幽霊パッション 水本爽涼
第八十四回
「ただ、それだけのことって、大きなことじゃないか!」
『ええ、それはまあ…』
「それはまあ…なんて、悠長な。いったい、どういうことなんだ、平林君」
『おや、久しぶりに僕の名が出ましたね』
「そんなこたぁ、どうでもいいんだよ!! 気を持たせる奴だ」
『すみません。本当のところを云いましょう。課長が私達霊界と人間界の狭間(はざま)へ少し移動されたから…、いや、迷い込まれたからと云った方がいいでしょうか』
「なにを、まどろっこしいことを…。私は何もしちゃいないよ。いつものように寝て、いつものように起きた。ただ、それだけのことだ! それで、どう移動したって云うんだ、君!」
『またまた…。そう興奮しないで下さいよ、課長』
「興奮など、しとりゃせんよ。状況が急に変わったから面喰らっとるだけだ!」
上山は強がってみせた。
『はいはい、分かりました。そら、そうでしょう。でも課長、ここは冷静になって下さいよ。このまま迷い込んでますと、もうこのままですからね、ずっと…』
「なんだ君! 私を脅(おど)かしてるのか? いい加減にしてくれ」
『脅かしてる訳じゃないですよ。真実を語っただけです』
「なら、どうすりゃいいって云うんだ? 私には抜け出す方法(すべ)なんて分からんぞ」
『まあ、落ちついて下さい。ああ…、ここに手頃なベンチがあります。座って下さい。私も横で浮いてますから…』
「浮いてますから・・か。ははは…、少し笑えたよ」
そう云いながら歩みを止めた上山は、目の前の青い駅ベンチに座った。