映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

くちびるに歌を

2015年04月10日 | 邦画(15年)
 『くちびるに歌を』を新宿ピカデリーで見てきました。

(1)ここしばらく洋画が続いたのでこの辺りで邦画をということで、上映終了間近ながら映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭は、フェリーの甲板にあるベンチで横になっている女性の姿。島伝いにフェリーが進んで行く内にむっくりと起き上がったのが、長崎の五島列島にある中学校の臨時の先生になった柏木ユリ新垣結衣)。
 彼女は、五島列島が故郷ですが、上京してピアニストになっていました。友人の松山先生(木村文乃)が出産で休暇をとるために、代理をすることになったものです。

 次いで、中学生の仲村ナズナ恒松祐里)が、母親の写真が置かれた仏壇で手を合わせてから、自転車に乗って学校へ向かいます。
 そして、ナズナのナレーションが入ります。
 「ある先生との出会いが人生を変えました。15年後の私は覚えているでしょうか」

 さあ、柏木ユリと仲村ナズナが部長の合唱部との出会いは一体どんなことになるのでしょうか、………?




 本作がどんな感じの映画になるのかは予告編からある程度見通せてしまうとはいえ、またストーリーにもやや疑問な点があるものの、主演の新垣結衣、アンジェラ・アキが作った曲「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」、それに舞台の長崎の五島列島、この3つを十分に楽しめるので、まずまずの出来栄えの作品ではないかと思いました(注2)。

(2)本作は、やっぱり先月見た『幕が上がる』と比べたくなってしまいます(注3)。
 類似する点から言うと、例えば、同作は演劇部顧問の溝口先生(ムロツヨシ)ではなく専ら美術の吉岡先生(黒木華)が演劇指導に当たるのと同じように、本作では本来の松山先生ではなく代理の柏木ユリが指導に当たります。

 また、吉岡先生が中央の演劇界で“元学生演劇の女王”と呼ばれていましたが、ユリも、中央のクラシック音楽界で“天才ピアニスト”とされていたのです。

 さらに、同作も本作も、ラストが県大会になっています(注4)。

 違っている点としては、例えば、同作が高校生を取り扱っているのに対して、本作は中学生が対象となっています。ただ、高校生の場合、一般には恋愛問題が絡むでしょうが、同作では全く描かれていないので、この点に着目する意味はあまりないでしょう。
 ただ、同作の演劇部は女生徒のみで構成されているのに対し、本作の合唱部も元々は女生徒のみだったところ、ユリに釣られて6人の男子生徒が入部してきましたので、雰囲気的に相違があるかもしれません。



 また、同作が演劇部、本作が合唱部という違いがあります。
 特に、同作は、独自の演劇理論を持つ平田オリザ氏の小説が原作となっていることもあり、演劇部が様々の舞台をこなすことによってより上のレベルに成長していく様がかなり入念に描かれています。
 他方、本作では、ユリの指導する場面が描かれているとはいえ、そして、最初のうちは箸にも棒にもかからなかった男子生徒が最後には上手に歌う様が描かれていますが、合唱の上達という側面にそれほど重きが置かれていません。

 色々申し上げましたが、何と言っても同作は「ももいろクローバーZ」のメンバー5人が中心であり、映画の中でのそれぞれの成長ぶりに注目が集まってしまいますが、他方の本作では、合唱部自体が皆で成長する姿が描かれ、同作に比べてとても素直な感じがするところです。

(3)とはいえ、本作のストーリーにはやや疑問な点があるようにも思います。
 例えば、本作では、主人公のユリが、気鋭のピアニストとして活躍していたにもかかわらず、突然ピアノが弾けなくなってコンサートの舞台から姿を消してしまう事件が描かれますが、その理由があまり説得的ではないような気がします(注5)。

 また、映画では桑原サトル下田翔太)が活躍するとはいえ、どうもよくわからない人物です。
 とりわけ、誰も彼のことを知らないでいて、観客にはなんだか転校生のように見えてしまうのです(注6)。
 また、自分と兄・アキオ渡辺大和)との関係について、普通あのように考えるものなのかどうか、少々疑問に思われます(注7)。

 さらに言えば、“あなたは決して一人じゃない”と言うおなじみのフレーズが本作でも見受けられました(注8)。

 でも、『麒麟の翼』以来久しぶりで新垣結衣を映画で見ることが出来ましたし(注9)、アンジェラ・アキの「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」(歌詞はこのサイト)が映画の中で何度も流れて堪能しました(注10)。何よりも、クマネズミが行ったことのない五島列島の自然の素晴らしさを垣間見ることが出来ましたから(注11)、ここで申し上げたつまらないことはどうでも良くなってしまいます。

