水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(68)蒟蒻[こんにゃく]<再掲>

2024年10月20日 00時00分00秒 | #小説

 柔崎(やわさき)は蒟蒻(こんにゃく)のような高校生だ。苗字(みょうじ)からして柔らかそうな男子生徒である。彼はすぐフニャリと曲がる自然体で生き続けていた。恰(あたか)も、裏も表もない蒟蒻そのものだった。ついた渾名(あだな)はそのものズバリ、コンニャクである。
「おい! 2組のコンニャクだ。ちょうどいいや。ムシャクシャしていたとこだし、愚痴を聞いてもらおうぜ」
「そうだな…」
 イジメではない。柔崎は[なんでも聞き係]になっていた。男子、女子生徒を問わず柔崎のところへ来て、愚痴をブツブツと吐いてはスカッ! として帰っていった。いつの間にか、その評判は全校にも及び、学年を問わず、彼のところへ来ては愚痴るようになっていった。また、その時々の柔崎の対応が上手(うま)く、生徒達の愚痴を聞くだけでなく、いい相談相手として解決策や解消策も示したから尚更(なおさら)だった。学校はイジメの逆現象として、見て見ぬ振りをした。というよりか、校長は密かに見守る方針を取った。彼はすでに多くの先生を凌(しの)ぎ、学校の有名人であった。そして今日も、同学年で1組の男子が二名、柔崎に目をつけ、近寄ろうとしていた。
「ちょっとさぁ~、話があるんだけど時間、あるかなぁ~」
「ああ、すみませんねぇ~。放課後の5時10分からにしてもらえませんかぁ~。もうすぐ予約の方が来られるんで…」
「ふ~ん、そうなんだ…。じゃあ、それで頼むよ!」
「はい、分かりました」
 柔崎は予約ノートへ鉛筆で記入した。男子生徒二名は立ち去ろうとした。
「あっ! すみません! もう一度、こちら向いて下さい」
 背に声を受け、ギクッ! と立ち止った男子生徒二名は振り向いた。
「え~~と。竹川君に松海君ですね。すみません、お手間を取らせました。では、のちほど…」
 この高校には名札必携の古き伝統の校則があった。柔崎は二人の名札を見て素早くノートへメモし、足早に去った。逆に取り残された二人は茫然(ぼうぜん)と柔崎を見送る破目になった。
「お待たせしました! どういった内容でしょう?」
 校舎裏である。すでに女子生徒が待機していた。その生徒は、すぐにペチャクチャと愚痴りだした。
「ああ~そうでしたか。それは、いけない! 向田さん、それは、あなたの方が正しいですよ、ぜったい! 無視してやりなさい、無視、無視!」
「ありがとう、コンニャク。いえ、柔崎君」
「まあ、僕もそれとなく手は打っときますが…」
「どうするつもり?」
「それとなく、そうしないように言い含めますよ」
「そう、お願いするわね。スカッ! としたわ」
 向田は軽く礼をすると去っていった。
「これで、一つ片づいたと…。あっ! いけねぇや。授業が始まる!」
 柔崎はメモし終えたノートを手に、教室へと急いだ。

