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『中村天風「勝ちぐせ」のセオリー』http://tinyurl.com/7qbwzzk
【 鈴村進、三笠書房 (1997/06)、p130 】
《 心の秘力――天から与えられた貴重な贈り物 》
「世の中でいちばん速いものは何か」と尋ねられれば、昔の人は「馬だよ」と答えたであろう。産業革命当時であれば「蒸気機関車だ」と答えたに違いない。それが飛行機になり宇宙ロケットになった。今の小学生であれば「それは光だ」と答える。
だが、昔も今も本当にいちばん速いものは人間の心である。心の中で何億キロと思えば、その瞬間には心はそれだけの距離を飛んでいる。何万光年であろうとも、いや距離だけではない。歴史的に何億年過去へでも未来へでも。少しも驚くことはない。心は一瞬のうちに縦横無人に飛んでいくことができる。
栄西禅師の『興禅護国論(こうぜんごこくろん)』にはこう書いてある。
大いなる哉心や 心とは大きなものだ
天の高さや極むべからず 人は天の高さに届くことはできないが
しかも心は天の上に出づ それなのに心は天よりも上のことを
考えることができる
地の厚きや測るべからず 大地は測ることができないほど厚いが
しかも心は地の下に出づ それなのに心は地の下のことを考える
ことができる
日月の光や踰ゆべからず 日や月の光は何よりも速いが
しかも心は日月の明の外に出づ それなのに心は日や月の光よりも先の
ことを考えることができる
心は太陽よりも月よりも大きく、その光よりも彼方へ飛び出して行くことができる。天風はこれによって「広大無辺の大宇宙よりもさらに心は大きいじゃないか」と悟ったという(『運命を拓く』)。
心というものはこれほど偉大なものである。人間は宇宙からこんな貴重な贈り物を授けられているのだ。現実にわれわれの周りに存在しているものだけを見ても、それらはこれまでに人間の心が描いたことによって生まれてきたものである。心が描かなかったものは存在することがない。つまり、縦から見ても横から見ても、人間の心はすべての源になっているのである。
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『中村天風「勝ちぐせ」のセオリー』http://tinyurl.com/7qbwzzk
【 鈴村進、三笠書房 (1997/06)、p130 】
《 心の秘力――天から与えられた貴重な贈り物 》
「世の中でいちばん速いものは何か」と尋ねられれば、昔の人は「馬だよ」と答えたであろう。産業革命当時であれば「蒸気機関車だ」と答えたに違いない。それが飛行機になり宇宙ロケットになった。今の小学生であれば「それは光だ」と答える。
だが、昔も今も本当にいちばん速いものは人間の心である。心の中で何億キロと思えば、その瞬間には心はそれだけの距離を飛んでいる。何万光年であろうとも、いや距離だけではない。歴史的に何億年過去へでも未来へでも。少しも驚くことはない。心は一瞬のうちに縦横無人に飛んでいくことができる。
栄西禅師の『興禅護国論(こうぜんごこくろん)』にはこう書いてある。
大いなる哉心や 心とは大きなものだ
天の高さや極むべからず 人は天の高さに届くことはできないが
しかも心は天の上に出づ それなのに心は天よりも上のことを
考えることができる
地の厚きや測るべからず 大地は測ることができないほど厚いが
しかも心は地の下に出づ それなのに心は地の下のことを考える
ことができる
日月の光や踰ゆべからず 日や月の光は何よりも速いが
しかも心は日月の明の外に出づ それなのに心は日や月の光よりも先の
ことを考えることができる
心は太陽よりも月よりも大きく、その光よりも彼方へ飛び出して行くことができる。天風はこれによって「広大無辺の大宇宙よりもさらに心は大きいじゃないか」と悟ったという(『運命を拓く』)。
心というものはこれほど偉大なものである。人間は宇宙からこんな貴重な贈り物を授けられているのだ。現実にわれわれの周りに存在しているものだけを見ても、それらはこれまでに人間の心が描いたことによって生まれてきたものである。心が描かなかったものは存在することがない。つまり、縦から見ても横から見ても、人間の心はすべての源になっているのである。
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