映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

すべて彼女のために

2010年03月08日 | 洋画(10年)
 『すべて彼女のために』をヒューマントラストシネマ有楽町で見てきました。

 映画館の方は、シネカノンの後にヒューマントラストシネマの一環になったというので、ちょっとのぞいてみたいなと思っていたところ、先週号の『週刊文春』に掲載されたシネマ・チャートで、この映画についての評価が高かったことから、出かけてきました。

(1)はじめのうちはテッキリ“夫婦の間の純愛の物語”だとばかり思いながら見ていたところ、途中から、脱獄を巡るサスペンス映画としか思えなくなりました。警戒の厳重な現代の刑務所から脱獄することなど可能なのだろうかと、最後までハラハラドキドキさせられ通しでした。その意味で、すぐれたサスペンス映画と言えるでしょう!

 冒頭でまず、出版社に勤める若い女性(ダイアン・クルーガー:『イングロリアス・バスターズ』での活躍が思い出されます)が、突然、上司を殺した容疑で有無をいわさず逮捕され、結局20年の禁固刑に服することになってしまいます。
 ここで、“夫婦の強い絆”が映画のテーマだというのであれば、常識的には、彼女の国語教師の夫(ヴァンサン・ランドン)が、幾多の困難を乗り越えて、真犯人を見つけ出して妻の冤罪を晴らす、というように事態は進むのではないか、と観客は推測することでしょう。

 ところが、この作品では、そんな悠長なことは言っていられないとして〔妻が絶望の余り自殺を試みることもあって〕、妻を脱獄させる方向に夫は一直線に邁進することになるのです〔なお、客観的な状況から2審でも控訴が却下されてしまい、裁判官から状況が厳しいと夫は告げられますが、そう簡単に結論を下せるものなのか極めて疑問です〕。

 こうなると、すぐさま『板尾創路の脱獄王』を思い起こさせます。ただ実際には、その真逆をいくものではないかと思えました。
 すなわち、『脱獄王』の方はコメディですが、こちらは真面目一本の内容です。また、前者では、服役囚(板尾)が脱獄を図りますが、後者では、妻の服役囚(ダイアン・クルーガー)はなかなか事態が飲み込めませんでした(すべて夫が黙って段取りをつけたため)。それに、前者では人は誰も死んだりしませんが、後者では正当防衛ながら2人の死者が出てしまいます。もっというと、前者では、ハンググライダーによる脱出ですが、後者では飛行機を使って外国に高飛びします。
 確かに、妻を思う夫の熱い心があったからこその脱獄ですから、夫婦の絆を巡る物語といえないわけではないものの、映画の大半は、夫による脱獄の段取りの付け方を描いていて、まさしく脱獄を巡るサスペンス・ドラマと言うべきではないかと思いました。

(2)ところで、はじめに“夫婦の間の純愛の物語”なのかなと思ってしまったのには、わけがあります。
 実際に見に行ったのは3月3日(水)でしたが、夕方6時半の回に入場したところ、スクリーンの前にはなんと神道の祭壇(地鎮祭でヨクみかけるもの)が設けられているではありませんか!
 何事かと思ったら、定刻になると従業員の女性が巫女さん姿で登場し、“本日は雛祭りであり、かつこれから上映する映画は夫婦の強い絆を描いたものだから、新大久保にある夫婦木神社から神主さんに来ていただき、夫婦の絆がますます深くなるよう祈ってもらいます”と宣言したものですから、思わずのけぞってしまいました。
 暫くすると、一人の年取った神主と二人の付き人が登場し、その内の一人は、祭壇の隣に置かれていた太鼓を打ち鳴らし、もう一人は式次第を大声で言います。こうして、神主によって、地鎮祭と同じように、「降神」の儀→「祝詞奏上」→「玉串拝礼」→「昇神」の儀が粛々と進められました。
 この間ちょうど15分で、いつもなら予告編が上映されたことでしょう。
 それを何を血迷ったのか、観客がもう身動きできないころ合いを見計らって、強制的に神道行事を開催してしまうとは実に驚くべきことです。
 夫婦木神社は、イザナギとイザナミの二柱が祀られていることから、夫婦和合とか、縁結び、子授けにご利益があるといわれているようなので、マッタク関連性がないとまでは言えないものの、民間の風習である雛祭りとは何の関係もありませんし、特に、続いて上映される映画が“夫婦の絆”を巡るものだ、という先入観〔この映画の見方の一つにすぎないでしょう〕を見る前に与える以外の何物でもありません。
 前代未聞の珍事でした!

