電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『世界政治の崩壊過程に蘇れ日本政治の根幹とは』
■超拡散『日本の「月面着陸」をライヴ放送しないNHKの電波1本返却させよ◇この国会質疑を視聴しよう⁉️:https://youtube.com/watch?v=apyoi2KTMpA&si=I9x7DoDLgkcfESSc』
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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鉄は酸素と結びついてさびるときに、熱を出す。酸化熱という。従来の脱酸素剤も、鉄をさびさせて酸素を奪うのだから、多少の熱は出していたはずだ。だが、鉄粉の量が少なかったし、ゆっくりさびるので、熱が感じられなかった。「ところが鉄粉の量をふやしたものですから、どんどん酸化が進んで、熱くなってしまったのです」。いくら酸素吸着力が強くても、熱を出すようなものは、お菓子や食品のメーカーは使えない。
◆使い捨てカイロ
『読むクスリ33』
( 上前淳一郎、文藝春秋 (2000/06)、p26 )
アウトドア・レジャーやスポーツ観戦用の使い捨てカイロが、一冬に全国で10億枚以上売れる。
これが開発されたとき、そんなベストセラーになると予想した人はひとりもいなかった。
それどころか、この商品、カイロとして開発されたものでさえなかった。
*
1971年(昭和46年)のこと、ガムやチョコレートでおなじみの『ロッテ』が『ロッテ電子工業』という子会社をこしらえた。
工場の汚水や排煙が公害源として騒がれ始めた時期で、
「全国各地にロッテのお菓子工場から出る汚水や排煙を、自前で処理しよう、というのが子会社設立の狙いでした」
とロッテ電子工業商品企画部長代理の土屋研二さん。
大きなプラントが作られ、各工場に据え付けられて稼動しはじめた。
その成功に気をよくして、大型の公害防止設備を他社からも受注し、お菓子屋さんの新商売が軌道に乗るかに見えた。
「ところが大型の設備機器というのは、いったん設置したお得意様はもう当分の間買ってくれません。それでわが社は、すっかり暇になってしまいました」
このままでは赤字がふえるばかりだ。
幹部は鳩首協議し、
「大型プラントをやめて、消費型の新しい商品の開発を考えろ、という指示が出たのです」
そこはチューインガムで当てて成長した会社だ。
ガムというのは、口に入れてしばらく噛んで捨てると、はい、次のガムが売れる。消費型、というのはこのことだ。
その会社が、いったん据え付けたら何年も使える大型プラントに手を出したのがまずかった。
やっぱり、次つぎ新しいのが売れるタイプの商品をやろう、と初心にかえることにしたのだ。
*
「それで最初に手がけたのが、お菓子の包装に入れる脱酸素剤でした」
お菓子の包装を開けると、
「食べられません」
と書いた小さな袋が入っていることがある。あれが脱酸素剤。
「包装の中の酸素を吸着してお菓子の酸化を防ぎ、味や品質を長持ちさせるためのものなんです」
脱酸素剤は、小袋の中に鉄粉や活性炭を詰めて酸素を吸着するようになっている。
ロッテはそれを他社から買っていたが、
「これなら子会社で作れる、というので、ウチでやることになったんです」
お菓子と一緒に売れては捨てられていく、まさに消費型の商品だ。
「ようし、やるからには酸素吸着力の強いやつを開発して、よその食品メーカーなどにもどんどん売ろう、とおおいに張り切りました」
*
強力な脱酸素剤を作ろうとすると、だれでも同じことを考える。
つまり、原料の鉄粉や活性炭の量をふやせばいい、と思うのだ。
「ウチの開発スタッフも、袋に入れる原料の量をふやしてみました。するとどうでしょう、袋が熱くなってきて、いつまでも冷めないじゃありませんか」
鉄は酸素と結びついてさびるときに、熱を出す。酸化熱という。
従来の脱酸素剤も、鉄をさびさせて酸素を奪うのだから、多少の熱は出していたはずだ。
だが、鉄粉の量が少なかったし、ゆっくりさびるので、熱が感じられなかった。
「ところが鉄粉の量をふやしたものですから、どんどん酸化が進んで、熱くなってしまったのです」
いくら酸素吸着力が強くても、熱を出すようなものは、お菓子や食品のメーカーは使えない。
開発実験は大失敗だった。
*
「しかし、それなら、もっと鉄粉を多くしてさらに熱くすれば、カイロに使えるんじゃないか、と考えた開発スタッフがいたのです」
逆転の発想というより、開き直りのようなものだ。
袋を大きくして、中の鉄粉と活性炭の量をうんとふやす。
水と塩を加えるなど、強制的に鉄粉がさびるのを速めてやる。
「そうした工夫の結果、手に持つと熱いほどの、まさしくカイロといえる製品ができてきたのです。1978(昭和53)年の初めでした」
火もベンジンも使わず、安全で無臭の、だれも見たことがないカイロは、『ホカロン』の名で厳寒の北海道でテスト販売された。
「大好評でした。それで、よし、いける、とその年の秋から全国発売に踏み切ったのです」
その冬に『ホカロン』は4千万枚売れた。当時は1枚百円だったので、
「あっという間に40億円売れちゃったんです。目を回しそうな売れ行きでした」
*
同社はこの使い捨てカイロの販売を独占するため、特許を取ろうと考えた。
しかし、そううまくはいかないもので、
「物質の化学変化を利用したものには特許性がない、ということで申請は却下されてしまいました」
鉄の酸化熱によるカイロは、だれでも製造販売できることになり、いまでは競争相手が25社にのぼる。
おかげで私たちは、1枚百円だったのを40円前後で買えることになったのだが。
「最近は欧米はじめ世界各地へ輸出され、アウトドア・レジャーの店で売られています。世界的な商品になりました」
欧米にはカイロはなかったのだそうで、観光客も珍しがって買っていく。
ただ、これをポケットにいれたり、からだに貼ったりしていると、空港の金属探知機がけたたましく鳴り出す。
なにしろ、主成分は鉄粉だからだ。
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『世界政治の崩壊過程に蘇れ日本政治の根幹とは』
■超拡散『日本の「月面着陸」をライヴ放送しないNHKの電波1本返却させよ◇この国会質疑を視聴しよう⁉️:https://youtube.com/watch?v=apyoi2KTMpA&si=I9x7DoDLgkcfESSc』
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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鉄は酸素と結びついてさびるときに、熱を出す。酸化熱という。従来の脱酸素剤も、鉄をさびさせて酸素を奪うのだから、多少の熱は出していたはずだ。だが、鉄粉の量が少なかったし、ゆっくりさびるので、熱が感じられなかった。「ところが鉄粉の量をふやしたものですから、どんどん酸化が進んで、熱くなってしまったのです」。いくら酸素吸着力が強くても、熱を出すようなものは、お菓子や食品のメーカーは使えない。
◆使い捨てカイロ
『読むクスリ33』
( 上前淳一郎、文藝春秋 (2000/06)、p26 )
アウトドア・レジャーやスポーツ観戦用の使い捨てカイロが、一冬に全国で10億枚以上売れる。
これが開発されたとき、そんなベストセラーになると予想した人はひとりもいなかった。
それどころか、この商品、カイロとして開発されたものでさえなかった。
*
1971年(昭和46年)のこと、ガムやチョコレートでおなじみの『ロッテ』が『ロッテ電子工業』という子会社をこしらえた。
工場の汚水や排煙が公害源として騒がれ始めた時期で、
「全国各地にロッテのお菓子工場から出る汚水や排煙を、自前で処理しよう、というのが子会社設立の狙いでした」
とロッテ電子工業商品企画部長代理の土屋研二さん。
大きなプラントが作られ、各工場に据え付けられて稼動しはじめた。
