水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-33- 不言実行(ふげんじっこう)

2018年03月09日 00時00分00秒 | #小説

 これからやろう! と思ったことを、口に出してペラペラ話したりすると、出来なくなってしまい、ぅぅぅ…と泣けることになる。しよう! と思えば、黙(だま)ってやるのが得策(とくさく)・・ということに他ならない。
 快晴の春五月、小気味(こきみ)よい風が頬(ほほ)を撫(な)でる草原のキャンプ地である。手羽崎(てばさき)は、妻と子供二人を従え、このキャンプ地へ来ていた。他にも何組かの家族が思い思いにテントを張り、アウトドアを楽しんでいる。すでに11時を回り、そろそろ、どの家族も昼食の準備を始めようとしていた。
「ははは…お隣(とな)りは、どうもバーベキューのようだな。うちはカレーにしよう!」
 お隣りの家族が車からバーベキューセットを下ろしたのを見ながら手羽崎は、はっきりと妻に言った。
「カレー? カレーは夕方の予定だったんじゃないっ? お昼はコレッ! でしょ?!」
 妻が持ってきたサンドウイッチが入ったバスケットを持ち上げ、膨(ふく)れ面(づら)で言った。それもそのはずで、手羽崎の妻は朝早くから起き出し、家族四人分のサンドウイッチを精魂(せいこん)込めて作っていたのだ。手羽崎も手羽崎だ。玉ネギ、ニンジンなどの野菜を言う前に剥(む)くか切るかしていれば、「なんだ…もう始めちゃったの? 仕方ないわね。じゃあコレ、お三時にね…」くらいの話にはなったはずなのだ。それが、調理ナイフを取り出したとき口にしたものだから直撃を受け、無残にも撃沈したのである。不言実行していれば、カレーが美味(おい)しく食べられた・・ということに他ならない。まあ、サンドウイッチだからタマネギで泣けることはなかったものの、手羽崎の気分は、ぅぅぅ…と泣けることになってしまった。
 言わぬが花・・とは上手(うま)く例(たと)えたもので、物事はやってから話そう…程度の不言実行(ふげんじっこう)の気持が必要・・ということになる。

                               完


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