幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第五十九回
『でしょうね。…有能な世界の言語学者が国連で一堂に会したとしても、世界に共通する新しい言語の開発です。そう簡単に完成するとは思えません』
「如意の筆の霊力をすれば、いとも簡単じゃなかったのか?」
『はあ、それはまあ…。念じ方を詳細に詰めれば…』
「詰めようじゃないか。そういつまでも待ってられん!」
『課長、少し気が短くなられたんじゃないですか?』
「馬鹿云え。そんなことは、ない。早く元の状態に戻りたいだけだよ。…君と別れるのは辛いが」
『ご迷惑をおかけして済みません』
「いやあ、なにも君が謝るこっちゃない。君の所為(せい)で、私がこうなった訳じゃないんだから…」
二人は瞬間、押し黙った。
『では、集中して念じます』
云うが早いか、幽霊平林は胸元に挿した如意の筆を手にし、両瞼(まぶた)を閉じた。あとの所作は、いつもと同じである。瞼を開け、如意の筆を二、三度、軽く振った。
『終わりました…』
「そうか…、ご苦労さん。あとは結果待ちだな。楽しみというほどの気分じゃないが、なんか成功を祈りたい気持だよ」
『はい、僕も同感です』
「もう帰るんだろう?」
『帰る、は、いいですね。帰るんでしょうかねえ、霊界へ戻るのは…』
「ははは…、今の君は、やはり帰る、だよ。死んでるんだから、こっちの人間じゃない」
『そうでした。ははは…』
幽霊平林は蒼白い顔で陰気に笑った。