                THE END


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短編小説集(67)よく効きます!<再掲>

2024年10月19日 00時00分00秒 | #小説

 宝木は病院へ行こうか、どうか迷っていた。というのは、悪いとは感じないし、具合が悪いというほどの体調でもなかったからだ。妻に夜な夜な攻められ、宝木は体力的にギブアップ寸前だった。しかし、かろうじて夜のお勤めを果たし、仕事のお勤めに朝、疲れ顔で家を出ていたのだ。妻は益々、艶(つや)っぽく綺麗になっていく。それに反比例するかのように、宝木は貧相になる一方だった。これ以上、痩せたくはないのだ。勤務の予定はその日に限って空(あ)いていて、昼から明日のプレゼンテーション準備だけだった。
 気づけば、病院前のエントランスに宝木は立っていた。そして、いつの間にか受付で手続きを済ませ、待合室の長椅子にいた。
『宝木さん、どうぞ…』
 マイク音が響き、宝木は診察室へ入った。
「どうされました?」
 医者が馴(な)れた静かな声で言った。
「… どこも悪くはないんですがね」
「えっ?」
 医者は宝木の言う意味が分からず、怪訝(けげん)な表情をした。
「調子はいかがですか?」
 医者は気を取り直して、また訊(たず)ねた。
「はあ、お蔭(かげ)さまで…」
「はあ?」
 医者は、やはり意味が分からず途方に暮れた。
「ちょっと、前を開けて下さい」
 医者は聴診器を耳に付けながら、医者のパターンにしようと試みた。それには逆らわらず、宝木は素直に胸をはだけた。
「大きく吸って…。はい、吐いて…」
 医者は聴診器を胸へ当て、上から目線の言い方で呼吸音を確かめた。
「…大丈夫ですね。どこか、調子悪いんですか?」
 医者は、訝(いぶか)しそうに宝木に訊ねた。
「いや、どうも精力が…」
「はあ?」
「ナニですよ。ははは、先生…」
「あっ! ああ! ああ! そっちでしたか。ははは…」
 やっと意味を理解したのか、医者は笑って声を和(やわ)らげた。
「いいのが、ありますよ。よく効きます! お出ししておきましょう」
「アレですか?」
 宝木は、てっきりバイアグラだ…と思い、ニヤけながら暈(ぼか)して訊(き)いた。
「アレじゃないんですがね。…まあ、よく似たようなものです。よく効きます!」
「そうなんですか?」
 宝木は身を乗り出した。
「間違いありません。その新薬、現に私が服用してるんですから。はっはっはっ…!」
 医者は大笑いした。
「ははは…。効きそうですね?」
 釣られて宝木も笑った。
「ええ。間違いなく、よく効きます!」
 医者が太鼓判を押した。その瞬間、不思議にも宝木は、ムラムラと身体に力が湧(わ)くのを覚えた。

                THE END


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短編小説集(66)賞<再掲>

2024年10月18日 00時00分00秒 | #小説

 美術展覧会場内のホールである。受賞した者達が順々に表彰されていた。葉桜もその中の一人で、少し前、観客席の前列から上がり、表彰状とトロフィーを受け取ったところだった。この手のものは貰(もら)って悪い気がしない…と、トロフィーを眺(なが)めながら葉桜は壇上で北叟笑(ほくそえ)んだ。葉桜が貰ったのは努力賞である。あとで懇親会…と続く会の構成上、誰彼(だれかれ)となく賞を与えようという開催者側の意向で受賞となったのだ。だから、招待された者で受賞していない者は皆無(かいむ)だった・・ということになる。
「お疲れさまでした…。なかなかの力作ですね!」
「はあ? …ええ、まあ」
 懇親会が開かれ、グラス片手に葉桜は紳士風の知らない人物からそう言われ、ニタリ! とした。どうも同じ受賞者の感じがした。
「あなたは何賞を?」
 紳士風の人物は唐突(とうとつ)に訊(たず)ねた。
「ははは…、まあ」
 努力賞を…とも言えず、葉桜は笑って濁(にご)した。よく考えれば、オリンピックで金メダルをとった訳でもなく、ただ描いて出品した一枚の絵なのだから、どうってことはないのだ。そこらのゴミと一緒にされて捨てられても決して不思議ではなかった。だから、努力賞とトロフィーを頂戴できただけでも御(おん)の字で、葉桜は少しずつ恥ずかしくなっていた。懇親会にいることすら不釣り合いに思えた。
「私は技巧賞でしたよ」
「ほう! それは素晴らしいですね!」
 少し驚いたふりをして褒(ほ)めた葉桜だったが、内心では、『まあ全員が貰えるんだから、大したことはないさ…』と、冷(さ)めて思っていた。
 美術展覧会は会員制で、会の維持のため、年会費を出資する仕組みになっていた。額自体はそれほど高額ではなかったが、それでも、懇親会ぐらいでは元は取れんぞ…と、葉桜は、さもしくも思った。
 数日後、葉桜の職場に一報が届いた。美術展覧会からの電話だった。
「おめでとうございます! あなたの絵が世界の○○賞受賞作に決定いたしましたっ!」
「えっ! 本当ですかっ!!」
「はい! ただ今、大賞決定の報がっ!」
 電話の声は興奮ぎみに震えていた。葉桜もその声に促(うなが)されるように興奮した。
「そうですかっ! 有難うございましたぁ~! ところで、○○賞って、なんですか?!」
「はあ?」
 葉桜は、その賞を知らなかった。

