでいってしまう時代を覚えている私としてはひたすら驚くばかりですが、おかげで昨夜アップロードしてなかったことが判りました。
 
 寝不足だった理由は主に天気が原因で、夜中、やたら突風が吹いて家のあちこちがうるさく鳴ったり、強い雨音が耳障りだったりしたせいですが、眠りが浅かったためか、久しぶりにかなりはっきりとした情景の夢を見ましたので、それを記録しておきましょう。


 ・・・鹿児島市の路線バスに乗っています。目的地はJRの鹿児島中央駅です。その路線バスの大きさが、電車のようになったりマイクロバスのようになったりしていますが、普通の路線バスだと認識しています。私は一番前の方に立っており、何故か鉄道の運転席のようにガラスやドアで隔離されたところに、バスの運転席があり、運転手がハンドルを操作しているのが見えます。その運転手が、どうも寝不足なのかうつらうつらしがちで、止まるべきバス停に止まらず通過してしまいました。私は思わず運転席の真後ろのガラスをトントンと叩いて運転手に注意を促しますが、その時こそ運転手は顔を上げますが、すぐにまたうつらうつらとうつむいてしまい、次のバス停もお婆さんら2,3人の乗客を置いて通りすぎてしまいました。
 バスは更に進んでいき、海岸線に出ました。すぐ左側に海が広がっており、漁船でも上げられるようになっているのか、見えている底がコンクリートで固められ、沖に向けて傾斜が付けられています。養殖場を兼ねているようで、一抱えはありそうな巨大なオマールエビ(まるでザリガニに見えるが)が数匹、時折蠢きながら活けられていました。更に膝立ちくらいのところに40センチ角位に切り込んだ溝があり、そこには貝やカニ、タコなどが出荷を待って無造作にまとめられていました。走っている道は細く、とてもバスなど通れそうにないくらいでしたが、特にひっかかることもなくスイスイと走っていきます。その様子に、いかにも鹿児島だなあ、と一人感心しながら、私もバスに乗っていました。
 目的地の駅まではあとバス停5つ分位のようです。それを確認したというのに、何故か私は間違えて次のバス停で降りてしまいました。降りる時に百円玉1枚と10円玉6枚を用意したものの、どこにそれを入れたら良いのか判らず、少しの間戸惑っていましたが、ようやく料金箱の効果を入れる所が効果の大きさに丸く空いているのを見つけ、運賃を払って下車しました。「博物館前」と書かれたそのバス停を降りると、目の前に何かの博物館(海の自然科学館、だったか?)があり、遊園地の入り口のような受付に入場料が大人1050円子供600円などと書いてあります。間違えて下車してしまったしちょっと興味をそそられ、入ろうかとも思ったのですが、見るとすぐ脇に線路が走っており、先の方に島型ホームが2ツ並んでいるのが見えました。まさかあれが中央駅だろうか? などと思ってしまいましたが、バス停でまだ5つも先ですし、それはなかろう、と考えました。列車は中々来ないだろうけれど、歩けば30分はかかり、来ればすぐに目的の駅につけるし、120か30円で行けるから、もう面倒だし鉄道で行こうか、などと考えつつ、駅に向かい歩き始めました。

 その2
 ・・・何故か知り合いのとある企業の社長と、山の方の墓地? にある社長の家のお墓参りについていくことに。社の大きめのワンボックスの助手席に乗り、70を越えた社長が運転席でハンドルを握っています。何故か車の後ろに、黄色いフェラーリが一台、まるでレッカー移動するみたいに前部をワンボックスのバンパー辺りに引っ掛かっており、そのまま車で山に向かって行きました。山に入ると道は急に舗装されていない土むき出しの状態となり、昨日の雨のせいで結構ぬかるんでいます。また、あちこちに人の頭ほどの石が露出していたりして、中々車で進むのが危なっかしい道です。そんな道を強引に進んで、右上に最近拓かれたと思しき霊園の駐車場が、妙に明るく見えて来たところで山道が少し左に広くなり、社長はそこで一旦車を止めました。すると、霊園の駐車場への入り口が見えたので、そちらの方に車を入れました。
 シーンが変わって、翌日、今度は私が運転をしています。乗っているのは、さっきワンボックスの後ろに付けられていた黄色いフェラーリです。目的地はさっきと同じ山の中の霊園で、今度は一人で走っています。やっぱり山の道は露出した土で、大きめの石がゴロゴロとしており、更に、半分くらいに割られたセメント・ブロックが道の真中に無造作に捨てられています。車高の高いワンボックスならともかく、基本、地を這うように車高が低いスポーツカーではとてもまともに走れそうにないのですが、何故かフェラーリはゴーカートのような大きさになったり、元の横幅が広くて平べったい形に戻ったりしながら、案外平気に山道を進んでいきます。後輪駆動で後ろが滑ったりしたら厄介だなと感じながら、昨日社長が一旦停止した左のやや広がったところに車を乗り入れて止まりました。

