私は東京郊外の調布市に住む年金生活6年生の65歳の身であるが、
昨夜、ニュースをネットで見ようと【YAHOO! JAPAN】を開き、
時事通信社の基幹ネットの【時事ドットコム】から配信された記事をを見て、
思わず苦笑させられたのである。
無断であるが、この記事を転載させて頂く。
《・・
二千円札、普及進まず丸10年=薄れる存在感、健闘は沖縄のみ
2000年の九州・沖縄サミット(主要国首脳会議)開催に合わせて導入された二千円札が、
19日で発行から丸10年を迎える。
流通量は2004年8月末のピーク時に5.1億枚を記録し、
五千円札を上回ったが、その後は低迷。
2009年度末には1.1億枚と紙幣全体の0.3%まで落ち込んだ。
二千円札に描かれた首里城「守礼門」がある沖縄県では健闘しているものの、
高額紙幣が使いやすいという日本特有の事情や、
旧来のお札に比べたなじみの薄さから普及は進んでいない。
「2」のつく紙幣は海外では一般的だ。
2008年末のデータによると、米国では20ドル札の流通シェアが100ドル札と同じ23.1%。
欧州でも20ユーロ札が20%あり、
英国に至っては20ポンド札が半分以上を占める。
日銀発券局の清水紀男局長は欧米の状況について
「偽造対象になりにくい中・小額紙幣が好まれるのでは」と指摘する。
ところが、紙幣の偽造防止技術が高い日本では、
海外に比べ偽札事件も少なく、高額紙幣が安心して使える。
「一万円札と千円札で事足りてしまう」と、
清水局長は二千円札の需要が伸びない理由を解説する。
また、金融機関の現金自動預払機(ATM)では、
沖縄など一部の地域を除き、預け入れはできても払い出しの対象になっていない場合が多い。
大半の自動販売機で使えないことも普及を阻む要因となっているようだ。
7月17日14時8分配信 時事通信
・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/bank_of_japan/?1279353204
☆【時事ドットコム】 二千円札、普及進まず丸10年=薄れる存在感、健闘は沖縄のみ ☆
私は2004(平成16)年の秋に定年退職後、日常の買物担当となり、
殆ど毎日、スーパーに行ったり、ときには郵便局で健康保険、市民税、固定資産税などの振込みを窓口で依頼する。
こうした時、郵便局のお釣銭は『2000円札』が混じることが多く、
『2000円札』かょ、と感じることが多い。
この後、スーパーか煙草を買い求めにする時は、
『2000円札が入っていますょ・・』
と私はひと言、言葉を重ねた支払ったりしている。
私は受け取る人の1000円札と2000円札と瞬時に間違う誤解を避けるために、
余計なひと言を云ったりしている・・。
しかし、この後の私は少し反省をすることが多い・・。
私は何故かしら、この2000円札を見ると、
亡くなわれた小渕恵三・元首相の真摯な顔立ちを思い浮かべてしまうのである。
小渕恵三氏の生涯を余すことなく深淵まで描ききった佐野眞一・著の『凡宰伝』(文春文庫)を、
私は読んだりし、小渕恵三氏への評価を改めたのである。
小渕恵三氏は学生時代の頃から沖縄問題に強い思いを寄せ、
政界の要職の時から沖縄への手厚い振興策を実施、
そして総理の時にあえて沖縄サミット開催の決断に私は好感してしまうのである。
氏は無念ながら、開催前に志半ばにして急逝し、
憎めなかった総理だった、という思いがある。
私は太平洋戦争の末期、沖縄は日本本土の防衛の防波堤となり、
民衆まで巻き込んだ過酷な地上戦を行われたことに熱い涙を流すひとりなので、
私なりに沖縄には深い思いがある。
こうした心情であるので、『2000円札』が見かけなると寂しく感じる時ある。
そして、首里城「守礼門」の絵柄を見たりすると、
この『2000円札』は、少なくとも沖縄県では永久的に流通させ、
本土の日本人は、沖縄列島の悲惨な功績を忘れない為に、ときおり見かけ、
感謝の心をささげるひとつ意味合いの『2000円札』と思ったりしている。
☆===========================☆
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昨夜、ニュースをネットで見ようと【YAHOO! JAPAN】を開き、
時事通信社の基幹ネットの【時事ドットコム】から配信された記事をを見て、
思わず苦笑させられたのである。
無断であるが、この記事を転載させて頂く。
《・・
二千円札、普及進まず丸10年=薄れる存在感、健闘は沖縄のみ
2000年の九州・沖縄サミット(主要国首脳会議)開催に合わせて導入された二千円札が、
19日で発行から丸10年を迎える。
流通量は2004年8月末のピーク時に5.1億枚を記録し、
五千円札を上回ったが、その後は低迷。
2009年度末には1.1億枚と紙幣全体の0.3%まで落ち込んだ。
二千円札に描かれた首里城「守礼門」がある沖縄県では健闘しているものの、
高額紙幣が使いやすいという日本特有の事情や、
旧来のお札に比べたなじみの薄さから普及は進んでいない。
「2」のつく紙幣は海外では一般的だ。
2008年末のデータによると、米国では20ドル札の流通シェアが100ドル札と同じ23.1%。
欧州でも20ユーロ札が20%あり、
英国に至っては20ポンド札が半分以上を占める。
日銀発券局の清水紀男局長は欧米の状況について
「偽造対象になりにくい中・小額紙幣が好まれるのでは」と指摘する。
ところが、紙幣の偽造防止技術が高い日本では、
海外に比べ偽札事件も少なく、高額紙幣が安心して使える。
「一万円札と千円札で事足りてしまう」と、
清水局長は二千円札の需要が伸びない理由を解説する。
また、金融機関の現金自動預払機(ATM)では、
沖縄など一部の地域を除き、預け入れはできても払い出しの対象になっていない場合が多い。
大半の自動販売機で使えないことも普及を阻む要因となっているようだ。
7月17日14時8分配信 時事通信
・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/bank_of_japan/?1279353204
☆【時事ドットコム】 二千円札、普及進まず丸10年=薄れる存在感、健闘は沖縄のみ ☆
私は2004(平成16)年の秋に定年退職後、日常の買物担当となり、
殆ど毎日、スーパーに行ったり、ときには郵便局で健康保険、市民税、固定資産税などの振込みを窓口で依頼する。
こうした時、郵便局のお釣銭は『2000円札』が混じることが多く、
『2000円札』かょ、と感じることが多い。
この後、スーパーか煙草を買い求めにする時は、
『2000円札が入っていますょ・・』
と私はひと言、言葉を重ねた支払ったりしている。
私は受け取る人の1000円札と2000円札と瞬時に間違う誤解を避けるために、
余計なひと言を云ったりしている・・。
しかし、この後の私は少し反省をすることが多い・・。
私は何故かしら、この2000円札を見ると、
亡くなわれた小渕恵三・元首相の真摯な顔立ちを思い浮かべてしまうのである。
小渕恵三氏の生涯を余すことなく深淵まで描ききった佐野眞一・著の『凡宰伝』(文春文庫)を、
私は読んだりし、小渕恵三氏への評価を改めたのである。
小渕恵三氏は学生時代の頃から沖縄問題に強い思いを寄せ、
政界の要職の時から沖縄への手厚い振興策を実施、
そして総理の時にあえて沖縄サミット開催の決断に私は好感してしまうのである。
氏は無念ながら、開催前に志半ばにして急逝し、
憎めなかった総理だった、という思いがある。
私は太平洋戦争の末期、沖縄は日本本土の防衛の防波堤となり、
民衆まで巻き込んだ過酷な地上戦を行われたことに熱い涙を流すひとりなので、
私なりに沖縄には深い思いがある。
こうした心情であるので、『2000円札』が見かけなると寂しく感じる時ある。
そして、首里城「守礼門」の絵柄を見たりすると、
この『2000円札』は、少なくとも沖縄県では永久的に流通させ、
本土の日本人は、沖縄列島の悲惨な功績を忘れない為に、ときおり見かけ、
感謝の心をささげるひとつ意味合いの『2000円札』と思ったりしている。
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いれば2000円札も広まると思います。「無駄。
仕分けしろ。」という人は「沖縄の心」も
同様に思っているのでしょう。有難うございます。