水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十二回)

2012年03月21日 00時00分00秒 | #小説

  幽霊パッション  第三章   水本爽涼 
                                                                 

   
第七十二回
『いやあ~、そんなつもりじゃないんです。どうも済みません。それに僕だって、この先、どうなっていくのか、不安はありませんが、不安定な身の上なんですから』
「ああ、そりゃそうだな」
 上山も幽霊平林も、しばし沈黙した。
『二人のコンビも、ついに終焉(しゅうえん)ですかね』
「ははは…、コンビというほどのこともなかったが、君が死んだあとの付き合いは、上司と部下という仲でもなかったなあ…」
『はい。生前のように叱責されることは一度もありませんでした』
「今、思えば、富士山の青木ヶ原樹海だのアフリカだのと、文明の力を使わずに行けたのは、人類史上、恐らくこの私だけだろうし、感慨深いよ」
『異変が起こらなかったら、僕と課長は、僕が事故死した段階で別れてたんですからねえ』
「いや、それは正(まさ)に、そうだな」
 二人(一人と一霊)は、別れる前の想い出話をするように語りだした。オレンジ色の空はすっかり暗くなり、すでに夜の帳(とばり)が辺りを覆おうとしていた。
『少し加速度がついたTHE(ジ) END(エンド)だな。で、私のことなんだが、君が見えてない状態へ戻るってことだったけど、それって、君の記憶は私の中に残るのか?』
『いや~、そこまではお訊(たず)ねしてないんですよ。なんでしてら、訊(き)いておきますが…』
「ああ、よろしく頼むよ。…って、どちらでもいいんだけどね。メリット、デメリットは孰(いず)れにしろ、あるだろうから…」
『えっ?! …って、どういうことですか?』
「だって、君の記憶が残りゃ、いろいろ懐かしんで哀れになるしさ。残らなければ残らないで、社長と滑川(なめかわ)、佃(つくだ)教授にさあ…」
『ああ…そうですよね。特に社長に訊かれたときとか、話題になったときとが大変ですよね』


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十一回)

2012年03月20日 00時00分00秒 | #小説

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼 
                                                                      

   
第七十一回
『もしかすると、近いうちに僕と課長の評価が下がるかも知れませんよ』
「そうだな。君の身にも変化が起きているようだし…」
『僕自身は、それほどにも思えないんですが、課長が云うんだから、そうなんでしょう。不安じゃないんですが、なんか落ちつかない気分です』
 そう云うと、幽霊平林は元どおり、幽霊の決まりポーズに手を前へやり、格好を標準型に戻した。
 霊界から上山と幽霊平林に対し、今回の活動に対する評価の伝達がなされたのは、二人(一人と一霊)の予想に反して迅速だった。
『お蔭さまで僕は二段階昇華で生まれ変われることになりました。有難うございます』
「霊界番人さんからの報告があったんだなあ…。いや、それはいいんだが、私の方はどうなるんだ?」
『課長は僕が見えなかった以前の状態へ戻るだけです。安心して下さい』
「…って、君が亡くなった後(あと)だよな?」
『ええ、そうです。僕は残念ながら、もう課長とは、お目にかかれなくなるんですが…』
 幽霊平林の陰気な顔が一層、沈んで、陰気に蒼白く曇った。
「なんだか寂しいし、辛いなあ。そうなると、、本当に永の別れ、ってことだ」
『ええ、そうです。まあ、孰(いず)れにしろ、死んだ人間が生きてる人間と一緒にいる、ってのが、妙といえば妙なんですが…。これだけ長く魂魄(こんぱく)この世に留(とど)まると、すっかり未練も無くなりました。人の悪いところも随分と見ましたから、ははは…』
 幽霊平林は少し寂しそうな顔で陰気に笑った。
「君は消えるんだから、それでいいだろうが、私はこの世に残って現実を直視して生きていかなきゃならんのが辛いところだ。だいいち、正義の味方活動はいいが、結果、地球語というチンプンカンプンを憶えにゃならん」
『課長には悪いんですが、それは仕方ないことです。生きておられるんですから…』
「ははは…。なんだか死んだほうがお得、みたいな云い方じゃないか」

