かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

僅かな片鱗でも記憶が残るなら、敢えてそれを記録するのも今後のためには必要でしょうね。

2015-03-25 22:12:17 | 夢、易占
 どうも夢の記録の頻度が上がってきてからこっち、軽い睡眠不足と熟睡とが交互にやってきているように感じます。無論、睡眠不足の時はしっかり夢を観てそれが記録できるほどに記憶に残り、熟睡している時は、ほとんど夢見の自覚がなく、記憶にもほとんど残らないために夢を観なかった、と誤解してしまう朝を迎えます。ヒトの生理として夢を観ないというのはまずありえないはずなので、なんとか片鱗だけでも思い出すことができないものか、と目覚めてから頭をひねるのですが、それで出てくることはまずありません。昨夜も夢はほとんどなく、今朝起きてから思い出すものも無いままでしたが、珍しくほんの一端だけ、薄れ行く記憶の中から拾い上げることができました。ごく短く内容もおぼろげなものなので、簡単にメモしておきましょう。

「地獄先生ぬ~べ~」のコミックスを読んでいるようです。完全に読みモードのようで、夢の中に私自身の存在は全く意識されません。
 読んでいるお話は、ぬ~べ~こと鵺野先生の先輩? の初老の男性と先生の掛け合いで進んでいます。その男性は、身長は鵺野先生の半分程度、丸顔に丸い体型、丸いメガネを掛けており、鼻下にちょびひげ、頭は寂しくなった半白髪と言った体のコミカルなデザインの男性です。鵺野先生の教師としての先輩に当たり、鬼の手の件などもよく知っている人物です。その二人が巻き込まれる霊的な異常事態などの話が描かれているように感じましたが、肝心?の話の中身は判りません。

 多分、記憶が明瞭なときの夢なら、もっとしっかり具体的なストーリーまで記憶できたでしょうし、私に絵心があればそれを活写してみることもできたでしょうが、とにかく「なんとなくそんな夢を観た」と言う程度の記憶しか無いため、これ以上はなんとも描写の仕様がありません。そもそも、なんで今「ぬ~べ~」なのか? という疑問もあるのはあるのですが、それはそれとして、記憶がはっきりして更に明晰夢としてそれを見ることができたのなら、私はその二次元世界のストーリーに身を投じたりストーリーを私の思うままに改変して創りだしたりすることもできるはずで、今回の夢は、そういった先々の楽しみを彷彿とさせる物があったとは言えるかもしれません。いよいよ暁を覚えない春本番を迎えるに当たり、良い夢見が得られることを期待したいと思います。


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