私は東京郊外の調布市に住む年金生活の67歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。
そして雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。
私は民間会社の中小業に35年近く勤めて、2004(平成16)年の秋に定年退職後、
その直後から年金生活をしている。
そして私の半生は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれ、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思ったりして過ごしてきた。
日常は定年後から自主的に平素の買物担当となり、
毎日のようにスーパー、専門店に行ったりし、ときおり本屋に寄ったりしている。
その後は、自宅の周辺にある遊歩道、小公園などを散策して、季節のうつろいを享受している。
ときおり、庭の手入れをしたり、友人と居酒屋など逢ったり、
家内との共通趣味の国内旅行をしたりしている。
日常の大半は、随筆、ノンフィクション、現代史、総合月刊雑誌などの読書が多く、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴くこともある。
このような年金生活を過ごしているが、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
このような生活をしているが、私は60代に五体満足で生かしてくれれば、
70歳以降は余生と思っている・・。
そして痴呆症などあわず、心が明確な時にポックリと死去できれば良い、
と秘かに念願しているが、こればかりは天上の神々の采配に寄るものである。
或いは、平素の私は、煙草を喫う愛煙者のひとりで、スポーツは無縁で、
根がケチな性格なのか、駅前までの路線バスなどは乗らず、ひたすら歩き廻ったり、
遊歩道、公園などを散策するぐらいである。、
そして、お酒大好きだった呑兵衛の私は、一昨年の晩秋に何とか卒業して、
冠婚葬祭、国内旅行以外は週に一度ぐらいは呑むぐらいとなっているが、
このような齢ばかり重ねぐうだらな生活をしている私は、
私としては家内より早くあの世に行く、と確信をしている。
そして家内より先にあの世に行くと思っている私は、
私の葬儀、お墓、そして家内の独りの老後で程ほどに生活できそうな状況のことも、
話し合ったりしている。
こうした思いのある私は、定年直後に公正証書の作成できる処に出向き、
残された家内の生活が困苦しないように、私の遺言書を作成したりした。
しかし、このことも天上の神々の采配に寄るものであり、
家内に先立たれることもあり、私が独りぽっちとなることも、一年に数回ぐらいは、
おひとりさまの生活を思いめぐらすこともある。
ご近所の方の奥様たちから、私たち夫婦の年金生活を見かけると、
仲良し恋し、と好評を頂いている私たちでも、
実際は日常生活の中で、ときおり私が失敗事をしたりすると、
『ボケチンねぇ・・』と家内から微笑みながら私に苦言される時もある。
こうした些細(ささい)なこともあるが、いずれは片割れとなり『おひとりさま』となるのである。
私は家内と日頃から、葬儀、お墓のことも何度も話し合ったりしている。
葬儀は親族関係だけの家族葬とした後、お墓は樹木園に埋葬し、
それぞれ好きな落葉樹の下で土に還る、
そして四十九日が過ぎたら、その時の心情でお墓参りをすればよい、
とお互いに確認し合っている。
私は家内が亡くなった時は、世の中はこのようなこともあるの、
と茫然(ぼうぜん)としながら四十九日を終えて、樹木園に行き、埋葬をすると思われる。
そして私は、家事の全般の料理、掃除、洗濯などは、家内にお願いしていたので、
恥ずかしながら初心者の若葉マークのような身であり、戸惑いながら行うが、
何より長年寝食を共にし、人生の大半の苦楽を分かち合い、
気楽に安心して話す相手がいなくなったことが、何よりも困ると思ったりしている。
こうした時を過ごした後、やむなく小庭のある古惚けた一軒屋を処分し、
都立の大きな公園が隣接した場所で、小さな2DKのマンションに転居すると思われる。