(3)この映画に対しては、評論家もかなり好意的です。
 小梶勝男氏は、「妻の突然の逮捕は、誰かが悪いというより、逃れようのない運命、すなわち古典的な「悲劇」として、主人公に襲いかかってくる。自分の運命にどのように立ち向かうか。そこに焦点をあてたドラマ作りが素晴らしい」として81点もの高得点をつけ、
 渡まち子氏は、「愛する妻のため一人孤独に戦い続けるジュリアンを演じたヴァンサン・ランドンが素晴らしい。細心の脱獄計画はサスペンスとして楽しめるが、基本はヒューマン・ドラマだ」として70点をつけ、
 福本次郎氏も、「国家という強大な権力に個人で立ち向かう主人公の姿は最初は滑稽ですらあるが、やがて経験が勇気と判断力を養い動きに無駄がなくなっていく。その妻を思う一念が彼に力を与え孤独な戦いを支える様子は、緊迫感がみなぎり一時も予断を許さない」と、同氏には珍しく高めの60点をつけています。

 私にはサスペンス映画という印象が強烈でしたが、評論家の皆さんは、最愛の妻を助けるために一人で戦う夫を描いたヒューマンドラマという印象の方がどちらかといえば強いように見受けられます。


★★★☆☆


象のロケット:すべて彼女のために

インビクタス

2010年03月06日 | 洋画(10年)
 『インビクタス/負けざる者たち』を渋谷のシネパレスで見ました。

 クリント・イーストウッド監督の作品については、これまでも随分とおつきあいをし、昨年だけでも『チェンジリング』と『グラン・トリノ』の2本を見ているので、この作品もぜひと思って映画館に出向きました。

(1)見る前にあまり情報を持っておらず、偶々耳にした話から、南アフリカのマンデラ大統領とサッカーの話なのかしらと漠然と思っていましたら〔ちょうど、南アでサッカーのワールドカップがもうすぐに開催されることもあるしと〕、ラグビーの話なのでアレっと思ってしまいました。

 そんなことはどうでもいいのですが、実際に見てみますと、これまでのイーストウッド監督の映画はどれももちろん大変真面目なものばかりのところ、この作品は、それらに輪をかけて真面目で純粋なので、その意味でもアレッと思ってしまいました。

 なにしろ、南アの大統領に選ばれたばかりのマンデラ氏は、黒人と白人との融和を一番に掲げ、そのためにはちょうど南アで開催されることになっていたラグビーのワールドカップを利用しない手はないと考え、それに向かって様々な手を打ちますが、あれほど人種対立が高じていた国がマンデラ氏の呼びかけに素直に応じて、結局は大目標を達成してしまうというストーリーなのですから!
 いったい、アパルトヘイトは、どこの国の問題だったのでしょうか?

 こういう映画を見て、評論家の前田有一氏は、「スポーツアクションであり、史実伝記であり、感動の人間ドラマでもある。さらにいえば、95年の南アフリカを舞台にしていながら、じつは現在のアメリカを強烈に比ゆした物語でもあったりする。こういう百面相の作品は、映画好きにはたまらない」などと仰々しくのたまいます。
 ただ、そんなことは彼にわざわざ言ってもらわなくとも、別に複雑な作り方をしている作品ではないので、映画を見れば誰でもすぐにわかります〔それに、「強烈に比ゆした物語」とはどういう意味の日本語なのでしょうか?〕。

