水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(13) 解毒<9>

2013年11月09日 00時00分00秒 | #小説

閣僚達は、ただポカ~ンとして聞くだけだった。
「オホン! 総理が言っておられることを要約いたしますと、サラ金地獄に陥った我が国を、なんとかしよう! という決意なのです」
 咳払いを一つすると、工藤は官房長官になりきって上手くその場をとり繕(つくろ)った。篠口も少し言い過ぎたか…と思った矢先だったから、ほっとした。しかし我ながら、よくもまあ、こんな大胆な発言が出来たものだと、篠口は首を捻った。この時点で、篠口と工藤の身に起こった事象の歪(ゆが)みは、少しずつ終息の方向に動き始めていた。そのとき、秘書官の藤堂が血相を変えて閣議室へ入ってきた。藤堂はドアを閉め、篠口に駆けよるや、絶叫した。
「総理、偉いことです! 石橋国連大使が国連事務総長に決定しました!」
 知らない人物だったが、石橋? とは訊(き)けず、篠口は総理として慌てるな! と自分に言い聞かせた。
「そうか…。藤堂君、そりゃ偉いことでもなんでもなかろう。すばらしいホットニュースじゃないか。ねえ、皆さん!」
 篠口は余裕の笑いで閣僚達を見回した。閣僚達から誰彼となく拍手が湧き出し、閣議室に谺(こだま)する。篠口も工藤も、いつのまにか合わせるように拍手していた。篠口は表面上は笑顔で手を叩きながらもその実、ますます訳が分からなくなってきたぞ…と不安感に駆られていた。その心境は工藤もまた同じだった。俺は篠口課長の部下の係長でいいんだ! 誰か元に戻してくれ!! と懇願しながら…。次の瞬間、工藤が見る閣僚達の姿が歪み始めた。工藤は思わず、目頭を手で押さえた。その現象は総理の篠口にも起きていた。須藤も歪んで揺れる閣僚達の姿に、思わず指で目頭を擦(こす)った。そして、二人の意識は次第に遠退いていった。
 気づけば、二人は課長室にいて、互いの席でうつ伏せになりながら眠りこけていた。室内では一人、二人と出勤を始めた社員達が席に着きながら、ざわついていた。
「課長! おはようございます」
 女性事務員の安藤由香が篠口と工藤の肩を揺すった。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする