夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

小庭の手入れ、私たち夫婦は昼食抜きで7時間ばかり奮闘して・・。

2014-10-04 16:25:20 | ささやかな古稀からの思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の70歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。
そして雑木の多い小庭に築後36年の古ぼけた一軒屋に住み、
お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

昨日の夕食の時、私は家内に、
『樹の枝葉も伸びてきているし・・明日庭の手入れをするよ・・』
と私は家内に言ったりした。
『そう・・私も手伝うから・・』
と家内は微笑みながら言ったりした。

我が家の敷地は変形5角形で、家屋を建つと、玄関庭と主庭となり、
原則として庭の手入れは私の責務の範疇であるが、蚊(か)の出る5月下旬頃から10月頃までを除き、
体力の衰えた私を見かねて、家内の支援を受けることが多い。

我が家の小庭の樹の剪定は、ご近所のお宅の殆どは植木屋さんに年に数回依頼しているが、
我が家は私たち夫婦が自己流でしているのが定年後の実態である・・。
          

                   
私が定年前は、5年ごとに植木屋さんに依頼するたびに50万円前後を要してきたが、
この間は私が物真似て剪定してきた。
そして私が定年後まもなくして、ご近所より少し広い我が家は、
植木屋さんに年に数回依頼すれば、数10万円と教えられたりした。

こうした時、家内は3泊4日ぐらいの私たちの旅行ができるわ、と言い、
小庭の手入れは私の責務の範疇であったが、年に数回は家内の手助けを借りている。
          

そして私は今朝は5時半に目覚めて、秋の装(よそ)いふさわしいように、徹底的に手入れをしょうと決意したりした。
     
やがて朝食後、7時少し前に私は庭に下り立った。
そしていつものようにストレッチパンズの長ズボン、着古したスポーツシャツ、ウォーキング・シューズ、帽子、
滑り止めの軍手をした上て、剪定鋏(ハサミ)を腰の周りにしたりした。

まもなく家内も出てきて、トレーナー姿でタオルを姉さん被(かぶ)り、
ウォーキング・シューズの万全な容姿で、滑り止めの軍手をして、
高枝鋏(たかえだばさみ)を薙刀〈なぎがた〉のように持ち、私に近寄ってきた。

曇り時々淡き陽差しの25度前後の中、何よりも暑さに苦手な私は、快適だょ、
と私は家内に言ったりして、私は剪定用の鋸(のこぎり)を右手に持ちながら、
適度な台に乗り、枝葉を切り落としはじめた。

家内は高枝鋏(たかえだばさみ)を枝葉を切り落としたり、
或いは剪定鋏(ハサミ)を使ったりしていた。

こうしてお互いに3時間近く奮戦した後、小庭の樹木の半分ぐらい切り落とした枝葉を散乱して、
市の指定された45リットル入りの『燃えるゴミ袋』(有料)の大きな袋に破れないように入れる為、
枝葉を適度に剪定鋏(ハサミ)で切っているが、これが時間を要するのである。
          

この後、昼食の時間も過ぎ、1時過ぎとなったのが、
家内は残りの樹木の剪定を始めて、私は2時過ぎに、
『XXちゃんさぁ・・ボチボチ・・やめない?』
と私の方から家内に提案し、お互いに枝葉を袋詰めして、掃き清めたのが2時半過ぎであった。


この後、家内に風呂に入ってもらっている間、
私は主庭のテラスに簡易椅子に座り、ペットボトルの煎茶を飲みながら、待機したりした。
              
そして小庭にある小さな柚子(ユズ)を私は捥(も)ぎ取った後、
丸かじりしながら、私たち夫婦は何年先まで庭の手入れができるかしら、と漠然と思ったりした。

☆下記のマーク(バナー)、ポチッと押して下されば、幸いです♪
にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へにほんブログ村
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パソコン『ウィンドウズ8.1』、時代遅れの私は、ただいま若葉マークの試運転中!?