                THE END


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短編小説集(65)教訓<再掲>

2024年10月17日 00時00分00秒 | #小説

 あの津波で被害を受けた人々は、その事実を教訓とした。防潮堤などという気分的な安心で人々を救えないことも人々の教訓となった。もの凄(すご)い高額な予算を計上して作られた二重の防潮堤が、あの津波の前に無力だったことも人々は事実として知っていた。平地に町を再建するなら、住民が避難し、収容できる強固な避難ビルが必要だという発想が起こった。それも、全住民を収容し得る避難ビルでなければならないと…。もちろん、分散した小、中規模の避難ビルが何ヶ所かでもいい…と人々は思った。防潮堤に予算を当てるなら、まずそちらが先決だろう…というのが、現実を体験した人々の気持だった。むろん、高台に町を再建するならば、それもよし・・と人々は考えた。この場合、寝起きをする住宅地と漁業関係施設は切り離さねばならない。高台に出来た町と漁港や漁業施設とを結ぶ通行道路も必要となるだろう…と人々は思った。このように、人々は津波の教訓から多くのことを学んだ。それは、自然が人々に教えた訓示だった。人間は自然には勝てないと…。勝てない以上、被害を未然に防ぐか最小限にとどめるしか、人々には対応する術(すべ)がないことも教訓として知らされた。津波に無力だった防潮堤は、災害を抑えられる…という思い上がった人間の考えが引き起こした教訓だった。
 あの放射能で馴(な)れ親しんだ故郷(ふるさと)や住家を捨てるという被害を受けた人々は、その事実を教訓とした。非常用発電機という気分的な安心で、人間、家畜や動物を救えないことも人々は教訓として知らされた。冷却不能に陥(おちい)り、メルトダウンという恐ろしい放射能汚染の事実を知った人々は故郷を離れねばならなかった。そして、今もこの現実は続いている。一端放出された放射能が短い歳月で消えない、いや、消せない事実も人々は教訓として知らされたのだ。自然の被害に対応し得ない非常用発電機や放射能を中和して消せない科学の力など、あってなしに等しいと…。家畜は死に絶え、或いは野生化して死の町と化した地域をさ迷い歩いている。その前に、なにも出来ない無力な人々の科学力。こんな科学力など無(な)かった自然に恵まれた遠い過去の方が…と被災した人々は思った。津波に無力だった非常用発電機は、技術は盤石(ばんじゃく)だ…という人間の科学技術への過信が引き起こした教訓なのだ。
 ○○年後、こうした幾つもの教訓を経(へ)て、人々は町を再建し、復興させていった。やがて、被災地に活気が戻った。そして、歳月(さいげつ)が流れていった。
「いがったなぁ~~」
 さらに歳月が流れ、海底の巨大地震で、ふたたび大津波が襲ったとき、人々は完璧(かんぺき)な避難ビルで安全を確かめ合い手を取りあった。人々の住家に被害は出たが、放射能汚染や人的被害はなく、多くの尊い命は救われた。自然が無言で示した教訓を、人々が素直に受け入れた恩恵であった。

