不思議なことに、赤ん坊は妙なところで愉快な笑いをする。大人にはそのツボといえるようなものが分からない。分からないから、ともかく赤ん坊が笑ったことを繰り返す。ところが、これがいけない。限度を超(こ)すと、赤ん坊は愉快な笑いをやめ、急にむずかって泣き始めるのだ。それも尋常(じんじょう)な泣きではなく、爆泣(ばくな)き・・とでもいえる大声で喚(わめ)き泣くのである。泣かせた者は、まるで大悪人のような存在で、周囲の者から厳(きび)しい視線で睨(にら)まれることになる。
このように、赤ん坊という存在を何が愉快にさせるのか? を捉(とら)えるのは、現代の科学をもってしても非常に難(むずか)しいのだ。
とある夫婦の話である。妻が産院から退院して約半年が経過しようとしていた。夫は妻と赤ん坊を車に乗せ、車のエンジンを始動させた。久しぶりの休みが取れ、今日はブラッと街へ出よう! という話が纏(まと)まったのだ。赤ん坊はスヤスヤと眠っていたが、ふとした車の振動に驚いたのか、薄目(うすめ)を開けた。すると、どういう訳かその微細(びさい)な振動が気に入ったらしく、愉快に笑い出したのである。
「ははは…そこは笑うとこじゃないだろっ!」
夫は赤ん坊が笑ったツボが分らず、ハンドルを動かしながら首を傾(かし)げた。
「いいじゃないっ、笑ってるのよねぇ~~」
妻は抱いている赤ん坊の顔を覗(のぞ)き込みながら、やさしく語りかけるように呟(つぶや)いた。
「そらまあ、そうだ。泣かれりゃ偉(えら)いことだがな…」
「そうよっ! 快適で愉快なんだから、それでいいのよねぇ~~」
妻はふたたび赤ん坊の顔を覗き込む。
「ああ…」
「そういや、あなた、最近、家でちっとも笑わないわねっ!」
妻の奇襲攻撃に、夫は一瞬、たじろいだ。
「んっ? ああ…会社の調子が今一だからな。愉快な気分になれんのさっ! 俺も赤ん坊に戻(もど)りたいよっ!」
「しっかりしてよっ、パパなんだからっ!」
「ああ…」
赤ん坊は愉快な気分で笑い、夫は発破(はっぱ)をかけられ、しょぼい気分になった。
この世の愉快な気分は、すぐに崩(くず)れるのだ。^^
完