(4)渡まち子氏は、「心に傷を抱えた音楽教師と生徒たちが合唱によって絆を深める「くちびるに歌を」。美しい風景と子どもたちの素直な演技は好感度大」として65点を付けています。
 秋山登氏は、「日本映画に、近ごろ、いわゆる〈学園もの〉がやけに目に立つ」が、「長崎・五島列島の小さな島の中学校を取り上げたこの作品は、中でも出色の出来だ。何よりも大人が白けずに見ていられるのがありがたい」と述べています。
 読売新聞の福永聖二氏は、「合唱の力で心が一つになっていく様子は、展開が読めていても感動してしまう。合唱コンクールの会場で、学校の枠を超えて歌の輪が広がる場面には、胸に熱いものがこみ上げてきた」と述べています。



(注1)原作は、中田永一(乙一)著『くちびるに歌を』(小学館文庫:未読)。
 監督は、『アオハライド』の三木孝浩
 なお、映画化に至る経緯については、例えばこのサイトの記事の「曲解説」が参考になります。

(注2)出演者のうち、木村文乃は『太陽の坐る場所』、同僚の先生役の桐谷健太は『アウトレイジ ビヨンド』、サトルの母親役の木村多江は『夜明けの街で』、サトルの父親役の小木茂光は『あんてるさんの花』、ナズナの祖母役の角替和枝は『0.5ミリ』、ナズナの祖父役の井川比佐志は『春を背負って』で、それぞれ見ました。

(注3)というのも、両作の公開日が同じ日(2月28日)で、本作の三木監督がTwitterで「部活映画対決じゃ~」と言っているからでもありますが(例えば、この記事)。

(注4)尤も、演劇の場合、先ずブロック大会があって、そこで上位入賞すれば県大会に出場できるのであり、同作の演劇部もブロック大会を経てからの県大会でした。
 他方、合唱の場合は、先ず県大会があり、その上位校がブロックの大会に出場できるようです(本作の合唱部は、上の大会には行けないようです)。

(注5)実は、ユリの許婚(中学時代から付き合っていた)が家に戻る際に、乗っていたオートバイが事故を起こし許婚が死んでしまったのです。コンサート開演直前に、控室にいたユリに消防庁の職員(声:前川清)から事故の連絡が入り、彼女は舞台に登場するものの、ショックからピアノに指を置くことができず、退場してしまいます。
 許婚からは、「完徹続きで連絡しないでいてごめん」との留守電が入っていました(声:鈴木亮平)。この留守電を、ユリは島にわたってからも何度も聞き返しています(声の出演者については、この記事が参考になります)。
 ただ、こうした経緯になるのは、許婚の死にユリが深く関与している場合ではないかと思われます。ですが、自分の仕事で徹夜したにもかかわらず許婚がオートバイに乗り、それも雨の日だったために、運転を誤って事故を起こしたものと映画からは推測されます。
 無論許婚を失ったショックは大きいでしょうが、その死に直接関与していないのであれば、ユリがピアノを引けなくなるほど自責の念にとらわれることもないのではと常識的に思ってしまいます(あるいは、許婚がそんな厳しい職場にいて自分を支えてくれたからこそ今の自分があるとユリが考えていたのかもしれません。でも、結婚前なのですから、許婚がユリの面倒を見ていたようには思われないところです)。
 また、ユリは合唱部の生徒たちの姿を見て立ち直るわけですが、許婚の死によってピアノが弾けなくなったというのであれば、そんな一般的なことではなく、もっと個別的で許婚の死に絡まるような出来事によってトラウマを脱出できたとする方が説得的ではないかと思われます。

(注6)サトルの家族は、古くから島で暮らしてきたようであり、とても最近島に引っ越してきたようには見えません。さらには、狭い島のことですから、クラスメートの家族の状況はお互いによく知っているものと思われます(現に、仲村ナズナの家族の状況を皆が知っていました)。
 にもかかわらず、例えば、サトルの兄・アキオが自閉症であることを、仲村ナズナは、コンクールの当日まで知らなかったのです(特段、アキオの家族はアキオを人の目から隠しているわけではなさそうですし。なお、このサイトの記事によれば、漫画『くちびるに歌を』では、サトルについて「学校に来て、授業を受け、真っ直ぐ家に帰る。それだけをひたすら繰り返してきて、今までイジメなどに会うわけでもなくただただひとりぼっちなだけの日常を過ごしてきた彼は、「ぼっちのプロ」などと自称」と描かれているようです。仮にそうだとしても、家族状況くらいは島中に知れ渡っているのではないでしょうか?)。

(注7)サトルは、ユリに課された作文に、「自分が存在する理由ははっきりしている。両親は、自分たちの死後も自閉症の兄の面倒をみさせるために自分を産んだのであり、兄が自閉症でなければ自分はいなかった。15年後の僕は、絶対兄のそばにいるだろう」と書いて提出します。
 サトルは、早熟で哲学的な思考をしがちなのでしょう(ユリに、「生きている意味を考えたことはありますか?」とも質問します)。でも、これは随分と偏った考え方であり、常識的にはそんな風に考えないのではないでしょうか(中学生にしては、自分を随分と突き放しすぎているのではないでしょうか)?
 尤も、米国映画『私の中のあなた』に登場する妹アナは、白血病の姉ケイトを救うべく試験管ベービーとしてもうけられており(おまけに、アナはその事実を既に知っているのです)、もしかしたらサトルの両親が少しはそのように考えたのかもしれませんが(それが日々の行動とか言葉の端々ににじみ出てしまい、敏感なサトルがそれを感じ取ってしまったのかもしれません)。