                    THE END

 
 ※ 再建とは、人間以外の動物、家畜への完全な保護対策をも含みます。^^


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短編小説集(64)さみだれ横丁 <再掲>

2024年10月16日 00時00分00秒 | #小説

 さみだれ横丁は、正確には五月雨横丁と書く。だが、界隈(かいわい)の住人は小難(こむず)しいということで専(もっぱ)ら仮名(かな)書きを使用し、馴(な)れ親しむようになった。ただ、親しまれるようになるまでには、いろいろとあった。
 まず、その謂(いわ)れである。不思議なことにこの横丁へ入った初めての人々は、横丁へ来た目的を五月雨が降るようにすっかり忘れ、陰気に横丁の外へと流れ去るのだった。そして、横丁を出てしばらくしたとき、おやっ? と自分がここへ何をしに来たのかを想い出し、横丁へと方向転換した。ところが、ふたたび横丁へ入る角(かど)を曲がった途端、またすっかり目的を忘れ、流れるように横丁を出ていく・・といった塩梅(あんばい)になった。そういうことが何度か続けば、流石(さすが)に日は傾いてくる。やがて夕方近くとなり、横丁へ来た人々は目的を果たせぬまま帰途につく破目となった。そんな噂(うわさ)が評判となって世間へ広がり、いつの間にか誰彼(だれかれ)となく五月雨横丁と呼ぶようになったのである。界隈の住人は、いい迷惑なのだが、呼び名が小粋(こいき)なことから、定着してしまった、という経緯(いきさつ)があった。
 次に、迷った者が帰途に着(つ)くときは必ず雨になるという点である。もちろん、初めて訪れた者だけに現れる奇怪(きっかい)な現象で、界隈の住人は普通に横丁を出入りしていた。まあ、他にもいろいろとあるのだが、そこがお聞きになりたい方は、私に直接、聞いていただきたい。私が聞いた真相を、詳(くわ)しく語りたいと思う。まあ、それはさておき、今日もまた一人、横丁を訪ねてやってきた若い娘がいる。年の頃は17、8の芸能人にしたいような美形である。
「ああ、あったわ。あそこを曲がれば五月雨横丁ね…」
 娘は地図の書かれた小さな紙と辺りの景色を照らし合わせながら立っていた。娘は今年入社した芸能プロダクションの新人マネージャーで、横丁内に新築された邸宅を訪ねてきたのだった。家は、とある超有名な芸能界の大御所女優が建てたのだが、娘はそのお付きのマネージャーに抜擢されたのである。審査に立ち会ったその女優の鶴の一声で決まったのである。
 娘は歩き始め、横丁へ入る角を事もなげに曲がった。すると、そのときである。
『あれっ? 私、何しに来たのかしら、こんな所へ…?』
 辺りを見回せば、見たこともない景色が広がっている。もちろん、初めて来た土地だから分からないでもなかったが、娘が疑問に思ったのは別の意味だった。娘は立ち止り、考えを過去へと遡(さかのぼ)らせた。芸能プダクションを出た…までの記憶は戻った。しかし、なぜ出たのかという目的の記憶が娘には欠落していた。私、どうかしてるのかしら? と、娘は首を捻(ひね)った。そこらをウロつく徘徊(はいかい)症では無論、なかった。とすれば…と、娘は考えを巡らせた。通行人がそんな娘を怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで見ながら通り過ぎた。娘はとうとう居たたまれなくなり、その場所からUターンした。ひとまず事務所へ戻(もど)ろう…と娘は思い、横丁を出た。そして、しばらくしたときだった。あっ! と、娘は目的を想い出した。娘は、ふたたび横丁への角を曲がった。瞬間、娘はまた目的を忘れた。そういうことが三度(みたび)あり、娘は四度目は横丁へ入らない! と決意した。携帯で女優を呼び出したのである。
「あっ! 先生ですか? 私、マネージャーを務めさせていただきます新人の最上川(もがみがわ)と申します。近くまでお迎えに参ったのですが、生憎(あいにく)、道に迷ってしまいまして…。はい! … お迎えの車は駅前へ止めております。すぐ近くだということでしたので…」
『ああ、そうなの…。ウフッ! あなた、横丁で忘れたんじゃない?』
「えっ!? ええ、まあ…。よく御存じで」
『ここ、あるのよ。怖(こわ)かった? 私もね、最初、新築の家を見に来たときさ、立派な建物だけど、誰の家かしら? って思ったものよ。そう! 分かったわ。私が駅まで行きます。駅で待ってて頂戴』
「分かりました。どうも、すみません! お時間は大丈夫でしたでしょうか? 社長に聞いてなかったもので…」
『大丈夫、大丈夫。ほほほ…私! だもの。待たせときゃいいのよ、泣きつかれた雑誌社の取材だからさ』
「そうでしたか。よかった…。では、のちほど…」
 最上川はホッ! として携帯を切った。不思議なことに、急に雲が出て五月雨がポツリポツリと降り出した。傘を持っていない最上川は、慌(あわ)てて早足で駅へと駆(か)けだした。━ 五月雨を 集めて早し 最上川 ━ だった。

