水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション (第百七回)

2011年08月24日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第百七回

 結局、佃(つくだ)教授をまた訪ねることになったな…と、上山は妙な因縁を感じた。佃教授の研究所へは過去、二度は訪ねている。今回、訪ねるとなると三度目だ。しかし、幽霊平林に止まれないという異常現象が現われたことは佃教授に報告しないと…とは思えた。それは、霊動物質であるゴーステンが介在していると考えられるからだった。佃教授も研究上、当然ながらそうした稀有(けう)な事象の発生は貴重な研究材料となるはずなのだ。上山にしろ、自分の異常を解明する手掛かりになる期待があった。上山は前回と同様に佃教授のところへ電話して了解を取り、同じパターンで研究所へ行くつもりだった。しかし、物事は上山の発想とは予期せぬ方向へ動き始めていた。その時点では上山も幽霊平林も、そして当の本人である佃教授も、まだそら恐ろしい事実には気づいていなかった。この段階まですべての研究は順調に推移していたから、敢(あ)えて上山が危惧(きぐ)する内容もなく、佃教授や三人の助手達も予想だにしていなかったのである。上山が佃教授の研究所へ電話をかけた時、すでにその予兆は始まっていた。いや、正確に云えば、幽霊平林がいつものように静止して空中に留まれなくなった状態から、その予兆は始まっていたと云うべきなのかも知れない。
「えっ? 今日は研究所におられないんですか?」
「はい…。俄(にわ)かのことでして、ご自宅の奥様からお電話が入ったんですよ。我々助手も、今まで教授が来られない日がなかったもんで、どうすればよいか迷っておるところで…」
 上山が研究所の佃教授へ電話をかけた時、応対に出た助手は、佃教授が俄かの病(やまい)で寝込んでいるのだと語った。
「そうでしたか…。いや、先生のご都合をお訊(き)きして、またお邪魔しようと思っておりましたもので…」
「あのう…、お急ぎの用向きでしょうか?」
「いえ、そういう逼迫(ひっぱく)したことじゃないんですが…」
 切り返され、上山は返答が鈍(にぶ)った。


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