(注8)松山先生に起きた事態を知ってナズナはコンクール会場の控室を飛び出そうとしますが、彼女に対して、柏木ユリが、「逃げるな!」私はもう逃げない。あんたは一人じゃない。心配しないで歌えばいい」と叫びます。
 ナズナがはたして“逃げ”ようとしたのかどうか疑問は残りますが、それはともかく、「一人じゃない」のフレーズは、例えばつい最近見た『イントゥ・ザ・ウッズ』でも、パン屋の主人とシンデレラが「良い悪いは、自分一人で決めなさい。でも、あなたは一人じゃない(No one is alone)」と歌ったりします。
 こうした台詞をもってくると、映画のテーマがはっきりするのでしょうが、なにも手垢にまみれたフレーズでテーマなど明示せずとも、それこそ観客は一人一人考えるものではないでしょうか?

(注9)最近ではTVドラマ『リーガル・ハイ』の黛真知子の印象の方が強くなってしまっていますが、本作では随分と落ち着いた大人の役柄をうまくこなしています。

(注10)ただ、歌詞の中で「自分とは何でどこへ向かうべきか 問い続ければ見えてくる」のところは好きではありませんが(30歳のものがそんな悟ったようなことを口にできるでしょうか、それに果たして“見えてくる”ものでしょうか?)。
 なお、映画の中では定番の合唱曲「マイ・バラード」も何回も歌われます。

(注11)ネット検索していましたら、映画評論家の荻野洋一氏が、「今作に映りこむ長崎・五島列島の水景はまさに息を飲むほどである。内海がジグザグに蛇行し、島々が書き割りのごとく折重なり、海の水色、島々の緑色、曇天のグレー、この3色が素晴らしい配置ぶりを示す。その絶景はジャ・ジャンクーの『長江哀歌』に匹敵するほどなのに、今作は最低限しか見せない」と述べていました。



★★★☆☆☆



象のロケット:くちびるに歌を



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6 コメント

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Unknown (ふじき78)
2015-04-10 23:09:09
原作者が好きだったので、映画を見終わった後、珍しく原作を読んだよ。驚いたのはガッキーの役どころが原作ではそんなに大きくない所。トラウマとかなくて最初からピアノをひけます。

原作ではサトルの兄はそこそこ秘密な存在です(サトルは外では一人っ子と言えと言われている)。兄について外見状、何も変わってないとも書いているし、親戚の工場で働いているので、もうちょっと周囲に馴染んでいるか、もしくは、周囲も一緒に彼のノーマルじゃない部分を広めないでいてあげてるのかもしれません。
Unknown (クマネズミ)
2015-04-11 06:47:42
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
本作は、原作とかなり異なるようですね。
特に、柏木ユリについて「トラウマとかなくて最初からピアノをひける」という点は驚きました。
「兄について外見状、何も変わってないとも書いている」とのことでもあり、映画的な盛り上がりを出すための工夫が色々されているのが分かります。
やはり、映画と原作とは別物なのだとの感を深くいたしました。
確かに比べたくなります (atts1964)
2015-04-14 16:40:25
同時期の公開でしたし、学生の成長譚だから比較されますよね。
この作品は主役こそガッキーですが、生徒たちの取り上げ方が上手く、特にサトルとアキオの兄弟の描き方が上手く、よくあの表現をしましたね。邦画が触れないところをあえて使ったところに勇気を感じました。
あとは「マイ・バラード」のアカペラ合唱ですね。感動の大団円での合唱、良かったですね。
TBお願いします。
Unknown (クマネズミ)
2015-04-16 06:18:24
「atts1964」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、「この作品は主役こそガッキーですが、生徒たちの取り上げ方が上手」いために、素直な感じがして好感が持てました。
Unknown (三崎東岡)
2015-07-18 10:46:48
くちびるに歌をのチナツ役だった葵わかなさんは、TBSで放送する予定の「火曜ドラマライフ壮絶なイジメと闘う少女の物語」(2007年にフジテレビで放送された作品のリメイク版)にもでるそうですが、同じくくちびるに歌をのナズナ役だった恒松祐里さんは同じくTBSで放送する予定の「日曜劇場瑠璃の島(2005年に日テレで放送された作品のリメイク版)」「火曜ドラマスクラップティーチャー教師再生(2008年に日テレで放送された作品のリメイク版)」「火曜ドラマ着信アリ(2005年にテレビ朝日で放送された作品のリメイク版)」にもでるそうです(ちなみにTBSリメイク版のスクラップティーチャーには小木茂光さんはでない)。
Unknown (クマネズミ)
2015-07-18 21:38:02
「三崎東岡」さん、コメントをありがとうございます。
ただ、「三崎東岡」さんは、例えば、佐藤秀氏のブログの「陽だまりの彼女」に関するエントリにも、昨年6月27日付で同じような内容のコメントをしていらっしゃいますね?

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