水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説&シナリオ 「笹百合の峠」

2013年03月09日 00時00分08秒 | #小説


     笹百合の峠               
                                    

「咲と申します」                     
「どこぞで、お会いしたことが…?」
 市之進は、咲と名乗る年若な女に訊ねた。
 既に辺りの人気は失せ、宿を探そうとて、この山越えの峠道では如何(
いかん)ともし難く思えた。そこへ、この咲である。夕陽に浮かぶ咲の姿の、なんと白く手弱かなことか。そうでなければ市之進は、悪霊か何ぞに、とり憑かれた…と、逃げだしたに違いない。ただ、咲という女が、どうも市之進には想い出せないのだ。
「もう、お忘れになって、ございますか?」
 古めかしい云い回しをする女だ…と、妙に思ったが、想い出せない以上は仕方がない。
「お咲さん…、とか申されましたね? 私も旅の途中、どこぞでお逢いしたのならば、これも何かのご縁と申すものでございましょう」
 とだけ返した。その後、暫(しばら)くは、鬱蒼(うっそう)と樹々が茂る山道を連れ添って歩いた。市之進の算段では小諸宿へ疾(と)うに着いている筈であったが、峠越えををするどころか益々、足元は険しさを増していく。そうこうしている内に、日はとっぷりと暮れ果てた。仕方なく、市之進は焚き火を頼りに野宿をすることにした。
 咲は少しも話そうとはしない。市之進も、余りの咲の美しさに意識が先立ち、話せない。夜は深々と更けてゆく。幸い季節は初夏の匂いの漂い始める候で、寒くはなかった。市之進は疲れもあってか、いつしか微睡(まどろ)んでいた。
 ふと、現れた世界は幻なのであろうか…。市之進には分からない。だがその情景は、確かに見憶えのある辿った遠い過去であった。━━子供が数人いる。その中に自分の姿もある。子供の一人が棒切れで白い笹百合の花を斬ろうとした。それを自分と思しき子供が必死に両手を広げ、止めている…━━
 小鳥達の囀りに、ふと目覚めれば、辺りはもう早暁であった。瞼を開け、冷えた半身を起こした市之進は驚かされた。消えた焚き火の跡は確かにあった。が、咲はいない。何者かに連れ去られたか…と、全身を奮い起こして立つと、咲がいた場所には一輪の白い笹百合が咲いていた。その花は、市之進の夢に現れた花に違いなかった。幼い頃の…あの時の…。その花の株下に置かれた一枚の守り札…。その木札を手にしたとき、市之進の脳裡に、何故か懐かしい想いが駆け巡るのであった。
 その後、市之進はその守り札を片時も手離さず、破格の出世をしたそうである。
                                       完
--------------------------------------------------------
  ≪創作シナリオ≫

     笹百合の峠 
                                                             
    登場人物
  市之進・・・年若な武士
  咲   ・・・笹百合の化身

○ とある山の細道(中腹) 夕暮れ前
   山中。鬱蒼と茂る山林。山の細道を辿る年若な武士。夕暮れの木漏れ日。小鳥の囀り。前方の山道から近づく咲。擦れ違いざま立ち
   止まり、市之進を見上げる咲。
  咲  「あのう…市之進様? わたくし、咲と申します」
   訝しげに立ち止まり、振り返る市之進。じっと咲を見つめる市之進。
  市之進「はあ…。どこぞで、お会いしたことが…?」
  咲  「もう、お忘れになって、ございますか?」
   訝しげに咲を見つめる市之進。想い出せない市之進。
  市之進「お咲さん…、とか申されましたね? 私も旅の途中。どこぞでお逢いしたのならば、これも何
       
