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孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ロヒンギャ難民  厳しい状況 治安が悪化する難民キャンプ 新たな移住先バサンチャール島は?

2024-07-21 22:45:53 | 難民・移民

(2月、日下部氏が訪れたバングラデシュ南東部コックスバザールの難民キャンプ。子どもの姿が多い【6月29日 東京】)

【厳しいロヒンギャ難民を取り巻く環境 若者がギャング化している難民キャンプ】
一昨日ブログで取り上げたバングラデシュと、昨日ブログで取り上げたミャンマーの間で行き場を失っているのがロヒンギャ難民です。

ロヒンギャは仏教徒が9割とされるミャンマーで西部ラカイン州を中心に暮らすイスラム教徒少数民族。ミャンマーはロヒンギャについて、イギリスの植民地時代以降に来た不法移民だとして、ミャンマーで自動的に国籍を与えられる先住民族とみなさず、ロヒンギャの多くが無国籍状態になっています。

2017年8月、国軍およびその協力者は暴行・殺害・放火・レイプなど大規模なロヒンギャ弾圧を行い、70万人を超える膨大な人数のロヒンギャがバングラデシュに逃れました。

スー・チー政権時代を含め、ミャンマー国軍はそうした民族浄化・弾圧を否定しています。単に国軍だけの問題ではなく、ミャンマーの多数派仏教徒にとってロヒンギャは嫌悪・差別の対象となってきました。そしてミャンマーでは弾圧主体である国軍が権力を握っています。

2017年以前からの難民を合計すると、100万人ほどのロヒンギャがバングラデシュで難民として生活していますが、帰国の目途が全くたたないまま、国際的関心はウクライナやパレスチナへ移っています。

希望のないまま隔離された難民キャンプでの生活は、当然ながらすさんだものになりがちです。地元住民との軋轢も高まっています。

一方、ミャンマー・ラカイン州に残るロヒンギャは、少数民族武装組織アラカン軍と国軍の戦闘のなかで「人間の盾」として利用されるなど、翻弄されています。

****「難民キャンプの若者がギャング化」 少数民族ロヒンギャがミャンマーを追われ7年、現在の境遇は?****
ミャンマーで迫害を受けたイスラム教徒少数民族ロヒンギャの大規模な難民発生から7年近くたつ。隣国バングラデシュにいる約100万人の難民はどのような境遇にあるのか。帰還の見通しは。発生直後から難民キャンプを訪れ、調査している立教大の日下部尚徳准教授(南アジア地域研究)に聞いた。(北川成史)

◆することがない若者がキャンプにあふれている
「『夜に出歩けなくなった』『誰も守ってくれない』など、難民の間で不安が強まっている」。2月にバングラデシュ南東部コックスバザールの難民キャンプを訪れた日下部氏は語る。

大きな要因は治安の悪化だ。バングラデシュのロヒンギャ難民への対応は帰還が前提。キャンプでは基礎的な教育しか認めていない。することがない若者がキャンプにあふれている。「麻薬の密売に関わるなど、一部の若者がギャング化し、抗争も発生している」

食料などの支援は1人月1000タカ(約1300円)相当にとどまる。現金を得ようと、難民がキャンプを抜け出し、不法就労や支援物資の売却をするため、地元住民の就労機会の減少や物価の不安定化につながり、軋轢(あつれき)を生んでいる。

◆バングラデシュ国民の間に「難民への反感」広がる
日下部氏は「2022年のロシアによるウクライナ侵攻後、バングラデシュで燃料価格が高騰し、インフレが進行した。生活が苦しい中で『なぜロヒンギャに金をかけるのか』と国民全体に反感が広がっている」と懸念する。

18、19年にミャンマーとバングラデシュの両政府は難民帰還を計画したが、ミャンマーでの安全面の不安から対象者の辞退が相次ぎ、頓挫した。一方でキャンプの周りには柵が設置され、隔離の度合いは増した。

「世論を意識し、バングラデシュ政府は思い切った施策をとりにくい。今年1月の総選挙でもロヒンギャは話題にされなかった」と日下部氏。関係者の溝が深まる状況を「負のスパイラル」と言い表す。

◆クーデターでさらに厳しい状況に
ミャンマーで21年に起きたクーデターが、事態をさらに複雑にしている。実権を握った国軍はロヒンギャ迫害の主体だ。加えて現在、同国西部ラカイン州で国軍と少数民族ラカイン人の武装勢力との戦闘が激化し、ロヒンギャも巻き込まれている。国軍がロヒンギャを徴兵し「人間の盾」にしているという情報もある。

「現状で帰還は現実的ではない。ミャンマーで民族融和や平和構築を進めない限り、難しい」

キャンプの過密対策として、バングラデシュは難民10万人をベンガル湾の離島バシャン・チョールに移す計画を立てた。これまで移住者は約3万5000人。「島には移動の自由がなく、いわば片道切符なので、希望者が頭打ちだ。抜本策ではない」とくぎを刺す。

ロヒンギャ難民の滞在が長引く可能性を念頭に「バングラデシュ政府は業種を絞ってでも、就労を認めるべきだ」と主張。同国との友好関係を生かし、日本政府も働きかけるよう望む。
「国際社会の目はウクライナやパレスチナ自治区ガザに向いている」。日下部氏はロヒンギャへの支援の弱まりを危惧し、訴える。

「陰に隠れた地域紛争の被害者が、よりひどい状況に置かれている。憎悪を生み、過激化する素地となりかねない。国際社会が『忘れていない』という姿勢を見せていくことが重要だ」【6月29日 東京】
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国際的人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチはこうした難民の置かれた状況を厳しく批判しています。

****バングラデシュとミャンマーのロヒンギャ 暗い未来****
2017年の残虐行為以来、正義も自由もない
ミャンマー国軍が2017年8月25日にラカイン州で大規模な残虐行為を目的とした作戦を開始してから6年が経つ。しかし、バングラデシュにいる100万人のロヒンギャ難民には、安全に帰還できる見込みはほぼないと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。国連安全保障理事会は未だにミャンマー国軍の幹部らに対し、ロヒンギャへの人道に対する罪とジェノサイド行為の責任を問えていない。

2017年にバングラデシュに逃れた73万人を超えるロヒンギャは現在、当局による規制の強化と武装集団による暴力が渦巻くなか、無秩序に広がる過密なキャンプで生活する。ミャンマーには約60万人のロヒンギャが今も生活しており、アパルトヘイト制度により当局に事実上拘束されている。

「ロヒンギャは、ミャンマー・バングラデシュ国境のどちら側でも、無国籍というきわめて厳しい状況から抜け出せず、最も基本的な権利すら認められていない。そうしたなかで、法による正義がもたらされ、帰国のチャンスが訪れるのを待っている」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局調査員シェイナ・ボシュナーは指摘する。

「国連安全保障理事会は、こうした問題に正面から取り組むどころか手をこまねくだけだ。各国政府による援助は削減され、ロヒンギャはさらに絶望的な状況に置かれている」。

バングラデシュ側とミャンマー側のロヒンギャのあいだでは、共に絶望が蔓延しており、国境の両側で規制が強化され、状況が悪化するにつれて、そうした絶望は年々強くなっていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

2021年2月1日のミャンマー国軍によるクーデター以降、治安部隊は多数のロヒンギャを「無許可渡航」の罪で逮捕し、ロヒンギャのキャンプや村落に新たな移動制限と援助封鎖を科してきた。軍事政権によるロヒンギャへの組織的な人権侵害は、アパルトヘイト、迫害、自由の剥奪という人道に対する罪に相当する。

人的被害を出したサイクロン「モカ」がラカイン州を襲ってから3ヵ月以上が経つが、軍政はデング熱やマラリアが蔓延するコミュニティへの緊急医療など、人命を救うための人道支援を妨害し続けている。

バングラデシュのロヒンギャ難民は、ミャンマーで直面した制限と同様の教育、生活、移動への新たな障壁に見舞われていると訴える。さらにバングラデシュ当局は、約3万人のロヒンギャを、シルトでできたベンガル湾沖の無人島バサンチャール島に移動させたが、そこで人びとは移動の制限や食糧・医薬品不足に直面している。

ロヒンギャ難民は、バングラデシュで法的地位が認められておらず、国内法上は不安定な立場にあり、人権侵害の被害を受けやすい。「私たちはここで6年間を失った」と、あるロヒンギャの女性はヒューマン・ライツ・ウォッチに述べた。「私は人間だ。私は人間なのに、なぜこのような扱いを受けてきたのか?こんな思いが毎日ひたすら頭に浮かんでくるのです」。

キャンプでは武装集団や犯罪組織による暴力が急増しているが、バングラデシュ当局は保護や治安維持、責任者の訴追を怠っている。難民たちは、警察や法律、医療分野への支援について分厚い壁に直面している。

バングラデシュ当局は、2021年12月以降、コミュニティが主導する学校に制限を課している。「難民状態が続き、教育もなければ仕事もできず、暴力が止まない。絶望的な状態だ」と、ロヒンギャのコミュニティリーダーは言う。「私たちはなんとかして突破口を開こうとしている。生活を向上させたいが、それができない。教育がないため、技術や知識を身につけることができない。私たちのコミュニティでは教育格差が拡大している」。

難民キャンプ当局は最近、ロヒンギャの商店主への嫌がらせや立ち退きを再開した。2021年12月に始まった商店の取り壊しも行われている。「まずフェンスで取り囲む、そして次に小さな店が閉鎖させられているところだ。外に働きに出ることもできない」と、ある難民は訴える。「キャンプ内では地元の車両の運行が禁じられた。高齢者や妊婦、深刻な医療上の問題を抱えている人にとっては唯一の移動手段だったのに。現在は配給を受け取るためだけに4〜5キロ歩かなければならない」。

2023年のロヒンギャ人道危機への国連共同対応計画(UN Joint Response Plan for the Rohingya humanitarian crisis)が受領した資金は、ドナーからの拠出が求められている8億7,600万米ドルの3分の1以下である。資金不足により、世界食糧計画(WFP)は2月以降、ロヒンギャへの食糧配給量を3分の1削減した。一人あたり月額12米ドルからわずか8米ドルに削減されたのである。ロヒンギャと人道援助従事者は、配給削減がすでに医療面や社会面で悪影響を及ぼしていると報告している。

「配給が削減されたので、十分な食料が確保できていない」と、ロヒンギャのボランティアは語る。「乳幼児や妊婦が特にそうだ。みな悪影響を被っている」。

ドナー国(米国、英国、欧州連合、オーストラリアなど)は拠出額を増やし、働きかけを強めることで、ロヒンギャ難民のニーズを満たすべきだ。バングラデシュに働きかけて、一連の制限を撤廃し、難民が生活再建に必要な手段を活用できるようにすべきだ。

また、各国はロヒンギャの再定住の機会を増やすべきだ。特に武装集団に狙われているロヒンギャは、ミャンマー国内での迫害だけでなく、キャンプでの生活にも脅威を感じている。

2017年の大規模な残虐行為を指揮した国軍幹部たちが、軍事クーデターを起こして以来、永続性のある自発的な帰還の見通しはますます遠のいている。

バングラデシュ当局は、ロヒンギャの送還が唯一の解決策だと主張する。バングラデシュ政府はミャンマー軍政とともに、ロヒンギャをラカイン州に帰還させる試験的なプロジェクトに着手しているが、このプロジェクトは強制と欺瞞に満ちたものである。

国連と関係国政府は、ロヒンギャの安全で持続可能かつ尊厳のある帰還のための条件が、現状では存在しないことを引き続き強調すべきだ。ロヒンギャ難民は一貫して帰還を望んでいるが、身の安全、土地や生計手段へのアクセス、移動の自由、市民権が確保されるという条件付きの話だ。

「この6年間、強制移住のもたらす犠牲によって、私たちは回復力と強さを試されてきた」と、ある難民は語る。「私は、自分の国ミャンマーに、自分の村に、自分の家に帰ることを望んでいる。市民権をはじめ、人として当然のすべての権利と共にである」。

2017年の残虐行為に対する国際社会の対応は断片的かつ不十分だった。国連安全保障理事会の対応も数少ない声明を発表しただけだ。安保理は、世界的な武器禁輸措置、国際刑事裁判所(ICC)への付託、軍政指導部や軍系企業への制裁措置など、具体的で意味のある行動をとるべきである。

「今ロヒンギャの送還を進めることは、難民を冷酷で抑圧的な政権の支配下に送り返すことを意味し、次の壊滅的な大量避難の舞台を作ることになってしまう」と、前出のボシュナー調査員は述べた。「ロヒンギャの自発的で安全かつ尊厳ある帰還のための条件整備には、ミャンマーに人権を尊重する文民政権を樹立し、過去の残虐行為についての法による正義を実現するための協調的な国際的対応が必要となるだろう」。【2023年8月20日 HRW】
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【バサンチャール島の施設の現況は?】
ただ、ものの見方は立場が違うと随分異なったものになります。

日下部氏やHRWが否定的な見方をしているベンガル湾沖の無人島バサンチャール島へのに移動に関して、制裁下のミャンマー軍事政権とも独自のパイプを持ちつつ、バングラデシュのロヒンギャ難民への支援も続ける日本財団の笹川陽平会長は、極めて明るい展望を語っています。

****「ロヒンギャ問題」―新しい可能性 ****
(中略)
コックスバザールの難民キャンプの出生率は高く、人口増加率は3.71%にも上り、年間3万人以上の新生児が誕生している。地元住民とのトラブルも頻発するのみならず、7年間にわたる希望のない生活は彼らの心を荒んだものにしている。

日本財団では、ミャンマー語で読み書きのできない子ども達に2020年から200万ドルの費用で、203棟の学習センターを建設・改修したほか、16000人の児童、生徒の学習環境を整備。2024年1月から更に200万ドルを支援して、更なる学習センターの改築、新築を開始している。

このコックスバザールの難民キャンプは限界に達しており、バングラデシュ政府は新たな居住先を、チッタゴン港より船で3~4時間のバサンチャール島に求めた。

バサンチャール島での難民の受け入れ準備を進めたところ、西洋社会より「台風の通過地域への難民移住は重大な人権問題だ」と強い非難の声が上がっていた。

しかし、ハシナ首相の指導で、財政困難の中、難民受け入れの準備が進み、第一陣として35000人がこの島に移住した。日本財団はバングラデシュ最大のNGOであるBRACと組んで、移住した方々への職業訓練のために300万ドルを提供した。

「百聞は一見に如かず」「現場には問題点と答えがある」は筆者の行動哲学であり、4月6日バサンチャール島を訪れた。

結論を先に申せば、まさしく島に新都市が完成していた。世界一の大気汚染の首都ダッカと異なり、バサンチャール島は青空であり、13000エーカーの面積は東京都の練馬区の面積にほぼ匹敵する。

バサンチャール島に整備された居住区
写真のように整然とした街並みは、舗装道路と共に驚くほど整備されており、区画ごとに建設された5階建てのビルには、学校、職業訓練所、保健所等々が入っており、万が一激しい台風で水害が発生した折には避難所にもなりそうである。既に商店もあり、リキシャは忙しそうに人を乗せて走っており、避難民の表情はコックスバザールの避難民よりも明るい表情であった。

日本財団の協力している職業訓練の目的は、いつの日か故郷に帰ることを夢見て、帰郷後に難民が自活できるようにすることだ。

具体的には、海での漁業指導や、水害に備えた高さ3メートルの堤防を建設するべく土を掘った跡地を活用した2キロメートルにわたる養殖場での指導、養鶏・養羊指導、収穫量の多い近代農業指導、自動車やバイクの修理・配線などの技術習得、ミシンを使った子供服の製造・刺繍の指導、など多岐にわたる職業訓練に対し、3年間で300万ドルの支援を行っている。

養殖場の様子

機械工の指導を受ける若者

刺繍指導の様子

町はリキシャも走り活気にあふれている

ここバサンチャール島は単なる難民収容施設ではなく、将来の故郷へ帰還した後に自助努力で生活していくための、いわゆる「手に職を持つ」ための支援を行っている。

世界各地の難民キャンプのように、食料・衣服の提供、健康管理、子どもへの教育を行うのみならず、既に記載したように、将来の帰還後の生活のための技術を教えているわけで、まさに新しい難民キャンプのモデルとなり得るものであった。

バサンチャール島には既に35000人が移住しているが、更に4万人分が居住できる住居も既に完成しており、日本財団ではその移住費の200万ドルの提供の申し入れもしており、難民キャンプの新しい在り方についてモデルケースを完成したいと願っている。

また、イスラムのロヒンギャ難民の人口爆発について、「計画産児計画」の可能性について、専門家に相談している。もし「計画産児」の教育が可能ならば、コンドームの提供を含めた支援をしたいと考えている。

何はともあれ、財政が厳しいバングラデシュにおいて、西洋諸国の厳しい批判の中で、これだけの施設を完成させたハシナ首相の指導力を高く評価すべきである。【4月16日 笹川陽平ブログ】
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島には太陽光による電気が供給され、携帯電話も使えたとのこと。バングラデシュ政府は将来的に計10万人を移す計画とのこと。

コックスバザールの難民キャンプでは就労が認められず、支援も不十分なため、難民はキャンプを抜け出し違法な就労を行っています。そのことで地元住民のとの摩擦も起きています。逆に言えば、そういう違法就労が命をつなぐ方法ともなっています。

外界から隔絶されたバサンチャール島では、そうした違法就労も不可能です。将来に向けての職業訓練は重要なことですが、難民はどのようにして今を暮らしているのでしょうか?そこでは十分な支援があるのでしょうか? 

笹川氏が示しているバサンチャール島での難民の様子を撮った写真は、中国政府がウイグル族への職業訓練施設と主張している施設での様子と雰囲気が似ているように思えるのは気のせいでしょうか。

笹川氏の言うような立派なものなら、どうしてバングラデシュ政府が同島での取材を厳しく制限しており、実態が明らかになっていないのかもよくわかりません。

国連やNGOは「雨期になるとサイクロンや高潮で島が水没する危険がある」と指摘していますが、そのあたりはどうなっているのか?

コックスバザールの難民キャンプが限界に達し、劣悪な状況にあるのは事実でしょうが、バサンチャール島の施設がそれに代わるものになるのか?・・・現状が定かでないので、よくわかりません。

当然、安全な生活が保証されたうえでのミャンマーへの帰国が抜本的解決策ですが、ミャンマーで軍事政権が続く限り、それは無理な相談です。

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ミャンマー  物価上昇の責任を業者に押し付ける軍事政権 軍政への抵抗を続ける人々も

2024-07-20 23:13:36 | ミャンマー

(6月19日、ミャンマー・ヤンゴンで、アウンサンスーチー氏を意味する「SUU」と書かれたバナーを掲げる女性=OCTOPUS提供、女性の左上は同グループのマーク【6月24日 東京】)

【コメの高値販売で法人起訴 物価上昇の責任を業者に押し付ける軍事政権】
国軍と少数民族武装組織及び民主派武装勢力との戦闘が続くミャンマーで、流通大手「イオン」の現地法人で働く日本人が軍事政権によって拘束・起訴されています。

*****ミャンマー軍事政権、拘束中のイオングループの邦人男性を起訴…公定価格より高値でコメ販売の疑い****
在ミャンマー日本大使館によると、ミャンマー軍事政権に拘束されていた流通大手「イオン」の現地法人「イオンオレンジ」の商品本部長・笠松洋さん(53)が(7月)11日、当局に起訴された。当局が定めた価格より高くコメを販売し、「生活必需品・サービス法」に違反した罪に問われている。

有罪判決を受けた場合、最長で禁錮3年や50万チャット(約2万円)以下の罰金が科される。笠松さんは最大都市ヤンゴンの警察署で拘束されているが、健康状態に問題はないという。

笠松さんは6月30日、複数のミャンマー人とともに拘束された。ミャンマーでは2021年のクーデター以降、コメなどの価格が高騰し、国軍は販売業者の責任と主張し、関係者を相次いで拘束している。【7月11日 読売】
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政情不安が続く軍事政権下のミャンマーではコメを含めて物価上昇が進行し、市民生活は困窮しています。

****クーデターから3年 現地で何が?コメ販売価格で…ミャンマーで日本人拘束****
日本人の観光地としては、あまりメジャーではないものの、300以上の日系企業が進出しているミャンマー。ミャンマーで9店舗を展開するイオングループのスーパーが、軍事政権の強硬策に巻き込まれています。

ミャンマーの国営テレビが、当局が、小売店の幹部4人を拘束したと伝えました。その中に日本人の名前がありました。(中略)拘束の理由は、米を規定より高い価格で販売したというものでした。

2021年2月、ミャンマーでは、国軍が総選挙に不正があったと主張し、クーデターを引き起こしました。民主化指導者・アウンサンスーチー氏は拘束され、軍が全権を握っています。

市民は、抵抗を示してきましたが、軍はこれを力で弾圧。国内の各地で民主派勢力や少数民族に対する攻撃を加えてきました。多くの人々が家を追われ、国内避難民は300万人を超えたといわれています。

政情不安に陥ったミャンマーの人々が、いま直面しているのが、物価の高騰です。

タクシードライバー
「ガソリンの値上がりで、お客さんが少なくなって、乗車賃の値上がりで、お客さんが少なくなって。そのため、収入が少なくなりました。収入は少ないのに、買うべきものは、すべて高い」

