(プレアビヒア寺院近くに展開するカンボジア軍 さすがにポル・ポト時代に比べると近代的ですが、兵士の首にまかれたスカーフ(クロマー)がいかにもカンボジア的です。 “flickr”より By phyroum http://www.flickr.com/photos/dankuy/5431815620/ )
【抜けない“小骨”】
国境にあるヒンズー寺院遺跡「プレアビヒア」周辺の領有を巡る争いという、タイ・カンボジア関係に刺さった“小骨”はなかなか抜けないようです。この紛争への仲介を「2015年の共同体構築」に向けた第一歩としようというASEANの試みも難航しています。
これまでも何回か取り上げたように、08年7月にタイ人3人がカンボジア領に越境したのを機に、両軍がにらみ合う事態となり、10月には交戦に至りました。
その後も小康状態と交戦を繰り返し、昨年12月に別の国境未画定地域付近で、タイの政権与党「民主党」所属の下院議員ら7人がカンボジア領内に無断侵入したとして拘束された問題で再び緊張が高まり、今年2月から死傷者を出す交戦が再開されました。
2月23日ブログ「ASEAN 「プレアビヒア」へ監視団派遣 南シナ海での行動規範づくりは難航」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110223)でも書いたように、1962年の国際司法裁判所の判決でカンボジア領とする判断が出されていること、更に、08年にカンボジア政府による世界遺産登録申請にタイ政府が一旦は合意したことなどから、カンボジアのフン・セン首相は国際介入に積極的ですが、タイ・アピシット首相は反タクシン派「民主市民連合」(PAD、いわゆる「黄シャツ」)など国内保守派の突き上げを受ける形で譲歩が困難な政治状況で、国際介入にも消極的でした。
【インドネシア主導のASEAN仲介も難航】
そうした中で、ASEANの盟主としての地位を回復したいとのインドネシアの強い意向を背景に、これまで内政不干渉を基本原則としてきたASEANがインドネシア主導で監視団をこの紛争地域に派遣するという、ASEANとしては「2015年の共同体構築」に向けた第一歩を踏み出す流れとなりました。
しかし、国際調停に消極的なタイ側の事情もあって、難航しています。
****タイ・カンボジア国境紛争 ASEAN監視団、調整難航*****
ヒンズー教寺院遺跡「プレアビヒア」と、その周辺をめぐるタイ、カンボジア両国の国境紛争情勢は、なおインドネシアの監視団が展開するには至っておらず、この間に両国のさや当てが再燃している。
東南アジア諸国連合(ASEAN)としての監視団の派遣は、2月22日の緊急外相会議で合意された。議長国であるインドネシアのマルティ外相は、監視団を計30人とし、各15人で編成する2チームをそれぞれタイ、カンボジア側に配置する方針を示している。
先週、先遣隊5人が寺院周辺を事前調査し、両国にインドネシア側は、監視団の具体的な権限や配置などを提示した。だが、タイは難色を示しているもようで、調整が続いている。
一方、カンボジアは今月初め、プノンペンに駐在する米国など12カ国の武官に、国境未画定地域を視察させた。主眼は「タイの攻撃による寺院の損壊状況を、その目で見てもらう」(軍幹部)ことだった。
タイ側は強く反発、アピシット首相は「タイ・カンボジア合同国境委員会」での2国間交渉にカンボジアは応じるつもりがないと非難した。その後、カンボジアが参加を表明したことで、同委は24日からインドネシアで開かれる予定だ。【3月9日 産経】
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タイ側は、政治的に強い影響力を持つ国軍が、ASEANの仲介に反対している模様で、ASEANの“「2015年の共同体構築」に向けた第一歩”は迷走しています。
****タイ・カンボジア国境紛争 ASEAN仲介 迷走、 安保共同体 暗雲*****
タイとカンボジアの国境未画定地域問題をめぐり、7日に始まる会合が、一時は開催すら危ぶまれる状態になるなど迷走している。ホスト役で東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国インドネシアは紛争解決のモデル事例にしたい意向だった。2015年の政治・安全保障の共同体発足を前に、早くもASEANの「眼界」を露呈した形だ。
会合は7、8両日、インドネシア西ジャワ州ボゴールで開かれる。同国のマルティ外相は6日、記者団に「会合は外相ではなく、政府高官級で行う形になるだろう」と述べた。