 ・・・図らずも、色々な乗り物に乗る夢ばかりでした。バスから降りるのは、何かの集団からの離脱、運転するのは、割りと良い感じの運命を示唆するようですが、さて、単にどこかに出かけたい、というだけのことなのかもしれません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昨夜の大雨と雷のためか、久々に鮮明な夢を見ることが出来ました。

2015-07-10 22:38:56 | 夢、易占
 昨夜は未明にものすごい雷と豪雨に見舞われたのですが、寝ぼけ眼に、雨音がすごいな、というのと、雷の音が、隣の家の雨戸を引く音のように聞こえて、この雨の中、しかも夜中に何をやっているんだろう? とボケたことをチラッと考えながら、即寝てしまいました。そのため、雷がすごかった、というのは、それで飛び起きた家人から朝に聞いた話だったりします。でも、それで少し眠りが浅くなったのか、久しぶりに極めて鮮明な夢を見ることが出来ました。

 私は、職場の同僚2人(一人はカラオケ仲間でもあるH君、もう一人はどうもよくわからない若い女性)と、海外のホテル(多分アメリカ)のロビーらしきところに居ます。昼時なので食事をしようという話になったのですが、私が何かに気を取られている間に二人が先に行き、ホテル内の喫茶店へ食事しに行ってしまいました。途中通りかかった、まるで大学の生協食堂のようなセルフサービスのレストランはまだ時間が若干早くて空いておらず、しょうがないので私も二人が入った喫茶店に進もうとして、ふと、自分が今日本円しか手元に持っていないことに気が付きました。ドルに両替するのをすっかり忘れたまま、こちらに来てしまったのです。私は食事も忘れ、H君に相談しながら悩んでおりましたが、そうだ、ATMならクレジットカードでとりあえず現地通貨を引き出せるじゃないか、と気が付き、交換レートとかちょっと悪いかもしれないけれどとにかく手元に現金がなければ、と、H君とATM探しをはじめました。入っていたホテルには何故か無く、しょうがないすぐに見つかるだろうと外に出て繁華街を歩いてみたのですが、探してみると意外なことに中々見つかりません。途中、通りから一つ入った向こうの方にちらっとATMの看板を見かけたのですが、随分遠回りになるのでスルーし、更に探すことしばし。H君がその先の通りを入ったところにようやくATMの看板を見つけてくれました。私が急いで寄ってみると、どうも入り口が見当たらず、しょうがなく、目の前にあった商店街の切れ目というか、板塀の一部が壊れて隙間ができたかのような狭い所から無理無理入ってみました。すると、そこはまるでゴミ集積場のような広場になっていました。ざっと中学校の校庭2ツ分くらいの広場ですが、ゴミや廃棄物のたぐいが雑然とあちこちに転がり、全体に汚い印象を受けます。肝心のATMは、正面約50m位奥の方にある、やや小高く盛り上がったところに10数台雑然と並んでおりました。ただ、辺りの廃墟感にマッチしているかのように、大半の機械は故障して動かず、まともに動いているのはわずか数台足らずのようで、それら可動機械には全て数人の男たちが屯していました。空いていればよかったのに、と残念に思いつつ、正面右側の1台に向かい、前の男が作業を終えるのをおとなしく待つことにしました。

 さて、ゴミに塗れるような状況は、何か現実にも色々抱え込んでいて整理が必要、というメッセージなのだとか。まあ多分に自覚される部分も無きにしもあらずですから、少しこの土日の休みで「整理」について考えてみると致しましょう。でも昼間はきっと暑いだろうから、多分グタグタになりそうです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ネット検索するだけで自分は賢いと錯覚してしまうという話、なるほどと身につまされました。

2015-04-02 21:46:21 | 夢、易占
 風邪はひと通り治ったと思われますが、まだ喉に痰が絡んでそれに刺激されて強い咳が続けざまに出ることがあり、その度にげっそりさせられます。副鼻腔炎も大体良くなってきましたが、まだ完治したとまでは言えず、今気を抜くとすぐにぶり返してきそうな不気味な感じです。まあ喉も鼻の周辺も痛みや重い感じがなくなっただけでもありがたいのですが、ここまで来たら少しでも早く完治して、気を使わなくても済む生活を取り戻したいです。