 むしろ、あまりにも単純な視点からすべてをストレートに描き切ってしまっていて、評論家による論評など全く必要としない映画だと言えるのではないでしょうか?
 そういうところから、小梶勝男氏が、「今回も傑作を期待してしまった。それだけに失望は大きい」、「一つ一つは実にいい場面がある。なのに、全体として面白いと思えない」、「イーストウッドはあえて、映画よりもメッセージを優先したのではないか」と述べているのは、よくわかる気がします(彼の評点はもともと底上げ気味なので〔『グラン・トリノ』に対して97点!〕、この映画に対する73点というのはかなり低目といえるでしょう)。

 さらに、前田有一氏は、「本作品がストーリーの裏側でアメリカの今を描いていることを念頭に、この後のフランソワ〔南ア・ラグビーチームのキャプテン〕の行動や台詞に注目すると、イーストウッド監督がアメリカ人に向けたメッセージをたやすく感じ取ることができ、これまた興味深」く、「これぞザ・政治映画」だとして75点をつけています。
 ですが、「ザ・政治映画」なるものは、そんなに高く評価されるべきものでしょうか?「イーストウッド監督がアメリカ人に向けたメッセージをたやすく感じ取ることができ」たとしても、それが何だというのでしょうか?メッセージをそんなに「たやすく」理解できるのであれば、どうしてわざわざ映画にする必要があるのでしょうか?そんなわかりやすいことなら、どうして実際に実現できていないのでしょうか?

 南アの現状については、映画で描かれている南ア国民の気分の高揚は、やはり一時のもので、実際には人種対立は解消されておらず、特に治安は最悪の状態になっているとされていて、6月中旬に予定されているFIFAワールドカップが無事に開催されるか危ぶまれているとのことです。

 とはいえ、マンデラ大統領に扮するモーガン・フリーマンの品格のある演技は実に素晴らしく、またラグビーチームのキャプテンであるフランソワ役のマット・デイモンの瑞々しい演技も特筆されます。それに、ラスト30分のラグビーの試合は、実にうまく描き出されていて、映画を見ている者は興奮させられます。ただ、それも、実際の試合が素晴らしかったことによるのではないかと思ってしまうのですが。

(2)この映画では、映画と同じタイトルの詩が大きな役割を果たします(マンデラ大統領の長い獄中生活を支えた詩)。
 その詩は、イギリスの詩人のウィリアム・アーネスト・ヘンリーによるものだということで、少し調べてみました。

 彼は、1849年に、イギリス南西部のGloucesterに、6人兄妹の長男として生まれました(53歳で亡くなる)。
 12歳の時に骨結核に罹り、しばらくして左足の膝下を切断せざるを得ない羽目に陥りました。18歳の時に、ロンドンに出てジャーナリストとして活動しようとしましたが、右足も結核に冒されていたために、長期にわたって病院暮らしをせざるを得なくなります(こちらの足も切断しなければとの診断を受けましたが、別の外科医の努力でそれは免れました)。
 病から回復すると、ヘンリーは、40歳の時にScots Observer誌(エジンバラの雑誌で、のちにロンドンに移ってNational Observer)の編集者となり、さらにまたトマス・ハーディー、ジョージ・バーナード・ショー、H・G・ウエルズなどの初期作品の出版に携わったりしています。
 「Invictus」は、ヘンリーが26歳(1875年)の時に書いたもので、彼の詩の中で最も愛唱されています。結核感染のため足を切断したことから回復したことを書き表した詩とされているようです。
 なお、『宝島』に登場する海賊シルバー船長のイメージは、著者ステーブンソンの親友であるヘンリーに負っているとさています(また、ジェームス・マシュー・バリーの「ピーター・パン」に登場するヒロインの名前ウエンディは、ヘンリーの娘のあだ名によるともされているようです)。

