伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

またも非正規か

2019年01月11日 | エッセー

 トランプ大統領は“Mr.Withdrawal”(ウィズドロール=撤退)と呼ばれる。就任早々のTPP離脱。つづくパリ協定離脱。昨年5月にはイラン核合意から離脱。10月にはINF(中距離核戦力全廃条約)離脱の方針表明。都合4件の“ウィズドロール”である。世のありようを分断は悪へ、結合は善へと誘(イザナ)うは人類史の道理である。アメリカ独り、この矩(ノリ)から外れるはずはなかろう。けれどもさすがはトランプのポチ、わが宰相はIWCから離脱した。なんとも能天気な猿真似といえなくもない。
 逆にあくまでも固執するのがメキシコ国境の壁だ。これだけは頑として譲らない。予算を人質に取られても偏執する。なぜか? 敬愛する作家橋本 治氏が実に鮮やかに解(ホド)いている。
 〈トランプは、「国家を会社のように経営する」って言ってたけど、会社と国家は違います。会社は、不必要な数の社員を雇用しないけど、国家における「社員」に当たる国民は、必要不必要は関係なくて、「国民」としてカウントされるものは全部「国民」だもの。国民の人員整理は出来ない。それをするとなると、「あいつを非正規の社員にしろ、正規社員の数を減らせ」ということになる。「不法移民の締め出し」は、社員の解雇と同じことで、「あれは正社員じゃないから正社員と同様に扱う必要はない」ということは、人種差別を見事に肯定しますね。経済重視で「国家も会社であればいい」という考え方は、容易に人種差別を導き出す。〉(『たとえ世界が終わっても』から)
 炯眼に畏れ入る。翻って本邦はどうか。バブル崩壊後過労死問題も浮上する中、平成不況で企業はコスト削減の切り札として正規から「非正規」社員へとシフトし始める。ところが08年金融危機により世界的不況に見舞われる。今度は掌を返して、調整弁とばかりに派遣切りを始めた。同年暮には日比谷公園に派遣村が生まれた。トランプ流の日本版である。爾来10年、団塊世代の大量リタイア、顕在化する少子化、労働人口の永続的減少によってついに海外から労働力を呼び込まざるを得なくなる。財界支持層からのやんやの催促に応えた形だ。昨年末、エイヤーでスカスカの外国人材拡大法(入管法改定)を抜け駆け成立させた。アンバイ君は右派支持層を慮って移民政策ではないと強弁する。
 ともあれ、一見トランプとは逆方向のようである。しかし、「国家を会社のように経営する」スタンスは同等だ。アンバイ君の言うように移民ではないとすれば、「外国人材」は調整弁でしかなくなる。それは今までの外国人技能実習制度の為体(テイタラク)が如実に示している。人をコスト視することと変わりはない。今回は国を挙げての「非正規社員」補填策である。いつ何時、会社経営さながらに「派遣切り」が始まらないとも限らない。橋本氏の指摘通り、人種差別と踵を接する愚策である。でないというなら、まず受け入れを十全に整えるべきだ。あんなスカスカ法のどこに人へのリスペクトがあるというのか。
 突飛だが、あちらがトランプだとこちらはさしずめ花札か。こいこいの7月は萩に猪だ(聞いたところ)。萩は魔除け、猪は戦捷を表す。まことに縁起もよろしく、高得点の札である。奇しくもその7月は参院選。萩とくれば山口(すげぇーこじつけ)、だれかさんの地盤である。早速武者震いの一つや二つはしたかろうが、おっとどっこい、所変われば品変わる。ギリシャ神話では猪は悪役の代表格。「エリュマントスの猪」である。狩猟・貞潔の女神アルテミスが地上に送った巨大で凶暴な猪。エリュマントス山に棲み、畑を荒らし回った。農民では手に負えず、英雄ヘラクレスが格闘の末、ついに生け捕りにした。その伝でいくなら、賢明な国民こそヘラクレスであろう。精魂込めて作ってきた民主の畑を、これ以上傍若無人な猪に荒らし回られてはかなわない。こればかりは“ウィズドロール”願いたい。 □