 ネットニュースで、ネット検索すると自分は賢いと錯覚する、というアメリカの研究者の話がありました。ある実験でネット検索するグループは、ネット検索で得た知識と自分の持つ知識とを混同し、自分の知識だけでは答えられない質問でも検索して答えを見つけると、「自分はその質問に答える能力がある」と考える傾向があったとのことです。更に正確な回答が見つからない難問で、結局答えられなかった時でも、自分の知識は十分にあると感じる傾向にあるという話でした。ネットでは、『自分が知っていること』と、『自分が知っていると思っていること』の線引きがあいまいになってしまう、という研究者の話ですが、さて、検索を多用する私なども当てはまるのか、ちょっと気になります。確かに子供に質問されてとっさに答えが出なかった時に、ささっとググって答えを見つけてドヤ顔で答える、なんてことは日常的にあるようにも思えますし、的確に答えを引き出す検索ワードの選択が大事だ、などと判ったようなことを並べながら悦に入っている自分が居る気がいたします。これらなど、明らかに自分は賢いと錯覚しているんじゃないか、と思い立ち、少々冷や汗をかきました。ただ、答えが得られなかったのに「賢い」と錯覚するのはどうでしょう? さすがに自分がそんな傲慢な質だとは思いたくないところですが。
 実際には、そうやって得た情報の真偽を判断する必要がありますし、その判断を行うためにはそれなりの知識や経験が必要で、その知識は過去から積み上げてきた自前の物しかありません。ですから、自分の専門分野なら大体真偽のほどは判断がつくもので、どこの誰とも知れぬ方がブログやホームページで書いていることは基本眉唾で見ることができるものです。問題はその専門分野だけでなく、もっと広範に「賢い」と錯覚しがちな事で、これについてはネット以前から常々自戒するようにしていますが、それでも簡単には矯正できない厄介な部分でも有ります。結局、自分が賢いなどと夢想うなかれと常に自戒して初めて少しはマシになれるのでしょうね。子どもたち相手に偉そうにするのを抑えるのは相当困難では有りますが。

 さて、昨日はほんの少しだけ記憶に残った夢があったので、久しぶりに記録しておきましょう。夢を観られるようになったという事自体回復を象徴しているような気もしますし。と言って覚えているのはほんの僅かですが。
・・・私は10人位の同僚と旅行、もしくは研修合宿に来ています。既に時間は夜の消灯時刻で、十畳敷位の部屋に、それぞれが布団を敷き並べ、寝る準備に入っています。私も眠くてしょうがないので自分の布団に横になったのですが、周りはまだざわざわと尽きぬ会話を楽しんでいるようで、うるさくてしょうがありません。と、その時、一番端の角に寝転んでいたS科長が突然大声で怒鳴りました。びっくりして皆がシーンと黙りこみ、私も半身を起こしてS科長を注目しますと、しばらくしてまた怒鳴り声で咆哮します。しかし、起き上がる様子もなく叫ぶ一瞬以外はじっと静かに既に寝入っている様子。どうやらあれは寝言のようです。私は、皆が静かになったのに満足して、時折吠え猛るS科長の叫びを聞き流しながら横になりました。

・・・ただこれだけの夢です。自分が怒鳴るのではなく、他人が怒鳴るのを夢で見た場合は、夢占い的には何かいいことが起こるらしいのですが、さていったい何が起きるのやら。楽しみではあります。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奈良県知事選始まりましたが、いつになく面白い選挙になりそうで楽しみです。

2015-03-26 23:29:44 | 夢、易占
 今日は、ある共同研究事業が今年度で終了するので、その打ち上げに奈良まで出かけてきました。3年間一緒に仕事した大学の先生や企業の方々と思い出話に花を咲かせながら、美味しい酒食を堪能してきました。さすがに酔いが回って危なっかしいですが、とりあえず夢の記録をメインにブログを書いておきましょう。

 今日の夢。
 ある大学のキャンパスにいます。かなり広い大学で、私はそこの学生か職員のようです。ある教室に所要があって移動する途中、広い階段があり、それを降りていきます。はじめは普通の階段でしたが、後数段というところで妙に階段の足の踏み場の幅が狭くなり、階段が急になって躓いて転けそうでこわごわと降りています。階段は一端広い踊り場に出て、また更に下っていきます。下からは、金髪碧眼の女性や黒人の男性など外国人の留学生と思しきヒトたちが談笑しながら上がってきます。私は彼らとすれ違いながら、階段を降りていきます。と、N科長が左からぽん、と現れ、並んで歩き始めました。少し離れたところにある自分の部屋の電気が、何故かつきっぱなしになっているため、誰かが侵入して悪さしているのではないか、とそれを確認しに行く所だそうです。もし暴漢だったら危ないだろう、と私は注意を促しましたが、N科長は学生のイタズラとでも思っているのか、特に気に留めてもないようで、ずんずん進んでいきました。

 奈良県知事選が告示されました。現職の荒井前知事は、自民民主相乗りという組織票固めの手堅い戦いに対し、有力対抗馬の前生駒市長山下氏は、草の根の浮遊層掘り起こしの手腕には定評があり、今回の知事選はいつになく予断を許さない状況の面白い選挙になりそうです。個人的にも自分の一票を誰に使うか、これからじっくり考えていかねばなりませんが、面白みだけで言うと断然現職より対抗馬の方が魅力的なのですね。現職はこれまでの手堅い運営ぶりをしっかりアピールできるかどうか。どうも口下手というか、情報発信が上手いとはとても言えないヒトだけに、組織票をいくら固めても、「奈良府民」と言われる生駒、奈良市の大票田がどう動くか、本当に行方の判らない選挙です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