(3)上で触れた以外の評論家にあっては次のようです。
 渡まち子氏は、小梶勝男氏と同様に、「近年、心をわしづかみにする傑作を連打している巨匠イーストウッドの作品としては、ソツのない作りではあるが平凡な出来。実話なので、大会で起こる奇跡の躍進劇にも驚きは薄い」と述べて、65点をつけています〔『グラン・トリノ』に対しては90点〕。
 ところが、福本次郎氏は、「理性を信じ、人は変われることに疑いを持たないマンデラの心の広さが代表チームの奮闘を促し、巨大なうねりとなってスタジアムを埋める大観衆だけでなく全南ア国民を飲み込んでいく様子は圧巻だ」として70点をつけています。
 この論評は、「マンデラの心の広さ」を評価したのか、「全南ア国民」の様子を描いたイーストウッド監督の力量を評価したのか、どちらなのでしょうか?


★★☆☆☆




象のロケット:インビクタス/負けざる者たち

抱擁のかけら

2010年03月04日 | 洋画(10年)
 『ボルベール』、『エレジー』や『それでも恋するバルセロナ』で見た妖艶なペネロペ・クルスの映画だというので、まあ前田有一氏が言うように「罪作りなおっぱいの物語」かもしれないと思いつつも、映画館に足を運んでみました。

(1)この映画は、どうしてどうして、なかなか骨太の手強い作品となっています。
 むろん、ペネロペ・クルスは、二人の男性から愛される役柄であって、「罪作りなおっぱい」が映し出される愛欲シーンに欠けるわけではありません。
 ですが、ヒロインのレナを愛する二人の男性のうちの一人ハリー・ケインは、視力を失った脚本家ながら、14年前まではマテオ・ブランコと名乗る映画監督だったという設定になっています。
 そして、14年前にマテオが制作した映画は、公開されると大変な酷評を受けてしまうのです。その一部は、この映画の中でも映し出されるところ、確かにどうでもいいような酷い内容です。ところが、ラストになって、ケインの関係者が編集し直したものが映画の中で映し出されると、同じ場面ながら、実に傑作なコメディとなっています。
 また、この映画の中では、レナとマテオが、一緒にクラシカルな映画『イタリア旅行』(ロッセリーニ監督、1954年)を見るところ(注)、イングリッド・バーグマンが涙する場面が映し出されます。それを見たペネロペ・クルスが感動するのですが、その全体をまた映画館の観客が見ることになるという複雑な構造になっています!
 それに、レナを愛するもうひとりの男性エルネストの息子が、父親に命じられて、マテオ・ブランコの映画制作風景をVTR撮影し、その映像をエルネストが見るという場面があります。この場合、嫉妬に駆られたエルネストは、読唇術を心得た女性を使って、マテオがレナに何を話したのかを解明しようとします。
 要すれば、この作品は、確かにペネロペ・クルスの美しさ(「罪作りなおっぱい」)を映し出してはいるものの、決してそれにとどまらず、映像とは何か、映画とは何かといった問題を、さまざまの入れ子構造の場面を通じて観客に突きつけているのではないかと思いました。

(注)ちなみに、最近読んだ『荒木経惟 つひのはてに』(フィリップ・フォレスト著、澤田直・小黒昌文訳、白水社、2009.12)では、写真家アラーキーの『センチメンタルな旅』(1971)は、「まちがいなく「イタリア旅行」を暗示するところがある」と述べています(P.60)。

(2)こうした“入れ子”構造(自己言及的な構造)は、今更プルーストの『失われし時を求めて』を持ち出すまでもなく、小説の世界ではすでにおなじみとなっていて、また映画の世界でもいくらでも前例を見つけ出せるでしょう。
 少し昔でいえば、たとえば『カイロの紫のバラ』(ウッディ・アレン監督、1985年)では、映画館で上映されている同盟の映画から登場人物がこちらの世界に飛び出てきたりします。
 また、三谷幸喜監督の『ザ・マジックアワー』(2008年)でも、映画の中で、劇映画が制作されている場面が映し出されています。
 ただ、今回の『抱擁のかけら』では、さまざまのメディアの映像、すなわち劇中で制作されている映画のみならず、クラシカルな映画のものやVTRによる映像までも使われている点が特徴的なことだと思われます。