@


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十回)

2012年03月19日 00時00分00秒 | #小説

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼 
                                                                

   
第七十回
『そうですよねえ…』
 幽霊平林は同調して腕を組んだ。上山は、おやっ? と、幽霊平林の、いつもは、しない態度を不思議がった。上山が腕組みして幽霊平林が追随するパターンが、今までのケースだったのだが、どういう訳か、今日は幽霊平林が妙に自主的なのだ。要は、自分の意志で腕組みした、と上山には感じられたのだ。
「君、今、腕組みしたよな」
『えっ? ええ…。それがなにか?』
「いつもは私より先に、そんなこと、しないぜ」
『あっ! そうですよね。僕、どうしたんだろ?』
 幽霊平林は自分の姿を見て、そう云った。
「姿の方は、もう見えてるのかい? この前、半分方、見えるようになったって云ってたが…」
『わあ! 元に戻りました。足先まで全部、見えます。…むろん、僕に足は、ありませんが…』
「ははは…、妙なところで笑わせるなよ」
『いや、そんなつもりはなかったんですが…』
 幽霊平林が今度は右手で首筋をボリボリと掻いた。
「君さあ~、今の態度といい、ほんとに人間的になったぜ。これって、怪(おか)しかないか?」
『まあねえ…。僕には、よく分からないんですが…』
「これも霊界トップが、やってることなら、何ぞあるのかも知れないぜ」
『そう驚かさないで下さいよ、課長』
「別に驚かしてる訳じゃないんだが…」
 上山にも、この微妙な幽霊平林の変化の訳は分からない。
『今回の世界を変化させている地球語効果のポイントが入ったんでしょうか?』
「んっ? ああ、それもアリだな」
 上山も、そう思えて、幽霊平林に同調して頷(うなず)いた。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十九回)

2012年03月18日 00時00分00秒 | #小説

  幽霊パッション  第三章   水本爽涼
                                                                        
   
第六十九回
 その頃、上山は田丸工業の仕事を終え、帰宅途中の駅構内にいた。車が不調で修理に出し、電車通勤したのだが、駅の電光掲示板に流れるテロップは、その世界的ニュースを報じていた。
「平林の云ったとおりだ…。一週間で凄(すさ)まじい成果だ」
 上山は如意の筆の荘厳な霊力を改めて知らされる思いがした。改札口を抜け、徒歩でバス停へと方向転換する上山だった。バスは10分ほど待ってやってきた。二つほどのバス停を通過して下車した。すでに辺りは夕闇が迫っていた。いつもの慣れた道だから迷うという不自由さはない。家がまじかに迫ったとき、背後で冷んやりとした気配がし、上山は振り向いた。そこには、幽霊平林が陰気な笑みを浮かべてスゥ~っと流れていた。
「おお! 驚いたぜ、今日は!」
『すみません。こちから来てしまいました。呼ばれてなかったんですが…。どうも、済みません』
「いいさ、こちらから呼ぼうと思ってたとこだ」
『そうでしたか。効果は拡大しているようですね』
「ああ…。順調で何よりだ。これで霊界でのポイントも加点されただろうな」
『はい、恐らくは。僕も、それを楽しみにしてるんですよ。それと、肝心なことを云わないと…。上半身が元どおり見えるようになったんですよ』
「ほう、それは、よかった」
『少し、安心出来ました…』
 幽霊平林は上山の後方から右横へと位置を変えながら云った。二人は薄暗くなった歩道を進んだ。人通りは、ほとんどなかった。家に着き施錠を解くと、上山は家に入った。もちろん、幽霊平林はスゥ~っと透過して、上山より先に部屋へ現れていた。
「こちらで、いくら効果が出たと喜んでも、霊界トップの方々が認めてくれないとなあ…」
 上山は愚痴っぽく云いながら幽霊平林を見ると、テーブルへ手持ちの鞄(かばん)を置いた。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十八回)

2012年03月17日 00時00分00秒 | #小説

  幽霊パッション  第三章   水本爽涼
                                                                      
   
第六十八回
「で、効果は今日、明日と出てくるのか?」
『ええ、まあ…。僕の念じ方に間違いがなければ、たぶん一週間後には地球語が世界に普及している筈(はず)です』
「そんなに早く?」
『全人類の発想が変化するように念じてますからね』
「世界の老若男女すべての発想変化だぜ。影響を与え過ぎじゃないか? また霊界との狭間(はざま)へ紛(まぎ)れ込むのは御免だぜ」
『その心配は、ないと思います。霊界司様も、お褒(ほ)め下さってるんですから、大丈夫ですよ』
「あっ! そうだったな。やれやれ…」
 上山は幽霊平林の言葉に、胸を撫で下ろした。
 幽霊平林が云ったことは、まったくそのとおりだった。その僅(わず)か一週間後、どういう訳か上山には解せぬ不可解な現象が国連本部で生じたのである。国連に集結した各国代表や事務総長、その他の職員が、すべて地球語で話し出したのだ。この稀有(けう)な珍事は全世界のメディアを通じて報道された。もちろん、国連総会も同時通訳抜きで執り行われ、記録の書類も一切、地球語で筆記された。それが何故そうなったのかは、語っている各国代表も、国連総長も、職員も、聴き入る各国代表にも、まったく分からなかった。
「なぜ、地球語で語られたんでしょう?」
 演説を終えた某国代表に、総会終了後、日本のメディアがインタビューしたところ、その代表は頭を傾(かし)げた。
「○×△? …●□+∞? …」
「私にもよく分からないと、おっしゃってるんです」
「○+$△□▽…」
「やはり、分からないそうです…」
「そうですか。どうも有難うございました」
 インタビューしたマスコミ関係者も首を傾げ、訝(いぶか)しげであった。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十七回)

2012年03月16日 00時00分00秒 | #小説

  幽霊パッション  第三章   水本爽涼
                                                                    
  第六十七回
落ちついて茶の間の座布団へ腰を下ろすと、自分と幽霊平林がやってきた行いが、走馬燈のように上山の脳裡を駆け巡った。上山にしては珍しい追憶感情の湧出で、この先、何か起こるのではないか…という妙な不安感に苛(さいな)まれた。とはいえ、自分の霊現象を語れるといえば、人間では田丸社長と滑川(なめかわ)、佃(つくだ)両教授の三名である。幽霊の平林を含めたとしても四名、というのは、いかにも心細い。この先、はっきりとどうなる、という可能性の確実さと保証が皆無なのである。上山は異常体質で霊力が備わった己(おの)が身が疎(うと)ましかった。上山は、その気持を拭(ぬぐ)おうと、何気なく左手首をグルリと回した。別に幽霊平林を呼びたい気分というのではなく、疎ましい気分を拭いたい潜在意識が、そうさせたのだ。
『今朝の新聞ですか…。また一歩、前進しましたね、課長』
 幽霊平林はスゥ~っと近づくと、朝刊を覗(のぞ)き込んで、そう云った。
「ああ…、ご覧のとおりさ…」
『効果は着実に出てますね』
「そうだな。もう少し、かかると思ってたんだが、いい意味で予想外だよ」
『これなら一年後には、国連総会が同時通訳抜きの地球語で語られるんじゃないですか?』
 陰気に笑いながら幽霊平林が上山を窺(うかが)った。
「ははは…、それはどうか分からんが、可能性もあるなあ、この分だと…」
 上山も笑みを浮かべて、湯呑みの茶を啜(すす)った。
『いや、いやいやいや、課長、そんなには待てませんよ。でしょ?!』
「そうそう、そうだった。悠長なことは云っとられんのだ」
『でしたよね。僕も課長も、早く何とかしたい身の上ですからね』
「ああ…。だっただった。どうも、状況が逼迫(ひっぱく)してないから、ゆったり考えていかん」
『はい!』


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十六回)

