伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

解散権は専権事項???

2019年06月08日 | エッセー

 先月、政府は6年ぶりに国内景気の基調判断を「悪化」と発表した。「後退」ではないといまだに強弁するが、景気動向指数は明らかに後退局面を示している。6年とは第2次安倍内閣の丸々6年間である。アベノミクスは一体どこへ飛んでいったのだろう。三本の矢、下手な鉄砲のように繰り出すなんとか改革・革命というゴミの山。空振り三振の法人税減税。この6年で国債は350兆円の増加。税収の2倍だ。大向こう受けする財政拡大路線は将来世代への借金の山で賄われている。ところがMMT(4月の小稿『MMT』で触れた)のお手本のように持ち上げられて、まんざらでもなさそうな首相、財務相。能天気もいいところだ。
 経済ふん詰まり、では外交はどうか。北方領土交渉は手玉に取られて2島に値切りしても進展なし。拉致問題は埒が明かず(失礼!)、隣国韓国とは冷え切ったまま。中国ともギクシャクは続いたまま。まことにお寒い限りである。ただ一つ、今や自己目的化した対米追随だけはほっかほかでトランプ大親分の太鼓持ちだけは全うしている。ポチといわれるのが気に障るのか、にわかにイランとの橋渡しを買って出たが恥の上塗りをなさらぬよう願いたい。
 改元の大騒動も下火を迎え、八方塞がりは依然続く。このまま消費増税を迎えたら、あわよくば総裁4選どころかレームダックの憂き目が待つのみ。ならば3度目の増税延期と起死回生を狙って衆参ダブルか。昨年12月6日の拙稿『外れてほしいシナリオ』から引く。
 〈参院選はWで来る。でなければ、最終目的地の改憲が見えてこない。万博で維新も取り込み、五輪の浮かれモードの内に国民投票への道筋を開く。それが外れてほしいシナリオである。浅学寡聞ゆえまことに粗雑な推論ではあるが、御容赦願いたい。なにせ、この政権与党はダブルスタンダードがお好きである。ならば選挙もダブルで。……ブラフであってほしいシナリオである。〉
 そこで、問題は解散権についてだ。69条解散は措く。7条解散は果たして合憲なのか。
 現行憲法下での最初の7条解散は1952年(昭和27年)8月28日の吉田茂首相による通称「抜き打ち解散」であった。突如馘首となった衆院議員苫米地義三が任期満了までの職の確認と歳費支給を訴えて訴訟を起こした。「苫米地事件」と呼ばれる。8年後、最高裁は統治行為論をもって判断を回避。以後、大手を振るって7条解散が多用されてきた。衆院の解散は25回。任期満了は1度切り(これを除けば24回)。不信任を受けた69条解散は4回。都合、20回は7条解散だった。第2次安倍政権によるものが14年の「アベノミクス解散」と17年「国難突破解散」の2回。いずれも7条解散であった。
〈第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。 
 1. 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
 2. 国会を召集すること。
 3. 衆議院を解散すること。 
 4. 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
 5.国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
 6. 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
 7. 栄典を授与すること。
 8. 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
 9. 外国の大使及び公使を接受すること。
 10.儀式を行ふこと。〉
 この3. を根拠とする解散を7条解散という。これに疑義がある。
 憲法第4条には
〈天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。〉
 とある。「憲法が定める行為のみを行ひ」得るのであるから、この10項はこれ以外はできないという限定列挙である。その他もあり得るという例示列挙ではない。
 1. では、憲法の規定に基づいて国会が議決した法律等を天皇が『後から』公布するということだ。以下も同等である。3. も、憲法上の明文規定に基づいて『先に』決定された衆院の解散を『後から』天皇が宣するのである。『先に』に法的根拠がある。この先後は絶対に逆転できない。3. の『先に』基づくべき根拠が69条の規定だ。69条で決定された解散を『後から』宣布する。極めて明解な筋道ではないか。であるのに、7条を盾に取るのは宣布の方法と中身の決定を逆順にするものだ。水害が起こりそうな時は防災無線で連絡しますといっておいて、「起こりそうな時」は私が直感で決めますというようなものだ。規定もなしに「レベル4」だの「5」だのと言われた日にはとんでもないことになってしまう。そんなあべ(安倍)こべ、おバカが7条解散である。
 敬愛する憲法学者木村草太氏は7条解散には憲法上の疑義があるとする。要点は以下の通り。
▼憲法7条は、どのような場合に解散できるのかについては何も規定していない。そして、解散が行われる場合を規定した憲法条文は、69条のみである。
▼69条非限定説は、解散権行使を内閣の好き勝手な判断に委ねる見解ではない。
▼そもそも、解散権のみならず、行政権や外交権などの内閣の権限は、公共の利益を実現するために、主権者国民から負託された権限だ。与党の党利党略や政府のスキャンダル隠しのために使ってよいものではない。憲法7条を改めて読み直すと、天皇の国事行為は、政府や与党の都合ではなく、「国民のために」行うものだと規定されている。
 「69条非限定説」が肝だ。7条の「国民のために」重要で喫緊の政治課題を問うためだとする見解。また69条は信任・不信任に対する政府の対応を定めただけで、解散権そのものを縛るものではないとする見解もある。しかし次数を上げて考えると、憲法はリヴァイアサンを閉じ込める檻であるとの根源的な原理を忘れるわけにはいかない。立憲主義の成り立ちである。リヴァイアサンに檻の合鍵を渡す間抜けがいるわけはない。
 巨大な海の怪獣、口から炎を吐き鼻から煙を噴く。鋭い歯、全身は鎧のような固い鱗で覆われあらゆる武器を撥ね返す。凶暴で冷酷無情──。そう『ヨブ記』には記されている。だが、トマス・ホッブスは逆に「人間に平和と防衛を保障する『地上の神』と言うべきだろう」と述べている。これは、ホッブスが神なき世界での社会契約を構想したがゆえに「地上」に舞台を替えることでその本性をカムフラージュしたと愚案する。ともあれ、大義は「69条限定説」にある。専権事項だの伝家の宝刀だのとは、世迷い言と断ずべきだ。
 同じ議院内閣制のイギリスでは、2011年に「議会任期固定法」を成立させ首相の解散権に制限を掛けている。フランスでは解散後1年以内は解散ができない。ドイツでは首相選挙で3回目までに決着が付かなかった場合に大統領が判断する仕組み。そのように諸外国では解散権に制限を掛ける趨勢にある。日本だけが1周も2周も遅れている。いまだにチョンマゲ姿で刀を振り回し、伝家の宝刀だと胸を張っている。戯画に等しい。1990年代までは「経済一流、政治二流」と評された本邦だが、今では「経済三流、政治も三流」に成り下がったようだ。 □