僅かな片鱗でも記憶が残るなら、敢えてそれを記録するのも今後のためには必要でしょうね。

2015-03-25 22:12:17 | 夢、易占
 どうも夢の記録の頻度が上がってきてからこっち、軽い睡眠不足と熟睡とが交互にやってきているように感じます。無論、睡眠不足の時はしっかり夢を観てそれが記録できるほどに記憶に残り、熟睡している時は、ほとんど夢見の自覚がなく、記憶にもほとんど残らないために夢を観なかった、と誤解してしまう朝を迎えます。ヒトの生理として夢を観ないというのはまずありえないはずなので、なんとか片鱗だけでも思い出すことができないものか、と目覚めてから頭をひねるのですが、それで出てくることはまずありません。昨夜も夢はほとんどなく、今朝起きてから思い出すものも無いままでしたが、珍しくほんの一端だけ、薄れ行く記憶の中から拾い上げることができました。ごく短く内容もおぼろげなものなので、簡単にメモしておきましょう。

「地獄先生ぬ~べ~」のコミックスを読んでいるようです。完全に読みモードのようで、夢の中に私自身の存在は全く意識されません。
 読んでいるお話は、ぬ~べ~こと鵺野先生の先輩? の初老の男性と先生の掛け合いで進んでいます。その男性は、身長は鵺野先生の半分程度、丸顔に丸い体型、丸いメガネを掛けており、鼻下にちょびひげ、頭は寂しくなった半白髪と言った体のコミカルなデザインの男性です。鵺野先生の教師としての先輩に当たり、鬼の手の件などもよく知っている人物です。その二人が巻き込まれる霊的な異常事態などの話が描かれているように感じましたが、肝心?の話の中身は判りません。

 多分、記憶が明瞭なときの夢なら、もっとしっかり具体的なストーリーまで記憶できたでしょうし、私に絵心があればそれを活写してみることもできたでしょうが、とにかく「なんとなくそんな夢を観た」と言う程度の記憶しか無いため、これ以上はなんとも描写の仕様がありません。そもそも、なんで今「ぬ~べ~」なのか? という疑問もあるのはあるのですが、それはそれとして、記憶がはっきりして更に明晰夢としてそれを見ることができたのなら、私はその二次元世界のストーリーに身を投じたりストーリーを私の思うままに改変して創りだしたりすることもできるはずで、今回の夢は、そういった先々の楽しみを彷彿とさせる物があったとは言えるかもしれません。いよいよ暁を覚えない春本番を迎えるに当たり、良い夢見が得られることを期待したいと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

熟睡するより微睡む方がしっかりと夢を見る事ができるようですが、睡眠不足気味になりそうで厄介です。

2015-03-24 21:05:03 | 夢、易占
 一昨日あまりに熟睡したせいか、昨夜はどちらかと言うと眠りが浅くなったような気がします。今朝は4時半に一度目が覚めてトイレに立ち、その後中々二度寝にならずに、多分5時を大分回ってからようやく意識が落ちましたし、あまり自覚はありませんが、全体としては睡眠不足気味なのかもしれません。ただ、4時半に目覚める直前に観ていた夢をトイレにいく前にメモ書きできましたので、かなり克明に捉えることができました。その夢を記録しておきましょう。

 自転車で山道を走っています。ママチャリよりは大きいけれどスポーツタイプというわけでもない昔ながらの自転車みたいです。それに3人乗っていて、一番後ろが私の弟、次が私の娘、私自身は、一番前に乗っています。しかし、自分がどういう状態で乗っているのか、さっぱり判りません。まるで前かごに収まっているような感じです。自転車をこいでいるのは弟で、ハンドルも弟が操っています。弟は幼い頃からスポーツマンで体力があり、山道も物ともせずグイグイ走っていきます。走っている道は上下1車線づつの広めの道で、アスファルト路面も綺麗で荒れている様子はありません。しばらく行くと、道が下りのS字に差し掛かってきました。ちょうどダンプ? が下から上がってきて、後ろからも何か車が追い越してこようとしています。弟は、それを嫌ってすぐ左の側道に入りました。その道は舗装もされておらず、むき出しの岩場を巡る崖の上を走るルートになりますが、S字をショートカットできる道にでもあります。道幅が車輪の幅ほどしか無い凸凹の山道でマウンテンバイクでもないととても走れるものではありませんが、弟は力強く自転車を進めていきます。と、前方の軽い窪地に砂がたまっており、ずったら危ないな、と思った途端、急に自転車のスピードが落ちてハンドルがふらつき、あっと思うまもなく派手に転んでしまいました。私は前に放り出されますが、うまい具合に着地でき無事でした。大慌てで振り返って見ると、弟が自転車ごと左の崖を滑り落ちていきます。その場所は、数mは傾斜15度位の岩場で、その先は真っ逆さまに堕ちる崖になっています。その先の崖に落ち込む寸前、娘の手が弟の手を掴みました。私もとっさに娘の反対の手を掴み、二人が落ちるのを防ぎました。お陰で間一髪、弟と自転車は転落を免れ、崖際でとどまることができました。弟は自転車を担ぎ上げ、照れ笑いしながら道まで上がってきました。前に砂地が見えて危ないそうだからゆっくり行こうとしたのに、スピードが乗りすぎていてそのまま突っ込み、滑ってしまったのだとか。私も無事に済んでホッとしたためか、気をつけろよ、と笑いながら答えました。しかし、この先を同じように自転車で走るのは危ないと私は思いました。自転車で安全なところまでは何百mか歩かないといけませんが、急ぐ旅でもなし、天気も悪くないし、一休みを兼ねてここは歩くことにしようと提案し、3人は私が先頭で1列になって歩き始めました。足場は相変わらず良くないですが、歩く分にはさしたる危険はありません。少しずつ道を歩いて行くと、目の前に小さな崖が見えてきました。3m程の崖の上には天文台と道の駅があり、この辺りの休憩ポイントになっているようです。私達が行く道の正面はその崖に突き当たっており、岩壁は、水が湧いているのか濡れて黒光りしています。どうも小さな滝があるようにも見えます。山の中の水場というわけです。ここで、弟だったはずの後ろの男が、職場の後輩のK君に変わっていました。K君は、すぐに走り出せないのを気にしたのか、すみません、トイレ行かせて下さい、と私に頭を下げました。私は、上の天文台に行けばトイレが有るだろうから行っておいで、と軽く言い、ついでに自分も行っておこうかと、娘に一言告げて先に進んだK君を追って崖の上に上がる階段を探しました。

