日々草

「つれづれなるままに・・」日々の事を記す。

ダーウィンの苦悩と太田総理の悩み

2006-10-17 | リブレリア

ちょっと真面目な話。
部屋を片付けてたら小冊子を発見。
この冊子、山口 晃の展示会に行った際にもらったもの。
サイン会もやっていて画家本人のページがあるため頂けたのだと思われる。

結構、おかたい内容で画家の展覧会とはそぐわない感じがしてちょっと驚き。
東京大学の先生方が寄稿している50ページぐらいの内容。
その中で山口 晃画伯の「すずしろ日記」は箸休めのおつけもののような存在でした。
メインではないけどないと淋しいあるとウレシイという存在。
字ばっかりで飽きてきた頃に飄々とした内容で頭が回転しつづけるのを助けてくれます。
しかも絵を書く人の「字」を見る機会は貴重なものでした。
字って性格を表すと言うでしょ!

さて、この冊子普通なら捨ててしまうであろう部類に入るモノでした。
なぜならそんなに興味ある分野の話ではないので・・・
ぱっと読んでゴミ箱行き。まして先生方の授業をとっている訳ではないのでテストに出される心配もございません。
しかし取って置いたのは「人みなそれぞれの「アフリカ」を・・・「ダーウィンの悪夢」から」という文章に思うところがあったから。

西谷 修氏が寄稿。
「ダーウィンの悪夢」という映画を見た感想をつづりそこから話が広がっていきます。

タンザニアにあるムワンザというビクトリア湖の湖畔にある小さな村でおこるドキュメンタリー。
慢性的に飢餓状態にあるこの国の唯一の輸出品が食品という事実。
しかもその食品は日本の外食産業でもよく使われる「ナイルパーチ」という魚のフィレ。

そしてこのナイルパーチはもともとビクトリア湖に生息していた魚ではなく外来種。
新しい種は新しい産業を生み出し雇用をも生み出す。
しかしその一方で固有にあった種の生態は破壊されその恵みに頼っていた人々の生活をも破壊する
ダーウィンのいう「適合生存」で勝ち残るものには「正しさ」というようなものは存在せずとにかく生き残ったものがもっとも「よい種」「勝ち組」になってしまうという矛盾。

抜粋しすぎてちょっと意味が伝わらないかも知れないけど考えさせらる内容の話でした。
だけどすぐこういう話って忘れちゃう。
だけどたまたま「FIGARO」という雑誌を特集記事で見ていたらこの「ダーウィンの悪夢」が紹介されてました。
そこで改めてこの話を思い出す。
とっかかりが文章だったのでそのままにしてたけど元ネタの映像作品みてみようかな。

どうしてもこういう重いテーマのモノは後回しになりがちだけど、折に触れ各々が考えなきゃいけない問題なんだと思う。
考えようとする意識を持っているかいないかは天と地の差となるよね。

どういう行動がおこせるかはその人の立場の違いや意識レベルの違いが大いに関係してくると思うけど大切なのは考える気力なのではないでしょうか?
無関心ほど恐ろしいものはない。

という訳で別の視点から平和と共存について本を読み初めました。
ベストセラーになっておりますが・・
「憲法九条を世界遺産に」太田光・中沢新一 著



思うところはそれぞれ違うと思いますが、タブーとされているものやメンドクサイからそして関係ないからという見て見ぬ振りはやめようと思います。

まずは知る事からそして感じて考えるという事が大切なのだと改めて思うのでした。

 

 

コメント
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