水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

不条理のアクシデント 第一話 雷(2)

2013年03月06日 00時00分01秒 | #小説

      不条理のアクシデント       水本爽涼

    第一話 雷(2)        

「… … …」
 無言で頭に手を伸ばすと、確かに頭の髪の毛が一部、逆立っていたのです。
 その後、仕事の書類に目を通しましたが、今までに見たこともなく、それより書類の日付に驚かされました。車を運転して帰宅したあの日の二十年後でした。しかも私は、よく見ると部長席に座っていたのです。
 ホオズキ市は七月の九日から十日で、私は20年後の夏に存在していたのです。
 私の目に入るものは、全てではないにしろ真新しい物ばかりでした。ひとつひとつ、アレはなんだ! コレはどうしてだ! と、訊くこともできず、私は探偵にでもなった気分で辺りの様子を窺(うかが)っていました。
 その一つに、二十年前には未だ販売されていない電送装置がありました。所用で来る都民サービス用の装置で、待ち時間などに希望者がボタンを押すと、即座に欲しいものが取り寄せられ、購入できる装置でした。それが、食事、雑貨、雑誌などの書籍に分類して、それぞれ設置されており、至極当然のように都民が利用していたのです。
 これには驚かされましたが、他人の目を盗んで、チラリチラリと上目遣いで観察しました。そして時間も経ち、トイレへ行きますと、それは単に驚きというものではなく、はっきり云いますと、驚愕するといった感じに変化し、私は今にも卒倒しそうになったのです。と、いいますのは、鏡に映る自分の姿でした。あの雷に遭遇する前の自分の姿は消え、鏡に映った姿は紛れもなく自分ではありましたが、その反面、自分ではなかったのです。老いが迫った白髪の紳士が、そこに立っていたのでした。
 目の前の仕事を取り繕うように、私は戸惑いながらも何とかその日を済ませました。
 勤務を無事終え帰路を急ぎましたが、初めて上京した若者のように、訊きつつ確かめながら自宅へ向かったのです。僅(わず)か10分余りで最終駅に着いた交通の便の変化にも驚かされました。
 雷に出会ったその日と同じように駅へ着き、月極(つきぎめ)の駐車場へ近づきますと、そこには確かに自分の車がありました。しかし、駐車場は荒んでおり、それよりもなにも、驚いたのは埃(ほこり)まみれの私の自動車があったことです。それでもエンジンは、バッテリーも上がっておらず、すぐに始動したのが不思議でした。ただ、周囲の超近代的な車に比べ、明らかに時代遅れの感は拭えませんでした。私は車を走らせました。
 空は、あの時のように昼間の太陽のギラツキは消え失せ、俄かに全天灰色に包まれ、それでいて雨は降りません。時折り、空は白く閃き、小さく鈍い遠くの雷鳴とともに、稲妻が鋭いラインで鮮明に流れていたのです。これは、あの時と全く同じでした。
 助手席には、あの日に買ったホオズキの鉢がありましたが、土塊のみが存在するだけで、僅(わずか)に枯れた茎の名残りを留めるだけでした。
 私は、今となっては20年後になってしまった家路を急ぎました。
                                                         

 


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連載小説 代役アンドロイド 第131回

2013年03月06日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第131
回)
 沙耶は間違ったことを言ってないから、保はまた返せなかった。それを見ていた山盛教授が二人の間に割って入った。
「この前のお嬢さんですか。確か…岸田君の…」
『はい、従兄妹(いとこ)です』
「ええ、でしたよね」
『間違いなく…』
 沙耶が念を押した。正確さを強調したのだが、逆に不信感を抱かせる言葉だ。保は、沙耶の服を軽く押した。言葉では言えないからだが、内心では、いらないことを言うな! 逆に、おかしく思われるだろうが…的な思いが沙耶を手で押した意味だった。
『はい、従兄妹です』
 言い直さなくてもいいんだよ…と、保は、お前なっ! 的に沙耶を見た。幸い、教授は、おかしく思っていないようで、保は少し安心した。
「で、今日も、ご見学ですか?」
『はい!』
「なかなか勉強家でいらっしゃる。しかし、ひとつだけ、ここでのことは外部に漏らさないで下さいよ、未発表なんですから。岸田君から、そのことはお聞きとは思いますがね。ははは…」
 山盛教授が笑い、保はホッとひと安心した。


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