水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第二百三回)

2011年01月15日 00時00分02秒 | #小説
 あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第ニ百三
ひと口、食べて水割りを流し込んだ。至福のひとときとは、まさにこれだと思えた。ただ、この幸せがあと何度、味わえるのかと思うと心が乱れた。私はふと、酒棚を見た。すると、久しく異様な光を発していなかった棚の水晶玉が渦巻いているではないか。私は目を擦(こす)ったが、やはり幻(まぼろし)ではなかった。いつやら、棚の玉とポケットの中の小玉が同時に渦巻くのかを確かめよう…と思ったことがあったが、そのときから、まだ一度も渦巻く玉を見たことがなかった。それが、この夜は渦巻いていたのである。ママや早希ちゃんには見えておらず以前、私が輝いていると云い、二人に小馬鹿にされた経緯(いきさつ)があった。この夜は沼澤氏がいたから、彼にはどう見えているのだろう…と確かめたくなった。
「酒棚の水晶玉ですが…」
「ええ、今夜は渦巻いています…」
 沼澤氏は、ちっとも驚いていないようで、落ちついて語った。そして、ポケットから徐(おもむろ)に小玉を取り出し、手の平へ乗せた。なんと、その小玉も異様な黄や緑色を浮かべて渦巻いていた。
「塩山さんもお持ちなら、確認をされては?」
「えっ? はい…」
 私は背広上衣のポケットに入れていた小玉を取り出して手の平へ乗せた。すると、その小玉は沼澤氏のものと同様に、黄や緑色の光を浮かべて渦巻いているのだった。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第三十五回

2011年01月15日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第三十五回

 左馬介は気が急いていた。
 道場の同じ敷地内にある庵(いおり)へ行くには、そう手間取らない。左馬介と樋口は、慌て気味に玄関より庵へと急いだ。長谷川と鴨下は、ただ茫然と立ち尽くして、二人が出て行く様を見守るばかりだった。
 庵の机上には、いつ認(したた)められたのかは分からないが、確かに幻妙斎の墨書が置かれていた。樋口は、その書面を黙読し始めた。左馬介も、その隣から覗き読む。暫くして、二人は得心出来たのか、急に肩を落とすと、どちらからともなく、フゥ~っと静かに溜息を、ひとつ吐いた。
「そうか…、先生は風と消えられたのか…」
 樋口は巻紙の書面を回しつつ読み続ける。当然、左馬介も読む。
「孰(いず)れは朽ちる己が身を、そなたらに見られとうはない…と認(したた)めておられますね」
 黙読する樋口の横で左馬介が口を挟む。
「うむ…。先生ほどの達人、やはり凡人の我々とは全てが違うわ。あのお人は、やはり神のごとき存在なのだ…」
「はい…、それは確かに」
「左馬介、お前のことも書かれておるのう」


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