2014-10-03 15:44:04 | ささやかな古稀からの思い
私は東京郊外の調布市の片隅に住む年金生活の70歳の身であるが、
恥ずかしながら私たち夫婦は、スマートフォンはもとより、携帯電話さえも使えなく、
その上にフェイスブック、ツイッター、そしてモバイルパソコンに無縁で、
無線のモバイル情報機器に遠い世界の出来事のような思い、
このように稀(まれ)な時代遅れの国民のひとりとなっている・・。

やむなくインターネットは固定回線の光ファイバーの『フレッツ』を頼りに、
せめてと思いながら据え置き型のパソコンとノートパソコンを利用している。

その上にフェイスブック、ツイッター、そしてモバイルパソコンに無縁で、
無線のモバイル情報機器に遠い世界の出来事のような思い、
このように稀(まれ)な時代遅れの国民のひとりとなっている・・。
          
過ぎし年の2004年(平成16年)の秋に私は定年退職後、
まもなくブログの世界を知り、ブログの投稿文を重ねて、まもなく10年となる。         

そして年金生活を過ごしているが、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文して、
パソコンの故障、国内旅行で自宅を不在しない限り、毎日投稿をしてきた。
                    
ここ数年愛用しているパソコンは、2011年〈平成23年〉6月中旬に於いて、
この当時の主流のマイクロソフトの最新OS(基本ソフト)の『ウィンドウズ7(セブン)』の新機種を
買い改めた据え置き型のパソコンで、
少し広い画面を見ながら、キーボードで入力をしてきた。

この後、以前に使用していた『ウィンドウズXP』は予備機として所有していたが、
2014年(平成26年)4月9日に賞味切れとなるので、やむえなく私も『ウィンドウズXP』に別れを告げて、
2013年(平成25年)12月中旬に最新の『ウィンドウズ8(エイト)』を対応させた。
          
           ☆左側が愛用している『ウィンドウズ7(セブン)』、そして右側は買い求めた『ウィンドウズ8(エイト)』☆

          
そして『ウィンドウズ8』はノートパソコンを選定したが、この当時に改良版の『ウィンドウズ8.1』が発売され、
私が買い求めた『ウィンドウズ8』には、無料でバージョンアップできる機能が付加されていた。

しかし私は慣れた『ウィンドウズ7(セブン)』の据え置き型のパソコンで、
少し広い画面を見ながら、キーボードで入力をしたり、ブログの投稿文を綴ったり、
デジカメで撮った写真を保存したりしてきた。

そして何かしらタブレット画面で最新機能のある『ウィンドウズ8』のノートパソコンは、
そのうちに修学すれば、と思いながら予備機としてきた・・。


過ぎし28日の夜、愛機となっている『ウィンドウズ7(セブン)』の据え置き型のパソコンを立てあげた時、
どうしたことか『起動』ができず、色々と対処を試みたが、修復できなかった。

この後、29日、30日に於いて、メーカーの相談窓口と再三連絡して、
指示を受けながら復旧の作業を私は試みたりした・・。

結果として、1日の午前のひととき、メーカーの相談窓口から、
ハードディスクが破損していますから交換して下さい、と明言され、私は困惑した。

もとよりハードディスクには、私の長年の写真、私のメモ、我が家の家計簿などあるので、
どこまで外部のハードディスクに保存しているか、と思いめぐらしてしまった。

確か3か月前には、長年の写真をブルーディスクのDVDでバックアップをしていたが、
この他は・・消えてしまうのか、と困惑しながら、修理依頼をした。
          

この間、28日の夜からは予備機としていた『ウィンドウズ8』のノートパソコンで、
やむなく不慣れな画面を見ながら、『ウィンドウズ8』も習得して、バージョンアップした『ウィンドウズ8.1』も
勉強しなければならないよなぁ、と70歳の私は漠然と思ったりしてきた・・。

本日の朝食後、『ウィンドウズ8』のノートパソコンを立ち上げて、まもない時、
画面が固定調となり、『ウィンドウズ8.1』バージョンアップして下さい、
と日本マイクロソフトからの通達事項であった。

