普通の場合、繰り返される悪い出来事には自然と怒れ、またかっ! となる。人によって程度の差こそあるものの、またかっ! と思えることに変わりはない。だが、世の中には突然変異質の者もいるにはいるのだ。この男、牛山もそんな男の一人だった。
多くの人が行儀よく二人づつ長蛇(ちょうだ)の列を作って並んでいる。
「ああ…またかっ! もう少し早く来たらなぁ…」
牛山の後ろへ駆け込むように並んだ男が、恨めしそうに呟(つぶや)いた。牛山は後ろを振り向いた。その男は腕を見ながらソワソワと時間を気にしている。牛山は、さほど急いではいなかった。
「あの…よかったら前へどうぞ…」
「そうですかっ?! 助かります…」
一も二もなく、男は申し出を受け、牛山の前へ出て並んだ。長蛇の列なのだから、大して効果があるとも思えないが…と牛山は思った。しばらくすると、男は落ち着きを取り戻(もど)した。人間とは妙なもので、たった一人、前へ出るだけで落ち着くもんなんだ…と牛山は達観して思った。そんな牛山にも、この男のような時期はあった。
とある飛行場である。牛山は仕事の出張で売れない演歌歌手、海咲牡丹のマネージャーとして出発便を待っていた。そのときである。
『ただいま、M空港上空の気流および天候悪化のため、M方面の出発便は運休させていただきます』
アナウンスが流れ、のんびり待っていた牛山と牡丹の事態は一変した。その三日前の移動でも同じようなことがあった牛山は、かなり怒れていた。
「チェッ! またかっ!」
「牛さん、どうすんのっ?」
新曲♪絶壁無情♪がようやくヒットし、人気が少し出たからか、最近、タメ口で話すようになった牡丹が牛山に迫った。
「どうするもこうするも…この前と同じっ! 行くぞっ!」
牛山の脳裏(のうり)には、新幹線自由席で立つ二人の映像があった。
そして、二人は新幹線ホームにいた。
『地震による崖崩れ発生のため、M方面行きの普通列車および新幹線は全面運休させていただきます…』
「ええっ! またかっ!」
「どうすんの、牛さん?」
「温泉ショーとはいえ、キャンセルは出来ん。行くしかねぇだろうが…」
二人はタクシーに引かれて善光寺参り・・ではなく、M温泉へと向かった。
完