かのご縁と申すものでございましょう」
  咲  「有難う存じます…(軽く会釈して)」
   連れ添い、歩き出す二人。語らう二人。遠退く二人の姿。鬱蒼と茂る山林。

○ メインタイトル
   「笹百合の峠」

○    同   夕暮れ
   鬱蒼と茂る山林。険しくなる足元。辺りを見回す市之進。不気味な梟の鳴き声。
  市之進「…妙です。もう峠越えして、小諸宿が見える筈なのですが…(少し息切れしながら)」
   険しくなる一方の山道。息切れしながらも進む二人。日没。
  市之進「これ以上は無理なようです…。仕方ありません、野宿すると致しましょう。夜道は危険ですか
        ら…」
  咲   「はい…」

○ とある山中の平地 夜
   漆黒の闇。焚き火を囲む二人の遠景。楽しく語らう二人。
  市之進「少し…疲れたようです…」
   次第に眠気が市之進を襲う。微睡(まどろ)む市之進。焚き火。

○ ≪夢の中≫
   山中で遊ぶ子供達。咲く白い笹百合。棒きれで笹百合を叩き斬ろうとする子供。それを必死に両手で止める幼少期の市之進と思し
   き子供。

○ とある山中の平地 早暁
   消えた焚き火。朝靄が漂う山中の平地。目覚めて半身を起こす市之進。寒さに身を竦める市之進。咲がいないことに気づき、辺りを
   見回す市之進。全身を奮い起こして立つ市之進。

○    同   早暁     
   花に気づく市之進。
   咲のいた場所に咲く一輪の白い笹百合。
   O.L

○ ≪幼少期の追憶≫ 回想
   白い笹百合。微笑んで笹百合を見る幼少期の市之進と思しき子供。

○ とある山中の平地 早暁
   O.L
    咲のいた場所に咲く一輪の白い笹百合。

○    同    早暁 
   花の株下に置かれた一枚の守り札。木札を手に取る市之進。懐かしい想いに浸る市之進の近景。
   市之進の遠景。

○  エンド・ロール
   朝靄に煙り、欝蒼と茂る山林。木札を懐に入れ、歩み始める市之進。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O
   T 「完」


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シナリオ 「見つめていたい」より

2013年03月09日 00時00分07秒 | #小説

≪創作シナリオ≫

    「見つめていたい」より   <推敲版>


○ 車の中(運転席)・夕方[現在]
 車を走らせる男。
男M「知り合いの結婚式に出席した妻を迎えに、近くの駅まで車を走らせた」
 前方に駅のロータリー。改札口が視界に入る。車を停車させる男。降り出した雨。ワイパーを始動し、ぼんやり改札口を見つめる男。
 窓ガラスから見た駅の風景。
 O.L

○    同      夕方[11年前]・回想
 O.L
 窓ガラスから見た駅の風景。T 「11年前」
 降る雨。空虚に動くワイパ-。ぼんやり改札口を見つめる男。
男M「そういえばボクが二十二歳のときだ。今日と同じように、ひとりの女性を待ちわびた時間がある。あの日も雨で、こうして車の中から改
   札口を眺めていた(※へ続けて読む)」
 列車が駅に入る。ホームに降り立つ乗客。車窓から女を注視して探す男。
男M「(※)あの時は大好きな彼女に、ボクの誕生日を一緒に祝って欲しいと誘ったのだ。彼女は、ちょっと迷った素振りだったが結局OKを
 もらい、その日は朝からウキウキ三昧で、雨も街灯に照らされて銀色に輝いていた」
 改札口から散らばるように降り立つ多くの客。次第に疎らとなる客。
男「……いない…(寂しく)」
 意識を集中させ、女を探す男。


○    同      夕方[11年前]・回想
 車の中で、じっと、改札口を見つめる男。
男M「結局、降り立った乗客の中に、彼女の姿はなかった」

○ 到着する列車、改札口を出る客。到着する列車。改札口を客……
男M「それから十五分おきに列車は到着したが、どの列車からも彼女が降りることはなかった」

○    同      夕方[11年前]・回想
 車のシートを倒し、暗い車中でポカンと口を開けている男。
 空虚なワイパーの音。フロントガラスを濡らす雨。
 O.L