そして私は、『ウィンドウズ8』で電子メール、お気に入りなど登録してあったので、
単純に『ウィンドウズ8.1』にバージョンアップして大丈夫かしら、
と不安を秘めながら、指示された通り進めた後、やがて基本システムを『ウィンドウズ8.1』に改定された。
          

そして初めてお逢いする女性の前にいると同様に、ときめきを重ねて、
新しい『ウィンドウズ8.1』の画面を見つめながら、色々と作業を試みている。

やがて私は、何かと愚図で時代遅れの私としては、
ただいま『ウィンドウズ8.1』の若葉マークの試運転中だ、
と心の中で呟(つぶや)いたりしている。

☆下記のマーク(バナー)、ポチッと押して下されば、幸いです♪
にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へにほんブログ村
人気ブログランキングへ
    
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

何かと愚図の私でも、ときには多忙に戸惑いながらも・・。

2014-10-02 17:04:14 | ささやかな古稀からの思い
私は東京郊外の調布市の片隅に住む年金生活の70歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。
そして雑木の多い小庭に築後36年を迎えた古ぼけた一軒屋に住み、
お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

こうした中、私たち夫婦は昨日の朝、私の小事で市役所の出張所で印鑑証明書、
そして私たち夫婦の秋の旅行に伴い、最寄りの旅行代理店で確定のキップなとの支払いと受け取り、
その後に冬の旅路の予約、
或いは家内の買物のボディガード兼お供などで、我が家としてはスケジュールが満載となっていた。

こうした予定事項を確認しながら、私は家内と共に朝食を頂いたりした・・。

この後、私は28日の夜からディスク・トップ型のパソコンが『起動』ができず、
色々と対処を試みたが修復できず、
この後、29日、30日に於いて、メーカーの相談窓口と再三連絡して、
指示を受けながら復旧の作業を私は試みたりしていた・・。

そして昨日の朝の9時過ぎに、メーカーの相談窓口と多彩に修復を話し合ったりした結果、
ハードディスクが破損していますから交換して下さい、と明言され、私は困惑した。

もとよりハードディスクには、私の長年の写真、私のメモ、我が家の家計簿などあるので、
どこまで外部のハードディスクに保存しているか、と思いめぐらしてしまった。

確か3か月前には、長年の写真をブルーディスクのDVDでバックアップをしていたが、
この他は・・消えてしまうのか、と困惑したりした。

しかしながら早くパソコンを修復させる為、買い求めた家電の量販店の修理専門に持ち込んで、
ハードディスクの新品交換などを依頼しょう、と私は家内に言ったりした。
          

そして私たち夫婦は出かけようとした10時半過ぎに、なぜかしら霧雨が降り始めた・・。
私は左手は雨傘を差して、右手はディスク・トップ型の17キロ前後の重いパソコンを提げて、
家内と共に最寄りのバス停まで歩き、
そして京王線の最寄駅のひとつの『つつじが丘』前まで、路線バスを利用した。

やがて駅前のコーヒー・チェーン店の『ドトール』で家内に待ってもらい、パソコンを置いて、
私は本降りになった中を歩き、市役所の出張所で印鑑証明書を受領した後、
家内と『ドトール』で再会した。

この後、パソコンを買い求めた家電の量販店は、京王線の『八幡山』駅が最寄駅であったりで、
この『八幡山』駅まで電車に乗り、
やがて『八幡山』駅前のタクシー乗り場に行ったが、無念ながら待機しているタクシーはなく、
やむなく家電量販店までの10分足らずの道を私たち夫婦は歩いた・・。

この家電量販店は、平素の時は幾たびも歩いて往還してきたが、
今回は本降りの中、私は左手は雨傘を差して、右手はディスク・トップ型の17キロ前後の重いパソコンを提げていたので、
重さを強く感じ、もう若くないょ・・70だもんなぁ、
と私は珍しく気弱になり、心の中で呟(つぶや)いたりしていた。

この後、家電量販店のパソコン修理専門センターで持参したパソコンを依頼した結果、
ハードデイスクの交換はメーカーを通すので、数週間は要します、と私は言われたりした。

そして私は身軽に家内と共に、やがて京王線の『仙川』駅に降り立ち、旅行代理店に行った。

私たち夫婦は北東北の山岳近くにある源泉のある三か所の宿を紅葉時期に宿泊して、
周辺を参加したく、この地域は最盛期となると思われ、
過ぎし8月初旬に予約していたので、新幹線の指定席も確定したと連絡を受け、
残金の支払を完了させた。

そして冬の旅路を私たち夫婦は立案してきたので、やはり目指す地域は最盛期となると思われ、
詳細旅程の説明し、規定の料金を支払、予約した。

この後、家内のお気に入りの食事処で遅い昼食を頂いたが、
殆どは女性客で、おしゃれな店内の景観であり、
家内は私が古希になったこともあり、少し高価なメニューを私に薦(すす)めたりした。

やがて私は家内の買物先2か所にボディガード兼お供、そして荷物持ちとなった後、
私は疲れを感じたりした。

そして、XXちゃんさぁ・・帰りはバスに乗ろうょ、
と私は家内に珍しく弱音を言ったりした。
          

平素の私たち夫婦は、冠婚葬祭、旅行など以外は、自宅の付近にあるバス停から最寄駅までは、
利便性のある路線バスなどに乗らず、
徒歩15分前後の道を歩いてきたりしてきたが、今回は何かと疲れてしまったのである。

そして安楽なバスの車内で、何かと愚図の私は、
平素は買物専任者の私は買物の責務を果たした後、気ままに散策し、
この後は要件はひとつぐらいは身も心も処理できるが、ときには今回のように多忙だと、
やはり70歳の齢の為かしら、と苦笑したりした。

☆下記のマーク(バナー)、ポチッと押して下されば、幸いです♪
にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へにほんブログ村
人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

私のパソコンの愛機の一台、はかなくも数週間は、あえなく修理することになり・・。

2014-10-01 19:34:21 | ささやかな古稀からの思い
私は東京郊外の調布市の片隅に住む年金生活の70歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。
そして雑木の多い小庭に築後36年を迎えた古ぼけた一軒屋に住み、
お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

そして私より5歳若い家内も、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

こうした中で、私は9月の誕生日を迎えて、古希と称される70歳に昇格し、
家内も12月の誕生日を迎えると65歳となり、介護保険証を受ける身となっている。

そして恥ずかしながら私たち夫婦は、スマートフォンはもとより、携帯電話さえも使えないので、
やむなくインターネットは固定回線の光ファイバーの『フレッツ』を頼りに、
据え置き型のパソコンを利用している。

その上にフェイスブック、ツイッター、そしてモバイルパソコンに無縁で、
無線のモバイル情報機器に遠い世界の出来事のような思い、
このように稀(まれ)な時代遅れの国民のひとりとなっている・・。
          

過ぎ去り年の2001年(平成13年)の秋、定年退職時が2004年(平成16年)の秋の予定であったので、
定年後の生活に備えてパソコンを一新した。
          

この当時はウィンドウズ旋風の中で、ウィンドウズの基本システムは
『ウィンドウズXP』であり、たまたま富士通のディスクトップのタワー型を選定した。

そしてこの当時は、液晶ディスプレイが普及し始めていたが、迷いながらも何よりも安定性を配慮し、
19型のこの当時の最後の画面のブラウン管ディスプレーを買い求めたりとした。

選定したパソコンの基本の付属の記憶装置は、DVD-ROM、CD-R/RW、フロッピーであり、
10年ぐらいは大丈夫かしら、と漠然と思ったりしていた。
そしてプリンターも新調し、民芸風の大きな机、脇机、そして椅子を買い揃え、定年後に備えたりした。

こうした中で、私が何より私は困り果てるのは、パソコンの無知な家内が、
パソコンは半永久的商品よねぇ、と確信したように思い続けていることであった。

私が現役時代の時は、程ほどの年収を得ていたので、
オーディオ、テレビ、パソコンなどの商品は幾たびか買い換えてきたが、
しかし年金生活となれば、限りある厚生年金、企業年金、積み立てきた個人年金からの収入には、
もとより限度があるので、私は気弱になり、予算を計上するできなかったことが多い。

こうした根底には、故障もしていないパソコンを買い改め費用があるならば、
国内旅行で、旅先の滞在日数を増やしましょう、
と家内が私に提案することが予測されるので、私はパソコンの予算計上をためらったりしてきた。
                              

やがて私は2004年(平成16年)の秋に定年退職後、まもなくブログの世界を知り、
私は無我夢中に毎日数通は投稿し、そしてブログ上のコメントで知り得た8名の人と、
お互いにコメントを交わしていたブログ熱中時代の時であった・・。

そして定年後の生活に備えた肝要のパソコンは、2006年(平成18年)9月中旬に、予告もなく突然にダウンして、
まもなく年金生活2年生を迎えようとしていた私は、
『10年ぐらい利用しょうと思ってたのに・・どうして突然に故障するのよ・・』
と心の中で呟(つぶや)きながら、長らく黒い画面を見つめ大いに落胆したりした。

やむなく買い求めたパソコンの量販店に修理を依頼したが、1週間後に我が家に来宅することをなり、私は困窮した・・。
我が家は無念ながらパソコンはたった一台しかなく、この来宅するまでの1週間の間、
どうしょうかしら、と悩んだりした。

この当時の私は、ブログ上で盛んにコメントで交流を重ねていた時代で、
コメントを頂いたりし、半日以内に必ず返信していたが、
もとより返信が出来なくなり、相手のお方はどうしたのかしら、と戸惑うと思いながら、悩んだりした。

もとよりリアルの交流であったならば、電話でお詫びの連絡もできるが、
ブログの世界は匿名が多く、連絡できる方法がないのである。
もとより匿名の世界であっても、何よりも信頼が大切なのに、と困苦したりした・・。
          

          
そして私はこの修理の期間、パソコンのレンタルを量販店に依頼をしたが、
弊社は扱っていません、と素っ気ない返事を私は受けたりした。

やがて修理が最悪の場合に備えて、このパソコンの量販店に最新のパソコンの下調べに行き、
魅了されたパソコンが販売価格25万円にため息をしたのである。
そして我が家の予算計上にしていないので、困り果てた・・。

この帰路、25万円・・空から舞い降りてこないかしら、と思ったりして帰宅した。

         
そして待ち焦(こ)がれたパソコンの量販店の修理の技術者が予通り来宅した時、
パソコンの故障を点検して結果、
心臓部のキャッシュメモリ、メインメモリの一部でわずかな磨耗があり、
部品の交換すると10万円を超える、と私は言われた・・。

やむなく私は居間に置いているパソコンから、台所にいる家内に近くに寄り、
『XXちゃんさぁ・・昨今のパソコン自体、飛躍的に進歩しているし・・
前に買ったパソコンより遥(はる)かに廉(やす)くなっているの・・
この際、思い切って新しいのにしょうねぇ・・』
と私は少し懇願するように家内に言った。

          
結果として、データ強制移行料などを含めて、27万円弱で、魅了されたパソコンに新調し、
やはり最新のCPUは速い、と私は微笑んだりした。

          
私が魅了されて買い改めたのは、『ウィンドウズXP』の液晶の富士通のディスクトップで、
ディスプレイは、この当時の流行の20.1型のワイド画面のスーパーファインVXのハイビジョン対応であり、
CPUはインテルのデュアルコア、メモリは1GB、ハードディスクは400GB、
付属の記憶装置は、DVDスーパーマルチ等で、この当時としては、程ほど最強版となっていた。