               THE END


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短編小説集(63)資格 <再掲>

2024年10月15日 00時00分00秒 | #小説

 資格を取るのが生き甲斐(がい)という男がいた。元来、資格は生活するための仕事に就(つ)く手段なのだ。そういう意味では、資格を取ることを生き甲斐にするのは・・妙と言えば妙なのである。自己顕示欲が強い人間はそうした傾向が強いのだが、彼の場合はそうではなく、純粋に楽しみとしていた。資格を取るため勉強するプロセスが好きなのであり、資格を取ってしまえば、そんな資格、取ったか? と、忘れるような男だった。かといって、彼の行為が法律で罰せられるのか? といえば、まったくNo,だ。まあ、知らぬが仏・・で、どうでもいい話ではある。
「あなたは、確か…?」
 男は偶然、隣り合わせたベンチの若者に声をかけられた。
「はあ…。こういう者です」
 男は便宜上、作った名刺をポケットから出し、若者に手渡した。名刺には[資格の王者  ○○○○]と印字されていた。
「ああ、あなたがあの有名な資格の王者さんですか? この前、テレビで…」
「ははは…少し前でしたね」
 俺も有名になったな…と、男は恐縮した。
「で、今はなにをなさってるんです?」
「えっ?」
 男はギクリ! とした。とても『次の資格を取ろうと勉強中です』とは言えなかった。
「はあ、まあ…」
 男は言葉を濁した。俺はなんのために資格を取ってるんだろう…? と、素朴な疑問が男に湧(わ)いた。
「じゃあ、僕、行きますので…。頑張って下さい!」
「どうも…」
 若者はベンチを立つと、どこかへ消え去った。男は茫然(ぼうぜん)と 立ち去る若者を見送った。
 そのひと月後、男は資格取得の通信教育会社、アイキャンへ就職し、働いていた。

                THE END


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短編小説集(62)一品料理 <再掲>

2024年10月14日 00時00分00秒 | #小説

「ははは…なにを今さら。私なんぞ、ずっと連休ですぞ。年(ねん)がら年じゅう!」
 自慢っぽく賃貸マンションの大家(おおや)、黒豚が言った。彼は自慢じゃないが、飲み屋以外、このマンションから一歩も外へ出たことがない…と自慢にもならない話を自慢する変わり者である。すべての所用を助手兼雑用係の焼丸が一切、賄(まかな)い、黒豚がやることと言えば、月一度のマンション住人に対する集金訪問だけだった。それも、ピンポ~~ンと押して、返事がなければ、二度目は焼丸が回るという怠慢ぷりだった。
「いやぁ~、あなたとこうして飲むのも、もう彼是(かれこれ)三十年ほどにもなりますな」
 小料理屋、茅葺(かやぶき)のカウンターで、串竹が突き出しを(つ)まみながら、そう言った。
「そうそう。あのマンションを建てたのがそれぐらいですからな。それ以降、あなたとはご昵懇(じっこん)にさせてもらってます」
 そう言うと、黒豚は生ビールのジョッキをグビリと飲んだ。二人は適当に語らい、酔いが回れば適当に分かれた。席を立つ合図は、助手の焼丸が迎えにきた頃合いになっていた。人々が行楽に浮かれる連休も、黒豚と串竹は飲んでは食すのが常だった。
「旦那、明日から数日は休みますんで…」
 申し訳なさそうに茅葺の主人、葦(あし)原が一品料理の芋の煮っ転がしの小鉢を二つ置きながら言った。この店の煮っ転がしは山椒(さんしょう)風味で実に美味だった。
「連休ですかな?」
「ははは…、家族にせがまれまして」
「夜っぴいて出られるか、下を走られた方が賢明ですな」
 黒豚が、ほんのりした赤ら顔の美味(うま)そうな顔で、自慢っぽく知ったかぶった。
「有難うございます。うちは夜行のバス予約でして…」
 空振りに終わった黒豚は撃沈し、芋の煮っ転がしを箸(はし)で摘まんだ。いや、それは一瞬、摘まんだように見えたが、生憎(あいにく)、カウンター下へと落ちて転がった。そこはそれ、変り者の黒豚である。酔いもあってか悪びれもせず、しゃがみ込んで下へ手を伸ばし、手の指で芋を摘まみ上げると口へ運んだ。汚(きた)ねぇ~…と主人の葦原は思ったが、『客には言えねぇ~言えねぇ~』と思うにとどめ、天井(てんじょう)を見上げて目を逸(そ)らした。
「まあ、連休です。…いろいろありますな。家族サービスして下さい!」
 串竹が黒豚をフォローするように話題を刺し込んだ。黒豚は丸焼きにされた豚のような赤ら顔で、腕を見た。そろそろ、焼丸が迎えに来る頃合いだった。黒豚の勘は的中した。ガラッ! と戸が開き、焼丸が出来上った黒豚を盛り付けに来た。美味そうな一品料理が席をフラフラと立った。