2012年03月15日 00時00分00秒 | #小説

  幽霊パッション  第三章   水本爽涼
                                                     
  第六十六回
『霊界司様のお言葉を伝えに参った。その方達の所業、誠に見事! との仰せであった。以後の結果次第では、約束どおり、そなたは御霊(みたま)へ昇華できるであろう。いや、そればかりか、その段階を経ずして、新たな生を得ることも可能な筈(はず)じゃ』
『ということは、生まれ変われるということですか?』
「どうした、君?」
 急に独り言を吐いた幽霊平林に上山は訝(いぶか)ったのだが、すぐ幽霊平林は取り繕(つくろ)って返した。もちろん幽霊平林には上山の耳に霊界番人の声が届いていないことは分かっている。だから、取り繕(つくろ)ったのだ。
『そこにいる者には、儂(わし)が云うことは聞こえぬからのう。そなたから、今のことは伝えておくようにな。では、儂は行く。また、のう。ああ、忙しい忙しい!』
 霊界番人の声の響きは、いつもより早く消え失せた。幽霊平林にも、霊界番人が急いでいる様子は窺い知れた。
『今、霊界番人様が来ておられたんですよ』
「えっ?! ここにかい?」
『いえ、今回は声だけでしたが…』
「ふ~ん。遠いところから電話してくるようなもんだな」
『上手いこと云いますね。正(まさ)にそれ、です』
 上山は、我ながら上手い例えだ…と、北叟笑(ほくそえ)んだ。
 数日が経ち、上山が朝刊を手にしたとき、新たな世界の動きが紙面トップに報じられていた。━ 地球語開発にメド ━ という大見出しで、誰の目にも一目瞭然の賑やかな記事である。もちろん、テレビ、ラジオ、ネット等の他のメディアもその画期的なニュース報じていた。
「おお! やったな…。それにしても、如意の筆の荘厳な霊力には恐れ入った!」
 トップ記事を見ながら、上山は、なにやらブツブツと呟(つぶや)いていた。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十五回)

2012年03月14日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション  第三章   水本爽涼
                   
  
第六十五回
というのも、通常は上山が左手首をグルリと回さない限りは現れない、というのが二人の間の約束事になっていたからである。むろん、特別な場合や緊急性がある場合は、幽霊平林の方から現れることもOKだったが、最近は、その傾向が高まり、‘左手首をグルリ’のルールが弱まっていたのだった。そんなことで、いくらか躊躇(ちゅうちょ)した幽霊平林だったが、思い直して人間界へ移動した。報告をを優先したのである。上山が休日で、のんびりしていることは先ほど現れているから分かっている。もちろん、出かけて家にいない可能性も考えらたが、僅(わず)か小一時間しか経っていない筈(はず)だから、まず、それはない…と思え、幽霊平林は家へ現れたのだ。その判断は瞬時の閃(ひらめ)きでヤマ勘のようなものだったが、完璧に当たっていて、上山は、まだキッチンで新聞を読んでいた。
『課長! 分かりましたよ!』
「おお、君か…」
 上山は新聞をテーブルへと置き、プカリプカリと宙に浮かんでいる幽霊平林を徐(おもむろ)に見上げた。
『どうも、僕のとり越し苦労だったようです。一過性のもので、間もなく元へ戻るようです』
「だろが…、私の思っていたとおりだ。案ずるより何とやら、だな。まあ、よかった、よかった」
 上山は幽霊平林の眼の変調が、すぐ戻ることが分かり、いくらか安堵した。
『はい、それはいいんですが、効果はどうでした?』
「ああ、そうだった。君の異変で、すっかりそのことを話せなかったな。これだよ、これ!」
 上山はテーブルの新聞を広げて幽霊平林へ示した。
『成功…いや、それはまだ分かりませんが、世界は地球語を考え始めたようですね』
「ああ…」
『またひとつ、正義の味方になれましたね?』
 その時、霊界番人の声が幽霊平林の耳に届いた。霊界とは違い、声のみの響きである。むろん、上山には聞こえない。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十四回)

2012年03月13日 00時00分00秒 | #小説

 霊パッション  第三章   水本爽涼
                        
  第六十四回
 そう云い終わるや、光の輪は上方へ昇り始めた。
『お、お待ち下さい!! 霊界番人様! 僕、…いや私にとりましては緊急事態なのです。自分の姿が消えて見えなくなっております!』
『なんじゃ、左様なことか…。そうそう、そなたには、まだ云っておらなんだな。手抜かってしもうたわ、儂(わし)としたことが。わははは…。これでは霊界司様にお目玉を頂戴するな』
 珍しく、いや、幽霊平林の前では初めて霊界番人が反省した。
『で、この私めは、元へ戻るのでしょうか?』
『ははは…、それを申すなら、そなたの眼の錯覚は、と申すべきじゃろうて…』
『それは、どういうことでしょうか?』
『そなたには、霊界司様の呪縛(じゅばく)が、かけられておるのじゃ。それ故、そなたは自らの姿が見えぬ』
『いったい、何ゆえなのでしょう。私は呪縛を受けるようなことをした覚えがありませんが?』
『それは孰(いず)れ、そなた自身が知るであろう。心配せずともよい。ただ見えぬだけじゃ、そなたに己(おのれ)の身がのう…』
『あっ! 見えるまでこの先、どれほど、かかるのでしょうか?』
『心配性な奴め。そうは、かからぬわ。間もなくじゃ。ではのう…』
 かなり急いでいるかのように、霊界番人の声を響かせた光輪は、たちまち昇って消え失せた。
 光輪が去ったあと、幽霊平林はフゥ~っと溜息をついた。この場合の溜息は、安心したというものである。しばらくして、落ちつきを取り戻した幽霊平林は一応、上山に、このことを報告しておこう…と、思った。思いつけば、すぐ移動できるのが幽霊の特性であり便利さある。ただ、このところ、現れ方の統一性が乱れている向きがあったから、多少、心の蟠(わだかま)りになっていた。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十三回)

2012年03月12日 00時00分00秒 | #小説

  霊パッション  第三章   水本爽涼
                               
    
第六十三回
「いや、見当もつかんが、私の場合も急に周りの景色が白黒(モノトーン)になっただろ? それを考えると、霊界のお偉方がなさったこととしか思えん。訊(き)いてみちゃ、どうだ? 私に訊くよりは確かだぜ」
『あっ! そうでした。そうすりゃ、よかったですね。僕としたことが…』
「いや、君だからここへ現れたんだ。普通は、もう少し冷静に考えるぞ、ははは…」
『笑いごとじゃありません!』
「いや、申し訳ない。考えよう…」
 上山は腕組みし、幽霊平林も追随した。
 しばらく二人(一人と一霊)は沈黙していたが、やがて上山が口を開いた。
「ふ~む。…やはり原因は分からん。まったく思い当たる節(ふし)がないからな。先ほどの話のように、霊界トップに訊(き)いた方が早いし、確実だろう」
『…はい、そうします。それじゃ、さっそく! お騒がせしました』
「何か分かれば、また現れてくれ」
『そうします。じゃあ…』
 幽霊平林は語尾を暈(ぼか)して消え去った。もちろん、格好よく消えることだけは忘れていなかった。
「…なんだ、人騒がせな奴だ!」
 自分の異変のときは慌(あわ)てた上山だったが、ことが幽霊平林となると、からっきしで、人ごとのように、つれない呟きを洩(も)らすのだった。
 一方、霊界へ戻った幽霊平林は、すぐに如意の筆を手にすると、両瞼(まぶた)を閉じ、何やら念じ始めた。もちろん、霊界番人を呼び出すために念じたのだ。いつもの所作で瞼を開けたあと、如意の筆を二、三度、振ると、たちまちにして光が上方より射し、光輪がその光に沿って幽霊平林の前へ下りてきた。
『なんじゃ! また、そなたか…。この忙しい折りに、いったい何用じゃ! つまらん戯言(ざれごと)なら、聞きとうもない。…というより、そのような暇(ひま)はない故(ゆえ)、またの機会にしてくれ』


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする