今月11日、朝日は次のように報じた。
〈JOC竹田会長を訴追手続き 仏当局、五輪招致汚職容疑
2020年東京五輪・パラリンピックの招致を巡って、日本オリンピック委員会の竹田恒和会長が汚職に関わった疑いがあるとして、フランスの検察当局が竹田会長の訴追に向けた手続きに入っていたことが明らかになった。ルモンドによると、手続きに入ったのは昨年12月10日。五輪招致が決まる前に180万ユーロ(約2億3千万円)の贈賄に関わった疑いがもたれているという。
フランスの検察当局は、竹田会長が当時理事長を務めていた招致委員会が、シンガポールのコンサルタント会社に支払った約2億3千万円について、汚職などの疑いで捜査していた。
この問題では16年9月、JOCの調査チームが報告書を発表。日本の法律や仏刑法、IOC倫理規定に違反しないと結論づけた。日本の刑法では民間人が金銭のやりとりをしても汚職の対象とならないが、仏刑法では対象となる。〉(抄録)
この一報に接した時、江戸の敵を長崎で討つとはさすが誇り高きフランスと感じ入った(もちろん長崎の鐘は「ゴーン」と鳴る)。だが同時に、「なぜフランスなのか?」という疑問が湧いた。フランスははたして当事者なのか。IOCはローザンヌに本部を置く。だからスイスの司直が動くのなら解る。まさかクーベルタン男爵がフランス出身だからか。そんな馬鹿な。舞台はシンガポールで、資金はセネガル人に渡っている。そこからフランスのIOC選考委員に送られたという話は聞かない。セネガルはかつてフランスの植民地であったが、独立してすでに半世紀を超える。土足で踏み込むわけにはいくまい。なのに、なぜフランスの検察が動くのか。腑に落ちない。それにIOCといえども一民間機関である。内規で縛るのは判るが、フランスでは公権力がなぜ民間機関に介入するのか。これもまた合点が行かぬ。マスコミの報道は囂しいが、これら2つの問いかけに明確に答えるものを寡聞にして知らない。そこで、ない頭を絞ってみた。
件(クダン)のセネガル人の父親は有力なIOC委員。フランス国内に活動拠点をもっていて、フランス当局はロシアのドーピングに絡み収賄とマネーロンダリングの罪で起訴している。この父や息子がもつフランスの口座を通して資金がIOC担当委員に送金された疑いがある。つまり、フランス経由で贈賄が行われた疑惑だ。だからフランスは黙ってはいられない。フランス刑法は犯罪の全てではなくたとえ一部でも自国領土内で実行されていれば適用されるという。行為者の国籍を問わない属地主義が徹底された形だ。フランスはゲルマン人の一派であるフランク人とガリア先住民とでできあがった国である。それはイギリスやドイツと違い、同化主義として今に引き継がれているともいえる。ともあれかつて融合が進むにつれ属人主義から属地主義へ変わっていったらしい。融合のためには出自ではなく今いるこの場所こそファーストプライオリティである。それが裏返れば、何人(ナンビト)であろうとも自国での犯罪は許さないという潔癖への指向が生まれたのであろうか。
もう一つ。フランスの刑法では民間機関同士でも贈収賄罪が成立する。しかも第三者を介した間接的な金の提供、事後の成功報酬までもその対象となる。日本ではイノセントであってもフランスではそうはいかない、紛れもない有罪である。
フランスでは、刑法は公法ではなく私法である。公法は公権力と私人との関係を律する法である。私法は私人同士の関係を律する法である。前者は憲法・行政法・刑法が該当し、後者は民法・商法・会社法が当たる。ところがフランスではローマ法の伝統に倣い、刑法は私法に分類される。ローマ法では公法は国益を保護するもの、私法は個人を保護するものとされた。犯罪は私的なものであり、訴訟は私的な手続きであった。ローマは勢力拡大に伴い、帝国のコントロール下にありさえすれば強権的な支配よりは市民保護を優先した。私法に重きが置かれた所以である。国が前面に出ない代わりに大きな社会的勢力には公的性格を担わせる。ノブレス・オブリージュに通底するかもしれぬが、民間団体にも清廉を求めた結果がフランス独特の贈収賄罪に繋がったとするのは牽強付会に過ぎようか。
「フクシマはアンダーコントロール」と首相が大嘘を吐き、そのうえ金で買ったとなればTOKYO2020は一敗地に塗れる。だから雑魚の魚交じりなぞ、陸なことはないのだ。
以下、内田 樹氏の肺腑を衝く達識に耳を傾けたい。なぜ、東京開催が決まったのか?
〈東京の際立ったアドバンテージは「安全」にあった。でも、「東京はテロのリスクが少ないから」というメディアの解説を聞いた覚えがありません。なぜ、そんな当たり前のことを報道しないのか。それを口にしたら、なぜ、東京だけは例外的に安全なのか? という問いが続くからです。それは日本がこれまて海外の紛争に軍事介入したことがないので日本を標的にするテロ組織が存在しないと答えるしかない。まさか、日本の対テロ、防諜機関はあらゆるテロを事前に阻止できるのだと答えるほど図々しい政治家も警察官僚もいないでしょう。軍事介入しなかったのは、日本国憲法第九条がそれを禁止していたからです。招致成功の最大の理由は憲法九条の効果です。でも、招致派の人たちは誰も憲法に対する感謝を口にしませんでした。それどころか、「自分たちのプレゼンがうまかったから」というようなばかばかしい理由を挙げた。首相をはじめ招致派のほとんどが改憲派です。自分たちが否定している当の平和憲法から恩恵を受けながら、それをまるで自分の手柄のような顔をして、招致の「成功」の勢いを借りて平和憲法を廃絶しようとしている。大恩ある日本国憲法に対するこの「忘恩」の態度に僕は我慢がならない。〉(「街場の戦争論」から抄録)
2億3千万円が招致を決めたのではない。平和憲法67年間が五輪を呼び寄せたのだ。そう心したい。 □