(3)評論家の皆さんはまずまずの評価です。
 渡まち子氏は、「本作の個性は、映画という虚構の中にさらに真偽を仕込む複眼の視点。加えて言えば、同性愛を公言するアルモドバル(監督)特有の、同性と異性の二つの愛のバランスも。多重多層的な構成は、観客を困惑させると同時に、めくるめく陶酔へと誘う」として70点を、
 福本次郎氏も、主役の男性が、「ある男との出会いを通じて生きる力を取り戻す過程を、幾重もの秘密と嘘、謎と伏線で包み、愛という最もミステリアスな心の真実に迫っていく。現在と過去が頻繁に行き来する中で、諦観と希望、喪失と再生が見事なコントラストで描かれる」として70点を、
それぞれつけています。

 ただ、前田有一氏は、「相変わらず上手な映画作りだが、逆に言えばすべてが予想の範疇。個人的には、驚きも新発見もない平均的な作品となった」として55点しか与えていません。
 マア、すれっからしの前田氏にしてみれば、この映画の入れ子構造など「驚きも新発見もな」く退屈なだけなのかもしれませんが、寂しいことです!


★★★☆☆

象のロケット:抱擁のかけら

最近の刺青事情(下)

2010年03月02日 | 
 昨日の続きです。

(4)宮下規久朗・神戸大学准教授による『刺青とヌードの美術史―江戸から近代へ』(NHKブックス、2008.4)(注1)の第5章「美術としての刺青」では、日本における刺青の変遷につき、あらまし次のように述べられています(P.170~)。



 「刺青は、おそらく縄文人にまで遡る呪術的な装身術であった」。『魏志倭人伝』にも記述があり、「『日本書紀』には刑罰として刺青を罪人に施した記事がある」。
 しかし「その後、刺青はずっと記録から消えている。数百年の間、日本人は刺青という風習を忘れており、「刺青絶無時代」であった」。
 刺青は、「17世紀前半の寛永ごろから徐々に復活し、享保5年(1720)、八代将軍の徳川吉宗がこれを刑罰として復活させた」。これ以降、「刑罰(黥刑)のほうは主に「入墨」、そうでないものを「彫物」とよ」ぶようになった。
 「18世紀後半の明和・安永期となると、侠客の間に刺青を誇示することが目立ってき」て、それに重要な役割を果たしたのが歌川国芳らの『水滸伝』の武者絵であり、これこそが「ワンポイントではなく、全身に大きな刺青を施すブームを作り出したといわれている」。
 ところが、明治維新になって、刑罰としての入墨を含めて刺青は全面的に禁止され、刺青は、昭和23年に禁止が解かれるまでの「76年の間にすっかり裏社会のものになった」。
 現在、「若者の間のファッションとして洋風のタトゥー」が「かなり普及している」が、「1970年代のヒッピー・カルチャーや70年代のパンク・ムーヴメント」の「影響を受けている」ものであって(注2)、「東京の若者が「自由」を求めてアメリカン・タトゥーを彫るのも、ヒッピー・ムーヴメントに端を発する反社会的行為である」。


(注1)以前、別のブログの記事に対するコメントの中で取り上げたことがあります。
(注2)同書には、江戸の花柳界では、「二の腕に「○○様命」と入れたり、胸ぐらに般若の面を彫ったりするのが「いき」とされるようになった」とあるところ、これとの繋がりは認められないのでしょうか?


(5)刺青というと、私の中ではタトゥーというよりも、やはり『緋牡丹博徒』とか『昭和残侠伝』といった「任侠映画」に登場するヤクザの背中一杯に展開される、日本の「和彫り」がすぐに思い浮かびます(注1)。
 「和彫り」については、上で触れたように『水滸伝』の武者絵が中心であり、その「基本的な図像は、19世紀中頃に生まれ、明治期の始めまでに確立した」と同書では述べられています。
 さらに、宮下氏は、「彫られた人の生がそのものが肉体を輝かせ、内面性と外面とが融合しているという点で、まさにに日本ならではの稀有な裸体芸術であった。しかしそれは一過性のはかない芸術であり、江戸期の社会風俗や習慣と分かちがたく結びついていたため、豊かな芸術的可能性を秘めながら、近代化された社会では存続できなかった」と述べています(P.205)。

