わが国の様々な美に溢れている。
もう遠い昔のように思えるが、かつて安倍晋三が首相だったとき、彼は「美しい国」という言葉をテーマに掲げていた。
政治のキャッチコピーとしては分かりづらい等の批判を浴びていたが、芸術の世界においてはこれほど武器になるものはない。この映画は、そのことを改めて教えてくれているような気がする。
かつてのわが国には、景観、文化といった目に見えるものだけではなく、人々の生き方そのものに筋が通った美学があった。
武家の者として、あるいは女性として、それぞれが生まれついた環境における使命感を真っ直ぐに受け入れ、その使命を尽くすことこそが生きることだと信じていた。
裏を返せば、使命を遂げた後に生きる意味を見出すことは難しいわけで、次に待つのは引き際の美学である。忠臣蔵が受けるのも、桜を愛でる花見が愛されるのも、人々が散り際の潔さを憧れ敬っているからに相違ない。
本作が描くのは、潔さの象徴ともいえる忠臣蔵の物語の裏で苦悩した者たちのサイドストーリーである。
彼らの事情は複雑だ。心に秘めた生きる道と現実の乖離。彼らの追い求める道の先が報われる保証はまったくない。
討ち入り前夜に逃亡した孫左衛門を演じる役所広司、討ち入りの真実を後世に伝える使命を与えられた吉右衛門を演じる佐藤浩市は、さすがの重厚感で生き延びさせられた戸惑いと苦悩を表現する。
それを受ける周囲の配役もいい。特に安田成美の凛としたたたずまいは主役たちに引けをとらないし、若い姫を演じた桜庭ななみの不安定な若さも話と上手く融合できていた。
そしてところどころに挟まれる人形浄瑠璃がドラマにも絵的にも効果的にアクセントを与えている。ワーナーブラザースが想定している世界公開でも受けるのではないか。
もちろん引っ掛かる部分はある。孫左衛門の16年の労苦が劇中の短時間で綺麗に解ける。劇としては感動の嵐だが、史実や現実に思いをめぐらせると気持ちはやや曇る。
とにかく元気がないと言われるいまの日本。力がないのではなく自信を失っていること、信じる道を見失っていることが問題なのだと思う。
もうすぐ新しい年が始まる。まずは足元から自分の生きる道を確かめることから。区切りの季節だからこそ観ておく作品だと思う。
(85点)
もう遠い昔のように思えるが、かつて安倍晋三が首相だったとき、彼は「美しい国」という言葉をテーマに掲げていた。
政治のキャッチコピーとしては分かりづらい等の批判を浴びていたが、芸術の世界においてはこれほど武器になるものはない。この映画は、そのことを改めて教えてくれているような気がする。
かつてのわが国には、景観、文化といった目に見えるものだけではなく、人々の生き方そのものに筋が通った美学があった。
武家の者として、あるいは女性として、それぞれが生まれついた環境における使命感を真っ直ぐに受け入れ、その使命を尽くすことこそが生きることだと信じていた。
裏を返せば、使命を遂げた後に生きる意味を見出すことは難しいわけで、次に待つのは引き際の美学である。忠臣蔵が受けるのも、桜を愛でる花見が愛されるのも、人々が散り際の潔さを憧れ敬っているからに相違ない。
本作が描くのは、潔さの象徴ともいえる忠臣蔵の物語の裏で苦悩した者たちのサイドストーリーである。
彼らの事情は複雑だ。心に秘めた生きる道と現実の乖離。彼らの追い求める道の先が報われる保証はまったくない。
討ち入り前夜に逃亡した孫左衛門を演じる役所広司、討ち入りの真実を後世に伝える使命を与えられた吉右衛門を演じる佐藤浩市は、さすがの重厚感で生き延びさせられた戸惑いと苦悩を表現する。
それを受ける周囲の配役もいい。特に安田成美の凛としたたたずまいは主役たちに引けをとらないし、若い姫を演じた桜庭ななみの不安定な若さも話と上手く融合できていた。
そしてところどころに挟まれる人形浄瑠璃がドラマにも絵的にも効果的にアクセントを与えている。ワーナーブラザースが想定している世界公開でも受けるのではないか。
もちろん引っ掛かる部分はある。孫左衛門の16年の労苦が劇中の短時間で綺麗に解ける。劇としては感動の嵐だが、史実や現実に思いをめぐらせると気持ちはやや曇る。
とにかく元気がないと言われるいまの日本。力がないのではなく自信を失っていること、信じる道を見失っていることが問題なのだと思う。
もうすぐ新しい年が始まる。まずは足元から自分の生きる道を確かめることから。区切りの季節だからこそ観ておく作品だと思う。
(85点)
古の日本人の魂に宿る誇るべきものでしたね。
作中の男性も女性もみな
凛とした生き方でとても清々しかったです。
たまにこういう作品を観ると
日本人として生まれたことが嬉しくなるような・・・。
現代はこのような生き方や心情は
もちろんすたれてしまっていますが
自分のDNAの中にも確かに
このような生き方に感動するものが存在していましたね。
引き際の美学、滅びの美学。
いろいろと採り上げられることが多いのは、
やはり現代においてそれを貫くのが難しいからですね(特に政治の分野とか)。
ただ、現代はそれこそ世界が幾重にも重なり合っていて、
自分の道をひたすら進むのが難しいこともよく分かるわけで、
だからこそ映画という媒体を使って、
何とかその精神だけでも受け継いでいけたらと考えているのではないでしょうか。
頭が痛くなるほど残念なニュースは多いですが、
美しいものに対し確かな眼を持つ日本人はまだまだ多いと思っています。