夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

新年早々、老ボーイの私は戸惑いながら、やがて微苦笑して・・。

2017-01-02 15:50:11 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の老ボーイの72歳の身であるが、
昨年の12月20日に調布市から『市報』が配布され、
ぼんやりと私は見たりしていた。

こうした中で、都立・神代植物園に於いて、『正月開園と初春イベント』が掲載され、
《・・1月2日(休日)、3日(火曜)に、津軽三味線や箏(こと)の新春コンサート・・》
と明記されていた。

そして私は我が家より45分歩けば深大寺があり、、隣接した処に都立・神代植物園があり、
私は散歩代わりに殆ど毎月訪ねてきたが、箏(こと)の演奏はここ20数年聴いたことがないので、
鑑賞しょう、と思い立ったりした。

昨夜、私はこっそりと箏(こと)の学習をしょうと、居間にある音楽棚から、
カセットを取り出してCDラジカセで聴いたりした。

宮城道雄(みやぎ・みちお)さんの『春の海』と題され、
『春の海(箏と尺八)』、『さくら変奏曲』、『ロンドンの夜の雨』など全16曲入ったアルバムである。
             

確か1980年(昭和55年)の頃、もとよりCDはなく、レコードかカセット・テープの時代であり、
私は最寄のレコード屋さんより、買い求めたカセットであった。

そして私は居間にあるステレオ・セットで、新年三が日を幾たびも聴いたりしていた。
やがて昭和が終わる頃から、殆ど聴くことはなくなった。


昨夜、少し箏(こと)の曲を聴いて、予習が終えた私は、今朝は5時過ぎに起床をしたりした。

年末年始の我が家は、独り住まいの家内の母に来てもらい、私たち夫婦と共に過ごしているが、
母と娘とくつろいで家の中で過ごす中、私は相変わらず散策して歩き廻っている。

こうした関係で、私は本日は予定通り都立・神代植物園に向かって、8時過ぎ歩き始めた。
そして何かと単細胞の私は、久々に箏(こと)の演奏を鑑賞できるよなぁ、と微笑ながら歩いたりした。
             

やがて都立・神代植物園に9時に到着したが、入園する御方は誰もいなく、
私は一番かしらと微笑んだりした。

まもなく私は入門口に近い大きな案内板を見たりした時、
《・・2017年正月 新春コンサート

開 催 時 間  各日11時~、14時~ の各日2回 各回約30分
開 催 場 所  植物会館前広場

1月2日(月・祝)津軽三味線・・・小山慶一、慶宗兄弟
1月3日(火曜) 箏(こと)・・・・岡戸朋子、佐藤昌子・・》
とこのように明記されていた。

私は箏の名手、御二人による合奏などで、箏の調べを聴きたかったのに、
私の早やとちりで、明日かょ・・と戸惑いながら独り苦笑をしたりした。

そして私は落胆をしながら、いつもように園内を3時間ばかり歩いたりした。

やがて園内を辞した後、初詣でにぎあう深大寺に寄ったが、
人並みが多く、私は土鈴の売り場に寄ったが、七福神としては今回は一種しかなく、
やむなく買い求めたりした。
             

『毘沙門天(びしゃもんてん)』と命名されて、開運厄除・受験合格

勝利の神・正義の神として守護してくれる神様で、
災難から守り命を延ばし、富貴と財福をもたらす神様です。

と明記されて、私は微苦笑したりした。

私は勝利、正義にも無縁であるが、災難から守り命を延ばし、財福をもたらす神様だったら、
悦んでお迎えしたいなぁ、と裕福でない私は心の中で呟いたりした。

帰路、駅前に寄り、家内、家内の母が居る我が家に、洋菓子店で少しを買い求めて、帰宅に向かったが、
箏の調べを聴きたかったのに、新年早々、私の早やとちりで、残念ひとことであった。
過ぎゆく人生・・こうした日もあるよなぁ、と私は苦笑したりした。

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