電脳筆写『 心超臨界 』

一般に外交では紛争は解決しない
戦争が終るのは平和のプロセスとしてではなく
一方が降伏するからである
D・パイプス

般若心経 《 「三世の諸仏」とは何か――松原泰道 》

2024-08-15 | 03-自己・信念・努力
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
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三世は、いうまでもなく、限りなく流れ続ける時間を、仮に三つに区切ったものです。仏教思想では、この三世のそれぞれに千の仏が現われると信じて、現在千仏・過去千仏・未来千仏の三世三千仏の名を連ねた『仏名経(ぶつみょうきょう)』があります。古くから中国でも日本でも、毎年時期を定めて、この経を読んでその年の罪過(ざいか)をざんげします。これを「仏名会(ぶつみょうえ)」といい、『源氏物語』などによくその名を見受けます。


『わたしの般若心経』
( 松原泰道、祥伝社 (1991/07)、p280 )
9章 菩提心(ぼだいしん)の目覚め――呪・真言(マントラ)に込められた仏の願い
(1) 釈尊も修行の真っ最中
三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
さんぜしょぶつ えはんにゃはらみったこ とくあのくたらさんみゃくさんぼだい

◆「三世の諸仏」とは何か

「三世(さんぜ)」は、過去・現在・未来のことですが、また仏教思想では「前世(ぜんせ)・現世(げんせ)・来世(らいせ)」を三世といいます。

日本の古いことわざに“親子は一世・夫婦は二世・主従は三世”があります。

そのこころは、二人の人間が親となり子となる関係は、現世(この世)だけのもの。男と女が夫となり妻となる関係は、前世(前の世)と現世、あるいは現世と来世(次の世)の二世にわたるもの。主人となり家来となる主従の関係は、前々世・前世・現世、あるいは現世・来世・来々世というように三世にわたる、というのです。主従関係を重視する、きわめて封建的なことわざです。

その反面に“縁は異(い)なもの、味なもの”ということわざがあるように、血縁のまったくない男女が夫婦になったり、他人どうしが主従になって結ばれるのは、よくよくの深い縁があればこそ、という縁の思想が、封建思想に利用された感じがいたします。

しかし先の“親子は一世・夫婦は二世・主従は三世”のあとに“他人は五世”と付け加えられていることは、記憶に止(とど)めておくべきでしょう(金子武雄著『日本のことわざ』朝日文庫)。

つまり、まったくのあかの他人が知り合いになるのは、三世を超えた深い不思議の縁が秘められていることをうたっているのです。いまのように、同じ地域や同じマンションに住んでいながら、顔を合わせても知らぬ顔をするのとは、趣(おもむ)きを異(こと)にします。

三世は、いうまでもなく、限りなく流れ続ける時間を、仮に三つに区切ったものです。

仏教思想では、この三世のそれぞれに千の仏が現われると信じて、現在千仏・過去千仏・未来千仏の三世三千仏の名を連ねた『仏名経(ぶつみょうきょう)』があります。古くから中国でも日本でも、毎年時期を定めて、この経を読んでその年の罪過(ざいか)をざんげします。これを「仏名会(ぶつみょうえ)」といい、『源氏物語』などによくその名を見受けます。
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