              THE END


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短編小説集(61)ゆったり… <再掲>

2024年10月13日 00時00分00秒 | #小説

 泰然自若(たいぜんじじゃく)を正(まさ)に絵で描いたような男がいた。この男、少々のことでは動じない、いわば落ちつき払った余裕と風格が感じられる男だった。そんな男だから、やれ地震だの火事だのと辺(あた)りの者が騒ぎたてようと、重い腰を上げた試(ため)しがなかった。男が座る足下(あしもと)の座布団には苔(こけ)が生えてるに違いない…と、近所の者達は陰口を叩(たた)いた。だが、男はいっこうに気にする様子もなく、相も変わらず、ゆったり…遠くの景色を見続けた。この日もすでに日は西山へ没し、夕闇が迫っていた。
「あのう…夕飯ですが」
 息子の嫁が離れへやって来て、いつものように盆に乗せた夕食を運んできた。
「ああ、有難う。そこへ置いて下さい…」
 男は決まり文句を一つ吐(は)き、相も変わらず、ゆったり…遠くの景色を見ながら座布団に座っていた。そして時折り、薄気味悪くニヤリ! と笑い、なにやらボソッと呟(つぶや)くのだった。呟く男の視線の遥か先には、地元で神の祠(ほこら)として祭られた岩山があった。
 ある日、息子の嫁は、何を呟いておられるのだろう…と聞き耳を立てた。
『ははは…、神さま、そういう訳にも参りません。私にそのような実力はありませんから…』
 男は、ゆったり…囁(ささや)くように呟いた。神さま? と、息子の嫁は訝(いぶか)しく思った。そして、ひょっとしたらボケかしら? と昨日観た痴呆症のテレビを思い出した。夕闇が忍び寄っていた。息子の嫁は少し気味悪くなり、足早(あしばや)に離れを去った。相も変わらず男は、ゆったり…座りながら置かれた盆を手繰(たぐ)り寄せた。
『では、いただきます…』
 男は、すでに暗闇となった遥か先の神の祠を望みながら呟いた。箸(はし)を取り、男はいつものように食べ始めたが、急に箸を止めた。
『えっ! 今宵ですか? そんな…。なんの準備もしておりませんが…』
 男は急に驚きの呟き声を出した。男が言い終わると、不思議にも一陣の風が舞い、風鈴がチリン! と音を立てて鳴った。男は驚きとは裏腹に、やはり、ゆったり…動じなかった。
 その翌朝、息子の嫁が離れへ朝食を運んだとき、男の姿は忽然と消えていた。男が座っていた薄汚れた座布団の上には神の祠のお札が一枚、置かれていた。

