Con Gas, Sin Hielo

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「関心領域」

2024年06月02日 12時24分37秒 | 映画(2024)
塀が隔てる正しさと幸せ。


ナチスドイツを題材にした作品は様々あって、ジャンルも正統な歴史モノからSFやコメディまで実に幅広い。いわばレッドオーシャン状態であり、ここで新たな作品を作ろうとしても新味を出すのはなかなか難しいのではないかと思っていた。

そうした中で本作は、アウシュビッツ捕虜収容所の隣に家を建てて暮らしている家族の日常生活を描くという画期的な設定を打ち出してきた。ナチスの蛮行を直接映さずに、空気感だけでどのように異常性を伝えることができるのか大いに興味を持った。

冒頭、黒い画面にタイトルが映され、それが消えた後不穏な音楽とともにしばらくブラックアウトが続く。アカデミー賞では音響賞を受賞したそうだが、エンドロールの音楽を含めて、何気ない日常に潜む異常性を伝えるのに一役買っていた。

主人公はドイツ軍人のルドルフとその家族。ルドルフは、アウシュビッツ捕虜収容所の所長を務めており、敷地に隣接する一角にプール付きの庭を持つ一軒家を構えていた。

軍人でも所長となれば管理職なので、普段の仕事は公務員のごとく決まったルーティンに乗った出退勤である。職住近接だから家族と触れ合う時間はたっぷり確保できる。ルドルフも妻もこの生活に満足しており、遠い先の将来にまで夢を膨らませるのだった。

ただ、昼は青空の下で太陽の輝きに隠されていた部分が夜になると感じられるようになる。時折響く発砲のような音や、塀の向こうから沸き立つ煙。一切の説明はないが、我々は想像してしまう。

もちろん音や煙は夜にだけ出ているのではない。少しずつ目を凝らして、聞き耳を立ててみると、日常のそこかしこに収容所の暗部のかけらが転がっているのが分かってくる。

ルドルフたちの会話、一家に住み込みで働いているメイド、川遊びをしていたときに流れてきた物質。冷静になってみれば、ここは明らかにほかとは違う空間である。しかしルドルフの妻は、「ここは若いころから夢みてきた場所」と言う。彼女はメイドに向かってこんなことも言う。「夫に頼んで灰にしてもらうよ」

映画の背景や、大局的な歴史を学んでいる者からすれば、何という物言いであり傲慢な態度かという反応になるのだが、ミクロ的に彼女の視点に立ってみれば、実はそれほど常識外れな人物ではないことを理解できてくるところがおもしろい。

ある日、ルドルフは転属を命じられる。栄転ではあったが、妻はアウシュビッツの地を離れるのを嫌がり、彼は単身で行くことに。行った先では軍部の戦略担当とでもいう仕事に就き、アウシュビッツで行おうとしているハンガリーから大量の捕虜を輸送する作戦の中核を担うことになった。

彼は功績を認められ、ほどなくアウシュビッツに戻ることが決まった。大勢の人の命を奪うことが成果とされ、輝かしい人生の階段を上っていく。それがいかに誤ったことなのかは、奪われる側に立って実際に感じてみないことには分かりようがない。

帰還が決まったルドルフは妻に電話で知らせた後、職場を去ろうと階段を下りていくが、急に吐き気に襲われる。インサートされるのは、おそらく現代の収容所の博物館の展示物である大量の靴や遺物。神の手を持った映画の作り手が出演者にいたずらをしたようだ。

それにしても、「関心領域」というのは、直訳ではあるがよくできたタイトルである。不幸は関心の外にあるのだ。最近マイノリティに配慮し過ぎる事例もあるが、それでも気付いてもらえなければ不幸のままなのだから声を上げなければいけないのである。

(80点)
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