人により甘(あま)口、辛(から)口の味の好き嫌いは当然ある。
とある老舗の鰻(うなぎ)専門店、鰻政(うなまさ)である。一人の客が店の暖簾(のれん)を潜(くぐ)った。
「あらっ! どうされてたんですっ!? 先生。随分、お見限りでしたが…」
「ははは…ちょっとね。最近は、なにかと忙(いそが)しいもんで…。いつものコースを…」
「へいっ! 他の店へ鞍替(くらが)えされたのかと気にしてたんですよっ! 実は…」
「いやいや、ここの甘口のタレに勝てる店はないでしょ!」
「そう言っていただけると、商売冥利(しょうばいみょうり)に尽(つ)きるんですがねっ! 中には辛口の方もおられるんで…」
「分かりますかっ!?」
「ええ、そりゃもう。食べておられる顔を見りゃ、大凡(おおよそ)は分かりまさぁ!」
「まあ、味にゃ好き嫌いがありますからねぇ~」
「そうそう! そうでございますよっ! 辛口が好きなお方は、ほれっ! 隣町の…」
「ああ、鰻善(うなぜん)ですか?」
「はあ、まあ…。こればっかりはっ! そうは言っても、人には辛口で、甘味が好みって方もおられますしねっ! ははは…」
「そらまあ、そうです…」
客がそう言ったとき、鰻料理の数々が運ばれてきた。
「あっしは仕込みがありますんで、この辺で…。そいじゃ、ごゆっくり!」
「ああ、どうも…」
店主が奥の厨房(ちゅうぼう)へ消えたあと、客は好きな甘口顔で食べ始めた。
甘辛の好き嫌いは、顔に出るのである。^^
完