最大都市・ヤンゴンに住む日本人が撮影したスーパーマーケットの映像。卵は1パック240円とあります。以前は、130円ほどだったそうです。

ヤンゴン在住(50代)
「(物価は)1年間で2〜3倍に上がっていると思います。急に上がった感じはあります。お米も、昔の2倍以上、値上がりしていますね。お米が美味しいのは、北の地方のシャンという、いま戦闘が激しいエリアで。美味しいし、人気があったんですが、いまは置いていない」

クーデターと国民への弾圧が引き金を引いた物価の高騰。軍事政権は、その責任を業者に押し付けています。

国家統治評議会
「国家が国内経済の安定と発展のために努力するなか、一部の業者が、経済の混乱を引き起こそうと、国内市場で米の価格を引き上げている」

先月25日のヤンゴン市内の市場。長い行列ができました。米の業界団体が、安い価格で販売するとして、開いた市場です。現地メディアによりますと、この数日前、業界団体のトップらが、米の価格統制に従わなかったとして、拘束されていました。さらに、当局は、米が規定の価格で販売されているか、警官同席で現地調査を行っています。

こうした圧力や身柄の拘束で、強制的に価格を下げさせようとする軍事政権。国民の不満をそらすためなのか、こんなプロパガンダ映像を公開しています。

ミャンマー情報省 「私たち低所得層が、低価格で購入できるように、関係者や政府などがお米、約2キロを3000チャット(約150円)で販売してくれていることに感謝しています」

ある米業者は、業界関係者の相次ぐ拘束について、こう語りました。
米業者 「問題解決にならないと思います。すべての物価が上がっているので、米も上がることになります。彼らも生産や人件費のために上げなければならないですし。元締の業者が値上げし、全体的に物価が高くなってきているから、ここだけを統制して拘束するのは正しくはないと思います」【7月2日 テレ朝news】
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軍事政権は、物価上昇の責任を業者に押し付けていますが、力ずくの価格統制・供給強要では事態は改善しないのはベネズエラ・マドゥロ政権など多くの国の実例が示しているところです。

****拘束されたイオンの日本人幹部は“有罪”の可能性が… 「米」をめぐるミャンマー軍事政権の無茶苦茶****
(中略)軍事政権が、笠松さんをふくむ小売店の関係者11人を拘束したのは、6月30日の夜だった。理由は、当局が指示した米の価格より50%〜70%高く販売したというものだ。

現地では6月4日に両替商や金販売業者35人が逮捕されてもいる。彼らはいまだ釈放されていないことから、笠松さんの今後が心配されている。

「米」価格をめぐる流れ
軍事政権は6月24日に米の販売適正価格を通告した。高騰する価格を抑えるためだ。等級によって異なるが、価格は1キロ2,200チャット(約110円)〜3,800チャット(約190円)。

政権が“適正”とするこの価格は卸売価格を割り込むため、これを守ると店は赤字になってしまう。そのため、一時、米は売り場から消えた。しかし2日後には、商品棚に米は戻った。価格は従来どおりの価格、つまり政権の“適正”価格より高い値札がついていた。

ミャンマーの小売店は、日本同様、チェーン店が多い。最も大きいのは地元の「シティマートグループ」だ。イオンは以前は同店に次ぐ勢いを誇っていたが、2021年のクーデター後は、国軍に近いといわれる「ワンストップグループ」が躍進し、2位から転落したという。

各小売店が米の販売を再開したのは、ワンストップグループの店舗が米の販売を再開したことで、これに続いたことが大きい。赤信号も皆で渡れば……というわけだ。しかし政権は、先述のとおり6月30日に小売店の関係者11人を拘束。そこにはワンストップグループの幹部も含まれていた。

その後も米は売られている。価格は1キロ2,225チャットほど、政権の“適正”価格を守り、各店は赤字販売を強いられている。しかし市場の小さな店では“適正”価格の値札をつけつつ、実際に買うときには倍近い実勢価格でこっそり売っているという。政権の強硬策は空振りに終わったのか。

戦況が左右する「物価」
背景にあるのは、物価の高騰だ。ヤンゴン在住の邦人は「まず今年に入ってから物価が上がり、去年の2倍以上になっていました。4月の水かけ祭り(ティンジャン)以降、また倍になり……去年と比べると4倍です」という。

6月以降、政権は物価の引き下げに躍起になっているかに見える。高騰を招いている要因のひとつが、地方での戦闘だ。クーデター以降、国軍は民主派や反発する少数民族を武力で弾圧しつづけてきた。しかし昨年の10月27日に、地方の3つの少数民族軍が一斉に蜂起した。そこに民主派の軍事組織も加わり、多くのエリアで国軍は劣勢に立たされている。

なかでもタイとの国境に広がるカレン州の戦況が、最も物価高騰に影響を与えている。ミャンマーに流通する物資は、タイからの輸入に頼る割合が高い。その物資が大幅に減ったうえ、荷には通行料などが加算され、物価の高騰を招いているのだ。

一時はタイ国境の街・ミャーワディも、反国軍派が占領するまで国軍が追い込まれたが、その後、反国軍派の一部の寝返りや国軍兵士の増員などがあり、現況は混沌としている。国境からヤンゴンにつながる道は、さまざまなグループが支配し、それぞれが通行料を徴収する事態となっている。

「従業員の給与を上げた」ことで拘束も…
物価高騰に対し、軍事政権は権力で抑え込むという、経済状況を無視した政策に出ているというわけだ。

経済環境の悪化は、ミャンマーの通貨チャットの暴落を招く。3月には1ドル3,700チャット(約180円)ほどだったが、6月に入ると1ドル5,000チャット(約245円)まで下がった。

人々はチャットをドルや金に替えようとしたが、これに軍事政権は「暴落の原因は両替業者や金の販売業者」として35人を逮捕した。

政権トップのミンアウンラインは6月10日に行われた国家統治評議会の場で「恥知らずの業者のせいでチャットが暴落した」と逮捕の理由を語った。この一件で、ミャンマーの金相場は崩壊したといわれる。

また6月13日には「従業員の給与を上げた」ことを理由に会社の社長を拘束した。物価の上昇は給与の上昇が招いている、という論理である。

7月に入っても、政権は圧力を弱めるどころか、強める一方だ。7月2日には、不動産融資を限度額以上貸し付けた銀行の行政処分を行った。不動産価格の高騰は、資金を貸した銀行側にあるという発想である。

ヤンゴンの日本人社会からはこんな声も聞こえてくる。
「こんな状況なら、早く選挙をやって、国軍トップのミンアウンラインを大統領にしたほうがいい。そうすれば経済の専門家を政権に入れることができる。いまは軍人ばかり。あまりに無知、子供です。これで物価の高騰が収まると思っているから怖い」

しかしミャンマー人は「あえて物価を高騰させている」という見方だ。
「国軍の兵士不足が深刻な今、暗に“国軍の兵士になれば金が入る”ようにしているのです。なぜなら、米を実勢価格で売る小売業者からは賄賂が渡されますし、銀行への行政処分だって、国軍系の銀行は含まれていない。物価高騰に苦しむ国民を利用して国軍を守る図式です」

米の流通では大きな混乱は起きていない。市民に聞くと、地方の実家や親戚から米を送ってもらってしのいでいるという。市民はすでに軍事政権の経済政策を見限っているようだ。ミャンマーの経済は機能不全に向かっているということか。【7月19日 デイリー新潮】
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クーデター以降先送りされてきた選挙については、ミン・アウン・フライン総司令官は6月15日、「今年10月に国勢調査を行い、複数政党による民主的な総選挙を来年に実施する」と、初めて実施時期に言及する形で発表しています。【6月16日 TBS NEWS DIGより】

ただ、戦闘が激化する情勢で実施できるか不透明ですし、仮に行われたとしても、民主派を排除した形式的な、軍支配を正当化するようなものになると思われます。

【軍の弾圧のもと、ヤンゴンで抗議活動を続けるグループも】
ヤンゴンなど都市部においては軍事政権の弾圧により軍政批判は徹底的に封じ込まれていますが、そうした中でも抗議を続ける若者もいるようです。

****わずか数十秒、されど命懸けのデモ ミャンマー当局の目をかいくぐった若者グループが世界に伝えたいこと****
クーデターで実権を握ったミャンマー国軍が支配を固める最大都市ヤンゴンで、非暴力の抵抗を続ける若者たちがいる。当局の目をかいくぐり、ゲリラ的なデモを繰り返すグループ「OCTOPUS(オクトパス)」だ。

匿名で取材に応じたリーダーの男性は「海外の人たちには『ヤンゴンは平穏だ』とか『抵抗する人はいなくなった』と思ってほしくない」と訴えた。

◆アウンサンスーチー氏の誕生日に…
拘束が続く民主化指導者アウンサンスーチー氏の79回目の誕生日を迎えた6月19日。交流サイト(SNS)上に、ヤンゴンの道路沿いで、赤地にスーチー氏を表す「SUU」の文字とバラが描かれたバナー(旗)を掲げたマスク姿の女性の写真がアップされた。

国軍の支配下にあるヤンゴンではデモは徹底的に弾圧され、市民は自由に物を言えない状況が続く。特にスーチー氏の誕生日のような記念日は警備が一段と厳しくなるにもかかわらず、オクトパスはこの日、複数の場所でゲリラ的なデモを敢行した。デモの時間は数十秒だが、それでも命懸けだ。

◆1年かけて計画「民主主義をあきらめない」
オクトパスはクーデター直後の2021年2月末に設立された。8本の足を持つタコのように、世界中にネットワークを広げたいとの思いを込めて名付けたという。

現在のメンバーは計10人で、いずれも20代。誰かが捕まったときに芋づる式に逮捕されないよう、お互いに素性はほとんど知らない。これまでに14人が扇動罪などで逮捕され、ヤンゴンのインセイン刑務所などに収監されている。

この日のデモは1年かけて計画を練った。実の親も気付かないような変装をし、移動手段なども慎重に検討した。リーダーの男性は言う。「ヤンゴンではバラの花を持ったり、バナーを掲げたりしただけで逮捕される。罪を決めるのは軍だ。私たちは独裁者を受け入れず、民主主義をあきらめない」【6月24日 東京】
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ヤンゴンでの抗議活動は戦場での戦いより危険ですし、孤独です。

【武装闘争に身を投じる10代女性も】
一方、武装闘争に身を投じる若者は少なくありません。

****夢断たれ入隊 ミャンマー17歳女性兵士の覚悟…軍事政権に“抵抗”民主派勢力として戦場へ…『every.16時特集』*****
(中略)国軍との戦闘に志願する若者が増えている“抵抗の拠点”を取材すると、17歳女性を含む約90人が戦場に立つために軍事訓練を受けていました。

■軍事政権下ミャンマー 内戦の“転換点”
3年前(2021年)、突如クーデターを起こし、国の実権を握ったミャンマー軍。民主化の象徴、アウン・サン・スー・チー氏を拘束し、市民への弾圧を続けています。これに対し、今、10代の若者たちが、軍事政権を打倒しようと、民主派勢力の兵士に。

民主派勢力 女性隊員(17) 「戦場に行くとしても怖くはありません。国民のために命を犠牲にする覚悟があります」(中略)

■クーデターに反発市民“抵抗の拠点”
ミャンマー北西部のチン州。山奥に見えてきたのは、民主派勢力の1つ「チン民族防衛隊」の司令部です。クーデターのあと、国軍に反発する市民らが結成しました。建物に入ると…(中略) 飾られていたのは50人の遺影。中には、20歳に満たない少年の写真も。それでも、戦場に立とうとする若者が増えています。

司令部で行われる3か月間の軍事訓練。女性の姿もありました。ひと月前に入隊したクリスティーナさん、17歳。自宅のある村は国軍の空爆を受け、一家はふるさとを追われました。

■民主派抵抗勢力に入隊したワケ
(中略)

――なぜ入隊した?
ひと月前に入隊 クリスティーナさん(17) 「みんな幸せになろう、国を発展させようとしていた時に国軍はクーデターを起こしました。彼らは全てを壊し、みんなの自由を奪ったのです」(中略)

■内戦の最前線 異例の事態
クーデターから3年――。 国軍はいま、民主派勢力と各地で蜂起した少数民族との共闘に押され、かつてないほどの劣勢に立たされています。

これまでに5000以上あった軍事拠点のうち、半数近くを失ったとみられます。国軍からは兵士の投降や脱走が相次ぐ異例の事態に。(中略)

■兵力不足で国軍“徴兵制” に…
追い込まれた国軍は今年、兵力の不足を補うため、18歳以上の男性の徴兵を開始。これに反発する若者らが次々と国外に脱出し、隣国タイでは拘束されるミャンマー人が後を絶ちません。

2024年3月 タイに密入国した学生(20代) 「国軍の徴兵制は、同じ国民と戦って殺すためのものです。そんなことはしたくないし、軍隊にも入りたくありません」(中略)

■戦闘に志願 “夢”断たれ入隊
あのクリスティーナさんにも夢がありました。

ひと月前に入隊 クリスティーナさん(17) 「私は高校を卒業して、教師になると信じていました。でも、入学の時に政治の状況が変わってしまいました」

学校の先生になって、子どもたちの成長を見守りたい。その夢はクーデターで断たれました。銃を手にするのは、生まれて初めてです。

ひと月前に入隊 クリスティーナさん(17) 「戦場に行くとしても怖くはありません。ただ死ぬより、国民のために命を落とす方がいい。 犠牲になる価値はあります」(中略)

民主派の幹部は10代の若者を戦場に送ることをどう考えているのでしょうか。

――若者を戦わせることについて 
チン民族防衛隊 幹部 「革命のリーダーである大人たちにとって、これは答えのない問題です。現状では、国軍を倒す革命は成し遂げなければならない」

出口の見えない泥沼のミャンマー内戦。国際社会の関心が薄れる中で、犠牲者の数はいまも増え続けています。
(7月17日『news every.』16時特集より)【7月20日 日テレNEWS】
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バングラデシュ  独立戦争参加の軍人家族への政府職員採用優遇措置をめぐる混乱拡大

2024-07-19 23:27:10 | 南アジア(インド)

(【7月19日 日経】 バングラデシュで政府職員の採用の一部を退役軍人の家族らに割り当てる優遇措置に対する抗議活動激化、治安当局と衝突)

【政府職員の採用の一部を独立戦争退役軍人の家族らに割り当てる優遇措置に対する抗議デモで混乱拡大】
バングラデシュでは1971年の独立戦争に起因する問題で、半世紀以上が経過した今、若者らの暴動が起きています。

“バングラデシュでは、1971年のパキスタンからの独立戦争に加わった兵士は「解放戦士(フリーダムファイター)」と呼ばれ敬意を集める。一方、政府職員の採用枠の3割をこうした人々の子息らに割り当てる措置には批判が多く、政府は2018年に廃止を決定したが、バングラデシュ高裁が今年6月にこれを覆す判断を出し抗議デモが発生。今月に入り激化している。”【7月19日 共同】

****バングラデシュで抗議デモ激化 国営放送局襲撃、少なくとも39人死亡*****
バングラデシュで、政府職員の採用の一部を退役軍人の家族らに割り当てる優遇措置に対する抗議デモが激化している。

首都ダッカでは18日夜、デモ隊が国営放送局を襲撃し、AFP通信は19日までに治安部隊との衝突で少なくとも39人が死亡したと報じた。負傷者が2500人を超えるとの報道もあり、犠牲者はさらに増える恐れがある。
 
AFP通信によると、学生らを中心とするデモ隊は国営放送BTVの本部や、外に止まっていた多数の車両に放火した。建物内にいた職員は無事に避難したという。17日にハシナ首相が国民向けのテレビ演説を行い自制を呼びかけていた。

デモ隊が抗議している優遇措置は、1971年のパキスタンからの独立戦争を戦った軍人の家族らに政府職員の採用の一部を割り当てるもので、72年に導入された。一時廃止されたが、今年6月に裁判所が復活を認めていた。ハシナ氏は独立運動を率いたラーマン初代大統領の娘で、デモ参加者は、優遇措置がハシナ氏の与党アワミ連盟の支持者を利すると非難している。

アジアの最貧国の一つだったバングラは近年著しい経済成長を続けているが、若年層を中心に雇用不足への不満が高まっている。【7月19日 毎日】
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上記記事では“少なくとも39人”とされる死亡者については、“デモ激化でネット遮断続く=公務員採用巡り、50人死亡―バングラデシュ”【7月19日 時事】といった報道もあります。

【国旗の赤い日の丸は独立戦争犠牲者の血の色】
独立以前は、広大なインド亜大陸をはさんで東西に国土が二分されたパキスタンの一部でした。
常識的に考えてどうしても無理がある形態であり、国家の運営は西パキスタンを中心としたものになりがちでした。

政治の中心は西パキスタンが握っており、東パキスタンは実質的に西の植民地的地位に置かれていました。

“1970年12月の選挙で人口に勝る東パキスタンのアワミ連盟が選挙で勝利すると、西パキスタン中心の政府は議会開催を遅らせた上、1971年3月には軍が軍事介入を行って東パキスタン首脳部の拘束に動いた”【ウィキペディア】ということから、東パキスタンは独立を求めて戦争状態に入ります。

バングラデシュのパキスタンからの独立は多大な国民の血によって達成された歴史があります。
1971年、東パキスタン地域(今のバングラデシュ)のベンガル人独立派に対し、西パキスタンの中央政府は軍を空輸して武力鎮圧を試み、死亡者は9ヶ月で300万人に達しました。これは第二次大戦全期間の日本の死者数に匹敵します。【ウィキペディアより】

独立戦争による犠牲者は約100万人とも言われていますが、バングラデシュ政府は約300万人と発表しています。

300万人もの国民の血であがなった独立戦争を指揮したのが、バングラデシュの初代大統領ムジブル・ラーマンであり、ハシナ現首相の父でした。

戦争の方は、大量の難民が流入したインドがバングラデシュ独立を支持して介入、1971年バングラデシュの独立が達成しました。

バングラデシュの国旗は緑地に赤い日の丸ですが、緑は豊かな大地、日の丸はパキスタン国旗の月と星に対抗して昇る太陽を、その赤色は犠牲者の血の色を表しているそうです。

上記のような経緯から“独立戦争を戦った軍人の家族らに政府職員の採用の一部を割り当てる”という措置もとられたのですが、半世紀が経過した今となっては、一種の既得権益とも化しており、雇用不足に苦しむ若者がこれに反対するのは当然でしょう。

既得権益を維持したい遺族会とか退役軍人会みたいなものはハシナ首相の与党を支持していると思われますが、2018年の制度廃止がどういう経緯でおこなわれたのか、ハシナ首相がどういうスタンスだったのかは知りません。

また、制度廃止を否定して制度を復活させた今年6月の高裁決定が、独立した司法判断としてなされたのか、復活を求める政治的影響のもとでの判断だったかのかも知りません。

“ハシナ首相はテレビ演説で学生らに自制を呼び掛けるとともに、「誰が何の目的で無政府状態に追い込んだのか明らかにする」などと述べ、首謀者らを厳正に処罰する姿勢を示した。”【7月19日 時事】

【マクロ経済的には経済成長が著しいが、経済を支える二本柱のひとつは海外出稼ぎ労働者からの送金 国内雇用の不足】
かつてはアジア最貧国とも言われていたバングラデシュですが、近年はマクロ経済的には経済成長が著しいとされています。

****バングラデシュ経済の現状と今後の注目点~ 世界第8位の人口を擁する南アジアの隠れた有望国 ~****
南アジアのバングラデシュは、国連が認定する後発開発途上国(LDC)に分類される貧しい国であるが、世界第8位の人口(1.7億人)を有し、マクロ経済が堅調であることなどから、有望な新興国として評価されている。

例えば、バングラデシュは、BRICSほどではないが大きな潜在性を秘めた新興国群である「ネクストイレブン」の一つに位置付けられている。

バングラデシュでは、近年、生活水準の向上や投資の拡大などが着実に進んでいる。所得水準の向上と人口の多さを考慮すれば、今後、外資企業にとって、バングラデシュの国内市場をターゲットとするビジネス・チャンスが増えることも期待できそうだ。(中略)

バングラデシュ経済を支える牽引役の一つが縫製品輸出であり、輸出の8割を縫製品が占め、衣料品の世界輸出シェアでバングラデシュは中国に次ぐ2位である。

バングラデシュの縫製品輸出産業台頭の理由は、人件費の安さと豊富な労働力が労働集約型産業である縫製業に適していたためである。また、世界の工場となった中国で人件費が上昇し中国以外の国々に生産拠点を求める「チャイナ・プラス・ワン」の動きが強まったことも、バングラデシュにおける縫製品輸出拡大への追い風になった。

縫製品輸出と並んでバングラデシュ経済を支える二本柱のひとつと言えるのが、海外出稼ぎ労働者からの送金である。海外出稼ぎ労働者からの本国送金額において、バングラデシュは発展途上国の中で第7位にランクされており、海外出稼ぎ大国とも言える。バングラデシュの海外出稼ぎ労働者の主な渡航先は、同じイスラム圏で距離が比較的近い中東湾岸諸国である。

バングラデシュは人件費が非常に低廉であり、これが労働集約型生産拠点としての大きな強みとなっている。JETROデータに基づいてアジア主要都市のワーカー人件費を比較してみると、バングラデシュのダッカは最低レベルであり、ダッカより低いのは、ヤンゴンとコロンボだけである。

バングラデシュは、1990年代以降、生産年齢人口(15~64歳)比率が上昇する「人口ボーナス」期を迎えている。ただ、生産年齢人口比率は、2040年代後半以降、下落が進むと予想され、それまでに、投資誘致などを通じて労働集約型産業を拡大させ国民の雇用・所得底上げを図ることが課題となろう。【2023年10月3日 堀江正人氏 三菱UFJリサーチ&コンサルティング】
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後発開発途上国(LDC)について言えば、2021年11月、バングラデシュはラオス、ネパールとともに後発開発途上国( LDC)のステータスから卒業することが国連総会で決議され、バングラデシュは2026年11月にLDCのステータスから卒業することが予定されています。

これにより、バングラデシュは輸出時にLDC向けの特恵関税率を利用できなくなり、輸出先市場で価格競争力を失う可能性があります。【24年3月 早川和伸氏・熊谷聡氏 アジア経済研究所より】

バングラデシュ経済を支える牽引役の一つとされる縫製品輸出については、2013年4月23日、ダッカ近郊の複数の縫製工場が入居する商業ビルが崩壊し、1000人以上が死亡する事故が想起されます。

事故当時、劣悪な労働環境が国際的にも大きな問題となり、輸入国である先進国の責任も問われました。
その後、労働環境改善がはかられたようです。

****バングラデシュのラナ・プラザ崩壊のその後(2)――事故に見舞われた工場に発注をかけていたアパレル小売企業は、事故とどう向き合ったのか?*****
(中略)
2013年4月23日、ダッカ近郊の商業ビルが崩壊し、1000人以上が死亡、2500人以上が負傷した。縫製業などの工業生産に耐えうる構造ではなく、もともと建築許可が下りていた5つのフロアに違法に3フロアを増築するなど、安全対策が不十分だったとされる。

各種組合やNGOなどは、ラナ・プラザに入居していた工場がそのような環境で生産活動を行っていたのは、彼らと契約していた先進国の小売企業が厳しい条件を押し付けたためだとして、厳しく糾弾した。(中略)

このような大惨事を受けて、バングラデシュ国内では労働環境の改善が進み、安全基準が設けられたり、最低賃金率が引き上げられたりしたことは、前回紹介した研究が示すとおりだ。(後略)【2024年3月 永島優氏 アジア経済研究所】
******************

縫製品輸出と並んでバングラデシュ経済を支える二本柱のひとつされるのが、海外出稼ぎ労働者からの送金・・・このことは裏を返せば、バングラデシュ国内に十分な雇用がないということでもあります。

このことが、今回の若者による政府職員の採用の一部を退役軍人の家族らに割り当てる優遇措置に対する抗議デモの背景にあるのは間違いないところです。

【今回の混乱の背景に野党の扇動・・・・とハシナ首相は考えている?】
ここから先は情報がないのであくまでの私の想像ですが、ハシナ首相の「誰が何の目的で無政府状態に追い込んだのか明らかにする」という発言には、首相・政権は単なる若者の抗議デモ・暴動とは見ていないようにも思えます。

バングラデシュの政治はハシナ首相率いるアワミ連盟(AL)とジア党首率いるバングラデシュ民族主義党(BNP)が政権交代を繰り返す形で展開してきました。

ハシナ首相が独立運動を率いたラーマン初代大統領の娘であるのに対し、ジア党首はラーマン初代大統領の政敵であったジアウル・ラーマン元大統領の未亡人。

ラーマン初代大統領もジアウル・ラーマン元大統領も、ともに敵対勢力によって殺害されるということで、ハシナ首相とジア党首は互いに相手側を恨む不倶戴天の仇同士です。

2009年以降は、野党(BNP)側の選挙ボイコットなどもあって、ハシナ首相・ALが政権を独占していますが、両者の対立は消えていません。

****与党勝利、連続4期目へ=野党不参加、独裁色強まる恐れも―バングラデシュ総選挙****
バングラデシュ議会(一院制、定数350)の総選挙が(1月)7日、投開票された。地元メディアは、与党アワミ連盟(AL)が過半数の議席を得て勝利することが確実になったと報じた。

ハシナ政権は連続4期目に入る。政敵の排除を進め、有力な対抗勢力が見当たらない中、独裁色がさらに強まる恐れもある。

主要野党バングラデシュ民族主義党(BNP)は公正な選挙実施が担保されていないとしてボイコットした。

同国ではかつてALとBNPが交互に政権を担う時期があった。しかし2008年末の選挙でALが政権を奪還すると、BNP幹部や人権活動家らを次々に拘束し、弾圧した。

ハシナ首相は選挙戦で「今のバングラデシュは貧困にあえぐわけでも経済的にもろいわけでもない」と述べ、最貧国から経済を成長軌道に乗せた実績を強調。7日にはボイコットしたBNPを「テロ組織だ」と非難した。【1月8日 】
*********************

かつてバングランデシュの反政府活動には、抗議のゼネスト「ホルタル」への参加を地域住民に暴力的に強制するなど頻繁に暴力が使用されました。

ハシナ首相の「誰が何の目的で無政府状態に追い込んだのか明らかにする」という発言は、今回の混乱の背後に野党BNPの扇動があると見ている・・・・と想像されます。あくまで私の想像です。 

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イスラエル  なぜ過剰なまでの暴力に走るのか? 根深い被害者的な被包囲意識

2024-07-18 23:37:17 | パレスチナ

(空爆があった学校周辺で、負傷した子どもを抱く人=パレスチナ自治区ガザ地区中部ヌセイラットで2024年7月14日、ロイター【7月16日 毎日】)

【学校への攻撃激化】
イスラエルのパレスチナ・ガザ地区への攻撃が激しさを増しています。最近は施設内から軍事作戦を行っているハマスなど「テロリスト」への攻撃として、学校が攻撃対象となっています。

****UNRWA、学校の7割が被害 イスラエルがハマス攻撃強化示唆****
国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は16日、パレスチナ自治区ガザで運営する学校の7割近くがイスラエル軍の攻撃などで被害を受けたと明らかにした。

軍は今月に入り、「テロリストが活動していた」として学校や周辺施設を相次いで攻撃。避難先として学校に身を寄せる民間人の犠牲が拡大している。

イスラエルのネタニヤフ首相はエルサレムで開かれた政府の式典で、イスラム組織ハマスが拘束する人質を奪還するため「圧力をさらに強める時だ」と強調し、さらなる攻撃強化を示唆した。

UNRWAによると、多くの学校が住民の避難場所となっており、これまでに539人が死亡した。【7月17日 共同】
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*****1時間に爆撃3回、ガザで48人死亡 学校また標的に*****
イスラム組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザの民間防衛当局は16日、イスラエルによる爆撃が1時間に3回行われ、48人が死亡、数十人が負傷したと発表した。うち1件は学校が標的となった。(中略)

イスラエル軍は「テロリスト」がヌイセラトの学校から自軍を攻撃していたと主張。またマワシ地区への攻撃についてはハマスの「部隊指揮官」が標的だったと明かした。

ガザ地区では、ここ10日間で少なくとも学校7施設がイスラエルの攻撃を受けた。その多くは国連が運営していたが、昨年10月のガザ侵攻開始以降ほとんどが避難民の収容施設となっている。

マワシ地区では13日にも大規模な空爆があり90人以上が死亡している。この時の攻撃についてイスラエル軍は、イスラム組織ハマスの軍事部門トップ、モハメド・デイフ氏らが標的だったと発表した。

当時、マワシ地区はイスラエル軍によって「安全地帯」に指定されており、避難民数万人がキャンプに身を寄せていた。

ガザ地区の病院事業を統括するムハンマド・ザクト氏はAFPに、イスラエル軍は「安全地帯に指定したマワシ地区で虐殺を実行した。人口密度が高く、小型のミサイルでも多数の死傷者が出ることは明白だった」と話した。 【翻訳編集】
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イスラエル軍は“民間への被害を防ぐ手段を取っていると主張している”【7月17日 産経】とのことですが、避難民の収容施設となっている施設を爆撃すれば、結果はおのずと明らかでしょう。

“ラザリニ事務局長は15日、ガザのUNRWA本部施設が戦闘の現場になったとし、大半が破壊された建物の写真をXに投稿した。「国際人道法が無視されていることを示すもう一つの事例だ。いかなる戦争にもルールがある」と非難した”【7月17日 産経】

アメリカも民間人犠牲拡大を問題視してはいます。
“ブリンケン国務長官「民間人犠牲に懸念」...イスラエルがガザに新たな攻撃”【7月16日 Newsweek】

しかし、その一方で・・・
“米政府、イスラエルへの500ポンド爆弾の輸送再開へ=米高官”【7月11日 ロイター】
大統領選挙対策の観点で、若者らのイスラエル批判には配慮しなといけないが、ユダヤ人団体の政治的影響力を考えると従来からのイスラエル支持を崩す訳にもいかない・・・腰がすわらない対応に終始しています。

相手は多くの人質をとっているテロリストで、住民を「人間の盾」として、その後ろから攻撃を続けている・・・というイスラエル側の言い分も一定に配慮する必要はあるでしょうが、「人間の盾」もろとも委細構わず吹き飛ばしてしまう圧倒的軍事力の行使にはたじろいでしまします。

ハマス側は(その本音がどこにあるかは別として)こうした民間人被害を厭わないイスラエルの攻撃を理由として、停戦交渉離脱を警告しています。

****ハマス、停戦交渉を離脱と警告 民間人「虐殺」受け****
イスラム組織ハマスの当局者は14日、パレスチナ自治区ガザ(での戦闘をめぐるイスラエルとの停戦交渉を離脱すると警告した。ハマスの軍事部門トップを標的にした空爆で多数が死亡したり、学校が繰り返し攻撃されたりしていることなどを理由に挙げた。(中略)

ハマス当局者は、カタールを拠点とする最高指導者イスマイル・ハニヤ氏の話として、「イスラエルの真剣さの欠如、継続的な引き延ばしと妨害の方針、非武装の民間人に対する継続的な虐殺」が交渉離脱を決めた理由だと述べた。(後略) 【7月15日 AFP】
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【政治的延命のため交渉を妨害しているとの批判があるネタニヤフ首相】
“イスラエルの真剣さの欠如、継続的な引き延ばしと妨害の方針”・・・イスラエル国内にも、早期の人質解放を優先すべきで、ネタニヤフ首相は政治的延命のため交渉を妨害しているとの批判があります。

戦闘が終息すれば、ネタニヤフ首相はハマスのテロ攻撃を防げなった責任だけでなく、以前からある自らの訴訟を有利に運ぶための司法改悪への批判などで、その政治生命は危うくなります。

また、交渉のためにハマス攻撃の手を緩めることで極右勢力の支持を失うと政権が維持できず、同様の結果となります。

ネタニヤフ首相が政治的に生き残るためにはハマス攻撃を続け、「成果」を誇示するしかない・・・という政治状況です。

****ネタニヤフ首相、ガザ交渉妨害か=保身狙い新要求―イスラエル紙報道****
イスラエル紙エルサレム・ポストは16日、パレスチナ自治区ガザでの停戦と人質解放に向けたイスラム組織ハマスとの間接交渉に関連し、同国のネタニヤフ首相が政権維持のため、合意に至らないよう妨害していると報じた。

これが事実なら、国内各地で人質解放を求めるデモが続く中、ネタニヤフ氏が保身を優先し人質解放を後回しにしているとの批判が出そうだ。

同紙が関係筋の話として伝えたところでは、ネタニヤフ氏は、ハマスが密輸武器の入手拠点としているガザ・エジプト境界の緩衝地帯を引き続きイスラエルが管理することを要求。また、武装したハマスのメンバーが再びガザ北部に戻らないことも求めているという。

ただ、これら二つの要求はイスラエルの治安とは無関係で、ネタニヤフ氏は連立政権の一角を占める極右政党党首のベングビール国家治安相が「ネタニヤフ降ろし」に動かないことだけを気にしているとされる。

関係筋は同紙に、ハマスが先に、これまで固執していた「恒久停戦」確約の要求を取り下げる譲歩を行ったことで、今週か来週には停戦合意が実現し、多数の人質が帰還していた可能性があったと述べた。極右政党はハマスとの停戦に強く反対している。【7月17日 時事】 
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【ネタニヤフ連立政権に極右が入閣して悪化が加速する西岸地区の状況】
極右勢力の影響は、ガザ地区への攻撃だけでなく、西岸地区のイスラエル入植者による暴力激化、国際法違反の入植地拡大にも及んでいます。

****イスラエル人の入植者が水源奪い、パレスチナ住民の追い出し図る…ヨルダン川西岸で16集落消滅****
パレスチナ自治区のヨルダン川西岸で、イスラエル人の入植者が、水源を奪うことでパレスチナ住民の追い出しを図っている。ガザ地区での昨年10月の戦闘開始後、人権団体のまとめで16の集落が消滅した。ベンヤミン・ネタニヤフ政権の一翼を占める極右勢力が主張する「西岸の併合」に沿った現状変更の動きだ。(ヨルダン川西岸ラスアイン・アウジャ 福島利之)

ヨルダン川西岸のオアシスの町エリコから北10キロのラスアイン・アウジャ集落には、西岸有数の水量が湧く泉がある。降水量が少ない砂漠での水は貴重で、家畜のほかバナナやナツメヤシの栽培に使われてきた。生活には不可欠だ。

今月5日、パレスチナ人の家族連れが水浴びをしていると、小銃や大型ナイフを持った入植者の若者数人が大声で騒ぎ、露骨に嫌がらせを始めた。他都市から家族8人で遊びに来たパレスチナ人の教師アリフ・シャワラさん(43)は「安心して子どもを遊ばせられない」と敷物を畳み、引き揚げた。

アウジャ集落には約150家族、400人ほどのパレスチナ人の遊牧民が住み、子羊やミルクを売って生活する。しかし、数年前から近くの入植地の入植者の襲撃で倉庫を破壊されるなどした。

今年4月、泉近くにテントを建てた非公認の入植地(アウトポスト)がつくられると、襲撃は激化し、住民は泉に行くのも阻まれるようになった。

集落に40年以上住むムハンマド・ラシャイドさん(50)は昨年、500頭の羊を飼っていたが、入植者に盗まれ、今は50頭程度という。羊に水を与えるのも容易ではない。パレスチナ自治政府に介入する権限のない地域で、治安を担うイスラエル軍や警察に連絡しても対応しないという。ラシャイドさんは「誰も守ってくれない」と嘆く。

入植者による嫌がらせは、集落からの住民追い出しが狙いだ。銃を手に泉に現れた20歳代の入植者男性は「西岸の全ては神が我々に与えた土地だ」と主張した。

国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、西岸では昨年10月以降、入植者の暴力は1050件発生し、107人が死亡した。財産被害は828件に上る。人権団体ベツェレムのまとめでは、今年4月までに入植者の襲撃などで157家族、1056人が家を追われ、16集落が消滅した。

イスラエル政府は支配地域の拡大に向け、入植者を事実上の先兵として利用している側面がある。

軍や警察が駆けつけても、入植者を保護することが多いとされる。入植者は極右政党の支持母体で、2022年に発足したネタニヤフ連立政権に極右が入閣して以来、襲撃は激化したという。入植者が奪った土地やアウトポストは、後に政府が「イスラエルの土地」と宣言し、入植地となるとみられている。

イスラエル人の人権活動家アミル・パンスキさん(60)は、「入植者は西岸の全てをイスラエルの土地にしようとしている。軍隊も入植者の横暴を見ているだけだ」と指摘する。

◆入植者=イスラエルが1967年の第3次中東戦争で占領したヨルダン川西岸や東エルサレムで建設された入植地に住む住民。NGO「ピース・ナウ」によると、西岸の入植者は人口の約5%にあたる47万8000人で、入植地は146か所。非公認の入植地はアウトポストと呼ばれ、191か所に上る。入植地は占領地への自国民の移住を禁じるジュネーブ条約に反する。【7月16日 読売】
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【過剰な暴力に走るイスラエル人の意識にあるのは被害者的な被包囲意識】
「西岸の全ては神が我々に与えた土地だ」・・・・“神”や聖書を持ち出されては、理解のしようもありません。

理解のしようはありませんが、なぜ過剰なまでの暴力に走るのか・・・その意識を探ると被害者的な被包囲意識が垣間見えます。

****自分たちは「いつも被害者」という意識...なぜイスラエルは「正当防衛」と称して、過剰な暴力を選ぶのか?****
<イスラエルが抱える「被包囲意識」について>
(中略)ベン・グリオンがトイレット・ペイパーに書いたという建国の宣言文は、「ユダヤ人国家」(下巻152頁)であり、「アラブ人住民が平等かつ完全な市民権をもつ」(下巻153頁)国家でもあり続けると定める。

それは「ユダヤ人の国」という民族主義と、「アラブ人にも平等」にという民主主義の両立を掲げたものだ。だがその実践は容易ではない。

保守化が進む近年のイスラエル政権は、アラビア語を公用語から排除するなど露骨な民族主義に偏重している。イスラエルは、建国の瞬間から根本的な矛盾を抱えて船出した国家なのだ。(中略)

私は現地にいた6年半、専門家を訪ね歩いて同じ質問を繰り返した。 「なぜイスラエルは『正当防衛』と称して過剰な暴力を繰り返すのですか」

最も説得力を感じたのは、紛争心理学の研究で世界的に知られるテル・アヴィヴ大学名誉教授のダニエル・バル・タルの答えだった。

「イスラエルのユダヤ人は、自分たちは敵対的な人々に囲まれている、という被害者的な被包囲意識を持っている。パレスチナはアラブ諸国の大軍の一部であり、小さいとも弱いとも思っていない。自分たちこそがアラブの憎悪の海に浮かぶ孤島だと感じている」

この意識は東欧からロシア、そしてナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)と脈々と続いた差別と迫害の歴史の中で、ユダヤの民の「血となり肉となってきたもの」だという。

そして自分たちは「いつも被害者だ」という意識が「正当防衛」としての暴力をエスカレートさせていくというのだ。

被害者意識は個人のアイデンティティに組み込まれ、やがてそれは集団的なアイデンティティを形成する。それが被害者物語となって社会全体を動かして行くのかもしれない。

ハマスによる攻撃が近年、残虐性を増す背景にもこうした被害者物語が生み出す暴力のメカニズムが潜んでいるように思える。(後略)【7月11日 大治朋子氏(毎日新聞編集委員、元エルサレム支局長) Newsweek】
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****“隠れた報復”進むヨルダン川西岸占領地 聖地で探ったユダヤ人入植者の本音、なぜ土地に固執、過激化するのか?****
イスラエル軍の掃討作戦が続くガザ地区での悲劇に世界の注目が集まる中、パレスチナ人に対する“隠れた報復”が、ガザから東へ40キロほど離れたもう一つの占領地、ヨルダン川西岸で進行している。

昨年10月に起きたイスラム組織ハマスによる越境攻撃以来、入植者による暴力が急増し、4月上旬までに700件を超えた。犯人が罰せられることはまれで、西岸は無法地帯化しつつある。

ガザを拠点とするハマスは、1200人ものイスラエル市民らを虐殺した。イスラエル側の衝撃と怒りは想像も同情もできる。しかし入植者はなぜこの土地にかくも固執し、過激化するのか?現地で本音を探った。

 ▽厳戒の聖地
(中略)占領地への入植は国際法違反だが、ヘブロンを含め西岸には約70万人のユダヤ人が住んでいる。イスラエルの法律にも違反するのを承知で、勝手に家屋を建ててしまう確信犯も少なくない。

 ▽歴史的正義
そんなヘブロンの旧市街でインタビューに応じたのが、「ヘブロン入植者協会」の幹部で国際広報担当、イシャイ・フレイジャーだ。年齢は40代後半で「ヘブロン・ユダヤ人協会」の幹部、広報担当も務める。イスラエル北部ハイファ出身で米国育ちのフレイジャーは、流ちょうな英語でユダヤ側の心情を語った。

彼はまずユダヤ人が抱く「恐怖」を強調した。
「イスラエルは、20を超えるアラブ国家の4億人超のアラブ人に囲まれ、おびえて生きている。これがわれわれの世界観だ。そして彼らはユダヤ人がイスラエルという国家を持つ権利すら否定、この土地から追い出そうとしている」。

イスラエルの人口は900万人程度で、40倍以上の人口を持つアラブ側にはイスラエルを敵視する勢力が少なくない。さらにホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)という悲劇の歴史や、計4回にわたるアラブ諸国などとの戦争を振り返れば、フレイジャーの言う恐怖心は、決して被害妄想ではない。

一方で、西岸のパレスチナ人(もちろんガザでも)は保健衛生から就業、土地の所有まで人生のあらゆる面で差別されて生きている。人権団体からは「アパルトヘイト(人種隔離)」と批判される状況が続いているのだ。人権団体の調査では、暴力事件急増の裏で立件されるのは、わずか6%だ。

こうした現実を前提に記者が「入植は国際法違反とされている」と指摘すると、フレイジャーは口角を少しばかり上げて鼻で笑った。
「そんな話は、ユダヤ人の立場を悪くするための冗談に過ぎない。ユダヤ人は(ユダヤ人の郷土建設をうたった)バルフォア宣言や国際連盟のパレスチナ委任統治に基づきここにいる」と話す。

さらに遠い歴史も重要だと言う。
「ユダヤ人は古代からこの地に住み、ヘブロンにも3000年以上前から住んできた。われわれはここに戻って、本来われわれの物(土地)を取り戻しただけなのだ。この地に住むのは歴史的正義なのだ」

今日のパレスチナ問題の元凶である大英帝国の二枚舌、三枚舌外交が絡む近代史を根拠にする部分は傾聴に値する。だが、旧約聖書を持ち出して入植を正当化する理屈には、到底納得できない。

これを認めてしまうと、時計の歴史の針を千年単位で巻き戻し現代の法的な“土地所有”を決めることになる。世界地図を破り捨てるがごとき、乱暴な理屈だ。

 ▽垣間見た本音
こうした歴史観に支えられた入植者の行動で目立つのが、パレスチナ人の生活の糧を標的にしていることだ。例えば農家のオリーブ畑や家畜、かんがい施設。これらを失えば生活はたちまち立ち行かなくなる。なぜそこまでするのか?

ガザでは昨年10月の戦闘開始から半年ほどで建築物の約50%が被害を受けている。ネタニヤフ政権は、ハマス壊滅や人質の全員解放を戦闘の目的とするが、それが達成された後、200万人を超える人々の生活をどう再建するつもりなのか―という問いには、一切答えていない。

フレイジャーら極右の人々に耳を傾けるうちに“本音”が見えた気がした。そもそも再建する(させる)つもりが、ないのではないだろうか。

「ハマスを支持する住民たちはハマスと同じだ。ガザから追放し、隣国エジプトが受け入れればいい」。フレイジャーは自信に満ちた声で言い放った。「もっと激しくやっていい。水も食料もガザにやる必要はない。連中を飢え死にさせていい」

パレスチナの生存権の否定と言ってもいい。イスラエルの極右閣僚アミハイ・エリヤフ(エルサレム問題・遺産相)は、ガザでの核兵器使用すら「選択肢だ」と発言する。

いわゆる国際社会は、米国のバイデン政権を筆頭に、相変わらずイスラエルとパレスチナの「2国家共存」が和平の道だと唱える。しかし現場にあるのは、そうした理想論がうつろに響くほどの相互の憎悪と不信だ。

共存について、別のヘブロン入植者は「平和を守るならパレスチナ人と共存できる。しかしむこう側は、学校やモスクでユダヤ人を殺せと教えている」と疑心暗鬼を募らせていた。

フレイジャーも「もちろん平和を好み、法律を守るアラブ人とは共存できる。だが、できないのであればどこか他所へ行くべきだ」と語った。

共通するのは、イスラエル政府が押しつける差別的な監視社会を受け入れるのならば、という条件付きだ。それはハマスのテロを生み出した抑圧的な平穏を前提とした、偽りの共存に過ぎない。【7月11日 47NEWS】
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被害者的な被包囲意識、敵に囲まれているという意識・・・ウクライナに侵攻したプーチン大統領・ロシア人の意識に共通するものです。
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フランス  アタル内閣が総辞職 組閣に向けた主導権争い 後任は決まらず政治の混迷はしばらく続く

2024-07-17 23:11:36 | 欧州情勢

(【7月17日 産経】 与党・左派・極右 いずれも過半数に遠く及ばす、主張も全く異なるため、連立交渉は非常に難しい状況)

【マクロン大統領、アタル首相の辞任受入れ 暫定内閣で内政停滞は避けられず】
極右「国民連合(RN)」の過半数獲得が焦点となっていた7月7日に行われたフランス下院選の決選投票。

「国民連合(RN)」の過半数獲得を阻止しるために組まれたマクロン大統領率いる与党連合と左派連合「新人民戦線(NFP)」の選挙協力・候補者調整によって、投票日が近づくにつれ「国民連合の過半数は難しそう」との予測が強まっていましたが、蓋をあけると、左派連合「新人民戦線(NFP)」がトップの182議席を獲得する“サプライズ”。

与党連合は168議席の2番手、「国民連合(RN)」とその共闘勢力は3番手の143議席という結果。

いずれの勢力も過半数の289議席に届かず、単独では政権を担えない“三つどもえの状態”になっています。

とにもかくにも敗北した政権与党のアタル首相は辞意を表明、あとが決まらないマクロン大統領は遺留してきましたが、正式に内閣は総辞職することに。

****フランス“最年少”アタル内閣が総辞職 次期首相が決まるまで暫定的に職務続行****
フランスのアタル首相が率いる内閣は16日、総選挙での敗北を受け、総辞職しました。ただ次期首相が任命されるまでしばらくは職務を続けるとしています。

フランス大統領府は16日、マクロン大統領がいったん慰留していたアタル首相の辞表を受理したと発表しました。

アタル首相は、今年1月、現在の政治体制では最年少となる34歳(当時)で首相に就任しました。

しかし、今月の議会下院にあたる国民議会選挙で与党連合が敗北したことを受け、辞表を提出していました。

ただ、次期首相が任命されるまでは限定された範囲で職務を継続するということです。

国民議会選挙では、左派連合、中道の与党連合、極右の「国民連合」で議席を分け合い、連立協議も進んでいないことから、次期首相の見通しはたっていません。【7月17日 TBS NEWS DIG】
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あとがきまらない状況で、アタル内閣は次期首相が任命されるまでは限定された範囲で職務を継続する暫定内閣を続けますが、新たな法案の提出などはできず、内政の停滞は避けられない状況、しかも、そうした状況がしばらく続くこと(少なくともパリ五輪が閉幕する頃まで)が予想されています。

今回、マクロン大統領がアタル首相の辞任を受け入れたのは、議会戦略によるものと見られています。
フランス憲法は議員と大臣の兼務を禁じていますが、閣僚は内閣を辞任すれば議会で与党議員として投票などができます。さらに、暫定内閣はすでに辞任した状態のため、内閣不信任の対象にもなりません。

【大統領の狙う多数派工作も困難 左派連合も内情は複雑】
とは言うものの、マクロン大統領にとっても、フランス政治にとっても、異例の混迷状態に突入していることは間違いありません。新議会は18日に開会します。

マクロン大統領としては左派連合を切り崩して社会党など穏健派を取り込み、更に右派の共和党も取り込んで多数派を形成したいところですが、話は簡単ではなさそう。とにかく、左派連合の中核政党であるメランション氏率いる急進左派「不屈のフランス」は政権から排除したい思いです。

第一党になった左派連合は当然ながらマクロン大統領に「首相」ポストを要求していますが、こちらも内部事情は複雑。

組閣に向けた主導権争いが行われていますが、現在のところ目途がたたない状況です。

****フランス下院、続く主導権争い 連立なお見通せず 18日開会、内政停滞の危機****
フランスで国民議会(下院)総選挙を受けた各党の連立協議がなお難航している。どの勢力も過半数を獲得できず、マクロン大統領は自身の与党連合に有利な形での連立を模索しているが、第1勢力となった左派連合はマクロン氏陣営が主導権を握ろうとする動きに対して反発。新議会は18日に開会するが、内政停滞の危機が高まっている。

「勝者はいない。強固な安定多数を築こう!」 マクロン氏は10日に公表した書簡で、安定した大連立政権の樹立を各党に求めた。(中略)

欧州メディアによるとマクロン氏が模索するのは、新人民戦線の切り崩しだ。構成政党のうち、社会党など比較的穏健な左派政党と協力し、与党連合と特に政策面で相いれない中核政党の急進左派「不屈のフランス」の排除を目指す。同時に中道右派の共和党も取り込みたい考えとされる。

ただ、不屈のフランスを率いるメランション氏は「敗北を受け入れろ」と主張し、マクロン氏主導の政権樹立を警戒。社会党も「マクロン氏の政策を受け継ぐ政権は組まない」との姿勢を崩していない。不屈のフランス抜きで左派と連携するのは難しそうだ。

多数派形成の見通しがたたないため、内政を担う新首相の指名も困難な状況。フランスでは、大統領が議会多数派の意向を踏まえて首相を指名する仕組みで、マクロン氏は連立の枠組みが定まるのを待って指名する考えとみられる。

一方、各党の政策が微妙に異なる新人民戦線側も、マクロン氏に提案する首相候補を明確に一本化できていない。(後略)【7月17日 産経】
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【“極右が常態になった”状況で国民連合台頭 マクロン大統領の“賭け”の真意は?】
そもそも今回の下院選挙は、欧州議会選挙で極右「国民連合」に大敗を喫し、支持率でもダブルスコア状態でリードされていたマクロン大統領が突如、起死回生策として打ち出した“賭け”と言われています。

そのあたりの“マクロン大統領の賭け”の背景、それと、決選投票では候補者調整に敗れ、現在の多数派工作では蚊帳の外に置かれていますが、第1回投票では1位となった極右「国民連合」がなぜここまで国民にうけいれられるまでになったかを整理しておきます。

****“極右”が普通になっていく世界 28歳の極右党首とマクロン大統領の“賭け”【報道1930】****
5年に一度の欧州議会選挙が行われ、予想されていた通り極右政党の躍進が目を引いた。とはいえ現職のフォンデアライエン委員長を支持する政党の集まりが過半数を維持できる見通しでEUがすぐに何らかの方針を変更することはなさそうだ。

しかし、フランスでは事情が違う。マクロン大統領の政党が極右政党に大敗した。しかも圧勝した極右政党の党首は“極右アイドル”と呼ばれ熱狂的な支持を集める28歳の若者だった…。

「権力を握ったことのない唯一の政党は“極右”」
(中略)『国民連合』を実質率いるのは大統領選でマクロン氏と戦ったマリーヌ・ルペン氏だが、現在の党首はジョルダン・バンデラ氏28歳だ。バンデラ氏はSNSを駆使して若い世代の支持を集め、TikTokのフォロワー数は140万越えという、まさに“極右アイドル”だ。

「フランスの消滅は既に様々な地域で始まっている…(中略)国家の安全の脅威となる外国人の軽犯罪者・重犯罪者・イスラム主義者を国外退去させる。(中略)マクロンのヨーロッパに対抗しよう。一切譲歩してはいけない。フラン人であれ、これからも永遠に…」
移民排除、イスラム排除、自国ファーストを訴える熱弁に若者中心の支持者たちは国旗を振って歓声をあげていた…。この熱狂は何なのか? 極右を研究する専門家に聞いた。

「バンデラ氏の人気は非常に高い。彼がまだ28歳で、フランスの政治の基準からするととても若いという事実が関係してる。調査では18〜24歳の支持率が29%だった。

若者は自分の将来についてかなり心配している。2年前に年金改革があり、若者は67歳か68歳まで働くことが必要になった。68歳まで働いてキャリアの終わりに受け取る年金はそれほど多くない。

彼らは何か他のことを試したいのだ。共産主義も普通の選択肢だが、権力を握ったことのない唯一の政党は“極右”だ。それで試してみよう。もし上手くいかなければ私たちは行動を起こして変化するという考え方になる」

“極右が常態になった”
去年12月のフランスの世論調査では“国民連合は危険ではない”と答えた人(45%)が“危険である”と答えた人(41%)を上回った。

日本で極右と言えば、極端な愛国主義、国粋主義、ファシズムのイメージだが、フランスではそれが危険ではないと思う人が主流になりつつあるようだ。

そもそも極右の定義とは何か…。ヨーロッパ政治に詳しい東野教授に聞いた。
「あえて極右という言葉を使うなら、テキストの80%で生活を守るとか(ソフトな政策)であったとしても残る20%にうまくイスラム排斥、移民排斥とかが入ってるのであれば“それは危険”でヨーロッパでは排除すべき思想なんです。定義の問題ではなく“極右”というネガティブな言葉を使い続けることで、こうした排斥主義的な人がいますよっていう注意喚起をしている…」(中略)

筑波大学 東野篤子 教授
「マリーヌ・ルペンのお父さん(国民連合初代党首)の頃とはだいぶ洗練されてきて、いいじゃない、大丈夫じゃないと思わせるような極右が今の極右」

選挙の度に“極右の台頭”と言われ続けているうちに〝極右が常態になった”のかもしれない。ニュース解説の堤氏は言う
「今の極右はポピュリズムなんです。分かりやすく言えば人々の耳に聞こえのいいことを言ってちょっとだけ反移民とか混ぜ込んでいく。(中略)根底にあるのは自国第一、そこはトランプ氏に似てる」

「政権運営させてコケさせる」
欧州議会選挙で大敗を喫したマクロン大統領は、驚くことに議会の解散を発表、フランス総選挙を今月中に実施するという賭けに出た。

日本なら逆風時は解散を少しでも先延ばしにするところだが、マクロン大統領は「皆さんに選択権を返すことに決めた」としてその夜の解散に踏み切った。

元朝日新聞ヨーロッパ総局長で、現在東京大学・特任教授の国末憲人氏は言う。
「今回の欧州議会選挙は国に直接関係ないので割と気軽に投票できた。国内の総選挙や大統領選になると(国民も)気を使うと思う“やっぱり右翼はやめておこう”って…」

一方、マクロン大統領には彼なりの勝算があって解散するのだと教授は言う。もちろん裏目に出る可能性もあるが…

東京大学先端科学技術研究センター 国末憲人 特任教授
「マクロンはリスク取るの好きなんです。それを恐れない人物。リスキーだけどやる。(中略)任期はあと3年あるがこのままやってると国民連合に人気がどんどん高まる、と思ってます。で3年間レームダックになるよりも一か八かに出た方がいいという判断…」

東野教授もマクロン大統領の目論見を4つ挙げた。
筑波大学 東野篤子 教授
「一番大きいのはフランスの選挙で極右が大勝ちすることはよくあるんですが、大勝ちした後に揺り戻しがあるんですね。“こんなに極右が勝ってしまってはマズい”って…。
2番目は、マクロンは国民連合が上手く政権運営できるとは思ってない。なのでもし過半数取って最悪ルペン氏やバルデラ氏が首相になってしまっても、政権運営させてコケさせる。
3番目として、フランスの大統領権限は絶大なので、たとえ議会で過半数取られてもやっていけるという自信ですね…。
4番目にはマクロンの視点はあくまでも2027年の大統領選挙。そこにルペンは出る気マンマン。だからなんとか国民連合に失敗をさせておく。それでルペン大統領誕生の芽を摘んでおく…」

それにしても大統領が46歳。首相が34歳。ライバル党首が28歳。登場人物の中で最年長のルペン氏でも55歳。それに比べて日本は…、と考えるとイデオロギーを度外視して羨ましい…。(BS-TBS『報道1930』6月10日放送より)【6月13日 TBS NEWS DIG】
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【「右でも左でもない」中道路線(マクロニズム)の失敗】
解散総選挙発表当時から、少なくも選挙予測に関しては“賭け”は失敗しそうだと言われていました。
実際、マクロン与党は大敗し、議席数を大幅に減らした訳ですから、その意味では“賭け”は失敗したと言えます。

ただ、当初の議席予想からすれば、マクロン与党の議席減は“まだまし”な数字になっていますし、決選投票では左派連合との候補者調整で国民連合の過半数獲得を阻止しています。

しかし、極右・国民連合に代わって、急進左派を含む左派連合が1位となるという想定外の結果を招いたという点では、やはり“失敗”でしょうか。

****賭けに負けたマクロン大統領の四面楚歌****
<「極右」首相とマクロン大統領の野合政権の誕生という最悪の事態は辛うじて回避できたが、あと3年の任期を残すマクロン大統領はレームダック化し、フランス政治は混乱と停滞の時代に入っていくだろう>
(中略)
この「極右」と「反極右」の戦いの決戦は、3年後の大統領選挙に持ち越された。本番は大統領選挙となる。国民連合の大統領候補であるルペン前党首にとっては、総選挙で勝利とはならなかったが、最大野党のポジションは、大統領選挙を狙うには極めて好都合だ。

マクロニズムの失敗
今回の総選挙では、マクロニズムの失敗も明らかになった。他の欧州諸国でも見られる、中道勢力の弱体化と「極右」(右派ポピュリスト勢力)の強大化が進んだからだ。

マクロン大統領は、「右でも左でもない」中道路線(マクロニズム)を志向してきた。それは実際には、「左の心」(社会主義者の価値観:社会的連帯、進歩主義、多文化主義など)と、「右の頭」(新自由主義者の経済政策)の両輪で、中道層を厚くすることを目指したもので、当初はそれが功を奏し、左右穏健派政党(社会党・共和党)の失墜をもたらした。

しかし、「左の心」については、移民問題や治安の悪化などで、十分に発揮できなかった一方、「右の頭」については、富裕税の廃止や年金改革などで、十分に発揮してしまった。

このため「金持ち優遇のエリート」として庶民の強い反発を招き、そうした反発を我がものとしてマクロン批判を徹底的に展開した国民連合の増長をもたらしてしまったのだ。

それやこれや、マクロン大統領の危険な賭けは、自分自身の四面楚歌の状況を招いただけの失敗に終わったようだ。【7月9日 Newsweek】
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【左派連合勝利・・極右が勝利したほうがマシだったとの指摘も】
マクロン大領の心のうちは知り様もありませんが、フランス政治・社会・経済の安定を願っているなら、今回の左派連合が1位という結果は、極右政権誕生よりももっと懸念すべき事態かも・・・という指摘も。

マクロン大統領同様に、国民連合・ルペン氏にとっても本番は次期大統領選挙。もし極右政権となっていれば、ルペン氏は次期大統領選挙を睨んで、過激な変革は行わないだろう・・・それに比べて急進左派が主導する左派政権となると・・・という議論です。

****【フランス総選挙】極右が勝利したほうがマシだった? 左派連合の“逆転勝利”で待ち受ける混乱***
(中略)
経済政策に意見反映
左派連合は、71議席の不服従のフランス、64議席の社会党、33議席の環境派、9議席の共産党、3議席のその他からなっている。不服従のフランスは「フランスのバーニー・サンダース」(米国民主党左派の政治家)と呼ばれるジャン=リュック・メランションが率いる、反EUや反イスラエルなどの主張が際だった勢力である。

左翼連合はさすがに、EUやNATOからの離脱をマニフェストに入れなかった。だが、経済政策では、この不服従のフランスの意見を大幅に採用したマニフェストを発表しており、

1.2023年の年金改革法を撤廃して64歳からになった年金支給を60歳に戻すこと 2.公務員給与と福祉給付の増額 3.最低賃金の14%引き上げ 4.基本食品やエネルギーの価格凍結
をうたった。民間の試算によれば、これらのコストは1500億ユーロを超えると予想されている。富裕税の復活や大企業への課税強化に財源を求めるというが、到底不可能と見られている。

またLGBT関係では、性別の変更を裁判所の関与なしに市役所で可能にするとか、移民・難民に寛容な方策の採用なども約束している。

連立政権は極右と極左を利するだけか
そこで大統領は、過半数がとれなかったという理由で社会党などに左派連合の公約の多くを放棄させて、大統領派や右派との連立政権を組織しようと画策している。(中略)

たしかに、上記の三勢力の議席を合計すると296議席となって過半数は確保できる。だが、社会党内の左派が造反する可能性もある。また、発足してもこれまでのマクロン路線と対して変わらないものになるだろうから、国民の不満はたまり、極右と極左を利するだけだろう。

もちろん、不服従のフランスのメランションか他の人物に任せて大混乱を引き起こさせてから、社会党に離脱させるとか奇手はあるが、その場合に経済にもたらす打撃は耐えがたいものになるだろう。

むしろ極右のほうがましだった?
そうなると、むしろ極右のRNが勝利したほうがましだった、という気持ちも心をよぎる。なぜなら、その場合は29歳のバルデラ党首が首相になり、2027年の大統領選挙でマリーヌ・ルペンを勝利させるために経済を大混乱させるようなことは避けただろうからだ。

RNは、もうEUや共通通貨ユーロからの離脱は言わないし、NATOとの関係の変更についても慎重だ。ウクライナ紛争でも、マクロン大統領よりはだいぶ後ろ向きだが、ロシアの肩を持っているわけでない。そもそもウクライナのNATOやEUへの加盟にはマクロン大統領だって実質的には反対だったのである。トランプ大統領が復権したら、むしろ、極右政権のほうがトランプと上手にやっていけるかもしれなかった。(中略)

なぜRNは異端扱いされるのか
RNがどうして極右と呼ばれ、体制外の異端扱いされるかといえば、つまるところ、第二次世界大戦でレジスタンス勢力こそが現フランス共和国を創ったという歴史的事情による。

このため、マリーヌ・ルペンの父親で創始者のジャン・マリー・ルペンがナチスを肯定するような発言をしていたことを理由に、RNを排除するのみならず、RNを切り崩すために穏健派を招き入れるとか、RNの政策を一部採り入れるといったことも拒否しているのである。

このことは、かえってRNの組織を切り崩されない強固なものにしてしまってい
るように見える。RNが30%を超えるフランス国民の支持を受けているとなれば、RN全体を連立相手などとはしないだけで良く、分裂を誘って受け入れるほうが賢明ではないかという気がしないわけでもない。【7月17日 八幡和郎氏 デイリー新潮】
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とにかくしばらく混迷が続くこと、今回総選挙は“スタート”に過ぎず、マクロン大統領もルペン氏も目を向けているのは次期大統領選挙であるということは間違いないところです。
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再生可能エネルギー  発電割合30%超え 脱炭素戦略を加速する中国

2024-07-16 23:50:38 | 環境

(巨大風車が並ぶ中国・福建エリアの洋上風力発電群
洋上風力発電所は台風の強風時には安全のため発電を停止するケースが多いが、今回、中国の発電大手の長江三峡集団(CTGC)が運営する福建エリアの世界最大の洋上風力発電所(16MG)は、台風9号と11号の襲来時にも24時間フルに稼働した。その結果、1日当たりの発電量は38万4100kWhに達し、世界記録を更新したとしている。【2023年9月9日 環境金融研究機構】)

【再生エネ 気候変動目標には至らないものの、発電割合で30%超えに増加 原発運用を圧迫】
気候変動対策として化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が求められていますが、昨年の世界の再生可能エネルギー発電容量の伸びは気候変動目標を達成するために必要な伸びの半分足らずにとどまっています。

****鈍い再生エネの伸び、気候目標達成に程遠く インフラ不足が課題****
 昨年の世界の再生可能エネルギー発電容量の伸びは気候変動目標を達成するために必要な伸びの半分足らずにとどまったと、有力シンクタンクが指摘した。エネルギー需要の増加と送電インフラ不足が化石燃料からの転換を遅らせているという。

政府や業界団体が参画する「21世紀のための自然エネルギー政策ネットワーク(REN21)」(本部:パリ)が4日公表した年次報告書によると、世界の再生可能エネルギー容量は昨年、約473ギガワット(GW)、36%増加した。22年連続で増加したものの、気候変動目標達成に必要な1000GWの半分にも満たなかった。

ラナ・アディブ事務局長は「エネルギー需要が、特に中国、インド、その他の発展途上国で同時に増加している」と述べた。

REN21は、自然エネルギー部門では送電網インフラへの投資不足が課題だと指摘した。送電網への接続待ちのプロジェクトは昨年は3000GW相当だったという。

途上国が再生可能エネルギー施設を建設する資金の援助も引き続き大きな課題になっている。

アディブ氏は「資本コストは世界的に大幅に上昇しているが、発展途上国では特に高い」と述べた。開発資金も不足し、昨年の世界の再生可能エネルギー投資総額のわずか1.4%にとどまったとしている。

昨年の世界の再生可能エネルギー投資は前年比8.1%増の6230億ドル。気候変動目標を達成するには年1兆3000億ドルが必要とされる。

「技術はある。CO2排出量の80%は既存の技術で削減できる。必要なのは政治的な意志だ」とアディブ氏は語った。【4月5日 ロイター】
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気候変動目標には届かないものの、それでも世界のエネルギー事情は太陽光・風力など再生可能エネルギーが増加し、「化石燃料による発電量が減少する新時代が目前に迫っている」との状況にありますが、日本はそうした流れから更に遅れているようにも。

****世界の再エネ発電、初の30%超 太陽光が後押し、英調査****
世界の再生可能エネルギーによる発電割合が2023年に初めて30%を超えたとする報告書を英シンクタンクのエンバーが8日公表した。太陽光と風力の増加が後押しした。

「化石燃料による発電量が減少する新時代が目前に迫っている」としている。一方、日本は約24%で世界の割合を下回った。

23年の世界の総発電量は約30兆キロワット時。再エネの内訳は水力が14.3%、太陽光が5.5%、風力が7.8%、バイオエネルギーが2.4%、その他の再エネが0.3%で計30.3%。00年の再エネの全体は19%、太陽光と風力の合計は0.2%だった。

一方、日本の再エネの内訳は水力が7.3%、太陽光が10.9%、風力が0.9%、バイオエネルギーが4.8%。国の補助もあり、太陽光は過去10年で急速に拡大して世界の2倍の割合だったが、風力はほとんど増えず、他の先進7カ国(G7)と比較しても遅れている。

30年に世界の再エネ発電能力を3倍にするとの国際目標の実現に向け、風力発電を拡大する必要があると指摘した。【5月8日 共同】
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欧州では、再生可能エネルギーの増加によって、原発の稼働停止が相次ぎ、その運用を困難にしています。

****欧州で原発の運転停止相次ぐ、再生可能エネルギー急増で需要低下****
再生可能エネルギーの促進が、欧州の原子力発電業界に追い打ちをかけている。

化石燃料に依存しない電力の生産はかつてないほど急がれ、欧州の一部では依然として原発を電力政策の中核に据えている。だが、再生可能エネルギーの急増と電力価格の低下で、原発の運転にしわ寄せが及んでいる。

今後さらに厳しい時期が待ち受けている兆しもある。エネルギー危機以来、需要は十分に回復せず、風力や太陽光の発電量は増加の一途をたどる。これに押され、発電電力量に占める原子力と石炭火力のシェアはいずれも低下している。

エネルギー・電力市場分析会社ストームジオ・ネナのシニアアナリスト、シガード・ペデルセン・リエ氏は「太陽光と風力に極めて不利な状況が長期間続くか、強い熱波がない限り、現在の電力価格では従来型のベースロード電源は苦しいだろう」と指摘した。

フランスや英国などの国は地球温暖化対策の重要な要素として原子力技術を位置づけ、原発新設に巨額の資金を投じる計画だ。昨年末にドバイで開かれた国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)では、仏英のほか米国や日本、韓国、アラブ首長国連邦(UAE)など20余りの国が、2050年までに世界の原子力発電を3倍に増やすことを呼び掛けた。

それでも長期的に、原発はますます締め出されかねない警戒すべき兆しがある。

フランス電力(EDF)は点検や修理のため長期にわたり運転を停止していた複数の原発を再稼働させつつあったが、既に出力の低下や運転の休止、停止期間の延長に迫られている。週末には電力価格がマイナスとなる事態が発生、6カ所の原発で運転を停止した。

スペインの電力価格は5日、2013年以来の水準に低下した。同国の電力取引価格は数週間にわたりゼロをかろうじて上回る水準が続き、アスコ原発1号機と2号機は過去5週間に通常ベースで出力を下げている。北欧では、原発の出力低下はより頻繁だ。

EDFの原子炉はある程度柔軟に運転できるよう設計されているが、「細心の注意を持って」現在の動向を見守っていると、同社の原子力・火力発電責任者セデリック・レワンドウスキ氏が4日、上院の公聴会で語った。

欧州連合(EU)域内で昨年増加した風力発電能力は、過去最高を記録。太陽光発電能力の伸びは3年連続で40%を上回ったと、業界団体のデータは示している。

需要が弱く、太陽光や風力による供給が急増する際に電力会社が原発の出力を落とすのは異常ではない。だが、完全に運転を停止させるとなると話は別だ。再稼働は複雑で、時間もかかるからだ。

フランスの電力スポット価格は今月4日以降、1メガワット時当たり10ユーロ(約1650円)を下回り続け、6日の入札ではマイナスを付けた。

エナジー・アスペクツの電力リードアナリスト、サブリナ・カーンビシュラー氏は、EDFが原発運転で採算をとるには卸売市場でメガワット時当たり約22ユーロの価格が必要だと指摘した。EDFはコメントを控えた。【4月9日 Bloomberg】
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世界各地で再生可能エネルギーの急増により電力の供給過剰が発生し、電力価格がマイナスになる事例が増えており、蓄電池や送電網の拡大が解決策として期待されています。

【脱炭素戦略を加速する中国】
エネルギー事情を地域別に見ると、再生可能エネルギー分野で世界をリードする立場になっているのが中国。
中国は世界最大の石炭消費国・二酸化炭素排出国として批判もされますが、国策として急速に脱炭素の方向に進んでいるようです。

****中国の太陽光・風力発電設備規模が世界をリード、二酸化炭素排出量は昨年ピークか―独メディア****
2024年7月11日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、太陽光・風力発電容量を急速に伸ばしている中国の二酸化炭素排出量がすでにピークを過ぎた可能性があると報じた。

記事は、米シンクタンク、グローバル・エネルギー・モニターが11日に発表した報告書によると、中国で建設中の大規模太陽光発電と風力発電プロジェクトの設備容量が339ギガワットに達して他国の合計値の2倍を上回り、2位の米国の40ギガワットを大きく引き離したと紹介。

計画されたプロジェクトが予定通り完了すれば、中国は「2030年までに風力と太陽光発電の総設備容量12億キロワット以上にする」という目標を6年前倒しで達成すると報告書が予測したことを伝えた。

また、中国は30年までにカーボンピークアウト、60年までにカーボンニュートラルを達成する目標を立てており、膨大な再生可能エネルギー設備容量によって30年より早い段階でカーボンピークアウトを達成する可能性もあると紹介した。

その上で、アジア・ソサイエティ政策研究のシニアフェローでエネルギー・クリーン大気研究センター(CREA)の主任アナリストであるラウリ・マイリビルタ氏が、中国の5月の石炭火力発電比率が前年同月比7ポイント減の53%と過去最低を記録した一方、非化石燃料発電比率が過去最高の44%となったことに言及し、「この傾向が続けば、中国の炭素排出量は昨年すでにピークを迎えたことになる」との見解を示したことを伝えた。

記事はさらに、報告書が「新エネルギーを目覚ましい速度で導入する一方で、中国が直面している大きな課題の一つは、石炭発電用に設計された送電網が膨大な規模の再生可能エネルギー発電をどのように吸収し、追加電力を必要とする地域に送電できるかということだ」と指摘したことを併せて紹介した。【7月14日 レコードチャイナ】
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太陽光パネル生産で世界を席巻しているのは周知のところですが、風力発電でも。

****中国が洋上風力発電で世界をリード****
世界の洋上風力発電容量の44%が中国海域に設置されており、今後さらに増加する見通しである。5カ年計画に支えられた長期的な視野と実践力が、他の再生可能エネルギー分野や電気自動車(EV)分野と同様に、中国を世界のリーダーに押し出している。

米国は巨額の補助金を使って、洋上風力発電のプレゼンスの引き上げを図っているが、インフレによるプロジェクトコストの急上昇によって、いくつかのプロジェクトが頓挫した。英国は洋上風力発電権益のオークションに入札者が現れない事態に直面し、メカニズムの再設計が要求されている。

米英の失態にもかかわらず、洋上風力エネルギーのサプライチェーンは、99%以上が欧州とアジア太平洋地域に集中している。特に中国は、世界最大の洋上風力発電容量を誇り、大規模プロジェクトが進行中である。

2020年には、欧州は世界の洋上風力発電容量の80%を占めており、当時の中国の容量(4.6GW)の約5倍だった。しかし、その後中国は洋上風力のサプライチェーンを急速に強化し続けている。

世界風力エネルギー協会(GWEC)が発表した最新の報告書によると、2022年における世界の洋上風力発電容量64.3GWのうち、ヨーロッパの占める割合は約47%に減少し、アジア太平洋地域が約53%とこれを上回りた。

アジア太平洋地域の増加の大部分は中国の貢献によるものだ。中国は世界全体の洋上風力発電容量のほぼ49%を占めている。GWECによると、ヨーロッパが2021年に累計設備容量55.9GWの50%を占めていた時から、市場の優位性が変化し始めているとのことだ。(中略)

2014年から2021年にかけて、中国は国家発展改革委員会が策定した複雑な政策のもと、洋上風力発電事業者にさまざまな補助金を提供していた。2021年末までに建設を完了した事業者は、20年間、有利な固定価格で電力を買い取ってもらうことができ、価格競争から保護された。

補助金の停止は市場に打撃を与えた。(中略)補助金の打ち切りは、中国の洋上風力発電業界を激しい価格競争の世界へと突き落とした。(中略)

しかし、競争は技術革新を促しているようだ。風力タービンメーカーは、長期的なコスト削減に役立つユニットの容量を増やしてきた。洋上風力タービンの平均発電容量は、この10年で大幅に増加し、最近では福建省沖に世界最大容量のタービンが設置された。さらに、各社はさらに沖合の風力資源を開発するために浮体式タービンを開発している。【2023年11月9日 吉田拓史氏 AXION】
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中国の躍進は補助金だけではないようです。

ただ、再生可能エネルギーは安定性にかけるため、依然として石炭火力を多く使い続けるものの、石炭火力の低炭素化を促進する方針のようです。

****中国、石炭火力発電部門の排出削減で行動計画 新技術採用など****
中国政府は石炭火力発電業界の温室効果ガス排出削減に向けた行動計画を発表した。新しい発電技術の採用などを盛り込んだ。

国家発展改革委員会(発改委)と国家エネルギー局は、天然ガス発電による炭素排出レベルを石炭火力発電部門のベンチマークに設定。また、バイオマスブレンド、グリーンアンモニアブレンド、炭素回収・利用・貯蔵の3つの低炭素発電技術の採用を計画している。

2025年までに技術の一部を用いた最初の低炭素プロジェクトを始動する。これらのプロジェクトによる平均排出量は23年比で20%削減されるという。

27年までに低炭素プロジェクトを拡大し、運営コストを下げ、平均炭素排出量を23年比で50%削減することを目標に掲げた。

同計画はまた、地方政府に対し、低炭素プロジェクトの立ち上げを支援・助成するよう奨励している。

一方、発改委の報道官は16日、再生可能エネルギーは不安定だとして、石炭火力発電がエネ安全保障の柱であり続けることに変わりはないと語った。【7月16日 ロイター】
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再生可能エネルギーの加速、石炭火力の低炭素化で世界のエネルギー戦略をリードするポジションを獲得する・・・明確な長期戦略で短期的事情にブレずに進む・・・このあたりが人権・民主的価値観に照らすと致命的欠陥はあるものの中国共産党政権のしたたかさ・強みでもあります。

水素エネルギーも忘れていないようです。

****四川省成都市、水素エネルギー産業に3年で170億元超を投資へ―中国****
運行速度160km/h、最大航続距離1000km以上の成都製の水素エネルギー市内列車が3月に試験運行を完了した。その頂部の動力源である「金属箱」は、四川栄創新能動力系統が製造した水素燃料電池だ。

これにとどまらず、水素燃料電池の応用の見通しは日増しに広くなっている。6月末に第1弾・1000台の水素燃料自転車が成都市の錦江区と新都区に投入されると、市民は「100gの水素で約100kmを快適に走行」という画期的な技術を体験できる。人民日報が伝えた。

これは成都の水素エネルギー産業の発展に注力することの縮図だ。成都は今年に入り複数の水素エネルギー産業支援措置を発表している。今後3年で170億元(約3740億円)以上の投資を行い、水素エネルギー産業のさらなる拡大と強化を促進する。

水素貯蔵設備、水素充填設備、天然ガス水素製造装置などで、成都は全国の上位を占めている。厚普股份の水素充填設備の市場シェアは20%に達した。中材科技は70MPa車用圧縮水素ガスボンベの開発に成功し、市場シェアが22%に達した。

成都には一汽トヨタ、成都客車、重汽王牌など7社の水素エネルギー車メーカーが集まり、水素エネルギー路線バス、中・大型トラック、物流車両など複数車種の生産能力を備える。すでに累計で689台の水素エネルギー車を生産し、水素ステーションを5カ所完成させており、年間1860トンのアルカリ性電解水水素製造工場を稼働させている。

全国各地が水素エネルギー産業発展の政策を続々と発表する中、成都はどのようにして産業発展の先進地になるのだろうか。

「成都は今後3年で水素エネルギー関連の46件の重点プロジェクトを推進し、投資総額は170億元以上」。
成都市経済・情報化局の関係責任者によると、グリーン水素モデル牽引プロジェクト、重要技術ブレークスループロジェクト、産業チェーン・クラスター形成プロジェクト、シーン応用拡張プロジェクト、インフラ難関プロジェクト、産業エコシステム育成プロジェクトの六つのプロジェクトを実施する。

うち成都は水素燃料電池商用車の推進・拡大を強化し、国家水素燃料電池車モデル都市クラスター第3弾を建設し、交通、エネルギー、建築などの分野での応用を拡大し、成都江堰8MWグリーン電力水素製造・貯蔵・発電一体化プロジェクトの完成を急ぎ、水素エネルギー鉄道交通モデルラインなどの建設を模索する。【7月1日 レコードチャイナ】
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四川省成都市が水素エネルギーを強力に推進・・・このあたりは、各地方政府が成果を中央にアピールすることで、地方政府幹部が昇進できるという中国独特の政治体制のもたらすものでしょうか。
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中国  経済低迷のなか、政策方向性を決める「三中全会」開催

2024-07-15 22:45:33 | 中国

(2月27日、深センで世界で初めて海を渡る飛行に成功した峰飛航空科技のeVTOL「盛世龍」 往復で100kmを超える距離、道路を走れば片道2時間半から3時間かかるところを20分で飛行した。【3月27日 マネーポストWEB】電動モーターを使用しており、一回の充電で250kmの飛行が可能。最大積載人数は5人(操縦者1人、乗客4人)、最大積載荷物重量は350kg、走行速度は200km/h以上、同じレベルのヘリコプターよりは遥かに安くなるとのこと)

【低迷する中国経済】
不動産不況、地方財政悪化、若者の失業など中国経済の低迷と言うか、ひと頃の勢いを失っていることは周知のところ。

****「景気が良くないから節約始めました」中国 今年上半期だけで100万店が閉店 若者は“高齢者食堂”に*****
きょう(7月15日)発表された中国の4月から6月までのGDP=国内総生産の成長率は減速傾向でした。閉店した店は今年上半期だけで既に100万店を超え、若者が高齢者用の食堂に集まる事態となっています。

家電量販店の宣伝(中国SNSより)
「皆が楽しみにしていた瞬間がついに来た!6月15日から古い家電を新しいものに交換する際に補助金が出るようになりました」

家電の買い替え促進キャンペーンに、さらには仕事終わりの若者を惹きつけるエンタメ施設やレストランなどがある「ナイトスポット」の活性化。いずれも今、中国政府が力を入れている消費刺激策です。

しかし、その効果は限定的なようで、中国の国家統計局がきょう発表した今年4月から6月までのGDP=国内総生産の実質成長率はプラス4.7%。今年1月から3月までの成長率、5.3%から減速しています。

市民からも…
市民 「(Q.中国の景気はどうですか)あまり良くないです」 「会社から給料を下げられました」 「今まで考えたこともなかったのに、景気が良くないから節約を始めました」

客足が遠のき、8割近い店舗が閉店に追い込まれたショッピングモール。
中国メディアによりますと、閉店した店の数は今年上半期だけで既に100万店を超え、去年1年間と同じ店数に迫る勢いだといいます。

長引く景気低迷に市民の節約志向は変わらず、こんな現象まで…
記者 「こちらの高齢者食堂ですが、中には若い人の姿もあります」

地域の高齢者に安く栄養価の高い食事を提供する「高齢者食堂」。かつては高齢者ばかりが利用していましたが、最近、若者の姿が目立つようになりました。

「値段がちょうどいいし、ランチをすぐ済ませられるし、おいしいよ。将来に期待を持てないので節約しています」(後略)【7月15日 TBS NEWS DIG】
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(中国統計数字の信頼性には疑問もありますが)記事にもあるように、4月から6月までのGDPの実質成長率はプラス4.7%と、年間目標を下回り、減速傾向を示しています。

****中国4月〜6月の成長率4.7%に減速 年間目標を下回る 「不動産開発投資」落ち込む****
中国の4月から6月のGDP=国内総生産の伸び率は4.7%のプラスとなり、年間目標の5%前後を下回りました。

中国・国家統計局の15日の発表によりますと、1月から6月の消費の伸びはプラス3.7%と、1月から3月のプラス4.7%から減速しました。
また、減速が続いている不動産開発投資は、1月から6月のマイナス幅が10.1%となり、1月から3月のマイナス9.5%よりも、落ち込みが激しくなっています。

1月から6月の半年間でのGDPの伸び率は5.0%で、目標の5%前後には届いています。
今回は記者会見をせず、インターネットでの発表となりました。 15日から始まる中国共産党の重要会議の日程と重なったためとみられます。【7月15日 テレ朝news】
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大和総研 経済調査部の齋藤尚登部長はこの数字・経済状況について・・・

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Q. GDPの内容をどう評価する?
A. 市場予想の平均を見ると5%、あるいはもう少し上というところが多かったので、予想よりは悪かったという受け止めだと思う。

特に消費に注目していたが、小売業の売上高は、ことし1月から3月が前年同期比で4.7%のプラスで、4月から6月は2.6%のプラスと、2ポイントほど落ちていて、非常に低い数字だった。ここが一番の押し下げ要因になったのではないかと見ている。

Q. 不動産不況についてはどう見ている?
A. ことし5月17日に中国メディアが「前例のない総合的なパッケージ」と呼ぶ対策が出て、住宅市場のてこ入れということだったが、少なくとも6月の数字を見るかぎり、その効果はほぼ感じられない。非常に悪い状態が続いていると見ている。

特に中古の住宅価格は全国平均で7.9%のマイナスで、住宅価格の下落に歯止めがかかっていない。こういう状況だと、住みたいという人も様子見をしてしまう。

「もっと下がるかもしれない」「下がってから買いたい」ということで、今のところ住宅市場が回復する兆しは見いだせていないという状況だ。

Q. 景気の先行きをどう見る?
A. いま、中国は製造業の設備投資を増やせという政策をとっていて、ここは若干の効果が出てきている。
ただ、いま中国経済は供給過剰、需要が足りないということで、さらに生産能力を拡張してしまうと、いずれまた過剰生産能力の問題がクローズアップされることになる。

ことしの成長率目標が5%ということなので、根本的、あるいは構造的な問題を解決するというよりは、対症療法的な政策を導入して何とか5%成長にもっていくと思う。【7月15日 NHK】
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【節約志向 低迷する消費】
消費の低迷については、下記のような記事も。

****中国の大型ネット通販セール「618」が期待外れに、売上高が初めて減少―海外メディア****
中国の大型ネット通販セール「618」が期待外れに終わったことを受け、小売業者の目先の見通しや景気の先行きに暗雲が生じている、とロイター通信が報じた。

今年の618セールは売上高が初めて減少。既に厳しい価格競争を強いられている小売業者への圧力が強まっていることが浮き彫りになった。

618は電子商取引(EC)大手JDドット・コム(京東商城)の創設日である6月18日にちなんで名付けられた。11月の「独身の日」に次ぐ大型セールで、家計の消費を示す重要な指標とみられている。

両イベントはかつて中国の消費主義を象徴し、通販サイトやブランド各社に確実な売り上げ増加をもたらした。EC大手アリババが最後に独身の日の売上高を公表した2021年には期間中の売り上げが845億4000万ドル(現レートで約13兆5000億円)に達した。

ロイター通信によると、今年の618では消費者に支出してもらうのがいかに難しいかが示された。コロナ禍以降、節約傾向にある消費者の支出を促すため小売業者が年間を通じて値引きを実施していることも、大型セール期間中の販売伸び悩みの一因となっている。昨年の独身の日セールの売上高は2%増だった。

こうした値引きはJDドット・コム、アリババ系の「天猫(Tモール)」と「淘宝網(タオバオ)」から、低価格プレーヤーの「拼多多(ピンドゥオドゥオ)」などに消費者が流れるのを遅らせているものの、個人消費喚起にはつながっていない。最近の四半期決算でアリババの国内EC部門は4%増収にとどまった。

さらに大きな懸念材料は22年から低迷が続く消費者心理だ。バンク・オブ・アメリカの最新の中国消費者調査によると、6月の消費者信頼感は一段と悪化した。

今後6カ月間に支出を増やすと回答した人の割合は45%と、4月の55%から低下した。また、今後6カ月に収入増加を見込んでいる人は31%で4月から10ポイント低下した。(中略)

市場調査会社カンター・ワールドパネルの大中華圏担当マネジングディレクター、ジェーソン・ユー氏は「消費者が618セールで必要な物を購入したため、今後数カ月は小売業者にとって困難な時期になる」と警告。「こうした買いだめ行動は今後の消費ポテンシャルの過度の前倒しだ。7月は非常に厳しくなるだろう」と語った。【6月29日 レコードチャイナ】
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【インフラ投資にも限界】
これまで中国経済成長を支えてきたインフラ投資にも限界が見えています。

****インフラ投資にも課題が浮かび上がる****
不動産不況の長期化で、中国の経済成長を支えてきたインフラ投資にも課題が浮かび上がっています。

中国政府は国有企業や地方政府と連携して、広大な国土に高速鉄道網を張り巡らせ、沿線の開発などで各地の経済成長を促してきました。高速鉄道は去年だけで2700キロ余りの区間が開通し、総延長は去年末の時点で4万5000キロに達しています。

その一方で、採算の合わない投資も目立っています。
中国メディアによりますと、全国の高速鉄道の駅のうち、利用者数の低迷などで閉鎖されるなどした駅が少なくとも26か所にのぼっています。(中略)

地方財政の悪化が深刻になる中、採算度外視のインフラ投資で不動産開発を推し進め、経済の成長を押し上げる手法やモデルは限界を迎えています。

中国政府は2035年までに高速鉄道の総延長を7万キロまでのばすという目標を掲げています。
ただ、主要都市を結ぶ路線はほぼ開通し、今後は比較的規模の小さい都市間の路線となることから、これまで以上に投資の妥当性が問われることになります。【7月15日 NHK】
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【政策方向性を決める「三中全会」開催】
こうした低迷する経済状況のなか、中国共産党の長期的な経済政策などの方針を決める重要会議「三中全会」が15日から始まりました。

****「三中全会」とは*****
「三中全会」は、5年に1度の党大会で選出されたメンバーによる中国共産党の最高指導機関「中央委員会」が、3回目に開く全体会議です。

慣例では、秋に開かれる党大会の直後に1回目の全体会議「一中全会」を開いて総書記など最高指導部を選出し、翌年の春に開く「二中全会」で新指導部のもとでの政府の主要人事を話し合います。

そして「三中全会」は党大会のおよそ1年後に開かれるのが慣例となっていて、新指導部の中長期的な経済政策運営の方針を決定します。

今回の「三中全会」は慣例に従って去年秋に開催されるとみられていましたが、開催の遅れが指摘されていました。
不動産不況の対策などの策定に時間がかかったのではないかという見方が出ています。

過去の「三中全会」では、1978年に改革・開放政策へと大きくかじが切られたほか、1993年には社会主義市場経済体制の確立を打ち出すなど、重大な決定が行われています。

不動産不況や厳しい雇用情勢、それに内需の停滞など、中国経済の課題が山積する中、今回の会議でどういった内容が打ち出されるのか注目されます。【7月15日 NHK】
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「三中全会」開催が遅れたのは“不動産不況の対策などの策定に時間がかかった”というか、“経済政策を巡り政権内での方針が定まらず開催が遅れた”【7月15日 読売】とみられています。

「三中全会」において、習近平指導部が経済状況改善に向けて、政策の方向性をどのように示すのかが注目されています。

****中国「三中全会」始まる 習近平指導部 政策方向性どう示せるか****
中国共産党の長期的な経済政策などの方針を決める重要会議「三中全会」が15日から始まりました。不動産不況などを背景に景気の先行きに不透明感が広がる中、習近平指導部として今後の政策の方向性をどのように示すのかが焦点です。

景気の先行き 不透明感が広がる中で開催
(中略)今回の会議は、「改革の全面的な深化」と、独自の発展モデルを意味する「中国式現代化の推進」を主なテーマとしています。(中略)

中国では、不動産不況の長期化や内需の停滞などで景気の先行きに不透明感が広がっています。

こうした中、不動産不況に伴う金融面でのリスクや地方財政の悪化、不動産に代わる新たな産業の育成などについて、習近平指導部として、政策の方向性をどのように示すのかが焦点です。(中略)

今回の議題と経済の注目点
今回の「三中全会」では、「改革の全面的な深化」と、独自の発展モデルを意味する「中国式現代化の推進」が議題となっています。(中略)

このうち、不動産不況やそれに伴う地方財政の悪化をめぐっては、ことし3月の全人代=全国人民代表大会の「政府活動報告」でリスクとして明示した上で、その解消に全力を挙げる姿勢を示していて、市場の健全化に向けてどこまで踏み込んだ姿勢を示すかが注目されています。

産業面では、これまで中国経済を支えてきた不動産に代わる新たな産業を技術革新などを通じてどのように育成していくかや、国有企業が優遇されているという指摘も出る中、民間企業の重視や外国企業への開放の姿勢をどこまで打ち出すかが焦点となります。

また、地方政府の間で広がる保護主義的な動きが、過剰生産の問題につながっているという指摘も出る中、全国統一市場の構築についてどう言及するかも注目点となっています。

さらに、経済政策の進め方をめぐって党の指導の強化や統制の強化をどこまで打ち出すかも焦点となります。(後略)【7月15日 NHK】
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【期待される「低空経済」】
不動産に代わって経済成長をけん引する新たな産業として期待されているのが「低空経済」だとか。そこまでのパワーがあるのか・・・・

****新たな産業育成へ 期待は「低空経済」****
中国では不動産に代わって経済成長をけん引する新たな産業の育成が急務になっています。こうした中、今注目されているのが、「低空経済」と呼ばれる高度1000メートル以下の空域でドローンやいわゆる「空飛ぶ車」などを活用する、新たな産業です。

中国民用航空局によりますと、市場規模は2025年までに1兆5000億人民元、日本円でおよそ33兆円、2035年にはおよそ77兆円に達する見込みで、ことし3月の全人代=全国人民代表大会の「政府活動報告」の中で、新たな成長エンジンの1つとして盛り込まれました。

このうち、ハイテク産業が集積する広東省の深※セン(※「セン」は、「土」へんに「川」)では、ドローンを使ったフードデリバリーが行われています。市内に10か所以上ある配送拠点で、利用者がスマートフォンを使って注文すると、食べ物や飲み物をドローンが配達してくれる仕組みです。

注文から15分から20分程度で配達が完了し、注文した電話番号の下4桁を入力すると、配達ボックスから商品を受け取ることができます。

深※センではことし5月下旬、国際ドローン展が開かれました。
4000機を超えるドローンが展示され、出展した企業が宅配便の配送や測量、災害時の活用や空飛ぶタクシーなど、「低空経済」に関連する新たなビジネスをアピールしていました。

出展したドローン専門の保険を扱う企業は「産業がまだ十分に成熟していない今の段階で企業の問題やリスクを解決するため、支援したい。これから業界が進歩し、成熟していくのに伴って、私たちも成長することを期待している」と話していました。

「低空経済」 農業分野で市場が急拡大
「低空経済」のうち、市場が急拡大しているのが農業分野です。

中国内陸部の雲南省の玉渓にあるみかん農家の畑では、農薬の散布などにドローンを活用しています。かつては人力で作業していましたが、急しゅんな地形で足場が悪く、雨の日は作業ができないため、効率が悪かったといいます。

しかし、ドローンの活用によって人手もかからず、短時間で効率的に農薬を散布できるようになったということです。

みかん農家の顧天保さんは「以前は十数人で4、5日かかったが、ドローンなら半日で終わる。農薬と時間、労力を節約でき、とてもありがたい」と、話していました。

人手不足解消や農村の活性化にもつながることが期待されていて、ドローンメーカーのエンジニアの李偉さんは「農業用ドローンが農家に受け入れられ、利用されれば、農業にテクノロジーの翼を授けることができる」と、話していました。(中略)

中国のドローンメーカー最大手のDJIによりますと、中国で農業用ドローンを導入している農家は、全体のおよそ3分の1にのぼるということです。

メーカーの企業戦略責任者の張暁楠さんは「政府の政策によって、さまざまな産業が、生産工程でドローンを使うかどうか、どのような問題を解決できるかを検討するようになる。業界発展のための新しい政策がチャンスをもたらすと考えている」と話していました。【7月15日 NHK】
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なお、かつては政権内に李克強首相のような経済通がいましたが、現在の指導部にはそうした経済に明るい者がいないことも問題点とされたいます。
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アメリカ  トランプ前大統領銃撃事件で「ほぼトラ」の流れが更に強まる?

2024-07-14 22:32:33 | アメリカ

(演説中に銃撃されて流血し、警護担当者らに支えられながら拳を突き上げるトランプ前米大統領(中央)=米東部ペンシルベニア州バトラーで2024年7月13日【7月14日 毎日】 見事なパフォーマンスです)

【事件で共和党は一致団結 民主党は更に混迷】
トランプ前大統領の銃撃事件、多くのメディアが取り上げているところですが、今後の大統領選挙を、ひいてはアメリカ政治、更には日本を含む国際政治への大きな影響を与えることになる事件ということで、スルーするのもいかがなものか・・・ということで。

多くのメディアが一致しているのは、今回事件がトランプ前大統領の選挙戦にとって非常に有利に作用するだろうということ。

これまでも「もしトラ」、最近では「ほぼトラ」と言われてきたなかで、バイデン大統領の老いが明らかになって民主党側は大混乱・・・それでも、これを機にバイデン氏に下りてもらい、新たな候補でトランプ氏を追撃するという一縷の希望もあったのですが(実際、ハリス副大統領の支持率などはそう悪くない数字も出ていました)、今回事件でそれも厳しくなったかな・・・という印象です。

まず共和党側はこの事件でトランプ前大統領のもとで結束を固くすることでしょう。事件前の段階では候補者指名を正式決める共和党大会(15日からの予定)での反トランプ勢力の動きなども報じられていましたが、そういう動きも封じ込まれるでしょう。

もとより、予備選挙をトランプ氏と争ったヘイリー氏もトランプ支持を明らかにしていましたので、共和党内の反トランプ勢力と言っても、ほとんど力を持たない状況ではありましたが。

一方の民主党側は混迷が更に深まる恐れも。

****トランプ前大統領の暗殺未遂事件 専門家「事件で共和党は一致団結、民主党は分裂激しく」****
(中略)11月のアメリカ大統領選挙に事件がどのように影響するのか。専門家からは銃撃直後に立ち向かう姿勢をアピールしたトランプ氏への支持が高まるとの指摘が上がっています。

明海大 小谷哲男 教授
「共和党はおそらく一気に一致団結して選挙戦を戦うというモードに入っていくだろう。暗殺未遂、あるいは暗殺案件があると、必ず同情する声が集まりますので。暗殺未遂の直後、レーガン氏に対する支持率が20ポイント上がったという記録があります。それに近いくらいのトランプ氏への支持が今回も見られるのではないか。トランプ氏があの場で見せた力強い拳を突き上げるポーズ、あれが何より一番大きかったんだと思います」

一方、バイデン大統領の“撤退論”が党内で広がる民主党については…

明海大 小谷哲男 教授
「これを受けてバイデン大統領自身が、自ら身を引く可能性はおそらくそんなに高くない。一方で、民主党の議員の中には、もうこれでバイデン氏では勝てないという声がますます高まっていくと考えられるので、民主党はますます内部分裂が激しくなっていき、民主党がまとまらない状態というのが続くのではないか」

銃撃事件により、大統領選はますます混迷の度合いが深まってきました。【7月14日 TBS NEWS DIG】
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【見事なパフォーマンスもあって、「勇気と不屈の米国的精神」の「新たな象徴」という「英雄」イメージを作ることも可能になったトランプ氏】
政治パフォーマンスとしても、トランプ氏は今回事件の現場で血を流しながらも拳を突き上げるという非常に卓越したものを見せ、「強い指導者」を印象付けることに成功しています。

****トランプ氏銃撃、大統領選にも影響必至 民主党は選挙対応で難しさも****
(中略)「私が大統領を退任した頃、米国史上で最も不法移民が少なかった。史上最悪の大統領(バイデン氏)が就任し、何が起きたかを見てほしい」。バイデン政権の「泣きどころ」とも言える国境管理の混乱を批判していた時、突然発砲音があり、トランプ氏は右耳を押さえ、身を伏せた。

すぐに大統領警護隊(シークレットサービス)の担当者らが壇上に殺到してトランプ氏に覆いかぶさるように防護した。

しかし、周囲の状況を確認後、数人の警護担当者に周囲を固められ、壇上から退避する際、トランプ氏は「待て、待て」と制止した。髪形や開襟シャツの首元には乱れがあったが、身なりに構わずに右手のこぶしを4回突き上げた。パニック状態で悲鳴を上げていた聴衆は、トランプ氏の姿を見て、歓声を上げた。(後略)【7月14日 毎日】
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高齢による衰えが隠せないバイデン大統領とは真逆の「強い指導者」イメージです。これでは勝負にならない感も。

****米国「政治暴力」に再び震撼 憎悪の連鎖 トランプ氏「英雄」イメージを選挙利用も****
米国が再び「政治的暴力」に震撼した。東部ペンシルベニア州で13日に起きた共和党のトランプ前大統領の銃撃事件は、深刻な国内の分断を改めて露わにした。

一方、トランプ氏は暴力の標的とされた事実を、11月の大統領選に向けて求心力を高める材料に用いる可能性が高い。(中略)

耳から流血したトランプ氏は警護に支えられながら立ち上がり、拳を大きく突き上げた。
映像によると、支持者らは歓喜とともに激しい怒声を上げた。トランプ氏を失わなかったことへの安堵だけでなく、トランプ氏を狙った「敵」への憎悪が交錯した。

近年の米政治の対立は深刻さを増すばかりだ。民主党が志向する「大きな政府」か、従来の共和党が目指した「小さな政府」かという政策や理念にとどまらず、「トライバリズム(部族主義)」と形容される域に達したと指摘される。部族社会のように憎み合う勢力が対立する状態を指す。

2020年の前回大統領選では、落選したトランプ氏が繰り返す「不正」主張を信じた支持者が、選挙結果を覆すために連邦議会を襲撃。関連死を含め、少なくとも5人が死亡した。

共和党支持層の大多数は今も「不正」を信じ、それを否定する民主党支持層に敵意を募らせる。バイデン大統領ら民主党側は、トランプ氏周辺や支持者にも「民主主義の脅威」とレッテルをはってきた。犯行の詳細な動機などは分かっていないが、トランプ氏銃撃事件は、そうした憎悪の連鎖の中で発生した。

トランプ氏は事件で暗殺の危機を切り抜けた「英雄」のイメージを手にした形だ。米ライス大で大統領史を研究するダグラス・ブリンクリー氏は米紙に、トランプ氏が「勇気と不屈の米国的精神」の「新たな象徴」となる可能性を指摘した。(後略)【7月14日 産経】
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【バイデン・民主党サイドのトランプ批判が暗殺未遂に直結・・・との共和党からの批判で、今後の選挙戦力見直しも迫られる民主党サイド】
バイデン陣営・民主党側の今後の対応を難しくしているのは、今回事件を引き起こしたのはこれまでのバイデン・民主党サイドのトランプ批判に責任があるとの声が共和党から出ていることで、今後誰が候補者になったとしてもトランプ批判の矛先を鈍らせることになることが予想されます。

****バイデン氏、トランプ氏銃撃で迫られる戦略見直し 「暴力をあおった」共和党から批判も****
米国で13日に起きた共和党のトランプ前大統領銃撃事件は、11月の大統領選を前に撤退圧力が強まる民主党のバイデン大統領にも大きな衝撃を与えた。

バイデン氏は「民主主義の敵」とみなすトランプ氏との戦いで「勝利に最適な候補は私だ」と訴えてきたが、民主党はバイデン氏の適性を含め、戦略の根本的な練り直しを迫られる。

バイデン氏はトランプ氏銃撃後の演説で事件を「(米国の)病だ」と呼び、「だからこそこの国を結束させなければならない」と訴えた。選挙集会で候補者を狙った銃撃は、民主主義と、米国憲法修正第1条で定めた言論の自由への攻撃にほかならないからだ。

しかし、バイデン氏はこれまで、トランプ氏とその支持層を「民主主義の敵」「米国への脅威」と批判してきた。「政治的暴力」への批判はもっぱら、2021年1月の議会襲撃事件と絡めたトランプ氏側への非難で多用された。

共和党では、そうしたバイデン氏の言説が暴力をあおり、「暗殺未遂につながった」(バンス上院議員)との批判も浮上している。

認知機能の低下が指摘されるバイデン氏が民主党内の撤退圧力を拒む盾となっているのは、「自分には仕事がある。それはトランプを倒すことだ」という強い信念だ。しかし、トランプ氏が政治的暴力の標的となり、バイデン氏を支えた「民主主義を脅威から守る」というメッセージは根底から揺さぶられた。

指導者として「弱さ」も指摘されるバイデン氏は本当に「勝利に最適」か。事件は民主党が候補を再考する一つの契機となる可能性がある。【7月14日 産経】
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****トランプ氏銃撃、米政界に衝撃…親トランプ議員は民主党が原因と主張「トランプ批判が暗殺未遂に直結」****
米共和党のドナルド・トランプ前大統領(78)が演説中に銃撃された事件を受け、米政界には衝撃が広がった。民主主義への攻撃を非難し、真相究明を求める声が上がる一方、共和党の「親トランプ」議員は事件の原因が民主党にあると主張した。

「平和的な選挙集会での政治的暴力は、この国で許されるべきではない」
共和党のマイク・ジョンソン下院議長は13日、自身のX(旧ツイッター)に投稿し、銃撃を非難した。「下院は徹底的な調査を行う」とも語り、早急に米連邦捜査局(FBI)幹部などを呼んで、下院として調査を開始する意向を示した。

トランプ氏を批判してきた民主党も、銃撃を容認しない立場では歩調をそろえた。ナンシー・ペロシ元下院議長は声明で「いかなる政治的暴力も私たちの社会では許されない。トランプ氏が無事で神に感謝する」と表明した。バラク・オバマ元大統領はXで「トランプ氏が重傷を負わなかったことに安堵あんどした。この機会に、政治における礼儀正しさと敬意を改めて誓うべきだ」と語り、分断が深まる国民に連帯を呼びかけた。

これに対し、トランプ氏を支持する共和党議員は、民主党批判に走った。

トランプ氏の有力な副大統領候補とされるJ・D・バンス上院議員は自身のXに「バイデン陣営の大前提はトランプ氏が権威主義的なファシストであり、何としても阻止しなければならないというものだ」と投稿。こうした民主党のトランプ批判が「暗殺未遂に直結した」と一方的に主張した。

トランプ氏を熱烈に支持する共和党のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員もXで、「民主党はこうなることを望んでいた。彼らは何年もの間、トランプ氏の失脚を望んできたし、そのためには何でもするだろう」と攻撃した。【7月14日 読売】
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****バイデン陣営、選挙広告を中断 同情論警戒、戦略練り直し****
11月の米大統領選で再選を目指すバイデン大統領の陣営は13日、トランプ前大統領の暗殺未遂事件を受けて選挙広告の中断を決めた。被害者としてトランプ氏に同情が集まるのを警戒し、攻撃的な広告を流し続けるのは得策ではないと判断したとみられる。陣営は戦略練り直しを迫られそうだ。

バイデン陣営は「対外発信を一時停止し、テレビ広告も速やかに取りやめる」と表明した。バイデン氏も13日、演説で事件を非難し「この国を団結させなければならない」と強調。激しい中傷合戦を繰り広げてきたトランプ氏とも直接連絡をとって気遣う姿勢を示した。【7月14日 共同】
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【最大のくびきであった「裁判」も有利に展開】
「勇気と不屈の米国的精神」の「新たな象徴」という「英雄」イメージを作り上げたいトランプ氏ですが、これまで同氏にとって最大の足かせになると見られていた裁判の方も、トランプ氏弁護団による遅延作戦と、同氏が起訴を政治的なものだと主張し続けていることが奏功し、また、同氏が前政権時代に作り上げた最高裁判事の保守化もあって、トランプ氏に都合のいい流れとなっています。

****トランプ氏の裁判、驚くべき「運命の逆転」****
選挙戦を終わらせるはずの91の罪状が、トランプ氏の立場をかつてないほど強くしている

1年前、米国の司法制度はドナルド・トランプ前大統領を追い詰めているように見えた。
検察当局は、負けたと分かっている選挙結果を覆そうとし、返却すべきだと知っている機密文書を手放さず、有権者の不興を買うと分かっている不倫関係を隠すためにポルノ女優に口止め料を払ったとされる大統領の完全なイメージを描き出した。米国で法の上に立つ者はいない、たとえ大統領経験者でも同じだ、と検察は主張した。

だが事態は逆に転がった。トランプ氏を起訴した4件の異なる裁判が、大統領への返り咲きを目指す同氏の3度目の選挙戦を後押ししているばかりか、大統領になった場合はトランプ氏が前例のないレベルの権限を享受する道を開いた。

ニューヨーク・マンハッタンの裁判所の陪審員団は5月、口止め料を巡ってトランプ氏が問われた34の罪の全てで同氏に有罪評決を下した。だが同氏が刑務所に収監される可能性は低そうだ。他の裁判は延期されており、縮小される可能性が高い。不正行為の詳細な記述によって有権者を離反させるどころか、起訴をきっかけに支持者は彼の下に結集した。

連邦最高裁判所が先週、トランプ氏の大統領在任中の多くの行為について事実上、免責を認める判断を下したことで、同氏に対する刑事捜査に最初からつきまとっていた疑問がより鮮明に浮かび上がっている。

すなわち起訴の目的が、誰かに不正行為の責任を取らせ、司法制度の中で罰することならば、起訴した結果、政治的恩恵を与えた場合はどうなるのか。

検察は個々の訴訟の事実に注目する。それと同時に、公共の利益になる訴訟かどうかを判断し、選挙や政治に影響を与えることを極力避けようとする。そうしたさまざまな理想が、トランプ氏を追及する側では激しくせめぎ合っている。

一時は混戦模様だった共和党の大統領候補指名争いは、トランプ氏が4件の起訴に直面した後の昨年9月には、同氏が首位を独走する形になっていた。口止め料の支払いを隠ぺいする虚偽記載の罪で今年5月に有罪評決を受けた当日、同氏の選挙戦を支援するため1日で3480万ドル(約56億円)という記録的な資金が小口献金者から集まった。

バイデン大統領は2期目を務めるにはあまりにも高齢だとの有権者の不安が高まる中、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の最新世論調査ではトランプ氏のリードが6ポイント差に拡大した。

トランプ氏の弁護団による遅延作戦と、起訴は政治的動機に基づいており、大統領に当選させないための画策だと同氏が主張していることが奏功したようだ。WSJの最新世論調査では、トランプ氏の有罪評決について、司法制度が責任を取らせることを示したとの回答は47%だった一方、司法制度が政治的圧力の影響を受けることを示したと答えた人は49%に上った。(中略)

「前代未聞」の判断
トランプ氏は公務には免責が認められるべきだとして連邦最高裁に判断を求めていた。検察の中には、トランプ氏が司法省職員と会話したことなど、問われている罪のいくつかは、最高裁が大統領の公務として除外し、起訴の範囲を狭める可能性があると予想する声もあった。

だが最高裁判事の意見が割れる中、6対3で下された判断は、大統領経験者の在任中の行為に広く免責を認め、大方の予想を超えるものだった。

大統領の中核的な任務にあたる行為は起訴されないほか、検察は公式と非公式の行為を分ける大統領の動機を問うことはできないとした。さらに公務に関連して起訴するのであれば、行政府の権限と機能に立ち入る危険があってはならないと、新たな高いハードルを課した。(中略)

ワシントンの分断
トランプ氏の免責特権を巡る裁判で、リベラル派のソニア・ソトマイヨール最高裁判事は痛烈な反対意見を述べた。この判断は将来の大統領に強大な権力を与えるとみられることから、米国の民主主義を危惧するとした。「法の上に立つ者はいないというわが国の憲法と統治制度の根幹をなす原則を愚弄(ぐろう)するものだ」。同判事はこう記した。

一方、トランプ氏は最高裁判断が予想以上に優れていたと称賛した。「見事な文章、そして賢明さだ」。同氏はそれを全て大文字でソーシャルメディアに投稿した。「米国人であることを誇りに思う!」。トランプ陣営は翌日、ニューヨークで有罪評決を受けた直後の6月に、1カ月で1億1180万ドルの資金を集めたと発表した。【7月9日 WSJ】
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「裁判」のくびきから解き放たれ、銃撃事件で「英雄」イメージを高めるトランプ氏、候補者も定まらず、トランプ批判の戦略も見直しを迫られる民主党サイド・・・・勝負あったかのようにも見えますが、11月の投票日まではまだ何が起きるかわかりません。 

と言うか、トランプ復活を阻止するためには、銃撃事件に匹敵するような何かが起きないと難しいかな・・・というのが事件直後の個人的感想です。とても気が重い。
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中国  進むAI技術とその活用 完全自律型「殺人ロボット」などの懸念も

2024-07-13 22:40:20 | 中国

(【テレ東BIZ】7月4日から上海で始まった「世界人工知能大会」)

【選挙に「AI候補」】
アメリカ大統領選挙は「うそつき」「人格破綻者」と「認知症が疑われる老人」の争いになっています。
また、政治家の腐敗・汚職は世界中あらゆる国・地域で必ず見られること。

こうした状況を見れば「いっそのこと愚かな人間ではなく賢いAIに任せた方が」という考えが出てくるのは(その妥当性はさておき)当然のところでしょう。

****米市長選に「AI候補」? 州は資格否定、当局が可否判断へ****
米西部ワイオミング州の州都シャイアンの市長選にAIで生成された自動プログラムが「候補」として届け出された。「先端技術とデータに基づく意思決定を市政にもたらす」と訴える「AI候補」に対し、州幹部は「立候補資格はない」と主張し論争に。出馬を認めるかどうか地元当局が判断する。

市民のビクター・ミラーさんが対話型AIのチャットGPTを駆使してつくり出し、「仮想統合市民」の頭文字を取って「Vic」の名前で届け出た。市のウェブサイトでは、候補を2人に絞る予備選と11月の本選で構成される市長選に届け出た6人のうちの1人として名を連ねている。

AIであれば、あらゆる情報を織り込んで政策判断できるとミラーさん。当選すれば自身がAI候補を操作するが、判断は全て委ねるという。AI候補も、出馬は人間のリーダーシップと先端技術の融合を政治の世界で実現する道を開き「画期的だ」と自賛する。

選挙を管轄するグレイ州務長官は「出馬できるのは有権者だけで、実在する人間である必要がある」と、AI候補を認めないよう求めた。【6月17日 共同】
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****イギリスの総選挙では「世界初のAI政治家」立候補…「不祥事を起こさない」とメリット強調****
7月4日に投開票される英国の総選挙に、政策を生成AI(人工知能)に従って決定すると公約する候補者が出馬している。英メディアの世論調査によると、当選する可能性は極めて低いとされているものの、候補者は当選した場合、AIの「代理人」として活動すると訴え、支持を呼びかけている。

立候補しているのは英南部の実業家スティーブ・エンダコット氏(59)で、「世界初のAI政治家」を目指している。投票用紙に記載される候補者名は「スティーブ・AI」だ。

エンダコット氏は経営する会社で、自身の姿と声を模したアバター(分身)とチャットボットの「AIスティーブ」を開発した。選挙期間中、有権者からの質問を24時間受け付け、音声と文章で回答する。

ロイター通信によると、当選すればエンダコット氏が議員となる。だが、政策はAIスティーブと有権者との対話や、地元のボランティアによる政策案の採点に基づいて決める。採決での投票行動も判断をAIスティーブに委ねる。

AIを使えば有権者との議論を大量にこなせ、有権者の意見を政治に直接反映できるとしている。AIが「不祥事を起こさない」とも強調している。(後略)【6月23日 読売】
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上記アメリカ・ワイオミングのケースについては、州法が立候補要件として求める登録有権者に該当しないとして州当局は立候補を認めませんでした。

少なくとも現時点では、AIと言えどもどういう資料をベースにしているかで判断に大きな偏りが出ることは周知のところです。参考にするには便利なツールですが、まだ判断を任せられるようなレベルにはないでしょう。

一方で、将来的に人間の能力を超えて自律的な判断が可能になるAIが出現すれば、そのようなAIと人間の関係がそうなるか、それはそれで人類的大問題。

【AI利用に慎重な日本 積極的な中国】
いずれにしてもAIを取り巻く環境は日進月歩の世界ですが、世界に比べると日本は利用に慎重な傾向があるようです。

****日本で生成AIの利用が進まない理由―中国メディア****
2024年7月10日、中国メディアの第一財経は、欧米に比べて日本では生成AIの普及が進んでいないことが日本政府の報告により明らかになったとし、専門家の分析を紹介する記事を掲載した。

記事は、日本政府が5日に発表した「情報通信に関する現状報告」(情報通信白書)で、日本における個人の生成AI利用率は9.1%にとどまり中国の56.3%、米国の46.3%、英国の39.8%、ドイツの34.6%と大きな開きがあるほか、企業での利用率も46.8%と米国(84.7%)や中国(84.4%)、ドイツ(72.7%)より低いことが明らかになったと伝えた。

また、調査に参加した人のうち、生成AIを「とても使いたい」「使いたいと考えている」と回答した割合は7割に達しており、総務省によるとAI生成利用には「潜在的な需要」がある一方、4割以上が「使い方を知らない」ために生成AIを利用しておらず、4割近くが「生活に必要ない」と認識していることもわかったと紹介した。

さらに、生成AIをすでに利用している人の具体的な利用シーンは「質問」が8.3%と最も多く、「コンテンツの精緻化・翻訳」が5.9%で続いたほか、生成AIがもたらす影響については「新しいアイデア」「業務の効率化」「人手不足の解消」と回答した人が7割を超える一方、「情報漏えいなどのセキュリティーリスクが拡大する」「著作権侵害の可能性が高まる」といった悪影響を挙げる人も7割を占めたとしている。

その上で、総務省の報告では日本企業が生成AIに対して「慎重」であり、海外企業が顧客へのサービス提供など幅広い業務に活用しているのに対して国内企業は会議の日程調整など一部の社内調整にのみ用いる傾向があると指摘し、政府が生成AIの導入を促進するためには、明確なルールとガイドラインを確立してリスクを減らし、個人、企業が安心して利用できる環境を構築することが重要との見解を示していると伝えた。(中略)

また、朱氏が日本では1960年代から国の行政処理業務にコンピューターを使い始めるなど比較的早い段階から情報技術の導入を始めた一方で、コンピューターによるデータ処理を規制する地方条例を設けたり、70年代からは個人情報保護の制度化に関する大規模な議論が始まったりして、80年代以降は個人情報漏えい問題に対して総じて敏感かつ保守的な姿勢が鮮明になったと指摘したほか、2000年前後には民間企業による個人情報の不適切な取り扱いが絶え間なく発生したことで国民の個人情報保護意識が一層強まったと紹介し、このような状況が生成AIの受け入れに対して日本社会が「恐る恐る」な姿勢を崩せない根底にあると論じたことを伝えた。【7月13日 レコードチャイナ】
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何事につけ、新たなものに「慎重」なのは昨今の日本の傾向です。
メリットよりも、悪影響を先ず考える・・・・そういう日本社会の傾向が日本の長期的停滞・衰退の根本原因だと個人的には考えていますが、その話はさておき、日本と対照的に新たな技術にアグレッシブなのが中国。

****生成AI特許出願は中国が7割、2位米国を大きく引き離す3万8210件…昨年までの10年間****
世界知的所有権機関(WIPO)は3日、2023年までの10年間に出願された生成AI(人工知能)に関する特許件数約5万4000件のうち約7割を占める3万8210件が中国からの出願だったとする報告書を発表した。
 
2位米国の6276件を大きく引き離しており、世論操作などでの生成AI使用が懸念されている中国の群を抜いた注力ぶりが浮き彫りとなった。

次いで韓国4155件、日本3409件、インド1350件だった。組織別でも、IT大手のテンセントや百度(バイドゥ)、保険大手の平安保険グループ、中国科学院など中国勢が上位を占め、中国以外ではIBM(米国)が最も多かった。

生成AIに関する特許は急増しており、14年の出願件数は733件だったが23年には1万4000件超となり、この1年だけで全体の4分の1以上を占めた。【7月4日 読売】
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****中国でAI最先端を紹介 驚異の技術 展示会 “キュウリの皮むき”も****
中国・上海で最先端のAI(人工知能)の展示会があり、キーワードをもとに瞬時にイラストを描くなど驚異の技術が紹介されました。

4日から上海で始まった「世界人工知能大会」には中国の「百度(バイドゥ)」や「アリババ」といった国内外のIT企業など500社以上が参加し、最新のAI技術を披露しました。

特に目立ったのは簡単な指示をもとに瞬時に精巧なイラストを描く画像生成技術です。
他にもCGの少女が自然な口調で来場者と対話する展示など、各社が技術の高さを競い合っていました。

中国は国家戦略としてAI産業育成に力を入れていて、国内のAI企業はすでに4500社を超えたと言われています。【7月4日 テレ朝news】
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****AIの活用進む中国の医療現場、「Apple Vision Pro」もオペ室で活躍****
米アップルは先ごろ、「空間コンピューティングデバイス」である「Vision Pro」を発売した。ただその販売価格は3万元から(約66万円。日本での販売価格は59万9800円から)と高価なため、「技術オタク」であってもまだなかなか手が出せていないようだ。そんな中、中国では外科医がすでにオペ室に導入し、活用している。

テクノロジー感満載のある動画が最近、話題を集めている。その動画を見ると、外科医が「Apple Vision Pro」のARヘッドマウントディスプレーを装着して、手慣れた様子で患者に手術を施している。

手術が行われているのは北京大学人民病院のオペ室で、同病院の王俊(ワン・ジュン)院士が率いるチームが、中国で初めて「Apple Vision Pro」を活用して、胸腔鏡を使った肺がんの根治を目指す手術を行った。執刀医は高健医師が務めた。

同チームによると、胸部外科の胸腔鏡手術では先進的なディスプレー技術が執刀医をサポートする重要な役割を果たしている。デジタルコンテンツと現実世界がシームレスに統合され、医師に高い解像度で超低遅延のストリーミング処理を提供し、医師は手術の初めから最後までディスプレーを見ながら手術を行うことができる。

中国各地においては、各大手医療機関が技術革新を通して、「オペ室の革命」、ひいては「病院全体の革命」を試みている。

例えば、復旦大学附属産婦人科病院の専門家は、「5G+AI」技術を活用して、手術支援ロボットを正確に遠隔操作して、2000キロ以上離れた場所にいる多発性子宮筋腫が原因で貧血が起きている患者を対象に腹腔鏡手術を行った。かかった時間は約2時間で、手術は無事成功した。

上海市第一人民病院は数日前、モバイル決済サービス「支付宝(アリペイ)」と共同で開発した上海初の「AI陪診師」をリリースした。基盤モデルやデジタルヒューマンといった技術をベースに、通院する患者と双方向のやり取りをしながら付き添うサービスを提供してくれる。

現在、治療薬やワクチンの開発、医療用ロボットといったさまざまな分野において、人工知能(AI)技術が幅広く活用されている。

先ごろ世界経済フォーラム(WEF)が発表した「2024年新興テクノロジー・トップ10」のトップは科学発見を駆動する人工知能(AI)だった。

米市場調査会社・IDCの統計データによると、2025年に世界のAI応用市場の規模は1270億ドルに拡大し、医療業界がそのうちの5分の1を占めるとみられている。そしてそれがこの先5年の間、成長が最も著しい競争の場の一つとなりそうだ。

医学設備の分野を見ると、大まかな統計ながら、2023年末の時点で、中国ではAI関連の医学設備63種類と医療用ロボット61種類が認可を経て、発売されている。【7月7日 レコードチャイナ】
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日本だと、AI利用については、「問題が起きたとき、誰が責任をとるのか」といった議論に終始して、結局使用されない・・・となるのでしょう。

なお、中国生成AI市場の激戦状態については「資源の無駄遣い」との批判もあります。

****ベリシリコン創業者、生成AIの百モデル大戦は「資源の無駄遣い」―中国メディア****
中国メディアの快科技によると、中国RISC-V産業連盟の理事長で、中国半導体回路設計大手、芯原微電子(ベリシリコン・マイクロエレクトロニクス)の創業者・董事長の戴偉民(ダイ・ウェイミン)氏は、「百モデル大戦」とも形容される生成AI(人工知能)市場の激戦状態について「資源の無駄遣い」との認識を示した。

戴氏はこのほど上海で開催された世界人工知能大会の「RISC-V・生成AIフォーラム」で、AI大模型(大規模モデル)に対する見解を共有し、「ChatGPTが生成AIブームを引き起こして以来、多くの企業が大規模モデルの研究開発に投資してきたが、そうした『群模乱舞』現象は実際のところ不経済だ」と指摘した
戴氏は「人間の脳を超えるAIを実現するには、モデルパラメータの規模を継続的に拡大しなければならない。それには計算能力の指数関数的成長が必要で、膨大な電力消費を伴う」と強調。中国の基本的な大規模モデルの数は2028年までに10未満となり、理想的な状態は5だと予測した。

戴氏は「世界には100を超えるAI大規模モデルが存在しているが、持続可能ではない。やみくもにモデルの数を追求するのではなく、より効率的で環境に優しいAI技術の開発に資源を集中すべきだ」との認識を示した。【7月11日 レコードチャイナ】
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【AIロボットの未来 介護分野での可能性の一方で、自律型殺人ロボットも】
AIが頭脳なら、手足に相当するのがロボット。
中国はロボット分野でもアグレッシブです。

****世界のロボットの50%が中国に設置―中国メディア****
中国メディアの参考消息は23日、世界のロボットの50%が中国に設置されていることがロシアの報告書で分かったとする記事を掲載した。

ロスコングレス財団が発表した報告書「世界とロシアの産業用ロボット市場:人口動態が需要を左右」は、中国について「世界の産業用ロボットの生産と運営において議論の余地のないリーダーだ」とし、「2022年に世界で新設されたロボットの50%が中国にあり、台数は29万258台に上った」と指摘した。(中略)

22年の世界の産業用ロボット平均導入密度は、産業部門で雇用されている従業員1万人当たり151台で、6年前の2倍だ。生産の自動化が最も進んでいる国は韓国(従業員1万人当たりロボット1012台)で、シンガポール(730台)、ドイツ(415台)と続く。【5月29日 レコードチャイナ】
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当然ながら、ロボットにAIを搭載して「人型ロボット」という発想にもなります。

****人型ロボットが世界人工知能大会に登場、感情的に人間を高度に模倣―中国****
復旦大学工程・応用技術研究院のスマートロボット研究院が開発した人型ロボット「光華1号」が4日、中国上海市で開催中の2024世界人工知能大会(WAIC)に登場した。

このロボットは身長が165cm、体重が62kgあり、歩ける上、表情を作ることもでき、感情的に人間を高度に模倣できる精巧な作業用ソフトロボットだ。

同大学工程・応用技術研究院の副院長を務めるスマートロボット研究院の甘中学院長が同日、「人の表情を読み取れ、ふさわしい感情で対応できるのが、『光華1号』が他の人型ロボットと最も異なる点だ。『光華1号』は顔部分のスクリーンで喜・怒・哀・楽の4種類の表情を作ることもでき、人間との双方向のやりとりをする過程でよりわかりやすい感情的な体験ができる」と説明した。

現在、「光華1号」はまだ実験室での開発段階にとどまり、これから四川省、河南省、江蘇省、浙江省などの地域でテストを行うとともに、介護機能の最適化を絶えず進め、動作の安全性、正確性、柔軟性をさらに高める。

例えば、高齢者をベッドから抱き起こす、高齢者がトイレに行くのをサポートするといった機能がある。開発チームは高齢者ごとのパーソナルなニーズに応える機能をカスタマイズすることもできる。年内に試作品が打ち出され、来年には小規模の産業化普及テストが行われる予定だ。【7月6日 レコードチャイナ】
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一方で、AIロボットの軍事利用は中国だけでなく世界の軍事大国がどこも考えていること。

****中国の自律型殺人ロボット、戦場に登場間近...AI戦争の新時代到来****
<中国軍が開発する自律型殺人ロボットが2年以内に実戦配備される可能性が高まり、AI兵器の脅威が現実化している>
(中略)劇場化する今世紀の戦争の中で、ドローンやサイバー攻撃などの遠隔操作戦争は、ますます中心的な役割を果たすようになった。

無人航空機による空の制圧は、ウクライナで続く戦争で重大な問題になっており、アメリカ国防総省はこのほど、新たに10億ドルを拠出してドローン部隊をアップグレードすると発表した。

 さらに一歩先を行き、兵士に代わって戦場に配備するAI駆動の完全自律型「殺人ロボット」の開発に乗り出した国もある。 「2年以内に自律マシンが中国から登場しなければ驚きだ」。防衛アナリストのフランシス・トゥーサはナショナル・セキュリティ・ニュースにそう語り、中国はAIを使った最新鋭の船舶や潜水艦、航空機を「目が回るほどのペースで」開発していると指摘。「アメリカより4~5倍速く動いている」と言い添えた。

 報道によると、中国とロシアは既にAI兵器の開発で協力関係にある。 中国人民解放軍は5月にカンボジアで行った軍事演習で、銃を装填したロボット犬を披露した。(中略)

「殺人ロボットに関するアメリカの政策は、そうした兵器の倫理的側面にほとんど関心を示していない。自律兵器に対して新たに国際的な禁止措置や制限措置を講じることには反対し、自主的な行動規範のみを求めながら、戦場への配備を急いでいる」(国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのグース氏) 

2023年3月、自律殺傷兵器システムに関する国連会議でアメリカ代表は、そうした兵器の開発に対する法整備の着手について、今は「適切な時ではない」と発言した。 

こうした抑制の効かない進展に対し、非人間の兵器は戦争法を守れず、国家が兵士の犠牲を恐れて戦争を躊躇することもなくなると危惧する声が巻き起こっている。 

そうした兵器の使用を規制する役割を担う超国家機関はロシア、中国、アメリカ(殺人ロボットでを積極推進する国家)の独占状態にあることから、規制しようとしても「実質的にほとんど何も生まれない」とグースは言う。 

このまま放置すれば、自律兵器は核兵器や気候変動とともに、「人類の生存に対して最大の危険を投げかける」とグースは警鐘を鳴らしている。【7月8日 Newsweek】
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中国は日本と違って倫理的な問題には無頓着なところも。
完全自律型「殺人ロボット」以外でも、“死んだペットに「再会」できる!?急成長する中国のクローンペットビジネス”【7月9日 TBS NEWS DIG】といった話も。そのあたりがブレーキがない車のようで怖いところでもあります。

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ドイツ  米長距離ミサイル配備などウクライナ・「もしトラ」で様変わりする安全保障観

2024-07-12 23:04:32 | 欧州情勢

(BSSD社のアーマードガレージの設置風景 個人向けにバンカーやシェルターを販売するBSSD社には、2月末にロシアがウクライナに侵攻を開始した直後、問い合わせが殺到したという。開戦1週間だけで1万回近くも電話が鳴り、8人の社員には毎日15時間も対応を迫られたそうだ。【2022年7月29日 Courrier Japon】)

【現実的なロシアの脅威 米による長距離ミサイル配備計画 独国内で政治論争も】
欧州各国にとってウクライナ侵略によって明らかにされたロシアの脅威というのは観念的なものではなく、極めて現実的・具体的なものであり、ウクライナ以前はエネルギーを中心にロシア依存が強かったドイツにおいても同様です。

*****米、ロシアの暗殺計画阻止 標的は独防衛大手トップ CNN****
米CNNは11日、ロシアによる独防衛機器大手ラインメタルのアルミン・パッペルガー最高経営責任者の暗殺計画を、米情報機関が阻止したと報じた。 ラインメタルはウクライナに兵器を供給している。
 
CNNは欧米当局者5人の情報として、ロシアによるパッペルガー氏暗殺計画をドイツ政府に伝え、ドイツの治安当局が同氏を保護したと報じた。

ロシアによるウクライナを支援する欧州防衛企業の幹部の暗殺計画は、米情報機関によって相次いで発覚している。
CNNによると、パッペルガー氏暗殺計画はその中でも「最もよく練られた」ものだった。またドイツ政府高官は、この計画について米国から警告を受けたことを認めたという。

CNNによると、155ミリ砲弾を製造するラインメタルは、ウクライナ国内で装甲車の製造を開始する予定だ。 【7月12日 AFP】
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ロシアの脅威に対し、アメリカとドイツは10日、アメリカが2026年にドイツへの長距離ミサイル配備を開始するとNATO首脳会議で発表しました。

当然ながらロシアは反発。対抗措置をとるとしています。

****米国の独への長距離ミサイル配備、ロシアが対抗へ 大統領府表明*****
ロシア大統領府のペスコフ報道官は11日、米国によるドイツへの長距離ミサイル配備計画に対抗すると表明、北大西洋条約機構(NATO)がロシアの国家安全保障にとって深刻な脅威になっているとの認識を示した。

米国とドイツは10日、米国が2026年にドイツへの長距離ミサイル配備を開始するとNATO首脳会議で発表した。欧州に対するロシアの脅威の高まりに対抗する大きな一歩となる。

またNATOは10日、ポーランド北部の新たな米ミサイル防衛基地について、任務の準備が整ったと明らかにした。NATOのミサイル防衛シールドの一部として弾道ミサイル攻撃を探知・迎撃する能力を持つ。

ペスコフ報道官は国内通信社との会見で、NATO首脳会議の結果について「NATOはその本質を非常に明確に再確認した。対立を維持することを目的に、対立の時代につくられた同盟だ。その結果、欧州大陸の緊張はエスカレートしている」と発言。

「NATOは黒海の複数の都市に個別の後方支援ハブを設置することや欧州に新たな施設を開設することを決定した。NATOの軍事インフラは絶えず、じわじわとわれわれの国境に向かっている」とし「これはわが国の国家安全保障に対する非常に深刻な脅威だ。NATOを抑止しNATOに対抗するため、思慮深く、協調的で、効果的な対応をとる必要がある」と述べた。

ロシアのリャブコフ外務次官は、米独のミサイル配備を予想していたとし、ロシアを威嚇することが目的であり、地域の安全保障と戦略的関係をさらに不安定にするとの認識を示した。

リャブコフ氏は外務省のサイトに掲載した声明で「関連するロシアの国家機関は均衡を保つための対抗措置について、かなり前に必要な準備を開始し、組織的に実行している」と述べた。【7月12日 ロイター】
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ロシアの対抗措置は予想されたものであり、そうしたロシアの反応も含めて、ドイツ国内においても議論がわかれる問題です。

****ドイツ、米長距離ミサイル配備計画巡り冷戦期の政治論争が再燃****
北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で米国が2026年にドイツへの長距離ミサイル配備を開始すると発表したことが、ドイツ国内に冷戦時代と似た政治論争を巻き起こしている。

配備されるのはスタンダードミサイル6(SM6)や巡航ミサイルのトマホーク、射程距離がより長い開発中の極超音速兵器など。

賛成派は欧州がより安全になると主張。反対派が懸念するのは、ロシアの反感を高めて新たな軍拡競争につながる事態だ。旧ソ連と最前線で対峙していた冷戦期の旧西ドイツでも、米国の核兵器配備を巡って同様の論戦が繰り広げられた。

この問題は、ショルツ首相が率いる連立政権内部にも緊張をもたらし、9月に東部で行われる地方選挙で勢力伸長が予想される極右「ドイツのための選択肢(AfD)」に格好の攻撃材料を与える恐れもある。

ショルツ氏は「われわれの同盟諸国だけでなくドイツ自身を安全にする抑制態勢をどう確保するかという問題とずっと格闘してきた。今回の決定は長い時間をかけて進められ、安全保障や平和の政策に関係した人々にとってはいささかの驚きもない」と語った。

同氏が属する社会民主党の報道官もロイターに「これはロシアを抑止するために必要なステップだ」と説明した。

しかし連立の一角を担う緑の党は、配備決定に関して適切な情報提供がなかったと不満を表明し、難産の末にようやく合意した予算協定にも反すると訴えている。

ロシア寄りとみなされ、ドイツの武器をウクライナに供与することに異議を唱えているAfDのティノ・クルパラ共同代表は「ショルツ首相はドイツのためになる行動をしていない。ドイツとロシアの関係に恒久的なダメージを与え、われわれが東西対立の構図に戻るのを許容しつつある」と批判した。【7月12日 ロイター】
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【様変わりした安全保障観】
こうしたアメリカによる長距離ミサイル配備問題に限らず、ウクライナ侵略を機にドイツ国内においては安全保障への関心が高まっているように見えます。

****ドイツが国民の防空壕整備を検討、全面戦争のリスクを懸念****
<先の大戦から残った地下壕もあるが、精密誘導兵器が攻撃の主となる現代の戦争からは逃れられない恐れもある>

ドイツでは、戦争が起きた場合に国民を保護するための「地下シェルター」の建設が検討されはじめた。ドイツ誌シュピーゲルは、ドイツ政府は全面侵攻があった場合に国民を守る方法についての提言をまとめたと報じた。

ウクライナで続く戦争により安全保障リスクが高まったとの懸念から、ドイツの地方議会は政府に対して、古い地下壕の修復を呼びかけているということは、3月にも報じられていた。

だがシュピーゲルは、6月にポツダムで開かれる州内相らの会合で議論される予定の報告書を引用し、何千人もの人を収容できる大規模なシェルターは、「警報から数分で標的に到達する現代の精密誘導兵器から国民を守る対策としては適切ではない」と指摘。民間人にとっての最大の危険は「がれきや爆発物の金属片、または爆風」だという専門家の意見を引用した。記事の中では、こうした攻撃を行ってくる可能性がある「敵」は特定されていない。

家屋や地下室もある程度の保護を提供できるが、窓や隙間を覆うなどの簡単な措置を施せば、さらに安全度が増す。
公共の建物やデパート、地下駐車場や地下鉄の駅にある部屋や既存の地下壕は、大都市で自宅から離れた場所にいる人々が急な攻撃から身を守るのに適しているだろう。

古い地下壕だけでは足りない
だが第二次大戦時とは異なり、想定されるのは広範囲に及ぶ攻撃ではなく、政府関連の建物や「その他の重要インフラ」などの選び抜かれた標的への攻撃だと専門家は指摘する。

現代の兵器の精度は「きわめて高く、直撃すればどんなシェルターももたない可能性がある」という。シュピーゲルは記事の中で、冷戦時に西ドイツには約2000の地下壕があり、このうち579カ所が今も民間防衛用に使用可能で、約47万人を収容できると指摘した。

だがドイツの国民8500万人全員を守るためにはさらに21万100の地下壕の建設が必要で、それには1402億ユーロ(約1520億ドル)かかるという。

長期的な解決策としては、各自が自宅に専用の入り口と換気設備や物資の保管場所を備えたシェルターを持つ方法が考えられるが、全国に十分な数のシェルター付き住宅を供給するには数十年かかる可能性がある。

ドイツ国際公共放送のドイチェ・ウェレの報道によれば、都市自治体協会の会長を務めるアンドレ・ベルゲッガーは3月に、「使われなくなった地下壕を再び使えるようにすることが急務」だと発言。「戦争の危険」から国民を守るためには、民間防衛のために今後10年間、毎年少なくとも10億ユーロ(約10億800万ドル)を連邦予算から拠出するべきだと主張した。【6月6日 Newsweek】
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安全保障面においては大戦後の流れが日本とも類似点があるドイツですが、厳しい冷戦を経験し、今も579か所の使用可能シェルターが存在するというあたりは、日本とはだいぶ異なる背景もあるようです。

昨日のブログで韓国における核武装論を取り上げましたが、「もしトラ」絡みでドイツでも。

****「もしトラ」で米「核の傘」頼れない…ドイツに核武装論が浮上 欧州核抑止、求める声も****
11月の米大統領選を前に、ドイツで独自の核武装論が浮上した。ウクライナ戦争でロシアが勢いづく中、米国で同盟軽視のトランプ政権復活の可能性が浮上し、「米国の『核の傘』に頼れなくなる」という不安が現実味を帯びたためだ。

政府重鎮が爆弾発言
ドイツは北大西洋条約機構(NATO)の核共有の枠組みで、国内に米国の核爆弾を貯蔵している。NATO欧州で独自に核兵器を持つのは英仏2国だけだ。

リントナー独財務相は2月、「トランプ前大統領再選」を視野に、英仏と核協力を結ぶ選択肢に触れた。
独紙フランクフルター・アルゲマイネに寄稿し、「英仏が戦略能力をわれわれの集団安全保障に用いる場合、どういう政治、経済条件を付けるだろう。われわれは、どこまで貢献できるか。欧州平和がかかっており、困難な問題を避けるべきではない」と主張。間接的表現ながらドイツ核武装の可能性に踏み込んだ。リントナー氏は、ショルツ政権の第3与党「自由民主党(FDP)」党首でもある。

ショルツ首相の与党、社会民主党(SPD)の重鎮カタリーナ・バーリー欧州議員も、欧州連合(EU)としての核武装を考慮すべきだとの立場を示した。トランプ政権が復活すれば「米国は頼れなくなる」と警鐘を鳴らした。

ショルツ氏は「現状では重要な話ではない」と核論議に距離を置く。だが、核抑止力への不安はウクライナ支援に表れている。

ウクライナのゼレンスキー大統領は4月、ショルツ氏が「ドイツが核武装していない」ことを理由に長射程ミサイル供与を拒んだと明かした。ウクライナは英仏から長射程ミサイルの提供を受け、ロシアが併合したクリミア半島で露軍施設を攻撃している。核兵器を持たないドイツは英仏と異なり、ロシアの報復に強い懸念を抱いているということだ。

ドイツの核論議は4年前、1期目のトランプ政権時代にも浮上した。米欧同盟に亀裂が入り、フランスのマクロン大統領が「我が国の核兵器を欧州の集団安保に役立てる用意がある」と述べ、協議を呼び掛けたのがきっかけだった。当時のメルケル独政権は結局、応じなかった。背景には、米国のドイツ離れを招くという懸念があった。

「米国から1000発買うべき」
今回はウクライナ戦争で、欧州安保の自助努力は待ったなしの課題となった。トランプ氏が2月、同盟国が十分な防衛負担をしなければ「ロシアに『好きにやれ』とけしかける」と発言したことで、核論議に火が付いた。バイデン大統領が再選されても、米国は中国対策でアジア重視に傾き、「欧州離れ」は止まらないとの見方も強い。

ドイツの著名な政治学者、マキシミリアン・テルハレ氏は独紙ウェルトで、ドイツの核武装を主張し、英仏独3国で核抑止体制を作るべきだと訴えた。英仏の核弾頭は合わせて550個で「ロシアに対抗できない」と現状を評価。「米国から核弾頭を1000発買えばよい」とも述べた。

ドイツの東隣ポーランドでは、ドゥダ大統領が米国の核配備受け入れに意欲を示した。「NATO東翼の強化になる」と訴え、核共有国になりたいと名乗りをあげた。一方でマクロン氏は、再び欧州諸国に核兵器をめぐる協議を呼び掛けた。トランプ再選のシナリオを視野に、各国が動き出している。

NATOの核共有で、欧州で米国の核爆弾配備を受け入れているのは現在、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコの5カ国。

1970年代、ドイツ(当時は西独)では核配備への抗議運動が広がり、東西冷戦後も核廃絶を求める声は強かった。核武装が中央政界で真剣に論じられるようになったことは、安全保障観が様変わりしたことを示している。【5月1日 産経】
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【対中国でも安全保障面を重視するも、自動車など経済の中国依存から抜け出すのは困難】
安全保障面の重視ということでは、中国との関係にも及んでいます。ただ、中国からミサイルが飛んでくるような状況はドイツ・欧州では考えられませんので、対象は企業買収や通信機器など。

****ドイツ、中国との大型企業契約を阻止 安全保障の観点から****
ドイツ政府がフォルクスワーゲン(VW)子会社の中国への売却に待ったをかけた。安全保障の観点からの措置だが、既に緊迫化している対中関係にとっての新たな打撃となる。

中国はドイツの最大の貿易相手国。
VW傘下のMANエナジー・ソリューションズは昨年6月、ガスタービン事業を中国国営のガスタービン企業に売却する計画を発表した。しかし同年9月に始まった政府の審査により、中国がガスタービンを軍艦の動力に利用する可能性があるとの懸念が浮上していた。ロイター通信が報じた。

売却差し止めの数週間前には、欧州連合(EU)が中国から輸入される電気自動車(EV)への関税を引き上げる意向を発表。中国政府はその数日後、EUの主要輸出品である豚肉のダンピング(不当廉売)に関する調査を開始した。

ドイツのハーベック経済相は3日の記者会見で、政府として外国企業からの投資は歓迎するとしながらも、「公共の安全」に関わる技術は保護の対象であり、「常に友好な関係を結んでいるとは限らない」国々から守る必要があると指摘した。 同じ会見で、フェーザー内相も「安全保障上の理由から」政府の決定を歓迎すると述べた。

ドイツ政府によるとドイツ・中国間の昨年の貿易額は2550億ユーロ(現在のレートで約44兆円)に上った。ただ両国政府の関係は近年緊張下にある。ドイツが自国の製造業保護に動き、対中依存の低減を図っていることが背景とみられる。

中国外務省の報道官は4日、「通常のビジネス提携」の「政治化」だとして今回のドイツの措置に反発。「ドイツが公正で差別のないビジネス環境を提供してくれるのを期待する。中国企業を含む世界中の企業に対して」と述べた。

MANエナジー・ソリューションズはドイツ政府の決定を尊重すると発表。CNNへの声明で、向こう数カ月の間にガスタービン部門の操業停止に向けた手続きを開始すると明らかにした。【7月5日 CNN】
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****独政府と通信各社、5Gからの中国製部品排除で原則合意=報道****
ドイツ政府と通信事業各社が中国製部品を国内の第5世代(5G)移動通信システムから今後5年間で段階的に排除する措置で原則合意した。南ドイツ新聞、北ドイツ放送協会(NDR)、西ドイツ放送協会(WDR)が10日報じた。

報道によると、今回の合意により、通信大手ドイツテレコム、ボーダフォン、テレフォニカドイツは、重要な部品の交換により多くの時間を割くことが可能になるという。

安全保障上の懸念を背景とする今回の合意の下、通信大手はまず中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)などが製造した部品などを2026年までに5Gデータセンターのコアネットワークから排除する。

次の段階では29年までにアンテナ、送電線、通信塔などから中国製部品をほぼ排除するという。排除時期はいずれも当初想定から後ずれした。

ドイツ内務省はロイターに対し、政府と通信事業各社との協議は継続中と述べた。【7月11日 ロイター】
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ただ、ドイツにとって対中国の最大課題は経済全体の中国依存の現状。エネルギーのロシア依存への反省からも中国依存度を逓減させようとの考えはあるようですが、現実問題としては基幹産業である自動車産業がどっぷり中国依存にはまっており、抜け出すの容易ではありません。

現在問題になっているEUの中国製EVへの関税引き上げについても、ドイツ自動車業界は中国の報復を恐れて反対の立場です。

****中国製EVへの関税取り下げを、ドイツ自動車工業会がEUに要請****
ドイツ自動車工業会(VDA)は3日、欧州連合(EU)欧州委員会に対し、中国製電気自動車(EV)に関税を課す方針を取り下げるよう要請した。

関税は中国から輸出する欧米自動車メーカーに影響を及ぼし、中国による報復関税のリスクは中国への輸出量が大きいドイツの国内産業に大きな打撃を与えると指摘した。

昨年のドイツから中国への乗用車輸出額は中国からの輸入額の3倍以上で、部品サプライヤーによる輸出額は輸入額の4倍だったという。

「反補助金関税は長期的に欧州の競争力と強靭性を高めるための適切な手段ではない」と訴えた。【7月3日 ロイター】
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政府としても、こうした業界の声を無視できません。

****ドイツ経済相、関税競争は「誤り」 中国製EVへの措置受け****
ドイツのハーベック経済・気候保護相は、関税は経済と消費者に有害と批判した。欧州委員会は先週、欧州自動車業界が強く反対する中で、中国製電気自動車(EV)に対する最大37.9%の関税導入を発表した。

ハーベック氏は、メルセデス・ベンツ本社のバッテリー開発センター開所式で講演し、「関税により経済圏を再び保護・遮断することを競うのは誤り」と指摘。「ドイツのような輸出国、自動車輸出国にとっても最終的には消費者や国民にとっても誤りとなる。何もかもがより高価になる」と述べた。【7月9日 ロイター】
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