 ・・・この直後に目覚めてトイレに行ったわけで、ラストの辺りは肉体の欲求により変化したのかもしれません。さて、自転車の夢、バランスを崩すのは、トラブルの暗示や、感情が先走りすぎているなど心身の不安定感を表しているのだそうです。また、凸凹道や細い道は、障害の多さや見通しの立たなさが暗示されているのだとか。うーん、個人的にあまりそういう状況ではないはずなのですが、ひょっとしたら何か意識できないところで何か起こっているんでしょうか? 占ってみると卦は山天大畜六四、小さな悪を未然に防いで吉、とのこと。やっぱり何かあるかもしれないので、少し注意深く周囲を見直してみると致しましょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日からの寒波に備え布団を干したので、今夜からもまた良い夢が続くと期待したいです。

2015-03-22 22:12:50 | 夢、易占
 今日は休日の上天気ということで、久しぶりに布団を干しました。明日以降週後半まで強い寒の戻りがあるそうですが、しっかり一日かけて干し上げたふかふかの布団でなら、この寒さも凌ぐことができるでしょう。外干しの課題は花粉ですが、取り入れ前に念入りにはたきましたし、今年は昨年はなかった空気清浄機が働いているので、多分なんとかなるでしょう。いざとなれば薬もありますし。

 さて、そのようなわけで快適な眠りと夢見が期待される今夜ですが、昨夜もひとつしっかりした夢を観ました。寝ぼけ眼で一時覚醒し、枕元においたメモに鉛筆で記録したおかげか、記憶が鮮明に残りました。もっともミミズののたくった文字っぽいものを解読するのは困難を極めましたが。まあとにかく記録しておきましょう。

 昨夜の夢
 お祭りか何かのコンサートのような、結構規模の大きいイベントが開催される広場に居ます。川の河川敷のようです。テレビ局が主催しているもののようで、天気予報では遅くに雨、と告げられ、既に曇天が上空を覆う中、降り出す前に片付けようと、イベントの撮影が強行されています。私は、イベントの担当者としてテレビ局と折衝する役に付いているようで、時折、小雨がぱらつく中、なんとかこれ以上天気が悪化せず、最後まで保ってくれるよう祈っています。しかし、無情にも黒々とした雲の塊が右手遙かに流れてくるのが見え、その雲から、まるで雲自身がバケツででもあったかのように、大量の水が降るというよりは滝のように流れ出てきました。その後ろからも次の雲が流れてきて、同じように水をぶちまけて行きます。たちまち辺りは水浸しになり、広い階段もスロープも用水路と化して水がどんどん流れてきます。私は、河川敷という場所を考えてもこれはもう避難すべき危険な状態で、イベントも中止にせざるを得ない、と判断しましたが、TV局のスタッフは粘っているようで戻ってくる気配がありません。この場の恐ろしさを知らない彼らに中止を宣告するため、私は水が流れ落ちてくるスロープを登って行きました。足元が靴下に普通のサンダルを引っ掛けただけだったため、確実に足が濡れて気持ち悪い事になると観念しましたが、滔々と流れる水流に入っても、靴下が濡れて不快になることはありませんでした。

 さて、夢の中で濡れるのは運気の低下を象徴するようですが、今回の夢では、確実に濡れるはずのところに足を踏み入れて濡れずに済んでいるという、ちょっと変わった夢でした。吉夢か凶夢か易の卦を立ててみると、雷地豫六二、と出ましたので、末吉・じっと静かによく観察し警戒を怠るな、というところでしょう。私の無意識が何らかの注意を促しているのかもしれませんので、しばらく様子を伺いつつその意味を考えてみたいところです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