 こうした見解は、「和彫り」を極めて高く評価した評論家の松田修〔『日本刺青論』 (青弓社、1989年)〕等からすれば、微温的にすぎるでしょう。
 ここで、昨年7月に亡くなった平岡正明氏に少し触れてみましょう。



 彼は、上記の『官能武装論』(新泉社、1989年)において、松田修の刺青論に基づき論を展開し、「刺青の根源にある原衝動は、縄文人の復権」などと言いながら(P.340)、同書の末尾では次のように述べています。
 「松田刺青学は、刺青こそ全マイナスを逆転して芸術にたかめた至高の、唯一の芸術であることを描きあげ、逆転の全課程を立証したものであるから、次の課題は、開放されて王位にのぼった刺青が、他のものの援軍にまわる番である。
 プロレタリア革命における刺青は告げるだろう。ただひたすら、武装衝突の現場に赴いて、双肌ぬいで「べらぼうめ!」と啖呵をきることは革命的である」。

 東大紛争まっただ中の昭和43年東大駒場祭のポスター「とめてくれるなおっかさん」が思い出されます(注2)!



 なお、「和彫り」については、宮下氏の著書において、須藤昌人氏の写真集『藍像』(ちくま文庫)が取り上げられていて、「刺青をひとつのオブジェとしてとらえ、その美を見事に伝えた写真芸術として特筆されよう」と絶賛されているところです。




(注1)とはいえ、斎藤卓志著『刺青墨譜』(春風社、2005年)には、「刺青とタトゥー、両者をどう見分けるか。現在それは不可能に近い。ある時代までは刺青が日本、タトゥーが外国といえた。同時に、手彫りが和彫り、機械で彫るのがタトゥーであった。しかしそれぞれが相互に入りあって境がなくなった」と述べられています(P.90)!
(注2)驚いたことに、この2月から書店に置かれている『新装版1968年グラフィティ』(毎日新聞社)の表紙に、このポスターが使われているのです!


(6)ところで、宮下氏の著書では、さらに、ニュージーランドのマオリ族などに見られる習俗としての刺青に関するクロード・レヴィ=ストロース(注1)の研究が紹介されています(注2)。


(マオリ族の刺青)

 該当するのは、『構造人類学』(みすず書房、1972年)に収められている論文「アジアとアメリカの芸術における図像表現の分割性」(同書第5章)です。
 同論文は、単に「刺青」というよりも、もっと広範な「図像表現」を取り上げ(注3)、南北アメリカと古代中国の芸術とニュージーランドのマオリ族の芸術との間に著しい類似性―図像表現における「分割性」(注4)という点で―が見られることに着目して、これを「伝播」の観点からとらえるべきなのか、そうではなくて「心理学か形式の構造分析」によるべきなのかを議論しています。

 ここで注目されるのは、次の2点でしょう。
イ)「たとえ伝播学派のもっとも野心的な再構成が立証されたとしても、なお生ずるであろう歴史とはかかわりのない本質的問題があるだろう。つまり、長い歴史的時代を通して借用されたり伝播されたりした文化的特性は、なぜ変わらずにもとのままであるのかという問題である」として(P.282)、構造分析の重要性を指摘しています。
 これは、伝播主義者の努力を否定するわけではないにせよ、「世界の二つの部分で装飾の細部や独特な形が明らかになると、たちまち、その二つのものにかなりの地理的・歴史的距離があっても、その起源が同じだとか、別の点では比較できない諸文化のあいだに先史時代にはたしかな関係があった」と言い立ててたことに対する疑問の提示だと考えられます(P.269)。