○ 車の中(運転席)・夕方[現在]
 O.L
 空虚なワイパーの音。フロントガラスを濡らす雨。
男M「雨足は強くなり、なんの望みもなく時間が流れた」
     *          *          *          *          *           *          *
 傘をさし、突然、足早やに車へ近づく女(バタバタと)。ドアを開ける11年後の老けた女(妻)。
妻「ゴメン、遅くなっちゃった…(息を切らして)」
男「いいんだ、メグちゃん! 予約したレストランも、まだ間に合うから…(昔に想いを馳せ)」
 唐突に、シートから身を起こす男。
男M「ボクは、弾んだ声で身を起こした」
 助手席を見る男。結婚式の引き出物を持ち、訝しげな表情で助手席に座っている妻。運転する男の顔。
男M『十一年か。フフフ…、メグちゃんも玉手箱、開けたなっ(ハンドルを握りつつ、ニヤッと笑い)』
 小さく咳払いをする妻。カーラジオを入れ、とぼけ顔で車を発進する男。流れる曲 S.E(男にとって懐かしい曲)。音楽を聴きながら運転し、
 過去へ想いを馳せる男。男を横目に見て、訝しげな表情の妻。微笑を浮かべ、家路を急ぐ男。流れる外景。止んだ雨。雲間から車窓に射
 し込む一条のオレンジ光。

○ エンド・ロール
 雨上がりの空。雲間より漏れる一条のオレンジ光。走る車の遠景。
 テーマ音楽
 キャスト、スタッフなど
 
      ※ 坂本博氏 「徒然雑記」内記事より脚色


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シナリオ 「ターゲット」 

2013年03月09日 00時00分06秒 | #小説

≪創作シナリオ≫

     ターゲットより            

○  車の中(真夜中)
  高速道路を走る一台の車。運転する女。車線の左右に流れる銀光の照明灯。照明灯に照らされ銀光に浮かぶアスファルトの道。固定
  して流れ続ける道。カーラジオから流れる音楽。車窓から入る照明灯に照らされ浮かぶ女の顔。助手席をチラッと見る女。
 女「もう少し待っててね。そしたら、あなたの出番よ…(カメラに言い聞かせるように)」
  助手席に置かれたデジタルカメラが銀光に浮かぶ。黙
って運転する女。前方にインターチェンジの案内板。ウィンカーを出し、左へ車線
  変更をする女。

○  車の外(真夜中)・外景
  車線変更する車。
  *       *       *       *       *       *       *       *       *       *      
  減速し、走行する車。
  O.L

○  車の外(真夜中)・外景
  O.L
  減速し、走行する車。
  *       *       *       *       *       *       *       *       *       *     
  一般道を走る車。

○  車の中(真夜中)
  山並みを走る車。木々がヘッドライトの光でアンバーイエローに浮かび、流れていく。自動ウインドウを開ける女。微かな風に目を細め
  る女。窓から入る穏やかな潮騒の音。さらに、車を走らせる女。

○  車の外(早暁)・外景
  山並みを抜け、海岸沿いの小道に出て走る車。

○  車の中(夜明け前)
 女「着いたわよ…(カメラに言い聞かせるように)」
  車を停める女。サイドブレーキを引き、エンジンを切る女。助手席のデジタルカメラを手にする女。

○  車の外(夜明け前)・外景
  車を降り、小道から一歩一歩とゆったり歩を進める女。海が一望できるところを目指す女。その場所に至り、佇む女。
  薄暗い水平線を、ただじっと眺める女。
  O.L

○  車の外(夜明け)・外景
  O.L
  日の出前の水平線を、ただじっと眺める女。
  カメラを構える女。静かにオレンジ色の円を描いて姿を見せる太陽。陽光を浴びながらシャッターを切り続ける女。

○  エンド・ロール
  次第に昇り往くオレンジ色の太陽。その真ん中に黒影に映える女の姿。シャッターを切り続ける女。
  テーマ音楽
  キャスト、スタッフなど

         ※ 坂本博氏 「徒然雑記」内記事より脚色


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短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[5]