              THE END


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短編小説集(60)頑張れ~! <再掲>

2024年10月12日 00時00分00秒 | #小説

 堤防の土手道を小さく移動する物があった。谷岡が目を凝(こ)らすと、それは、一人の子供が懸命に自転車のペダルを漕(こ)ぐ姿だった。一瞬、谷岡は、そんなはずはない…と、目頭(めがしら)を擦(こす)った。だが、その子は疑うべくもなく、遠い自分の姿だった。いや、そんな馬鹿なことはない…と、もう一度、谷岡は子供の姿を凝視(ぎょうし)した。やはり、その子は遠い幼(おさな)い頃の自分だった。ふと、谷岡にその頃の記憶が甦(よみがえ)った。確かに、この光景に似た記憶が谷岡にはあった。
 季節は丁度、青葉が芽吹く今の時節だった。そのとき俺は…と、谷岡は記憶を辿(たど)った。そうだ…、母ちゃんが倒れたと小野先生に言われたんだ。俺は学校を早退し、病院へ向かっていた。この堤防の道だった…。徐々(じょじょ)に谷岡の追憶は鮮明になっていった。あのとき…、そうだった。あと五分、早いとね…と、医師の富沢は言ったのだ。両眼を閉ざした母の顔が幼い谷岡の目に焼きついていた。それが今、甦ったのだった。
 陽炎(かげろう)で堤防が揺らいで見えた。その中を幼い谷岡は、懸命にペダルを漕いでいた。見えるはずがない幻(まぼろし)の姿を、谷岡は今、見ていた。谷岡は、思わず叫んでいた。
「頑張れ~!」
 一瞬、ペダルを漕ぐ子供の谷岡が谷岡を見た。いや、谷岡にはそう思えた。そして、谷岡の意識はゆらゆらと陽炎のように遠退(とおの)いた。目を開けたとき、辺りにはすでに夕闇が迫っていた。谷岡は堤防の草叢(くさむら)で眠っていたのだった。不思議なことに、違う記憶が谷岡に甦った。谷岡は、亡くなる前の母に会えたのだった。母は、二コリと幼い谷岡を見て笑っていた。

            THE END


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短編小説集(59)裁[さば]き <再掲>

2024年10月11日 00時00分00秒 | #小説

 再審の法廷で、ああでもない、こうでもないと、原告被告側の双方が丁々発止(ちょうちょうはっし)の大激論を展開していた。主神はその光景を霞(かすみ)の上より静かにご覧になっておられた。
『人間の行いじゃのう…。双方とも間違っておるというに…』
 溜め息混じりに主神は、そう仰せになった。
『いかが、いたしましょう?』
 お付きの見習い神は、主神の傍(かたわ)らで畏(かしこ)まりながら伺(うかが)った。
『捨ておきなさい。いずれ、その過(あやま)ちは人間、自(みずか)らが背負うことになるのじゃからのう。世が乱れれば、上手(うま)く裁(さば)けておらぬ、ということじゃ。世が平穏に住みよくなれば、それは上手く裁けておるということになる』
『ははっ! 最近、冤罪(えんざい)とやらで、無罪などと騒いでおりますが…』
『ほっほっほっ…愚(おろ)かしくも情けなきことじゃて。裁きは一度限りじゃ。二度も裁くは真(まこと)の見えぬアホウがすることである。ほっほっほっ…いずれ、世に現れるわ』
『と、申されますと?』
 見習い神は訝(いぶか)しそうに主神を窺(うかが)った。
『考えてもみよ。罪なき者が繋(つな)がれし間、罪ある者は悠々自適に暮らし、逃げ仰せておる。罪ある者が世に君臨し、罪なき者が世に出られぬとならば、上下(うえした)倍の差、いや、数倍になるやもしれぬが、世の荒廃、隆盛の差となるであろう…』
 主神は笑顔を見せられ、厳(おごそ)かな声で語られた。
『ならば、捨て置けぬのでは?』
『先ほども申したとおり、捨て置きなさい。裁きを誤まれし償(つぐな)いは、人間、自らが償わねばならぬ…』
『ははっ!』
 法廷では、裁判が続いていた。主神は聞くに堪(た)えぬという嘆(なげ)かわしい顔つきで、両の耳を手でお塞(ふさ)ぎになった。
『行こうかの…』
 主神と見習い神を乗せた霞は、法廷より空の彼方(かなた)へと消え去った。

            THE END


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