章二は見当たらない財布を探していた。
━ 妙だな…。確か、ここへ入れたはずだが… ━
ズボンの後ろポケットに入れたはずの財布が消えていた。最後に出し入れしたのはつい数十分前のことだから、消える訳がない! と、章二は確信して、もう一度、ズボンのポケットを弄(まさぐ)った。しかし、やはりなかった。章二は黙って動きを停止した。
━ 待て待て! ここは落ちつくんだ。外で落とした訳がないんだから、必ずこの辺りにあるはずなんだ ━
章二は目を瞑(つむ)り、最後に財布を出し入れしたその後の自分の動きを脳裡で遡(さかのぼ)った。やはり、この辺り以外、思い当たる節(ふし)はない。章二は財布の中身が幾らあったか…と、次に思った。今日はスキ焼をする予定で五千円ばかりありゃ足りるだろう…と算段し、肉屋→八百屋→豆腐屋→…の順に回り、家へ戻ったのだ。そうそう、レシートがあったな…と、章二は左胸に入れていたレシートを取り出し携帯の電卓機能で計算した。すると、残金は六百八十円となった。今日は、いい肉を少し多めに買ったからそんなに残らなかったんだ…と思った。となれば、まあいい…という気持も芽生え始めた。おっつけ、そこら辺から出てくるだろう・・第一、外で落とした訳でないことは明白だった。というのも、数十分前に財布に入れておいたクレジットカードを出してネットで買物をしたからだ。番号を入力するために出したのだ。だから、確かに家のどこかに財布は潜んでいるのは確実だった。章二は夕飯準備を始めた。
見当たらない財布はバーゲンで千円した。今どき、千円の財布などそう滅多にあるもんじゃない…と手に取って籠へ入れたのだ。ブランドものかどうかは別として一応、感触は本革だった。まあ合成皮でないことぐらいは章二にも分かった。少しの年の効というやつだ。レジで財布から千円札を出した。出した財布は数千円したものだが、破れてかなりくたびれていた。だから買い換えたのだった。
スキ焼で一杯やり、ほどよく酔いが回ったのでテレビをつけ、ふと見ると、財布がテレビの上で笑っていた。章二は酔いのせいだと最初、思った。だが、財布は確かに笑っていた。不思議なことに目があり口があり、足まであって胡坐(あぐら)をかいていた。章二はテレビへそっと近づいた。
『ははは…夢でも幻(まぼろし)でもありません。私はあなたが千円で買われた財布です』
財布が話す訳がない…と章二には刹那(せつな)、思えたから、自分は、酔ってるんだ…と思った。財布はまた話しだした。
『ちょっと、待って下さい! 私が言うことを聞いて下さい』
章二はギクッ! として、手の財布を見た。
『私に入るのは千円までなんです』
「えっ?! なぜなんだっ!」
章二は思わず語りかけていた。
『そりゃ、そうでしょ。だって私は千円であなたに買われたんですから』
「そんな馬鹿な。前の財布はそんなこと言わなかったぞ!」
章二は、いつの間にか財布が話すという現実を認めていた。
『私は特別なんです』
そんな…と思えたとき、章二は急に睡魔に襲われた。気づくと章二はテーブルに顔を伏せて眠っていた。慌てて身を起こすと、スキ焼はまだ食べる前だった。ほどよく煮えて、いい香りがしていた。記憶では食べ終えていたから、章二はおやっ? と首を捻(ひね)った。なにげなくテレビの上を見た。財布が乗っていたテレビの上には千円札が一枚、置かれていた。章二は、ギクッ! と驚いたが、まあいい…と美味そうなスキ焼を食べ始めた。
THE END