パソコンのデザインも良く、安定したドライブの配置もあり、好感し、
年金生活の中で、日々こよなく愛用して、文字通り私の愛機となった・・。
          

やがて2011年〈平成23年〉6月中旬に於いて、
この当時の主流の『ウィンドウズ7(セブン)』の新機種を買い改めた。
選定した機種は、ソニーのディスクトップのテレビ不要型で、
ディスプレイは、この当時から流行したワンタッチパネルの21.5型のワイド画面で、
CPUはインテルの最強版、メモリは4GB、ハードディスクは1TBであった。

そして付属のドライブ装置は、ブルーディスク対応で、
この上に、外部ドライブ装置として、ある専用メーカーのハードディスクの2TBを連結させたりした。

このような苦い体験があったので、私の少しばかり広い机には、
やむなく従来の『ウィンドウズXP』と新たな『ウィンドウズ7(セブン)』を
当面2台のパソコンを置いたりしている。
                     
           ☆この当時の記念写真・・右側は旧機の『ウィンドウズXP』、左側が現在愛用している『ウィンドウズ7(セブン)』☆

このような私のささやかなパソコンの足跡があるが、
『ウィンドウズXP』は2014年(平成26年)4月9日に賞味切れとなるので、
やむえなく私も『ウィンドウズXP』に別れを告げて、
2013年(平成25年)12月中旬に最新の『ウィンドウズ 8』を対応させた。
          
           ☆左側が現在愛用している『ウィンドウズ7(セブン)』、そして右側は買い求めた『ウィンドウズ 8』☆

          
そして選定したのはノートパソコンで、ソニーの秋冬モデル『VAIO Fit 15E』であった。
何かしら『Windows 8 64bit インテルCore i7-4500U(1.80GHz)、メモリ 8GB、HDD 1TB、15.5型の高輝度液晶』
このように記載されていた。

このように私が買い求めたパソコンの買い替え、そして性能も詳細に綴った理由は、
この20年余りにも急速に進化してきたので、どこまで進化したら気がすむのょ、と
ときおり戸惑ってきたからである。


こうした中で、過ぎし年の2004年(平成16年)の秋に定年退職後、
まもなくブログの世界を知り、ブログの投稿文を重ねて、まもなく10年となる。         

そして年金生活を過ごしているが、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文して、
パソコンの故障、国内旅行で自宅を不在しない限り、毎日投稿をしてきた。

私は何かと『ウィンドウズ7(セブン)』ディスク・トップ型の広い画面を見ながら、
キーボードで投稿文などを綴っている。
そして『ウィンドウズ8(エイト)』ノートパソコン型は予備機としている。
          


過ぎし28日の夜、愛機となっているディスク・トップ型のパソコンを立てあげた時、
どうしたことか『起動』ができず、色々と対処を試みたが、修復できなかった。

この後、29日、30日に於いて、メーカーの相談窓口と再三連絡して、
指示を受けながら復旧の作業を私は試みたりした・・。

結果として、本日の午前のひととき、メーカーの相談窓口から、
ハードディスクが破損していますから交換して下さい、と明言され、私は困惑した。

もとよりハードディスクには、私の長年の写真、私のメモ、我が家の家計簿などあるので、
どこまで外部のハードディスクに保存しているか、と思いめぐらしてしまった。

確か3か月前には、長年の写真をブルーディスクのDVDでバックアップをしていたが、
この他は・・消えてしまうのか、と困惑したりした。

そして本日の午前中、霧雨降る中、左手は雨傘を差して、
右手はディスク・トップ型の17キロ前後の重いパソコンを持ち、
買い求めた家電の量販店の修理専門にハードディスクの新品交換を依頼した。

やがてハードデイスクの交換はメーカーを通すので、数週間は要します、と私は言われて、
やむなくノートパソコンで、不慣れな画面を見ながら、キーボードで投稿文を綴る、
と固い決心をしながら苦笑したりした。

☆下記のマーク(バナー)、ポチッと押して下されば、幸いです♪
にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へにほんブログ村
人気ブログランキングへ
    
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする