孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

エジプト  コプト教徒に対するイスラム主義・サラフィストの敵対姿勢で、強まる社会不安

2012-11-03 22:12:28 | 北アフリカ

(2011年2月1日 カイロのタハリール広場でのムバラク政権への抗議行動においては、イスラム教徒がお祈りをする間、コプト教徒が人間の鎖を作ってこれを守る・・・という協調行動が見られました。共通の敵が倒れた今、再び両者の反目が深まっているのが残念です。 “flickr”より By IPS Inter Press Service http://www.flickr.com/photos/ipsnews/5534787936/

少年のくじ引きで新教皇決定
エジプトは国民の9割がイスラム教徒であり、現行憲法第2条で「イスラム教を国教とする。アラビア語を公用語とし、シャリーア(イスラム法)の諸原則を立法の主たる源泉とする」と規定しているイスラム国家ですが、国民の残り1割は、キリスト教の一派であるコプト正教徒でもあります。

****コプト新教皇、あす選出 イスラム調和と統率力が鍵****
エジプトで3月に死去したキリスト教の一派、コプト正教の教皇(アレクサンドリア総主教)シュヌーダ3世の後継者となる第118代教皇が4日、選出される。同国の人口の約1割を占めるコプト教徒には、イスラム原理主義組織ムスリム同胞団出身のモルシー大統領が政権を握るなど、伸長著しいイスラム勢力への危機感がある。次期教皇には、イスラム教徒との摩擦を避けつつ、信徒を統率できる指導力を求める声が強い。

新教皇選出では10月29日、二千数百人の聖職者らの投票で候補者が3人に絞り込まれた。
4日の儀式では、各候補者の名前が記された3枚の紙が用意され、無作為に選ばれた信徒の少年が1枚を選び取ることで新教皇が決定する。コプト正教では「少年には神の意志が宿る」(司祭)と考えられているためだ。

コプト教徒の間ではムバラク前政権時代から、新規の教会建設の制限などへの不満があった。そうした中でもシュヌーダ3世は、政権側とおおむね良好な関係を維持してきたとされる。

しかし、同政権崩壊後は、イスラム教の原点回帰を唱えるサラフ主義者らが扇動したコプト襲撃事件などが頻発。9月にはイスラム圏各地での反米デモのきっかけとなった反イスラム映画が在米コプト教徒によって制作されたことが判明し、コプトに対する風当たりがさらに強まっている。

コプト教は1世紀にエジプトに伝道したとされるマルコを初代教皇と仰ぐキリスト教の一派。451年のカルケドン公会議で異端とされた。エジプトでは7世紀のアラブ人イスラム教徒による征服後、イスラムへの改宗が進んだが少数派として教会組織を維持した。【11月3日 産経】
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この記事が目にとまったのは、無作為に選ばれた“神の意思が宿る”少年がくじ引きで新教皇を選ぶという選定方法のユニークさのためでした。
確かに、くじ引きというのは人知を超えた“神の意思”の反映とも考えられます。
神ならぬ人間が決めるのは、神聖なる宗教世界にドロドロした人間的争いが持ち込まれることにもなり、ローマ教皇を選ぶコンクラーベを見てもなかなか大変なことですから、くじ引きという“神の意思”に委ねるというのは賢明かもしれません。
でも本当に“裏”のない完全なくじ引きで決めるのだろうか・・・という疑問も、下衆の勘繰りとしてはあるところです。

チベット仏教:くじ引き、共産党政権認定、お告げ
世界の各宗教がどういう方法でそのトップを決めているのかについては全く知識がありませんが、輪廻転生による活仏を選ぶチベット仏教でも、くじ引きがとられています。

****パンチェン・ラマが活仏転生選定=ダライ後継見据え実績―チベット****
新華社電によると、中国政府によって認定されたチベット仏教第2の高位者パンチェン・ラマ11世(20)がチベット仏教の活仏の転生(生まれ変わり)を選定する儀式が4日、チベット自治区ラサ市のジョカン寺(大昭寺)で行われた。同仏教最高指導者ダライ・ラマ14世(74)がインドに亡命して不在の中、活仏転生儀式で重要な役割を果たすことで、同14世の後継選びに向けて実績を積み上げている。

儀式は2000年3月に死去した第5世徳珠の転生を選定するもので、あらかじめ2人に絞り込まれた候補者の中から、同11世がくじ引きをした結果、ロサン・ドジェ少年(4)が選ばれた。同自治区政府の承認を経て第6世徳珠となる。

新華社電は、転生の手続きが中国政府のチベット仏教活仏転生管理規則に従って実施され、出席した仏教関係者が「宗教儀式、歴史的な制度に完全に合致している」と手続きの正当性を強調したと伝えた。
パンチェン・ラマ10世の後継をめぐっては、ダライ・ラマ側と中国政府がそれぞれ転生を認定した経緯がある。ダライ・ラマ14世の後継でも同様の事態が予想される。【2010年7月4日 時事】
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チベット仏教の場合は、問題は“くじ引き”ではなく、パンチェン・ラマ11世自身の選定にあります。
教団側が転生を認定した少年が中国政府によって拉致され、別に中国政府が認定した少年がパンチェン・ラマ11世となった・・・という経緯があります。
輪廻転生の活仏を共産党政権が認定するという、くじ引き以上に不可解な選定ですが、中国政府がパンチェン・ラマ11世にこだわるのは、チベット問題の中心に位置するダライ・ラマ14世の転生を認定するうえでパンチェン・ラマ11世が重要な役割を果たすためでもあります。

そのダライ・ラマ14世が活仏として見出された経緯については、いろんな“神のお告げ”的なもの、見出された少年の示した“聖性”にあるとされており、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所ホームページ(http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/hh_reincarnation.html)に詳しく紹介されています。

