あんたはすごい! 水本爽涼
第三百十三回
「あれっ? 早希ちゃんの姿が見えないですが…」
「彼女さあ、今、食材のお買いもの」
「ああ、それで…」
私はその後しばらく、ママと他愛ない話をしていた。早希ちゃんがマイバッグを下げて帰ってきたのは、それから三十分ほどした頃だった。
「あら、満ちゃんじゃない、久しぶり。どう、元気?」
「ごらんのとおりさ。まあ、少しは年をとったけどな、ははは…」
「日本のお偉い人だったんだから、そんな口、きいちゃ駄目でしょ、早希ちゃん」
「いけない! そうでした、そうでした」
「今日は、ゆっくり出来るんでしょ?」
「ええ、それはまあ…。それより、沼澤さんは来られないんですよね?」
「なに云ってんの。沼澤さんは遠い所へ行ってしまう…って云ってらしたじゃないの」
「そうですよね? いやあ、東京で見たのは空耳…じゃなく、空目だったかなあ」
「ふふっ…。満ちゃん、面白いジョーク。空耳じゃなく空目か。ふふ…」
早希ちゃんが小さく笑い、ママも釣られた。私はその隙(すき)に酒棚へ目線を走らせた。沼澤氏が置いていった水晶玉は、変わらずいつもの場所にあった。