そしてスーパーと本屋に徒歩10分前後で行けた上で、
大学総合病院に公共の交通機関の利便性のある場所を選定するだろう。
この前提として、もとより住まいが狭くなるので、
やむなく本の大半は処分し、1000冊前後に厳選した上、
映画作品のビデオテープ、DVD、そして音楽のCD、DVDは程々に多いがすべて移動する。
こうした独り身の『おひとりさま』になった時の私の日常生活は、
付近の公園で四季折々の情景を眺めながら散策したり、
スーパーでお惣菜コーナーの売り場で買い求めたり、本屋に寄ったりして、
数冊を購入する。
そして週一度は定期便のような居酒屋に行き、
中年の仲居さんと談笑し、からかわれながら、純米酒を二合ばかり呑むだろう。
こうした中でも、私は家内の位牌の代わりに、
定期入れに愛用した革のケースに、家内のスナップを入れて、
いつも持ち歩くと思われる。
こうした日常生活を過ごすと思われるが、
私は国内旅行も好きなので、月に3泊4日前後で、各地を訪れるだろう。
劇作家のチェーホフの遺(のこ)された、
《・・男と交際しない女は次第に色褪せる、女と交際しない男は阿呆になる・・》
と人生の哲学のような名言は、
どうしたらよいの、と私は考えたりするだろう。
やむなく、私は宿泊先の仲居さんで、お酌をして下さる方たちと、
やさしくふるまいながら語りあうと想像される・・。
そして、その夜は枕元に革ケースを置いて、
人生はいつまで続くの・・、と天上の人となった家内に呟(つぶや)きながら、眠るだろう。
このような思いを時折を秘めて、私は年金生活をすごしてきた・・。
私が垣添忠生(かきぞえ・だだお)氏を初めて知ったのは、
確か購読している読売新聞で2008〈平成20〉年の11月に寄稿された『がん経験者 特別視しない社会へ』であり、
その後は総合月刊誌に寄稿された文で、氏の奥様が亡くなわれた状況を学んだ。
氏は医師として精進され、やがて2002〈平成14〉年に国立がんセンターの総長に栄進された方で、
その後に2007〈平成19〉年に退職されて、名誉総長になられたお方と知った。
この間、そして国立がんセンターの総長を2007〈平成19〉年3月に退職され、
その年の年末に名誉総長の身でありながら、末期がんの奥様をせめて年末年始ぐらいは自宅で過ごし、
氏は切実な思いで看病されたが、大晦日の日に亡くなり、
新年にうつろな心情で過ごした心情が綴られていたのに、私は感銘の余り涙を浮かべたりした・・。
その後、私は確か2009〈平成21〉年12月の頃、
本屋で氏の著作の『妻を看取る日』(新潮社)の単行本を見かけたが、
概要内容は知っているつもりであったので、買い求めることはしなかった。
一昨日の7月1日、私たち夫婦は駅前で買い物に行った時、
私は本屋に寄り、文庫本のコーナーでこの作品にめぐり逢えた。
『妻を看取る日』(新潮文庫)と題された副題には、
《国立がんセンター名誉総長の喪失と再生の記録》と明記されていた。
そして何よりも真摯に微苦笑させられたのは、本の帯に、
《 夫に読ませたい本 No.1
「自分が先に死ぬ」そう思いこんでいる男たちの
目を覚ますために 》
と明記していた。
私は遅ればせながら本書を読み、
氏の生い立ち、少年期、学生時代、そして医師の助士の苦闘、
やがて奥様となられるお方の出逢い、その後の結婚生活を初めて知った。
そして2006(平成18)年の春に、奥様のがんが見つかり、
その後、幾たびかの治療を得て、やがて末期がんとなり、2007〈平成19〉年の年末に、
名誉総長の身でありながら、末期がんの奥様をせめて年末年始ぐらいは自宅で過ごし、
氏は切実な思いで看病される状況が克明に綴られている。
そして大晦日の日に亡くなり、その後の喪失の中で失墜感を綴られ、
私は涙を浮かべながら読んだりした。
やがて再生していく状況も克明に綴られ、おひとりさまとなった生活を明記されている。
本書は、男性が愛(いと)しき妻といずれ片割れとなり、
おひとりさまとなる前に、心の準備としての心構え、
その後のおひとりさまの日常生活の確かな人生の晩期の教科書のひとつ、
と私は感銘させられながら確信を深めている。
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