戦後70年、そろそろ客観的な「歴史」として、政治的な思惑から外れてもいいのではないでしょうか

2015-03-21 22:54:59 | 夢、易占
 さあ今日のブログを書こう、と思ってページを開いてみたら、昨日更新したはずの分が反映されていません。どうやらまたちゃんと投稿ボタンをクリックするのをミスったようです。昨日は職場の飲み会があり、ビール生中2杯と日本酒の熱燗を1合ばかり飲んで気分よく帰ってきたのですが、飲んだ割には頭の中がクリアで記憶していた夢もスラスラ出てきたため、今朝も、昨夜の自分の状態については特段気にもかけていなかったのですが、やっぱり酔っぱらいは酔っぱらいだったようです。夢日記はあんまり根を詰めてやると夢と現実があやふやになって精神的に失調する危険もあるのだそうですが、昨日のミスはまだしっかり現実の話でアルコールに毒されただけ、だと思います。まあ今後も気をつけないといけませんね。

 というわけで今日の夢は、というとごく短い簡単なものしか覚えていません。うちのサボテンの温室で、すみれ丸と黄花すみれ丸がピンクと黄色の大輪の花を10個位絢爛豪華に群れ咲かせているのを眺めている、というだけのものです。もっとも、現実には黄色すみれ丸と言う品種は持っていないのですが、球体を覆い隠すほどの花束状態は、現実も夢も変わらず美しいものでした。

 さて、今日は小笠原諸島の硫黄島で、日米合同の慰霊追悼式が行われたそうです。硫黄島守備隊の組織的抵抗の終了はもう少し後の26日の最後の攻撃の時で、更に生き残り兵によるゲリラ的活動は終戦まで続くそうですが、70年前のことに5日くらいの日のズレをとやかく言うのも野暮というものかもしれません。
 硫黄島の激戦は映画にもなりましたし戦史関係の本やネット上にもたくさん情報が有りますからその気になれば幾らでも詳しく調べることができるものですが、果たして今の日本人でこの事をそれなりに知る人がどれだけいるのか、ちょっと疑問に感じることもあります。少なくとも私の周りにはあまり知っているヒトがいません。理系の職場では歴史に関心を持つ人間は少ないという事はありますが、この生活困難な火山の地で徹底抗戦して、米軍に痛烈な損害を与え、本土決戦前の終戦を米軍に受け入れさせる素地を作り上げたというお話だけでも、日本人なら知っておくべきではなかろうかと思ったりも致します。「技術者が少ないのは日本史のせい」などとのたまう方も中にはいらっしゃいますが、日本側遺族らの「硫黄島協会」の寺本会長が、「悲惨な争いを繰り返さぬよう、戦いの記憶を語り継ぐ責任がある」とあいさつされたように、思いはどうあれ、戦いの様相はきっちり語り継ぎ、国民の共有する記憶としていかねばならないですし、そのために歴史を学ぶことは技術の研鑽と並んで大事なことであろうと思います。
 一方、アメリカ側のスノードン元米海兵隊中将は「憎しみは友情に変わった。式は日米の結束を示す象徴だ」と述べたそうですが、墓を暴いて死体を掘り出し陵辱して恨みを晴らしたり、千年恨むとのたまう国々からしたら、たかだか70年前に血で血を洗う争闘を繰り広げた国同士が、その恨みつらみを昇華させて結束するなんて信じがたい話なのでしょうね。この日本人の一種独特の「過去への淡白さ」は、もちろん美点ではありますが、それで歴史に興味が無いというのもどうかとは思いますが。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小銭を無くして不思議なバスに乗る仕事の夢、を観ました(自分でも何を言っているのやら?)

2015-03-20 22:40:38 | 夢、易占
 昨日ああは言ったものの、そろそろ違うことを書こうかな、と思っていたのですが、夢見の良さが続いているうちはやっぱり記録優先で行かざるをえません。というわけで、今日も今朝の夢の記録です。

