水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -26- 機械

2022年04月11日 00時00分00秒 | #小説

 どんどん文明は進み、今や機械なしで生きていくことは難(むずか)しい時代へと突入している。そんな中、この機械文明の流れに敢然(かんぜん)と挑(いど)む虎皮(とらかわ)という一人の男がいた。虎皮には自己流ながらも貫(つらぬ)き通す一つの信念があった。それは、人が機械を作ったのであり、機械が人を動かすような時代は怪(おか)しい! ・・というものだった。虎皮がテレビを点(つ)けると、コンビューターがゲームで人間を破るという世界的な報道が流れていた。ふん! 見たことか…と、虎皮は思いながらテレビを消した。そう考える自分も機械に毒されている…と思えたからだ。電波が流れ、良い情報や嫌な情報が区別なく流される。良い情報や考えさせる情報ならいいが、嫌な情報が耳や目に入ると、世俗の煩悩に感情が毒され、汚(けが)されるのだ。そんなことで、虎皮はテレビの電源を切った訳である。
「最近は、コレ!という発明がなくなったな…。どれもこれも、今までの実用新案のようなものばかりだっ!」
 虎皮は、また怒れた。そんな虎皮はジレンマの真っただ中にいた。機械を全否定する自分がテレビや車を動かしている。クーラーを入れれば快適どころか、むしろ無ければ夏、冬の生活に支障をきたす。実は数年の間、虎皮はこのジレンマに挑戦するかのようにクーラー、冷蔵庫、車etc.すべての機械を止め、使わない生活をしたことがあった。だが、家を一歩出た瞬間から機械文明だった。通勤のため、車のキーを捻(ひね)ったときからそれは始まっていた。輪をかけたように、職場では有無(うむ)を言わさず機械に毒され続けねばならなかった。仕事にならないからだった。空調を私は使わないから切ってくれ! などと課長の前で言える訳がなかった。そんなことから、虎皮のジレンマへの挑戦は三日で潰(つい)えた。ただ一つ、虎皮にも悩んで得たものがあった。それは、機械文明により、人類が確実に思考能力を退化させている…という生物学的事実だった。ここ100年ばかり、これといった発明がなくなったのがその事実だった。そう偉(えら)そうに考えながら、虎皮は電動ミキサーで作ったミルクセーキを美味(うま)そうに飲み干(ほ)した。

                    完


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