両軍の衝突が激化した2月、ASEAN緊急外相会合で、①問題地域にインドネシアの監視団を送る②インドネシアで2国間会合を問くことを合意。「内政不干渉」を掲げてきたASEANが政治・安全保障分野で踏み込んだ役割を果たす事例になると思われた。
マルティ外相は当初、タイとカンボジアの大臣を招き、外務省主導の合同国境委員会(JBC)と、国防省主導の総合国境委員会 (GBC)を開く意向だった。ところが先月、タイ国軍幹部らがインドネシアは会合の場に入らない」などと発言。カシット外相によるASEANでの合意に、プラウィット国防相や国軍は反対だとみられる。
カンボジア側は逆にインドネシアが仲介しない限り、協議拒否」の立場だ。このため交渉が進まず、7日からの会合ではJBCのみが大臣不参加で開かれる見込みだ。協議が進まなければ、問題地域に監視団を送ることができなくなる。【4月7日 朝日】
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領土・国境問題といった外交交渉は、一方の主張が100%とおる形でまとまることはありえず、お互いが何らかの譲歩をする必要があり、その譲歩を国内強硬派に認めさせる指導力が必要になります。
反タクシン派PADを支持基盤とし、国軍の顔色を窺うタイ・アピシット政権にはその指導力はなく、ASEANが仲介しても、意味のある結果はあまり期待できません。
第三者的には、ずいぶんささいなつまらない問題で揉めている・・・という感がします。どちらの領有でもかまわないので、ひとりでも多くの人が世界遺産を訪れることができるようにして、また、両国関係を深めればいいのにと思うのですが。
【現実味のない「2015年の共同体構築」】
一方のASEANですが、もともとASEAN加盟国は、共産党一党支配国、軍事政権独裁国、王制などその政治体制が多様で、人権や民主主義に対する価値観も異なるものがあります。
****ASEAN各国 民主化めぐり温度差 人権、汚職…問題根深く*****
ミャンマーが3月末、テイン・セイン大統領をトップとする新体制へ移行した。軍主導という本質を堅持したままの「民政移管」はまた、東南アジア諸国連合(ASEAN)における民主化の進展度合いの濃淡を印象づけている。
ASEAN10カ国の政治体制は、シンガポールの「開発独裁」、ベトナムの共産党一党支配、ブルネイの国王専制など多様だ。
米国の民間人権団体「フリーダムハウス」が1月に発表した報告書「世界の自由」によると、各国の政治的自由度はミャンマー、ベトナム、ラオスが最悪の7。カンボジア、ブルネイが6、シンガポール、タイ5、マレーシア4、フィリピン3、インドネシア2。
民主化を先導しているともいえるのが、1998年に、約30年間のスハルト政権を終わらせたインドネシア。ユドヨノ政権下で地方分権などが進んでいる。
クーデターが繰り返され、国王の裁定が威力をもつ「タイ式民主主義」のタイでは、そうした“伝家の宝刀”への不安がつきまとう。最近でも、今年6月か7月に総選挙が予想され、タクシン元首相派と反タクシン派の反目が続く中で、クーデターのうわさが絶えない。
このため今月5日には、ソンキティ・ジャガパー軍最高司令官らが「クーデターはない。軍は民主的統治を支える」と否定した。
先月30日に新体制へ移行したミャンマーでは、最高意思決定機関だった国家平和発展評議会(SPDC)が廃止され、軍政トップのタン・シュエ前議長は表舞台から退いたようだ。前議長が兼務した国軍司令官には、ミン・アウン・フライン前総参謀長が就任した。
だが、人権問題が改善される兆しは見えず、週刊英字新聞「ミャンマー・タイムズ」編集長兼最高経営責任者のオーストラリア人男性が、当局に入管法違反で逮捕、拘束された。
ベトナムでは4日、複数政党制の導入などを訴え、反国家宣伝罪に問われた反体制活動家、クー・フイ・ハー・ブー被告が、ハノイ市人民裁判所に禁錮7年の判決を言い渡され、米政府などが非難している。
一方、国際民間非営利団体(NPO)のトランスペアレンシー・インターナショナルによると、各国の汚職の程度は、低い順にタイ78位、インドネシア110位、ベトナム116位、フィリピン134位、ミャンマー176位など。深刻な汚職問題を抱えてもいる。【4月7日 産経】
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こうした状況では、「2015年の共同体構築」というのはあまり現実味がない目標のように思われます。