2013年03月09日 00時00分05秒 | #小説

  微かにクリスマスソングが聞こえる

[5]

 井郷千一郎は田所進の斜め向かいの病室ベッドで酸素マスクを装着し、眠っていた。井郷に身寄りはなかった。幸い病状は回復の兆しを見せ、医師は「峠は越しました…」と女性介護士の新谷へ静かに告げた。井郷はウトウトと浅い眠りの中で夢を見ていた。そんな井郷の夢の中で、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。妻・・子・・家族が笑ってキャンドルが灯るケーキを囲んでいた。その中に若い井郷もいた。事故は一瞬だった。車はガードレールにぶつかり、転倒。生き残ったのは井郷一人だった。
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
「大丈夫でしょうか、先生?」
「ははは…峠は越したと言ったじゃないですか。朝には意識が戻りますよ」
 医師は新谷へ静かに告げた。井郷の意識はすでに戻っていた。井郷は夢を見ていた。
「ありがとうございました」
 医師は軽く頭を下げると出ていった。
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
 翌朝、井郷は射し込む陽の光で目覚めた。
「気がつかれましたか。もう大丈夫ですよ」
 傍らには看護師と新谷がいた。看護師は静かに酸素マスクを外した。
「私、…眠ってたんですか?」
「えっ? はい、まあ…。昏睡状態で来られたんですが…」
「そうでしたか…」
 それ以上、井郷は返せなかった。夢を忘れたくなかった。亡くした家族に会えた素晴らしい夢だった。天からの無形の贈り物に思えた。
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
 その一年後、井郷は病院近くの街並みを歩いていた。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。聞き覚えがある曲だった。
「…あの曲だ」
 夢で聞いた曲だった。井郷は一年前の夢を想い出していた。瞼を閉じれば、家族がいた。少し、幸せな気分がした。
 
                         THE END


  ※ 五話完結のオムニバス短編小説でした。


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短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[4]

2013年03月09日 00時00分04秒 | #小説

  微かにクリスマスソングが聞こえる

[4]

 三塚浩次は工事現場にいた。
「おい、終わりだっ!」
 現場監督が浩次の後方から声をかけた。浩次は手に持つ重機のドリルを置いた。ヘルメットを脱ぐと、ザラッとした砂塵の感触がした。浩次は解放されたように首をぐるりと回した。それまでの凛と張りつめた緊張感は失せ、疲れだけが残った。汚れた耳に、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。俺の人生はこんなものか・・と、心の底の声がした。二年前、勤めていた会社が倒産し、それ以降、浩次の生活は乱れた。再就職も思うに任せず、頓挫した。同程度の会社を望んだが、不況にそう世間は甘くなかった。気づけば、小さな建設会社の工事現場にいた。
 浩次は作業服を脱ぐとシャワーし、現場を離れた。空腹に気づき、ラーメンでも食うか・・と思った。
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
 谷村美里は派遣社員の事務を終え、上司の課長に軽く礼をするとロッカールームへと消えた。身体は軽かったが、心には鬱屈した疲労感が潜んでいた。正社員の先輩に日々、嫌味を言われ、かなり参っていた。だが、学生時代の部活で鍛えられた泣き言を言わない精神がそのプレッシャーをはね退けた。かつて美里は陸上部で長距離選手だった。
 社外へ出ると辺りはもう、薄暗かった。美里は両手を広げてアァ~! と叫んだ。憂さを晴らす心の叫びともいえた。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。イブだが、何の予定もなかった。美里は何か食べて帰ろうかな…と、街路を歩きだしていた。
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
 スクランブル交差点で二人は接近した。サンタの衣装に身を窶した中年男がサービス券を配っていた。男は二人の行く手をクロスするように遮った。
「そこのお二人、はい、どうぞ…」
「…」
「どうも…」
 浩次と美里は言われるまま、その券を受け取った。サンタの派手やかな衣装が二人を従順にさせた。
「今日、開店の特別ご招待! お二人でどうぞ!」
「はは…俺達、赤の他人ですよ」
「ええ」
「まあ、いいじゃないですか、イブなんだし…」
 二人は少し、はにかんで歩きだした。
「ははは…ああ、言われちゃ。・・どうです?」
「いいですよ」
 二人は連れ立って券に書かれた店の方向へ歩き出した。
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
 一年後、浩次は二流ながらも失業前の同業種の会社へ再就職した。そして、イブの夜、美里と教会で結婚した。遠くから、微かにクリスマスソングが聞こえた。
 
