水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -24- 化かしあい

2022年04月09日 00時00分00秒 | #小説

 世の中は人同士が駆け引きをして生きている。いわば、試合にも似た両者の化かしあいで、1人の場合もあれば当然、集団になる場合もある。スポーツの場合は選手の技量で決まるから、化かしあいの余地[大相撲の猫だまし、とかは別]はないが、世界全般では、双方の目に見えない、駆け引きにも似た化かしあいで成り立っている・・といっても過言ではない。
「もう帰っていいよ。遅くまでご苦労さん…[さて彼女、どうでるか…]」
 暗闇の課内で残業する課長の浅蜊(あさり)が、もう一人残っている女性係長の法螺(ほら)に小声で言った。会社の消エネ方針で社内照明はすでに消えており、明かりといえば、暗闇の中に電気スタンドの僅(わず)かな光だけである。冬場だけに6時前ながら課内は真っ暗で、浅蜊と法螺の二ヶ所だけがデスク明かりで照らされていた。
「はい…[ここは下手に出て…]」
 浅蜊は妻帯者だったが法螺に絆(ほ)だされていた。絆されていることを悟られまいと、巧妙に浅蜊は法螺を化かしにかかっていた。妻がいるということも負い目で、自分からモーションをかけられない・・という裏事情があった。しかも会社では上司と部下の間柄だ。となれば、相手が自分に絆されるよう仕向ける以外、浅蜊としては手がなかったから、化かそうと考えた訳だ。片や独身OLの法螺は、今年、三十路(みそじ)に入った触れなば落ちん風情(ふぜい)のキャリア・ウーマンだったが、余りの美しさが徒(あだ)となり、婚期を逃してきた経緯があった。最近の法螺は、もっぱら美食派で、金に糸目をつけず食べ歩くことでストレスを発散していた。その法螺は上司の浅蜊を、いいカモだわ…とばかり、色気を前面に出し、化かそうと考えていた。
「どうだね、このあと食事でも…[食事のあと、ムフフ…]」
「ええ、いいですわよ[あの店は高くつくから、いいカモね。フフフ…]」
 両者は目に見えない丁々発止(ちょうちょうはっし)の闘いを繰り返したのである。この結果は、双方とも化かされ、痛み分けとなった。支払いは割り勘[法螺の負け]で、そのままサヨナラ[浅蜊の負け]・・ということである。
 化かしあい・・は世界の津々浦々(つつうらうら)で、大ごと、小ごとを問わず地球規模で行われている。

                    完


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