その成功に気をよくして、大型の公害防止設備を他社からも受注し、お菓子屋さんの新商売が軌道に乗るかに見えた。
「ところが大型の設備機器というのは、いったん設置したお得意様はもう当分の間買ってくれません。それでわが社は、すっかり暇になってしまいました」
このままでは赤字がふえるばかりだ。
幹部は鳩首協議し、
「大型プラントをやめて、消費型の新しい商品の開発を考えろ、という指示が出たのです」
そこはチューインガムで当てて成長した会社だ。
ガムというのは、口に入れてしばらく噛んで捨てると、はい、次のガムが売れる。消費型、というのはこのことだ。
その会社が、いったん据え付けたら何年も使える大型プラントに手を出したのがまずかった。
やっぱり、次つぎ新しいのが売れるタイプの商品をやろう、と初心にかえることにしたのだ。
*
「それで最初に手がけたのが、お菓子の包装に入れる脱酸素剤でした」
お菓子の包装を開けると、
「食べられません」
と書いた小さな袋が入っていることがある。あれが脱酸素剤。
「包装の中の酸素を吸着してお菓子の酸化を防ぎ、味や品質を長持ちさせるためのものなんです」
脱酸素剤は、小袋の中に鉄粉や活性炭を詰めて酸素を吸着するようになっている。
ロッテはそれを他社から買っていたが、
「これなら子会社で作れる、というので、ウチでやることになったんです」
お菓子と一緒に売れては捨てられていく、まさに消費型の商品だ。
「ようし、やるからには酸素吸着力の強いやつを開発して、よその食品メーカーなどにもどんどん売ろう、とおおいに張り切りました」
*
強力な脱酸素剤を作ろうとすると、だれでも同じことを考える。
つまり、原料の鉄粉や活性炭の量をふやせばいい、と思うのだ。
「ウチの開発スタッフも、袋に入れる原料の量をふやしてみました。するとどうでしょう、袋が熱くなってきて、いつまでも冷めないじゃありませんか」
鉄は酸素と結びついてさびるときに、熱を出す。酸化熱という。
従来の脱酸素剤も、鉄をさびさせて酸素を奪うのだから、多少の熱は出していたはずだ。
だが、鉄粉の量が少なかったし、ゆっくりさびるので、熱が感じられなかった。
「ところが鉄粉の量をふやしたものですから、どんどん酸化が進んで、熱くなってしまったのです」
いくら酸素吸着力が強くても、熱を出すようなものは、お菓子や食品のメーカーは使えない。
開発実験は大失敗だった。
*
「しかし、それなら、もっと鉄粉を多くしてさらに熱くすれば、カイロに使えるんじゃないか、と考えた開発スタッフがいたのです」
逆転の発想というより、開き直りのようなものだ。
袋を大きくして、中の鉄粉と活性炭の量をうんとふやす。
水と塩を加えるなど、強制的に鉄粉がさびるのを速めてやる。
「そうした工夫の結果、手に持つと熱いほどの、まさしくカイロといえる製品ができてきたのです。1978(昭和53)年の初めでした」
火もベンジンも使わず、安全で無臭の、だれも見たことがないカイロは、『ホカロン』の名で厳寒の北海道でテスト販売された。
「大好評でした。それで、よし、いける、とその年の秋から全国発売に踏み切ったのです」
その冬に『ホカロン』は4千万枚売れた。当時は1枚百円だったので、
「あっという間に40億円売れちゃったんです。目を回しそうな売れ行きでした」
*
同社はこの使い捨てカイロの販売を独占するため、特許を取ろうと考えた。
しかし、そううまくはいかないもので、
「物質の化学変化を利用したものには特許性がない、ということで申請は却下されてしまいました」
鉄の酸化熱によるカイロは、だれでも製造販売できることになり、いまでは競争相手が25社にのぼる。
おかげで私たちは、1枚百円だったのを40円前後で買えることになったのだが。
「最近は欧米はじめ世界各地へ輸出され、アウトドア・レジャーの店で売られています。世界的な商品になりました」
欧米にはカイロはなかったのだそうで、観光客も珍しがって買っていく。
ただ、これをポケットにいれたり、からだに貼ったりしていると、空港の金属探知機がけたたましく鳴り出す。
なにしろ、主成分は鉄粉だからだ。