原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

“社会人2年目の壁” のジンクス

2015年10月26日 | 仕事・就職
 しつこくも、娘の就職内定に関連するエッセイを綴らせていただこう。


 昨日高齢者介護施設に住む義母を誘って、我が娘の“就職内定祝い会”を都内某寿司店を予約して執り行った。

 義母の素晴らしいところは、本人自身が多少認知力が低下しているにもかかわらず、(本能的に?)孫である我が娘の心配を義母なりにしている点に於いてだ。
 義母の場合、自分の娘(2年前に膵臓癌にて死去した義理姉のことだが)に対して一生に渡り“お嬢さん”人生を歩ませて来た関係で、親として一回足りとて娘の就活を経験していない。
 その立場から、いつも口癖のように私に言うには、「○ちゃん(孫である私の娘の事)は、大学卒業後働かされるのね。可愛そう…」 だった。 
 それを亭主と共に教育して曰く、「一昔前と違って、今の時代は男女関係なく社会で活躍する事の方が幸せなんですよ。 自分の欲する分野で専門力を磨き、その能力を開花させながら社会貢献していく事こそが本人の一生の生き甲斐に繋がります。」
 
 それを何度も繰り返しているうちに、何となく女性も社会で働く時代となっている感覚を得たのか否かは不明ながら、義母も我が娘の就活に関して「そんな事をさせられて可愛そう…」なる発言は慎むようになった。
 それでも私とすれば一昔前に生きて来た義母の気持ちも理解可能だ。 発言は慎んでいる様子だが、その実内心では(やっぱりあの嫁は、女の子に就職を煽る鬼母だったのね…)なる感覚を抱いていると読んで、娘の就活に関する発言は控えて来た。

 先だって亭主から、義母も交えて娘の「内定祝い会」をする提案が出た。 
 その連絡を義母にするのは私の仕事だ。(何分義母は耳が遠いし多少の認知症があるため、義母相手の電話対応に慣れている人間でないと会話が困難な故だ。)
 電話口にて「娘の就職内定が出た」と私が告げるなり、「本当は物凄く心配していたのよ。最近電話をしなかったのは、貴方達夫婦が〇ちゃん(娘のこと)の就職内定を願っている事を知っているのに、もしも未だ就職が決まっていない場合、再三電話をかけたならば親二人の心の負担になると思って遠慮してたの。 私もとても嬉しい。」と本心から言ってくれるではないか。
 そうして、昨日の娘の“就職内定祝い会”は実行へと相成ったのだ。


 さて、ここでエッセイ内容を表題に掲げたテーマに戻そう。

 朝日新聞 2015.9.19 “悩みのるつぼ” 相談内容は、24歳男性による「社会人2年目、壁を感じる」だった。  その相談内容を、以下に要約して紹介しよう。
 社会人2年目だが、採用された就職先は、犯罪を犯した人や非行少年社会復帰のための支援を行っている会社だ。 採用時の面接で「やり直しのきく社会を作りたい」「ハンディキャップを背負った人達の支えになりたい」などとの志望理由を述べ採用された。  しかし実際に働き始めると、それら自分の発言からかけ離れた仕事ぶりでないかと思える。 冷静に考えると自分が面接で言ったことなど、関係者や当事者が長い年月をかけて形成されることに気付かされる。 そうなると、私は何を目標として志として仕事をやっていけばよいのか分からなくなった。 こんな私に何か金言をいただきたい。 
 (以上、“悩みのるつぼ”より相談内容を要約引用したもの。)


 ここで一旦、原左都子の私事及び私論に入ろう。

 実はこの私も民間企業入社後わずか1ヶ月足らずの頃に、「この会社を辞めよう!」なる大決意をした事を思い起こす。  私の場合、上記相談者のごとく仕事に対する自分の“考えが誤っていた”、なるものとはおそらく異質だった。
 ただ単に研修期間直後の配属先で、先輩社員に嫌われた故だ。 (何故嫌われたかに関してここで詳細に論評すると字数がかさむため、端的に説明するならば、医学専門職としての我がポリシーの程が先輩社員の鼻についた故と分析している。) 要するに新人として“出過ぎた”態度を職場で披露した故と判断するべきなのだろう。

 それでも私側も、当時は若気の至り故にその先輩社員と今後一緒に仕事をしていく気には到底なれず、2日間会社を“欠勤”するとの反乱を起こした。  その間、私は決して自宅で泣いていた訳ではない。 東京で生きていく覚悟が強靭だった私は、その2日間“就職活動”を実施したのだ!  その内の一社が私を即座に採用してくれそうになった時に、新卒採用会社の上司より電話があった。 
 これにはプラスの意味合いで参った。 その上司人物が言うには、「貴方に辞められては私の責任になる。何が原因なのかの詳細を聞きたいからこれから1対1で会おう」  それに応えた私はその上司と外の飲食店にて個人的に会った。 そうして私の思いを伝えると「分かった。貴方の配属先を変えよう。」  その後私は新卒採用企業にて自主退職するまで、医学専門職員として充実した日々を過ごせたのだ。

 上記“悩みのるつぼ”相談者の場合、その種の事態とは異次元の相談と解釈する。
 私の場合は、あくまでも自己の専門職に関する先輩との行き違いだったと結論付けられよう。 先輩社員が私に対し何が不満だったのかは不明なものの、私としては自分の専門力に対して最初から確固とした自信があった故に、新卒就職会社にて生き残って頑張れたと認識している。


 それはそうとせよ、我が娘が自分がゲットした就職内定企業で、今後本気で生き残れるのかとの懸念も親として確かにある。

 昨日義母を招待して(と言うよりも義母の経済力にて)執り行った娘の“内定祝い会”では、参加した皆が娘の内定を心より祝ったものだ。

 我が娘は、先だって内定企業よりの入社前教育プログラム伝達会合も終えた。 
 (原左都子なりにその内容を確認して)このレベルならば、娘の実力範囲内で今年3月までの学習が可能と判断している!

 更には、新卒入社後2年間レベルの技術達成度も今から詳細明記提示可能な程の教育システム完備の企業故に、それをクリアしていくに当たり、我が娘は過去に於いて辛い試練を乗り越えた 我が「サリバン教育」を思い起こしてくれる事であろう。
 今後は社会人2年目のジンクスをも乗り越え、奮起し続けてくれるものと期待している。