電脳筆写『 心超臨界 』

今日あなたはあなた自身である
それは真実を超えた真実
あなた以上にあなた自身である者などいない
ドクター・スース

WGIP 《 「東京裁判史観+階級闘争史観」という病根-2――福地惇 》

2024-09-20 | 04-歴史・文化・社会
電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。

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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■緊急拡散宜しく『日本を崩壊へ導く「選択制夫婦別姓」問題』
《自民党議員/党員必見!》『自民党総裁選候補者の人物評を西川京子前九州国際大学学長・元文科副大臣に訊く;水間政憲』
■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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祖国の歴史を軽蔑し嫌悪するコミュニストたちも、自分たちの企てる共産革命にとっては渡りに船とばかり、GHQに阿諛追従(あゆついしょう)しました。彼らの多くは大学や学校教育界や言論界の主流に陣取って活発に動き回り、国民全体に「講座派史観」、今風にいえば「自虐史観」を植えつけました。


『これだけは譲れない 歴史教科書10の争点』
( 藤岡正勝+「歴史教科書をつくる会」、徳間書店 (2005/6/30)、p123 )
第5章 明治維新と近代日本の実相――高知大学名誉教授・福地惇

◆「東京裁判史観+階級闘争史観」という病根-2

( 前半よりつづく )

GHQは“ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム”を行いました。「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」です。この存在、およびそれが果した機能については亡き江藤淳氏が『閉ざされた言語空間――占領軍の検閲と戦後日本』(文春文庫)のなかで明らかにしています。

GHQはこのプログラムを政策指針にして、日本民族の劣弱化工作を強力に推進しました。そしてそれにうってつけの洗脳教材として「講座派史観」を活用したわけです。つまり大東亜戦争とは、歴史の発展に後れた野蛮な日本軍国主義がアジア征服の大野望、ひいては世界征服の大野望をもって仕組んだ邪悪な侵略戦争だった。平和と民主主義を守ろうとする米国を先頭にした連合国(ソ連もシナも入っている)が、それを打破したのだ、としたのです。これが「東京裁判史観」、別名「太平洋戦争史観」です。「講座派史観」は日本史全体からそれを補強するような論理でしたから、非常に有効な武器として使われたわけです。GHQは日本人をして日本人を懲らしめる作戦に出たのです。いわば日本人コミュニストを活用したのです。

祖国の歴史を軽蔑し嫌悪するコミュニストたちも、自分たちの企てる共産革命にとっては渡りに船とばかり、GHQに阿諛追従(あゆついしょう)しました。彼らの多くは大学や学校教育界や言論界の主流に陣取って活発に動き回り、国民全体に「講座派史観」、今風にいえば「自虐史観」を植えつけました。

戦後27年4月、サンフランシスコ講和条約の発効で占領軍の主力は本国に引き揚げます。その後を受けた日本人マルキストおよびそのシンパは、日本共産党、日本社会党、あるいは進歩的文化人や日教組幹部、さらには朝日新聞や岩波書店の雑誌『世界』を舞台にして、戦前を否定する一方、占領憲法や教育基本法護持の運動に邁進(まいしん)します。このあたりのことは、みなさまご存じのとおりです。

しかしいまやわれわれは、マルクス主義が一種の革命宗教、「未来教」であったことを知っています。この「革命未来教」は、一時は20世紀の世界や日本の知識階層のあいだに広がりましたが、20世紀末、その総本山であるソ連が崩壊したため、いまや惨めな「過去の神話」と化しました。しかるに、平成年間に入ってから現在に至るまでのわが国の小・中・高等学校の社会科や歴史の教科書には「講座派史観」の残骸がいまだに濃厚にあります。むしろ本質を保ちながら、内容を隠微に変形させて増殖しているありまさまです。

それを深く憂慮して「自虐史観」打破の運動に立ち上がり、国民に猛省を促すのは明らかに正しい運動です。つまり「つくる会」の運動は明らかに正しい。ところが、日本が歴史の正当性に戻ることを恐怖する近隣諸国――まあ、個別的に国名を明示するまでもありませんから、近隣諸国といっておきます――、それに内通する日本国内の政治家や言論機関が厳然として存続し、また教育界には「つくる会」の運動を「時代錯誤の反動だ」と誹謗中傷する分子が相変わらず蔓延しているのもたしかです。もともと見識も勇気も薄い政府はなにを恐れてか、こうした異様な事態を本気になって打倒しようとしません。こうしたわが国の政治文化・教育状況の異様さが、扶桑社の中学校歴史教科書の採択率を惨憺たるものにしたのです。したがってこの状況は何としてでも克服しなければならない。私はそう思います。
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