映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

恋するベーカリー

2010年03月21日 | 洋画(10年)
 『恋するベーカリー』を吉祥寺で見てきました。

 この映画の主演のメリル・ストリープについては、昨年は3本もの映画を見ているため(年末の『ジュリー&ジュリア』を含めて)、今年もやはりこれまで同様追跡してみようというところから見に行ってきました。

(1)見る前までは、「ベーカリー」とあり、さらには映画のポスターにもパン屋の光景が映し出されていますから、これは前作『ジュリー&ジュリア』と似たような雰囲気の映画かなと思っていました。
 ですが実際には、料理の場面はごく少なく、専らジェーン(メリル・ストリープ)を巡って、弁護士の元夫・ジェイク(アレック・ボールドウィン)と建築デザイナー・アダム(スティーブ・マーティン)とが繰り広げるラブコメディ、といった趣の映画です(原題は「It’s Complicated」)。

 特に注目すべきは、この3人は皆50歳代後半以上の年齢という設定になっている点でしょう。
 そうなると、こうしたシチュエーションがうまく進んでいくためには、以前『新しい人生のはじめかた』のところでも申しあげたように、
・彼らに親とか子供がいても、ある程度自由に行動できること。
・それぞれ所得を得る職業に就いていること。
・自分に対してよりも相手に対してより大きな気遣いができること。
といった条件が確保されている必要があると思いますが、この3人にはそうした条件が実にうまく揃っているのです。
・独身のジェーンについては、そのの一番下の息子が、ちょうど大学を卒業して自立する時期にあたっていますし、ジュイクについても、その再婚相手には幼い連れ子がいますが、あまりいい関係にありません。また、アダムは独り身で、離婚して2年ほど経過しています。
・ジェーンの経営するベーカリーは順調に営まれているようですし、ジェイクは敏腕弁護士であり、またアダムも建築デザイナーとしてすこぶる有能なようです(大きな建築事務所を開いています)。
・還暦に近いかそれ以上の年齢になってくると、誰しも自分のことばかり言っていても物事はうまく進まない、ということがわかってくるようで、特にジェイクは、ジェーンと結婚していたときは、猛烈に働いてほとんど家にいなかったようなのですが(子供たちの話からそれが推測されます)、いまや二人の時間の方を優先させたいという気になってきています。

 そうなればラブストリーがどんどん進展しだし、ついには、ジェーンはアダムとジェイクの間に挟み込まれてしまいます。さあどうなるでしょうか?

 この映画は、以上のような現実にはあまり起こりえないシチュエーションにわざわざ設定したうえで、その中でメリル・ストリープらがどのように行動していくのだろうか、ということを描きだしたものです。
 このような雰囲気の映画に対して、いい気なものだ、厳しい現実が分かっていない、大体本人たちの親族(親や兄弟)どうなっているのかとか、病気の点はどうなのか(ジェイクは、前立腺に問題アリとのことですが)などが不分明なままではリアルさが足りないではないか、と言い募っても無意味でしょう。
 観客達の、こうだったら面白いな、素晴らしいだろうに、という密やかな願望を、映画の上で実現して見せただけのことですから(注)、出演者のコミカルな演技を十分堪能すればいいのでは、と思います。

 ただ、こうした映画でも、これまで見た映画には黒人とか化少数民族といったマイノリティが幾人かは出演していたはずですが、どうもこの映画には見当たらない感じです。そこれ辺りがチョット奇異に感じました。


(注)現在も漫画雑誌『ビッグ・コミック・オリジナル』で連載中の『黄昏流星群』(弘兼憲史、1995.12~)の中の1挿話としても、場違いではないのではないでしょうか?

(2)この映画では、ジェーンの元夫・ジェイクの再婚相手のアグネスが、背中(左肩甲骨のあたり)に比較的大きな虎のタトゥーを入れているのが目につきました。
 『ミレニアム』のリスベットのように皮ジャンを着たりしてそれを隠しているわけではなく、パーティーなどでは肩が露出している服を着て、皆に注目されています。

 注意していると、刺青に関する出来事は映画以外のところでも見つかります
 たとえば、3月2日の記事に対する「龍胤子」さんのコメントに、「明治期には、英国やロシアの重要王族が訪日した際に「龍」などの入れ墨をした例がある」と述べてありますが、4月号の文芸雑誌『新潮』には、ロシアの現代作家エヴゲーニイ・グリシコヴェツの短編『刺青』(沼野恭子訳)が掲載されていて、その中では、ある水兵がそ「の左手の親指の付け根に小さな彫り物(タトウ)というか小さな青い錨の刺青があること」に至る経緯を物語っていて、あまりの同時性に驚いてしまいました!

(3)評論家の感想もまずまずといったところでしょう。
 福本次郎氏は、「映画は、一度別れた夫と心に傷を負った男から求愛される彼女の「老いと性」を正面から見つめる。コミカルなシチュエーションと下品になりすぎない下ネタ、エスプリの利いたセリフで適度な笑いをまぶした脚本が素晴らしい」として、いつも辛口なのに70点もの高得点を与え、
 渡まち子氏は、「何より、いくつになっても母親や妻よりも「女」でありたいと願うヒロインの、前向きに生きる姿に感服する。原題は「ややこしい!」の意味。まったくそのとおりだが、いろいろあるからこそ人生は退屈しないのだ」として60点を与え、
 山口拓郎氏は、「メリル・ストリープとアレック・ボールドウィンとスティーブ・マーティンの3人で計180歳に迫ろうかというところだが、そうした年齢を感じさせないほど生き生きと元気な作品に仕上がった壮年ラブコメディ「恋するベーカリー」。今どきのクールな若者の恋よりも、こうした“オトナ”の恋のほうが断然おもしろい!?」として65点を、
それぞれつけています。

 福本氏のいうように、この映画が「老年」を巡るものなのか、それとも山口氏のいうように「壮年」に関するものなのか、微妙といったところですが、いずれにせよそのお盛んなことは見習うべきなのでしょう!


★★★☆☆


象のロケット:恋するベーカリー