水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-54- 名実(めいじつ)ともに

2018年03月30日 00時00分00秒 | #小説

 実力もあり、その名も世に知られている・・こういう状況を、名実ともに・・と人は言う。名だけでは、なんの役にもたたず、微(かす)かに、そうだったのか…と名残(なご)りを留(とど)める程度なのだ。要するに、現実にはまったく意味をなさないのである。例えば、資格は持っているが、どうして取れたのか? と疑うほど、その技量がない・・とかの場合である。資格も何もないただの人が、大病院の医師でも治(なお)せない病気を治せた・・こんな逆の場合だってある。名(めい)はないが、実(じつ)がある・・というケースだ。あんな、へちゃむくれが芸能人? と自分の眼を疑いたくなるようなドブスやイケないメンが活躍しているといったケースもそうで、人の世は、ままならないのである。
 長閑(のどか)な春うらら、ご隠居、二人が公園のベンチに座り、日向(ひなた)ぼっこで語らっている。
「ほらっ! 毛が生(は)えてきましたよ・・アレは本物ですっ! 間違いないっ!」
「ははは…そんな馬鹿なっ! 気のせいでしょ。どれどれ」
「あっ! 確かに…」
「でしょ?! 名実ともにだっ!」
「こりゃ、いい。私もやってみますよっ! まだ、あります?」
「それが、あの名実とも・・いつ現れるか分からないんですよっ!」
 そのご隠居が語るのには、なんでも偶然(ぐうぜん)現れた胡散(うさん)臭(くさ)い薬売りに買わされた・・というものらしい。
「それって、大丈夫なんですか? 薬事法とか、いろいろあるんでしょ?」
「いやぁ~そらそうなんでしょうが、実際に生えてきている訳ですから…」
「名実ともに・・というより、実のみですなぁ~」
「そんなことは、どぅ~でもいいんです、私にゃ。生えさえすればっ!」
「そら、そうですっ! 生えさえすればっ!」
 二人は感(かん)極(きわ)まったのか、泣ける目頭(めがしら)を押さえた。
 分かりよい、名実ともに話(ばなし)である。

                               完


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