 東京? 広島? の大都市郊外の会場で開かれた会議が終わり、最寄りの鉄道ステーションに行くバスにのるため、国際会議場のような建物の前のゆったりとした階段を降りたところにあるバス停で、ぞろぞろと参加者一同でたむろっています。同僚のN君など、身近なヒトの姿もちらほら交じる、総勢30人位の集団です。バスがいつ来るか分かりませんが、バス停の時刻表を見る限り、さほど待つこともないと考えられるくらいの本数は走っているようです。そこで、私はふと小銭が気になりました。そういえば、ホテルの部屋の、テーブルの上に広げた小銭をどうしただろう? それは、飲み物か何かを買った時に千円札を使い、ジャラジャラと出てきたお釣りで、ざっと800円分の100円玉や10円玉が入り交じっていたはずのものです。とっとと小銭入れにしまってポケットにでも突っ込んでおけばよかったのですが、いつものめんどくさがりが発動して、後で片付ければいいや、ととりあえずテーブルに撒いたものでした。出発間際のバタバタした中で、私は果たしてその小銭をちゃんと回収して来たのでしょうか? どうも、忘れてそのまま置いてきたような気がしてなりません。と言って、帰りの時間を考えると今更ホテルまで探しに戻るのも難しいものがあります。無理をすればひょっとして、でも・・・とさんざん悩んだ末、なんとももったいない話だと思いつつも、しょうがないと割りきって諦めることにしました。と、それを待っていたかのように、目的地に行くバスがやってきました。私は、高い飲み物代になった、と自嘲しつつ、大勢の仲間とともにそのバスに乗り込みました。
 車内は、ちょうど下校時間だったのかして、ランドセルを持った白いブラウスの制服姿の小学生を中心に、ほどほどに混み合っています。私はバスに乗り込むとずんずん奥に進み、一番後ろの、中央の床が大きなタイヤの分盛り上がっている部分の後ろ側に行き、その半円状の出っ張りに仰向けに寝転がって体を預けました。このバスは、前後左右4輪に加えて玩具のように駆動部の5輪目があるんだ、と疑問にも思ったりしたのですが、背中に感じる震動も割と居心地が良かったのでそ、のまま特に気にすることもなく眠り込んでしまわないようにだけ気をつけていました。

 後部中央に客室の床にも出っ張っているほどの5輪目の駆動輪がある路線バス、なんて、夢には相変わらず奇っ怪なものが登場しますね。夢占い的には、お金を落として落胆していなければ、大金が入ったりくじ運が強くなったりするらしいですが、この夢の私は果たして落胆しているのかどうか。しばらくいいことがないか注意するといたしましょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こうも夢見が豊富になると、ここも「夢日記」になってしまいそうです。

2015-03-19 19:55:10 | 夢、易占
 最近、なにかスイッチが入った、と思う位、夢見が容易になって色々とバラエティに富んだ夢が見られるようになってきている感じがしますが、常に良い夢とは限らないわけで、昨夜などはまさに悪夢と呼びたいような夢を観て、さすがにげっそりとしました。とは言え観た夢は観た夢なので、記録しておきましょう。それにしても、この調子だと、このブログもしばらくは私の夢日記オンリーになるかもしれませんね。

 昨夜の夢。
 自宅の一室にいます。廊下との出入口のふすまの側に、母とまだようやく立ち上がったばかりと言った感じの、ベビー服の娘が居ます。私達はどこか海外旅行に行くため、パスポートがどこだとか着替えをまとめようとか、その準備にてんてこ舞いしています。ふすまの向こうの板張りの廊下は、子供の関係のものか少々乱雑に本や雑誌の類が積み上がっています。それを、時間が気になり慌てている私にかわり、母が片付けてくれています。と、そんな雑物がどけられ、あらわになった床に、円盤状にとぐろを巻いたムカデが現れました。艶感のある赤茶けた身体を珍しく思ったのか、娘が素足で踏もうとするのを、母が大慌てで止め、ムカデを追いやって私に助けを求めました。私は、母に追い立てられて向かいの壁を這い逃げるムカデを退治しようと道具を探しましたが、あいにくペンチとか使えるものが手近にでてきません。仕方なく、実験で使う50mlのプラスチック製遠心分離チューブを手に取り、その砲弾のようにゆるやかに尖った底の部分で、床から20センチほど這い上がりつつあったムカデを上から押しつぶしました。ムカデはなぜか身体が半分くらいにちぎれており、頭の方だけで動いておりました。そのせいか動きが鈍っていたようで、なんとかチューブの先で押さえ込めたのです。柔らかいプラスチックだからトドメはさせないだろうと思いましたが、ムカデは頭のやや下辺りを潰されながら、全身がやわらかな土壁にのめり込み、動けなくなりました。とりあえず足止めは成功、トドメは別途考えよう、と部屋に戻った私は、正面の押し入れを見て愕然としました。どこから現れたのか、ムラムラと無数のムカデが、襖を開けて中身を晒していた押入れ中段に湧き出してきたのです。よく見ると、上段や下段にも、中段ほどではないが蠢く生体兵器の姿がのぞいています。部屋の畳の上は旅行準備のため雑然と色々なものが広がっていますが、その隙間からも奴らのおぞましい姿がかいま見える始末です。この数では、例えいつも使うペンチやニッパーがあっても到底太刀打ち出来るものではありません。私は思案の末、とりあえず手近にあったハエ蚊用の殺虫スプレー(キンチョール?)を使うことにしました。ムカデに対してはゴキブリ用の強力タイプでないと効果が薄いのですが、それは残念ながらムカデ蠢く押入れ中段の左側にあり、その存在は見えてはいるんですが、その周辺だけでも何とかしないととても手が出せない状態です。私は効果の薄いぶんは量でカバーしようと、噴霧口を押入れに近づけ、ためらいなく噴射しました。まずは近接から一匹一匹塗りつけるように殺虫霧を吹きかけ、相手が痙攣しているのを確認すると、今度はやや引いて大きく面を制圧にかかるべく殺虫剤を噴霧しました。上段、下段、床にも、空間が真っ白になるほど殺虫剤をふりかけます。ようやくおよそ確認できる範囲へ殺虫剤をまんべんなくまき終えた私は、その毒霧に当たったムカデが苦しげに痙攣し、死に行く姿を見守りました。

 ・・・一匹でも体外怖気を震うのに、それが無数に這い出てきてゆらゆらと蠢く様はまさにホラーそのものでした。クモとかハチとか、この手のややこしいのが現れる時は決まって体調が悪化する兆しなことが多いのですが、明日はちょっと外せない大事な用があるので、なんとか一日は最低保って欲しいです。
 さて、今宵はもう少しマシないい夢が見られるでしょうか?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ついに「明晰夢」のきっかけが掴めたかも? さらなる精進が必要ですね。

2015-03-18 20:32:25 | 夢、易占
 今日も暖かな一日でしたが、夕方、帰宅する前に雨が本降りになるとは、少々あてが外れました。あと2時間位降らずにいてくれたら余計に濡れなくてすんだのですが。ただこの雨で花粉が少しでも和らぐのならありがたいです。

 さて、この所夢見は調子がいいのか、昨夜も複数の夢を観ることができました。基本3題ですが、残念ながら最初の一つは、観た、という記憶のみ残って、内容は全く覚えておりません。仕方ないので、覚えている二つを記録しておきましょう。

夢その1
 1万m上空にいると認識しています。飛行機、それも多分やや小型の旅客機だと思いますが、その非常ドアを開けているのか、はたまた空挺部隊の乗る輸送機のように後ろがすぱっと開いているのか、今ひとつ判然としない状況で、私は身を乗り出して今にも飛び降りようとしています。その時ふと、これが夢であることに唐突に私は気づきました。気づいた上で、その確証を得るために、いつも起きている時に心がけているように手のひらを見つめ、「これは夢か?」と自分に問い正しました。そこで、よりはっきりとこれが夢だと確信できました。夢なら空を飛ぶことも可能です。私は恐れることもなく無造作に虚空に身を投げました。心のわだかまりがすっかり飛び散って晴れ渡る空のように爽快な気分を味わいつつ、飛ぶというよりは空を滑り降りるようにして、10秒ほどで地上へと降り立ちました。その場所も曖昧模糊として霧の中にいるようによく判りませんが、ひたすら気分だけは最高にハイでした。

夢その2
 自宅の八畳間位の部屋の中央に、私は布団を敷いて寝転がっています。すると、足元の方にみるからにおじゃるな風体をした痩せぎすの初老の男性と、その右側に男か女かどうも見分けが付き難いのですが、何となく女官と意識させられる小柄な人物が立っていました。女官の方は、全体に少し丸い感じで、目が細く、姿がやたら白っぽいくみえます。その女官が、おもむろに口を開き、自分の左側に立つ平安貴族っぽい装束を着た男を、後白河上皇だと紹介しました。後白河上皇? と私は首を傾げました。源頼朝をして日の本一の大天狗と言わしめた、あの後白河上皇? と。その男の姿は、一見まるでアニメ「ヤッターマン」に出てくる「ドクロベエ」のような顔にも見えますが、大変やんごとなき方だと感じたので、威儀を正し、というかとりあえず起き上がって相対してみました。すると、後白河上皇はニヤニヤ笑いながら私の右側の空間にどっかと腰を据えました。私は恐る恐る近づくと、服の上から背中や腕を微妙なタッチで触れ、撫で回し始めました。上皇は、このような不思議な触られ方は初めてだ、もっと触れと、満足気に答えました。

 ・・・
 一つ目の夢(実際には2つ目の夢)は、待ち望んでいた明晰夢っぽいところがありました。久々の感覚にちょっと興奮しながら目覚めを迎えたのですが、起きてから色々考えなおして見るに、どうも明晰夢を観ている、という夢を観たような気も致しました。なにせ、手のひらを見る、という夢かどうかを判断するポイントで夢だと確信したのは確かですが、自分の口からは、「これは夢ではない」、といういつも日常的に覚醒時を意識するためのセリフが出ていたような気がするからです。ただ、この擬似的な明晰夢段階でさえここ数年は絶えて久しい物がありましたから、今後の夢に大いに期待できそうな気が致しました。
 2つ目の夢、後白河上皇とは何故に? と言う感じですね。確かに平家物語は大好きで、朝廷側の最重要人物は後白河『法皇』なのですが、だからといって、その他にも神武天皇や天武天皇、後醍醐天皇、明治帝などなど、気になる方々はたくさんあるのに、というか何故今『上皇』なのか、きっかけになりそうな何かが思いつけません。ただ、夢に現れるやんごとなき貴人はまさに幸運の象徴。たとえその姿が「ドクロベエ」であろうと、自ら名乗り、また私自身がそう認識した人物であるなら後白河上皇に間違いないはずです。どんな幸運かと気持ちを明るくしながら、しばらくは日々過ごせそうで、それだけでも幸せというものですね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする