孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

レバノン  爆発事故で火が付いた国民の政治への怒り 困難な政治改革への道

2020-08-11 22:58:53 | 中東情勢

(イスラエル・テルアビブで、連携を示すためレバノンの国旗をライトアップした市庁舎(2020年8月5日撮影)【8月11日 時事】)

 

【政治への激しい国民の怒り 改革の必要性 内閣総辞職へ】

8月7日ブログ“レバノン これまでも機能不全の政府 首都ベイルートの大爆発で懸念される復興・新型コロナ・食糧”で取り上げた中東レバノンの首都ベイルートでの大爆発事故、事故以前からの政府の腐敗・無策、悪化するばかりの市民生活という国民不満に火が付いた形となって、激しい反政府行動の混乱を生んでいます。

 

****レバノン、腐敗・格差に怒り 低迷する経済、爆発被害重なる****

甚大な被害が出た大爆発から4日。その傷痕が生々しいレバノンの首都ベイルートで、怒った市民が政府庁舎を襲った。「革命だ」という叫びも飛び出した。市民は何を求め、何に絶望してきたのか。

 

「復讐(ふくしゅう)だ。政治体制が終わりを迎えるまで」。ベイルート各地で8日、数千人に及ぶ人たちが声を上げた。「あなたたちは腐敗している。犯罪者だ」と書かれた横断幕が掲げられたとAFP通信は伝えた。アウン大統領の写真を焼く人の姿もあったという。

 

人々の怒りに火を付けたのは、政治の怠慢と無策ぶりだ。爆発を防げなかった責任を押し付け合う言動が目立ち、被害への対応も鈍い。アウン大統領は7日、大量の危険物があることを3週間前に初めて知り、軍と治安当局に「必要な措置」を命じたと明かした。しかし「他にも問題が山積していた」などと自身の責任を否定している。

 

衛星テレビアルジャジーラの取材に答えた市民の一人は「政治家は他人に責任を押しつけてばかり。どうして街の中心に2千トンもの爆発物があったというの?」とまくし立てた。

 

ただ、市民の怒りは今回始まったことではない。昨年10月、景気が低迷し、高失業率に苦しむ国民に対して政府が増税案を示すと、反政府デモが起き、当時の首相を退陣に追い込んだ。

 

しかし、その後も状況は悪化の一途だ。今年3月にはデフォルト(債務不履行)に陥り、現地通貨の価値は昨年から約8割下落した。

 

しわ寄せに苦しむのは一般市民だ。世界銀行の推定では、国民の4割以上は貧困層。インフラ整備は滞り、ベイルートでも1日数時間は電気が通らず、ごみ収集も行き届いていない。

 

8日、デモ隊が向かったのは経済政策に失敗した経済省、停電を解消できないエネルギー省、庶民のドル預金を凍結した銀行の協会だった。

 

デモを受けてディアブ首相は8日夜、テレビ演説で「構造的な問題を解決するには、選挙の前倒しにより新たな国会を生み出すしかない」と表明した。だが、人々は問題が選挙によって解決すると信じられなくなっている。

 

背景には腐敗がはびこる特殊な政治構造がある。国内には18の宗教・宗派があり、その対立が内戦の原因になった反省から、レバノンでは各宗派が権力を分け合う仕組みがつくられた。大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、国会議長は同シーア派といった具合だ。

 

しかし、近年はその弊害が露呈。公共事業や銀行なども各宗派が利権を握る一方、市民に恩恵が届かず、一部のエスタブリッシュメント(既得権層)と貧困層との間の格差の深刻化が指摘されている。

 

人々が求めるのは、単なる選挙以上の抜本的な刷新だ。デモに参加した23歳の若者はAP通信の取材にこう答えた。「今のリーダーたちの系譜は途絶えるべきだ。古いレバノンの死と、新しいレバノンの誕生を望んでいる」【8月10日 朝日】

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“ロイター通信は、治安当局が今年7月にディアブ首相とアウン大統領に対して「(放置されている大量の硝酸アンモニウムは)安全保障上のリスクであり、爆発すると首都が破壊される可能性がある」と警告していたと報じた。”【8月11日 毎日】というのは、政治の無策、責任の押し付け合いの一端でしょうか。

 

いち早く現地入りして、まるでレバノンの政治責任者のような存在感をアピールしたフランス・マクロン大統領も政治改革の必要性を強調しています。

 

****仏大統領、レバノン支援で各国に結束訴え 政府の改革も要求****

 レバノンの首都ベイルートで起きた爆発から5日が経過した9日、支援策を協議する国際会議が開かれた。フランスのマクロン大統領は会議の冒頭、世界の指導者に対し「一丸となってレバノンとその国民を支える」よう訴えた。

 

会議はビデオ会議形式で行われた。マクロン氏はトランプ米大統領を含む世界の指導者に対して「我々の目的はベイルート市民のニーズを満たすために共同で資金を出資することだ」と呼び掛けた。

 

一方で、改革も必要だとの考えを明確にし、「8月4日の爆発は落雷のようなものだ。今こそ目を覚まし行動すべき時だ」と指摘。「レバノン当局は国民が求める政治経済の改革を実施する必要がある。国際社会が再建でレバノンと効率的に協力できるようにするためには、それが唯一の道だ」と訴えた。(後略)【8月10日 CNN】

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会議参加国は人道援助に約2億5300万ユーロ(2億9800万ドル)を拠出すると表明しています。

 

現地でのマクロン大統領の姿が目立ち、レバノン政治家の影が薄いのは、レバノン政治家が責任の押し付け合いをやっていることと合わせて、国民の怒りを前に、現地に姿を見せることが難しい状況もあるようです。

 

****レバノン爆発 被害視察の閣僚ら、罵声浴び追い返される****

レバノンの首都ベイルートで発生した大爆発を受け、荒廃した地区を訪問しようとした閣僚2人が、現場でがれきを撤去するボランティアたちの怒りを買い、追い出される出来事があった。

 

同国の多くの国民は以前から、汚職が横行し行政能力に欠けるとして政府に対し非難の声を上げていたが、4日に起きた爆発の衝撃によって怒りの矛先が政治階級に向けられている。

 

そうした中、タレク・マジュズーブ教育・高等教育相は7日、こうした認識を変えようと、廃虚と化したカランティーナ地区をほうきを手に訪問し、ガラスの破片などのがれきを掃き出していた人々の中に加わろうとした。

 

だが「辞めろ!」「国民は体制の崩壊を望んでいる」「絞首台を用意しろ!」など、罵詈(ばり)雑言を浴びることになった。(後略)【8月8日 AFP】

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こうした国民の怒りを背景に、内閣は総辞職に。

 

****レバノン内閣総辞職=反政府デモ拡大で情勢混迷****

AFP通信によると、レバノンのディアブ首相は10日、内閣総辞職を発表した。首都ベイルートの港湾地区で4日に起きた大規模爆発を受けて反政府デモが拡大。アブデルサムド情報相とカッタール環境相、ナジム法相が相次いで辞任を表明していた。爆発の原因究明が進まない中、総辞職の発表後もデモは収束せず、情勢混迷の度合いが一段と深まっている。

 

ロイター通信などによれば、カッタール氏は辞任に際しての声明で「政府は数多くの改革の機会を逸した」と非難。ディアブ氏も総辞職に当たり、自分も腐敗した政治の犠牲者だと弁明した。

 

爆発をめぐっては、政府が港湾関係者らの責任を追及する方針を示し、関係者を拘束、軟禁する措置を取った。しかし、デモ隊は爆発を招いた大量の化学物質が危険な状態で放置された背景には、腐敗体質の政府の機能不全があったと訴えている。

 

レバノンのメディアによれば、爆発による死者は159人に達し、負傷者は6000人を超えた。ベイルート中心部で8、9両日、数千人規模のデモが行われ、10日も続いた。8日はデモ隊が政府庁舎などを一時占拠する事態となり、警官隊との衝突で700人以上が負傷、警官1人が死亡した。【8月11日 時事】

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【現実的には困難な政治改革 国民の意識改革が必要】

レバノン国民も、国際社会も、あるいはレバノン政治家も政治改革の必要性を訴えてはいますが、新内閣組閣で改革に着手できるかといえば、まず不可能でしょう。

 

政治の腐敗・無策の根底には各宗派が権力を分け合う仕組みがあります。

組閣(これも、各勢力のバランスをとるため非常に難産でしょう)どころか、総選挙を行ってもこの枠組みの範囲内ですので、抜本的改革にはならないでしょう。

 

では、こうした枠組みを取り払えば前進するのか・・・といえば、かえって混乱を助長するかも。

各宗派が権力を分け合う仕組みは、各宗派が武器を手に争い国土が荒廃した内戦を反省して生じた制度であり、宗派の制約を取り払えば、再び宗派間争いが激化し、最悪の場合、内戦の再現に至るかも。

 

もっとも、(国軍をしのぎ、イスラエルとも争う力を持つ)シーア派・ヒズボラの力が圧倒的で、他宗派にはこれに抗する力はないので、内戦に至ることなくヒズボラの独裁という形になるのかも。

 

結局のところ、国民一人一人が宗教・宗派の制約を取り払い、政治と宗教を分離するところに行きつかない限り、レバノンのような多宗教・宗派がモザイクのように混在する社会にあっては、民主的な政治は実現できないでしょう。

 

それが可能か?と言われれば・・・・難しいでしょう。

 

【イスラエルが人道支援表明するも、レバノン政府は沈黙】

国際社会も支援を表明していますが、事故直前も国境でヒズボラと衝突していた交戦国イスラエルの場合は、やや事情が異なるようです。

 

****受け取ってもらえない? イスラエルからレバノンへの人道支援****

ある人にとっては善意の印でも、他の人にはまったくの偽善ととられることがある──大爆発により打撃を受けたレバノンに対するイスラエルからの人道支援の申し出は、どうやら受け入れられそうもない。

 

イスラエルとレバノンは、厳密には今でも戦闘状態にあり、外交関係もなく、お互いに対する疑念、さらには敵意が両国の関係を形作っている。

 

レバノンの首都ベイルートは4日に港で発生した大爆発によって、壊滅的な状態に陥った。この事故をめぐっては当初、多くの人がイスラエルに疑惑の目を向けたが、イスラエル政府筋は「イスラエルは今回の事故に関係ない」と明言している。

 

イスラエル政府は事故の数時間後、レバノンに人道援助を申し出た。同政府は声明を発表し、「イスラエルは、国際的な安全保障および政治的なコネクションを通じ、レバノン政府に人道および医療援助を提供する」と述べたが、これに対してレバノン政府はコメントを控えたままだ。

 

イスラエル政府筋および外交筋によると、4日以降、国連を通じてレバノンに医療物資を送ろうとしているが、現時点では実現できていないという。

 

イスラエル軍情報部のアモス・ヤドリン元部長は、支援について「人道的な行動」で「両国をまとめる可能性がある」との見方を報道陣に対し述べている。

 

■7月には国境地帯で緊張高まる

ベイルート市民の多くは、1982年のイスラエルのレバノン侵攻に苦い思い出を持っている。

 

イスラエルは2000年までレバノン南部を占領し、またイスラエルとレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの最後の大規模衝突である2006年の戦闘は1か月に及び、レバノン側では民間人を中心に1200人、イスラエル側で兵士を中心に160人が死亡した。

 

またイスラエルは先月27日、北部の国境でヒズボラが越境攻撃を試みたと発表したが、ヒズボラは関与を否定した。両者はお互いを激しく非難し合い、ここ数か月比較的落ち着いていた国連が画定したブルーライン(停戦ライン)沿いで緊張が高まった。

 

この1週間前の7月20日にはシリアの首都ダマスカス南部で、イスラエルによるとみられる攻撃によりヒズボラ戦闘員を含む5人が死亡した。

 

だがこの時の攻撃について専門家らは、双方とも新型コロナウイルスで打撃を受けており、新たな軍事衝突は望んでおらず、事態の激化を回避すると予測していた。

 

4日の大爆発が起きる前、レバノンは既に新型コロナのパンデミック(世界的な大流行)と、1975〜1990年の内戦以来最悪となる経済危機に見舞われていた。

 

ベルギー王立高等国防研究所のヒズボラの専門家、ディディエ・リロイ氏は、レバノンでは汚職がまん延し、機能不全に陥っている政治制度に対する抗議活動が昨年から行われおり、ヒズボラは主にレバノンの混乱の収拾に集中していたと指摘する。

 

一方のイスラエルでも、経済危機はそこまで深刻ではないが、景気悪化や新型コロナの感染拡大抑制に苦慮するベンヤミン・ネタニヤフ首相に対する抗議活動が週ごとに拡大している。

 

イスラエルのヘブライ語日刊紙イディオト・アハロノトの著名コラムニスト、ナフム・バルネア氏は、「政策決定者らは2006年から難局に直面している。彼らは第3次レバノン戦争には突入したくないのだ」と述べた。 【8月11日 AFP】

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これを機に、イスラエルとの関係が改善に向けて大きく・・・ということは、レバノン政治をヒズボラが牛耳っている限りないですね。

 

イスラエルの国内事情・新型コロナ事情は・・・という話をしだすと、また長くなりますので、別機会にしましょう。

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