                               THE END


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短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[3]

2013年03月09日 00時00分03秒 | #小説

  微かにクリスマスソングが聞こえる

[3]

 田所進は病室のベッドで眠っていた。ここ数日、午後の時間帯は睡魔に襲われることが多かった。消灯後、看護師達に怒られながら読み続けた本のせいに違いなかった。ふと目覚めると、窓際の病床から街灯りがチラホラ見えた。外はもう夕闇が迫っていた。どこからか、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。
「検温ですよっ!」
 ニコッと微笑んで看護師の竹井和美が入ってきた。進は少し緊張し、窓に向けていた視線を戻した。和美は進に体温計を渡した。
「今日はイブよ。残念だわね、足折らなきゃね」
 快活に話す和美に進は返せず、体温計を受け取って苦笑せざる得なかった。その通りなのだから仕方なかった。二人は黙り込んだまま、階下に広がる街の夜景を眺めた。
「今日は、どうするの?」
 しばらくし、進が唐突に訊ねた。
「どうするのって、どうもしないわよ。少し飲み食いする程度かしら」
「なんだ、そうか」
「あら、偉い言われようじゃない」
「いやあ、そんなつもりはないよ。デイトとかさ、相手いるのかって思ってさ」
「そんなの、いる訳ないじゃないの、私に」
「ははは…、俺にもまだ脈があるってことか」
「脈はあるわよ、そりゃ。脈がなけりゃ、ご臨終」
「上手いこと言うな」
 進は笑いながら、体温計を脇から取り、返した。和美も笑った。そのとき、指と指が触れた。二人は素で見つめ合った。
 その一年後のイブの夜、二人は教会で結婚した。遠くから、微かにクリスマスソングが聞こえた。

                               THE END


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短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[2]

2013年03月09日 00時00分02秒 | #小説

  微かにクリスマスソングが聞こえる

 [2]

