伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

すっぱい話と、しょっぱい話

2019年11月10日 | エッセー

 先月の拙稿『栗ご飯』で五味に触れた。その内、酸味と塩味(エンミ)についての話である。
〈酸味も苦みに続くセンサーだ。腐敗の感知である。だが酸味のある食材には疲労回復やスタミナアップなどに資する作用があり、必須の味覚である。
 塩味(エンミ)はミネラルバランスを示すシグナルである。カルシウム、鉄などのミネラルは微量ではあっても人体に不可欠な無機質である。過不足ないミネラルバランスこそ最強の治癒力ともいわれる。〉
 酸味は腐敗のセンサーである。そのセンサーが見事に働いた。
《セブン、冷食「たこ焼」回収
 セブン&アイ・ホールディングスは8日、冷凍食品の「セブンプレミアム とろ~り食感たこ焼」約235万食分を自主回収すると発表した。酸味の強いものがあり製造工場で紅ショウガを入れすぎたなどの可能性があると同社はみている。健康被害は出ていないという。》(今月9日付朝日新聞より抄録)
 「腐敗の感知センサー」が働いた好例である。指摘は5・6件だったそうだが、対応は実に素早かった。原因も紅ショウガの偏りであってみれば笑って済ませられよう。回収数235万個と1袋税込235円は不思議な数の一致だが、絶妙ともいえる。推定5.5億円の回収は年間売上4.9兆円の最大手にとっても痛手ではあろうが、24時間営業問題で翳った企業イメージのさらなる悪化を防ぐにはやむを得なかったともいえる。
 センサーは大店の沽券に反応したのだから、こういう場合は酸いも甘いも噛み分けないほうが得策である。飽和状態とeコマースの隆盛に、今、コンビニ業界は苦戦を強いられつつある。『とろ~り』どころではなくなっている。酸味センサーはそんなアラームを鳴らしたといえば、大袈裟が過ぎようか。
 次は塩味である。同じく同日の朝日から抄録。
《羽田の塩――の謎 空港第2、断水解消
 羽田空港で6日朝から続いていた断水が8日午後に解消した。なぜ「しょっぱい水」になったのか。最初に異変が見つかったのは、機体を洗う洗機場。水が塩辛くなっていることに気付き、給水を止めた。担当者は「空港内で塩分が含まれてしまった可能性が高い」とみる。》
 「羽田の塩」とは巧い見出しだ。空港は東京湾という海に突き出している。塩水(シオミズ)に囲まれているのだから、塩害は不可避であろう。原因は水道管の腐蝕により海水が混入したのではないかと推測されている。さもありなんだ。
 塩味センサーが「ミネラルバランスを示すシグナル」だとすると、「羽田の塩」はにわかにおもしろくなる。まず空港とは人体という有機物にある無機物に準えることができよう。「機」とは生き生きる機能の「機」であり、それがあるかないかで有機、無機に別れる。もちろん陸(オカ)は有機物に溢れる世界だ。少量といえどもミネラルがなければ人体は生を維持できないように、現代の文明社会は空港がなければ立ち行かない。問題はバランスだ。
 来年のオリンピックを機に訪日客を4千万に持って行くため、羽田の国際線発着枠を年間6万回から9.9万回に増やす細工がなされた。米軍に頼み込んで横田空域を通過させてもらう。ために、首都上空を超低空で飛行する破目に。自国の空なのになぜ自由に飛べないのか。このおかしな「ミネラルバランス」については昨年12月の愚稿『知ってはいけない!』で述べた。
 アベノミクスの不首尾を糊塗する観光立国の目眩まし。成長神話の呪縛から逃れられない大計なき場当たり戦術。国家規模のミネラルバランスが崩れつつあるアラームが「羽田の塩」ではないのか、といえば牽強付会が過ぎようか。すっぱい話と、しょっぱい話。
 物言えば唇寒し秋の風  芭蕉 □