ロ)装飾図像全般という観点から、彫刻や絵画等まで分析の対象としています。それも、特定の時代に限定せずに、古代から近代までを共時的に取り扱っています。

 このように、刺青をもっと広範な「図像表現」の中で考えるべきだとしたら、単なる素人考えにすぎませんが、あるいは、このところ問題になった顔面整形も一連の検討の対象に入ってこないでしょうか。そして、もしかしたら、『ミレニアム』のリスベットが「鼻と眉にピアスをつけ」ている姿も(注5)、同じ観点から考えてみたら面白いのかもしれません。


(注1)昨年11月に亡くなったレヴィ=ストロースのライフワーク『神話論理』の翻訳の最終巻「裸の人2」(みすず書房)が、2月の末についに刊行されました。
(注2)宮下氏の著書において、「刺青絶無時代」にあっても「刺青の習慣は存続していたと推測され」ている、「奄美以南と琉球、アイヌの文化圏」の分析にも繋がっていくのではないかと思われます。
(注3)ブラジルのカドゥヴェオ族の場合は、「数日後には塗りなおさなければならない絵であり、野生の果実や葉の汁に浸した木のへらで描かれるもの」(P.274)。古代中国の場合は、殷の青銅器にある装飾芸術。
(注4)一つの顔(場合によっては、一つの個体全体)が、二つの側面像の結びついたものとして表わされることを指します。
(注5)『ミレニアム 1(上)』P.58。
  なお、その後、リスベットは、体のあちこち(乳首、下唇、左の陰唇)につけていたピアスをはずし、結果として、「耳にいくつかつけているピアスは別として、ボディピアスは左眉のリングピアスと鼻のピアス、へそにつけているアクセサリーの3つだけとなった」ようです〔『ミレニアム 2(上)』P.149〕。


(7) 覚醒剤取締法違反事件の元タレントの足首にタトゥーが入れられていたりと、刺青に関する話題は、映画以外のところでも尽きないようです。そして、チョット調べただけでも、刺青(タトゥー)は、歴史的にも地理的にも相当の広がりを持ったものだということも分かります。
 そういうところから、刺青(タトゥー)を巡る問題をきちんと分析することは大層難しく、ここでは論評はできるだけ差し控え、酷くまとまりのないものになってしまいましたが、簡単に事例を並べるだけにとどめておくことといたします。

最近の刺青事情(上)

2010年03月01日 | 
 スウェーデン映画『ミレニアム』に関する記事についてのコメントの中で、「Oldies狂」さんは、次のように述べています。「なぜリスベットは「龍の入れ墨」をしたのでしょうか。古代の夏王朝やタイ民族になどに見られる龍信仰には、民俗学的に興味があるのですが、ウラル語族であるフィン人の影響なのでしょうか、それとも個人的な嗜好なのでしょうか。この辺は、原作小説には触れるところがないのでしょうか」。
 以下においては、「Oldies狂」さんに対する直接的な回答には到底なり得ませんが、最近の映画に見られる刺青(タトゥー)のことや、刺青に関連する本などについて、ごく簡単に触れてみたいと思います。

(1)映画『ミレニアム』では、副題が「ドラゴン・タトゥーの女」とあるくらいですから、見る前は、タトゥーがいくつも映し出されるのではと思っていたところ、実際にはごく控えめな描き方しかされていません。

 ただ、スティーグ・ラーソンの原作では、ヒロインのリスベットは、「首に長さ2センチのスズメバチのタトゥーを入れ、さらに、左の二の腕と足首のまわりにも帯状のタトゥーをして」おり、「その肩甲骨に一層大きなドラゴンのタトゥーがあ」って、それは「右の肩甲骨から臀部にかけて」「身をくねらせてい」ているとされています(注1)。

 こうした原作の描写からすると、日本版の本の表紙に使われている下記の画像は、かなり簡略化されていると言わざるを得ないでしょう。



 原作では、リスベットが、どんな理由からたくさんのタトゥーを入れているのかについて、十分な説明はされてはいませんが、それでも、足首の帯状のタトゥーについては、「ある出来事を忘れないようにするため」に、さらにもう1本タトゥーを入れてもらうべく、リスベットは、ストックホルム市内にある「入れ墨の店」に出向く、とあります(注2)。とすると、彼女は、タトゥーの数だけ人に言えない大変な思いをしたことになるのかもしれません。