 二浪の尾山博は家賃が三万八千円の安アパートでカップ麺を啜っていた。予備校の学費は、半ば本業として働くメンテナンス会社のパートの稼ぎだった。カップ麺を啜り終えたとき、外はもうすっかり暗くなっていた。片隅に置かれた目覚ましを見ると、すでに六時半ばを回っている。今年もこの程度のクリスマスだな…と博は思った。卑屈な気持ではなく、錆びついた諦めの感情だった。窓ガラスに街灯りのイルミネーションが反射し、色彩を変化させた。遠くから、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。いくらなんでも、こんなクリスマスはない…と博は自分が惨めになった。そして気づけば、アパートを飛び出していた。
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
  進藤碧は予備校へ通っていた。この季節、志望校の選択を余儀なくされ、去年落ちた大学は避け、別の学部を受けよう・・と思っていた。学費は半分方は親からの仕送りで、残りはアルバイトで補っていた。今度落ちれば就職しようと碧は決心していた。特別授業のチャイムが鳴り、教師が教室を去った。学生は疎らに椅子を立つと教室を出ていく。碧もその一人で、疲れた肩を片手で揉みながら予備校の門を出た。腕を見れば六時半ばを回っていた。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。このまま一人のクリスマスか…と碧は淋しく思った。
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - - - - - - - - - - -
 風が冷たく戦いで風花がフワリと舞った。博は街路を歩いていた。碧も同じ街路を歩いていた。店頭に飾られたイルミネーションが美しく瞬いている。博は思わず立ち止り、その瞬きを見つめた。しばらくすると反対方向から碧が歩いてきた。LED電球の美しい瞬きに碧も何げなく立ち止った。二人は横並びで見上げていた。しばらく時が流れた。
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
「待ち合わせですか?」
 横にいる碧に気づいた博が、声をかけた。
「いえ…」
 碧は小さく言った。風花がふたたび舞い、博はコートの襟を立てた。
「冷えてきましたね。よかったら、茶店で温まりませんか?」
「はい…」
 イルミネーションが碧をロマンチックな気分にしていた。断る理由がなかった。
「学生さん?」
「ええ、あそこの予備校に通ってます」
「なんだ、そうか…。僕もです。あっ、あの店が、いいや」
 博が指さす先には、暗闇に浮かぶ猪豚と書かれた灯りが輝いていた。碧が思わず笑った。博は訝しげに横を歩く碧を見た。
「フフフ…面白い名」
「んっ? …ははは、イノブタか。こりゃ、いいや」
 爆笑の渦となった。ドアベルがチリ~ン! と鳴り、二人が店へ入ると、店内はパーティ会場のように賑やかだった。だがそれは、店内を流れるBGMで、店に客は誰もいなかった。
「あの! …誰か、いませんか!?」
 しばらくすると、豊満な体躯のオネエ風の男がトレーに水コップを二つ乗せて現れた。
「あらっ! カップルね? 何にしましょう?」
 男は女言葉で話した。顎の剃り残した毛が目立った。博は思わず笑っていた。
「どうかされました~?」
「えっ? いや…。僕はミルクティ。君は?」
「同じでいいです…」
 剃り残しオネエは品を作って笑うと、歩き辛そうに楚々と去った。姿が消えると、二人は大笑いした。
 その後、このことがきっかけで、二人は付き合うようになった。そして数年後、二人は就職し、出会ったイブの日に結婚した。どういう訳か、喫茶・猪豚の剃り残しオネエの姿もあった。遠くから、微かにクリスマスソングが聞こえた。

                               THE END

 ※ [2]は、少し推敲して面白くしました。ご了承ください。^^


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不条理のアクシデント 第二話 空蝉[うつせみ](2)

2013年03月09日 00時00分01秒 | #小説

      不条理のアクシデント       水本爽涼

    第二話 空蝉[うつせみ](2)        

 で、別段、犬を連れて散歩している訳ではありませんが、割合と早足でいつものコースを歩み続けたのでございます。そして昨日の場所に至ったのでありますが、なんと奇怪(きっかい)なことに、あの蝉は脱皮を終えた状態で神々(こうごう)しく未だ幹に留まっているではありませんか。
 私は己が目を疑いましたが、やはり昨日と同様の白光を放って眩(まばゆ)かったのでございます。恐る恐る近づいてみますと、確かに現実に一匹の蝉が存在しております。なにげなく捕えようと致しますと、これも不思議な現象なのでございますが、パッと飛ぶと思いきや、スゥーっと消えたのでございます。そして暫(しばら)く致しますと、私の数メートル先に、ふたたび眩い光となって現れたとお思い下さいませ。
 私は、怪しげな悪霊にでも誑(たぶら)かされたのでは…と、思ったのでございます。火の玉と人は申しますが、この場合はそんなヤワじゃあございませんで、もっと峻烈(しゅんれつ)な光を放ちつつ、そうですなあ、なんと申しますか…、恰(あたか)も大空にある太陽の輝きが森の中を、さ迷い飛ぶといった感じでして、勿論、太陽の光ほどは眩(まばゆ)くなかった訳でございますが、梢には蝉の抜け殻が、それもまた白い光を放って輝いておった、というようなことでございました。
 私は、やおら、その蝉の抜け殻を採取いたしますと、一目散に家へ戻ったのでございます。                                                        家に着きましても、この話を妻にする気力も失せておりまして、疲れからか、朝にもかかわらず寝入ってしまったのでございます。
 暫(しばら)眠って起きますと、私はその蝉の抜け殻を、大事そうに自分の机の隅へ収納したのでございます。妻に見せれば得心して貰えるじゃないか…と、お思いの方もいらっしゃるとは存じますが、その時の私は、なにか見えざる力に影響されていたと申しますか、或いは大事な宝物を隠す幼子の心境でありましたものか…、孰(いず)れに致しましても、極秘裏に保存した訳でございます。
 それからというもの、数日に一度、それを取り出して眺めるのが、私の至福のひと時となりました。その空蝉(うつせみ)の白光は、衰えることなく輝き続けたのでございます。
 それからの我が家には、幸運としか云いようのない慶事が重なったのでございますが、最初のうちは、そういうこともあるのだろうと思っておった私でございますが、度(たび)重なりますと、流石に白光を放つ蝉の抜け殻の所為(せい)ではないかと思うようになったのでございます。
 大学の教授に推挙されたのも、この頃でございました。私としては、やはりこの栄誉ともいうべき自体に、内心、有頂天になったことを記憶しております。
                             続