なお、チベット仏教にあっては、転生したと思われる少年を探しだし、最終的に認定されまでのなかで、単に“神のお告げ”だけでなく、宗教指導者としての資質が教団側によって厳しくチェックされるシステムのように思われます。

勢いづくサラフィスト
話をエジプトに戻します。
国民の1割を占めるコプト教徒に対し、9割の多数派であるイスラム教徒のなかでもサラフィストと呼ばれる、より厳格なイスラム主義を求める“原点回帰”主義者の攻撃的な姿勢が目立っています。
政治的には、モルシ大統領の出身母体でもある穏健派「ムスリム同胞団」がイスラム主義勢力の中心にありますが、サラフ主義者も先の議会選挙では「ヌール党」を擁して全体の4分の1を獲得し、大きな影響力を有しています。

****反イスラム」容疑でっち上げ エジプト・サラフ主義者の告発戦術****
エジプトでここのところ、キリスト教の一派であるコプト教徒が、同国で多数派のイスラム教を侮辱したとして告発を受けるケースが相次いでいる。イスラム教の原点回帰を唱えるサラフ主義者がでっち上げた容疑で拘束を受ける事件も発生。イスラム圏各地で起きた反米デモのきっかけとなった反イスラム映画の制作者がコプト教徒だったことも、サラフ主義者らを勢いづかせている。

9月26日、エジプト南部アシュート県にある中学校で社会科を受け持つコプト教徒の女性教諭について、教え子の男子生徒が学校側に苦情を申し立てた。その前日、女性教諭がイスラム初期の歴史に関する授業中に「イスラム教の預言者ムハンマドに対して侮辱的な説明をした」からだという。

政府系紙アルアハラム(電子版)などによると、訴えを受けて学校側は、女性教諭を自宅待機とした上で、他の生徒たちから聞き取り調査を行った。その結果、男子生徒の訴えは「根拠がない」と判断され、女性教諭は社会科の担当を続けることになった。

ところがその数日後、女性教諭は、イスラムを侮辱したとの容疑で警察に拘束される。男子生徒の父親が捜査当局に対し、正式な告発状を提出したためだった。地元でこの父親は、熱心なサラフ主義者として知られる人物だったという。

弁護を担当した弁護士によれば、女性教諭は取り調べに対し、一貫して容疑を否認。捜査の過程では、男子生徒がそもそも、問題の授業があったとされる日に学校を欠席していたことが証明され、女性教諭は間もなく釈放された。容疑は、まったくのでっち上げだったというわけだ。

コプト教徒がイスラム教を侮辱したとして告発を受けるケースは今、エジプトで頻発している。中部ソハーグ県では最近、コプトの男性教諭が同様の罪に問われ、裁判所内で襲撃される事件も起きた。
同国でイスラム教を侮辱することは、有罪なら最長で禁錮5年の刑を受ける犯罪だ。しかし、侮辱にあたるかどうかの判断は主観的な部分が大きく、今回の女性教諭の場合のように、他人を陥れるために法律が悪用される恐れもつきまとう。

エジプトでは昨年2月のムバラク政権崩壊後、サラフ主義者の活動が活発化した。教条主義的傾向の強いサラフ主義者の中には、他の宗教の信者や信仰心が薄いとみなされる人間を折伏(しゃくぶく)したり排除したりすることがイスラム教徒としての義務だと信じる者も少なくない。

サラフ主義者がコプト教徒とイスラム教徒とのトラブルに介入し、暴力沙汰に発展することもある。イスラム圏各地での抗議行動のきっかけとなった反イスラム映画も、もともとはサラフ主義系のテレビ局が“発掘”し番組で紹介したものだった。

こうした中、エジプト人の中には、サラフ主義者を腫れ物に触るように扱う人が増えている。
今回の女性教諭の事件では、同僚の教師ら20人が男子生徒とその父親の訴えに同調し、学校側に女性教諭に対する非難を申し立てたという。理由は不明だが、サラフ主義者に目を付けられるのを恐れたためだとの指摘もある。

宗教問題に詳しいエジプト人記者は「このような事件が続けば、誰もがサラフ主義者を怖がることになる。いつ告発されるか分からない状況では安心して暮らせなくなってしまう」と警告している。【10月21日 msn産経】
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注目される新憲法起草
エジプトでは現在、新憲法の起草作業が行われているところですが、先述の憲法2条にある“イスラム教の位置付け”も大きな争点のひとつです。

****エジプト:大統領支持者と反対派が衝突、110人負傷****
昨年の民主化要求運動「アラブの春」を受けて誕生したエジプトのモルシ大統領の支持者と反対派が12日、カイロ中心部のタハリール広場で衝突し、国営メディアによると110人が負傷した。モルシ大統領の就任後、この種の大規模な衝突は初めてとみられ、独裁政権崩壊後のエジプト社会の不安定さを改めて露呈した。
タハリール広場にはモルシ大統領の支持者や反対派が数千人集まり、投石したり火炎瓶を投げつけ合ったりした。

エジプトでは、新憲法の起草作業が進行中で、イスラム教の位置づけや大統領権限などで論争が激化。また、昨年の民主化闘争中にラクダに乗った暴徒を反体制派弾圧に駆り立てたムバラク前政権の幹部が今週、裁判で無罪判決を受け国民の不満が高まっていた。【10月13日 毎日】
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現実問題としては、“イスラム教の位置付け”に関する一言一句の修正でもサラフィスト、コプト教徒・世俗主義者どちらか側の激しい反発を呼びますので、なかなか実施は困難ではないでしょうか。
そこを敢えて、より明確なイスラム主義を打ち出すのか・・・注目されるところです。
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