柔崎(やわさき)は蒟蒻(こんにゃく)のような高校生だ。苗字(みょうじ)からして柔らかそうな男子生徒である。彼はすぐフニャリと曲がる自然体で生き続けていた。恰(あたか)も、裏も表もない蒟蒻そのものだった。ついた渾名(あだな)はそのものズバリ、コンニャクである。
「おい! 2組のコンニャクだ。ちょうどいいや。ムシャクシャしていたとこだし、愚痴を聞いてもらおうぜ」
「そうだな…」
イジメではない。柔崎は[なんでも聞き係]になっていた。男子、女子生徒を問わず柔崎のところへ来て、愚痴をブツブツと吐いてはスカッ! として帰っていった。いつの間にか、その評判は全校にも及び、学年を問わず、彼のところへ来ては愚痴るようになっていった。また、その時々の柔崎の対応が上手(うま)く、生徒達の愚痴を聞くだけでなく、いい相談相手として解決策や解消策も示したから尚更(なおさら)だった。学校はイジメの逆現象として、見て見ぬ振りをした。というよりか、校長は密かに見守る方針を取った。彼はすでに多くの先生を凌(しの)ぎ、学校の有名人であった。そして今日も、同学年で1組の男子が二名、柔崎に目をつけ、近寄ろうとしていた。
「ちょっとさぁ~、話があるんだけど時間、あるかなぁ~」
「ああ、すみませんねぇ~。放課後の5時10分からにしてもらえませんかぁ~。もうすぐ予約の方が来られるんで…」
「ふ~ん、そうなんだ…。じゃあ、それで頼むよ!」
「はい、分かりました」
柔崎は予約ノートへ鉛筆で記入した。男子生徒二名は立ち去ろうとした。
「あっ! すみません! もう一度、こちら向いて下さい」
背に声を受け、ギクッ! と立ち止った男子生徒二名は振り向いた。
「え~~と。竹川君に松海君ですね。すみません、お手間を取らせました。では、のちほど…」
この高校には名札必携の古き伝統の校則があった。柔崎は二人の名札を見て素早くノートへメモし、足早に去った。逆に取り残された二人は茫然(ぼうぜん)と柔崎を見送る破目になった。
「お待たせしました! どういった内容でしょう?」
校舎裏である。すでに女子生徒が待機していた。その生徒は、すぐにペチャクチャと愚痴りだした。
「ああ~そうでしたか。それは、いけない! 向田さん、それは、あなたの方が正しいですよ、ぜったい! 無視してやりなさい、無視、無視!」
「ありがとう、コンニャク。いえ、柔崎君」
「まあ、僕もそれとなく手は打っときますが…」
「どうするつもり?」
「それとなく、そうしないように言い含めますよ」
「そう、お願いするわね。スカッ! としたわ」
向田は軽く礼をすると去っていった。
「これで、一つ片づいたと…。あっ! いけねぇや。授業が始まる!」
柔崎はメモし終えたノートを手に、教室へと急いだ。
THE END