 また、スズメバチのタトゥーについては、17歳のリスベットがボクシングクラブで「男どもとスパーリング」をしたときの様子について、「リスベットとのスパーリングは、スズメバチと戦っているような感じだった。それで彼女はスズメバチって呼ばれて」、「ある日首筋にスズメバチのタトゥーを入れてクラブに現れた」とプロボクサーが証言しています(注3)。

 なお、肝心のドラゴン・タトゥーについては、リスベットの治療にあたったヨナソン医師が、「なぜその入れ墨をいれたの?」と尋ねたところ、リスベットは、「このタトゥーを入れた理由は個人的なことなので、話したくありません」と答えて終わってしまっています(注4)。


(注1)『ミレニアム 1(上)』(ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳、早川書房)P.58、及び『ミレニアム 1(下)』P.211。
 なお、後者では、さらに「腰に漢字、ふくらはぎに薔薇のタトゥーがあった」と述べられています〔ドラゴン・タトゥーについては、加えて『ミレニアム2(上)』P.148において、「赤と緑と黒で描かれたドラゴンが、肩のあたりから下へ向かって長い体をくねらせ、すらりとした尾が右の尻を通って腿のところまで伸びている」と書かれています〕。
(注2)『ミレニアム 1(上)』P.349。
(注3)『ミレニアム 2(下)』P.147~P.153。
 なお、『ミレニアム 2(上)』P.33によれば、リスベットは、「ジェノヴァのクリニックに入院中」にこのスズメバチのタトゥーを消してもらっています。というのも、「このようなあからさまに目立つタトゥーをつけていては、人の記憶に残りやすく、身元の特定が容易になってしまうから」です。
(注4)『ミレニアム 3(上)』P.289。

(2)昨日取り上げた映画『50歳の恋愛白書』では、キアヌ・リーヴスの胸には、下の画像のように聖人の刺青(タトゥー)が大きく施されています。



 そう思って振り返ってみますと、最近見た映画には刺青(タトゥー)があちこちで飛び交っているのです。
 『フローズン・リバー』の主人公レイの腕にはタトゥーが見られ、そこから若い時分の様子が想像されますし、前々回取り上げた『板尾創路の脱獄王』でも、板尾創路が演じる主人公の胸には「逆さ富士」の刺青があり、映画のラストシーンでは一定の役割を果たしています(次の画像は、劇場用パンフレットに掲載されているもの)。



 チョット遡れば、たとえば『蛇にピアス』(蜷川幸雄監督、2008年)とか『Plastic City』(ユー・リクウァイ監督、2009年)など、随分と見つかります。





(3)上で取り上げました『板尾創路の脱獄王』において、主役の板尾の胸に施されている「逆さ富士」の刺青は、もしかしたら江戸時代の入墨刑につながるものかもしれません(注1)。
 また、『フローズン・リバー』の女主人公レイの腕にあったもの、『ミレニアム』のリスベットや『50歳の恋愛白書』のキアヌ・リーヴスの刺青、それにオダギリジョーのタトゥとか『蛇にピアス』で見られる刺青(注2)は、あるいはヒッピー文化とかパンク・ファッションに由来するといえるかもしれません。
 明日は、もう少し歴史的に刺青を見てみましょう。

(注1)リスベットが、自分の後見人であるビュルマン弁護士の下腹部に施した文字「私はサディストの豚、恥知らず、レイプ犯です」の刺青は、こうした刑罰としての入墨につながるのでしょうか(『ミレニアム 1(上)』P.361)?
(注2)金原ひとみの原作には、龍の刺青を持つアマという男の子が、「かっこいいでしょー?」と自慢すると書いてあります(集英社文庫P.11)。もしかしたら、『ミレニアム』のリスベットも、“かっこいい”というだけで龍の刺青をしているのかもしれません(単なる想像に過ぎませんが)。