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短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[1]

2013年03月09日 00時00分01秒 | #小説

   微かにクリスマスソングが聞こえる

[1]

 忘れ去られた公園に朽ちかけたベンチがあった。瀬山里沙は、その冷え切ったベンチへ腰を下ろした。凍てつくほどではなかったが、外気の冷えは手先を悴(かじか)ませた。どこからか、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。里沙は、ダッフルコートのポケットへ両手を忍ばせ、見回すようにその聞こえる方角をさぐった。ああ・・こっちだわ。そう思えた方角から初老の男、戸崎英一が近づいてきた。射す外灯の斜光が男の輪郭を鮮明に映し出した。身の危険。里沙が一瞬、躊躇して立ち去ろうとしたそのとき、戸崎が声をかけベンチへ座った。
「誰か…お待ちですか?」
「いえ…」
 腰を上げかけたが、里沙はそのやさしげな声に座っていた。
「いやあ~、冷え込んできましたね」
「ああ、はい…」
 ベンチの両隅に戸崎と里沙はいた。
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 一時間ほど前、事務所の里沙の携帯が鳴った。
「俺さ、ちょっと今日は行けなくなった。…ごめんな」
「そうなの? …仕方ないわね。じゃあ…」
 言葉は快活に返したつもりが、里沙の顔は笑っていなかった。不満が鬱積していた。秀人と里沙は二年ほど前に、とある街角で出会った。それからの付き合いだったが、数カ月前、その出会いは秀人の仕掛けだと分かった。ほろ酔いの秀人自身が、気の緩みから暴露したのだ。それから二人の仲は、ぎくしゃくした。そして・・クリスマスの夜がきた。
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 一時間ほど前、街路を歩く戸崎の携帯が鳴った。戸崎は配送会社で最後の伝票を書き終え、帰途の途中だった。今夜は久しぶりに別れた妻の美咲と食事をする約束をしていた。上手くすれば元の鞘に・・と、戸崎は将来に僅かな望みを持っていた。だが、離婚後の美咲は堕落し、水商売にドップリと浸かっていた。
「ごめん、行けなくなったわ。お客がシツコイのよ、ごめんね~。また、この次ねっ」
 美咲のほろ酔い加減の声がした。
「もういい!」
 戸崎は怒りの返事で携帯を切った。美咲に腹が立ったというより、望みを抱いた愚かな自分が無性に腹立たしかった。戸崎と美咲は社内結婚をし、一時は人も羨む幸せな結婚生活を送った。それが数ヶ月前、ひょんなことで美咲に男が出来た。それから二人の仲は、ぎくしゃくした。そして・・クリスマスの夜がきた。
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「よかったら、お茶でも飲みませんか? 私も一人なもんで…」
 戸崎は遠慮気味に里沙へ声をかけていた。
「えっ!? ああ、いいですよ」
 鬱積した里沙の気持がOKを出した。二人は静かにベンチを立つと街明かりの方角へと歩き出した。
 しばらく二人が歩いていると、前方にモンブランと書かれたネオンが瞬いていた。そのとき里沙は何を思ったのか、フフフ…と笑った。戸崎は訝しげに里沙の顔を見た。
「ごめんなさい。私、モンブランが好物なんです」
「モンブラン…ああ、スイーツですか」
「ええ。偶然ってあるんですね」
「ははは…。ですね。この通りは初めてでしたか」
「そうなんです…」
 二人は、いつの間にかすっかりうち解けていた。賑やかな人の群れがクリスマスを楽しんでいた。酔っ払いや二人連れ、それに家族連れの姿もあった。二人はモンブランの入口を潜った。偶然なのだろうが、他に客は、いなかった。
「何にしましょう?」
 店内に女気はなく、髭モジャの店主兼店員が一名いるだけだった。髭モジャは水コップを二つ置くと低い声で訊ねた。
「ああ・・僕はアメリカン。君は?」
「カフェオレを…」
 髭モジャは頷くとニタリと意味深に笑い、去った。
「なんか勘違いしているようですね」
 戸崎は髭モジャが誤解して、二人のよからぬ関係を思ったんじゃ…と思った。
「ですよね…」
「今日、本当は飲みたい気分なんです」
「えっ? 私も…」
「そうなんですか、ははは…。実はツレにヒジテツくらいましてね。ほんとなら今頃、楽しんでるんでしょうがね」
「私もヒジテツなんです。待ち合わせてたんですが…。もう別れるから、いいんです」
 里沙はふっ切ったように言い切った。
「ははっ、同じだ」
「お待たせ…」
 髭モジャが割って入るようにやってきて、アメリカンとカフェオレを置いた。
「ごゆっくり…」
 髭モジャはレシートを置くと、また意味深に笑って去った。戸崎は軽く咳払いをすると、話を続けた。
「いや~、偶然ってあるんですね。それに、こう重なると少し怖いですよね」
「はい…」
 里沙は戸崎に運命的なものを感じていた。戸崎もまたそうだった。
「よかったら、またお会いできませんか」
 里沙には断る理由がなかった。
 その一年後・・クリスマスの夜、二人は教会で結婚した。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。

                               THE END


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連載小説 代役アンドロイド 第134回

2013年03月09日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第134
回)
スピードについては、左右前後感知センサーの働きによって速度変化した。もちろん、自動変速である。マスコミに公表され、広く一般社会に知られれば、道路交通法によって自転車並みの規制がかかることは必定だった。ことによれば、新たな規制条項が追加される可能性もある・・とは、山盛教授と知己の法学部教授の見解なのだ。
 そのとき、沙耶が何を思ったのか突然、駈け出した。アンドロイドだから猛スピードが瞬時に出た。それまで保の動向を見つめていた研究所連中の視線が一斉に沙耶へ注がれた。その加速度に、全員、唖然としている。もちろん沙耶は、ヒールではないが普通の短靴である。SF映画の特撮シーンを彷彿とさせる場面が、まさに現実として進行していた。沙耶は保と並走して横に位置した。すなわち、保が装着して履(は)いている自動補足機と同じ速さで走っているのだった。
「お、お前! おかしいだろ! 止まれ、止まれよ! …止まりなさい!」
 保は思わず上擦(うわず)った声で叫んでいた。
『だって、走りたかっただけだもん。おかしくないでしょ?』
「いや、おかしい! 皆が見てるだろ! 人は、こうは走れん!」
『あっ! そうだった、ごめん!』
 その声に、ふと何か思い当ったのか、沙耶は急に速度を落とした。保との距離は、みるみる間に広がった。保は、とにかく安心し、溜息を洩らしながら沙耶の方へUターンした。
「俺がなんとか説明するから、お前は黙ってろよっ!」
『うん!』
 自分の衝動から出た勇み足だけに、沙耶としても素直に頷(うなず)くしかなかった。保と沙耶は歩行速度でゆったりと、教授達の方へ近づいた。
「す、凄いなっ、君!」
 まず驚きの高い声を出したのはアフロ頭の後藤だった。沙耶の視線はアフロの髪から飛び散る微細なフケの乱舞を捉えていた。

 


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