伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

『嘘みたいな本当の話』プラス ワン

2015年09月06日 | エッセー

 そっくりな人の話

「おい、カトウ。カトウアツミ。俺だよ。ミヤベキュウゾウだよ。若い学生達を俺たちと同じ目に会わせるわけにはいかない。こんな法案は絶対反対だ。だから、一緒に散った連中を引き連れて生き返ってきたんだ」
 インタビューに応えて、その学生はこう言った。確かにそう聞こえた。横断幕を広げ、プラカードを掲げたSEALDsのデモがテレビ画面を埋め尽くしていた。数年前に連れ合いが逝き、手作りの夕餉を一口ずつスプーンで運びながら夜のニュースを見る。その手がぴたりと止まった。まちがいない。今風の髪やシャツを着てはいるものの凜々しい面立ち、よく通る声もミヤベその人だ。身体ほどに頭は老いてはいない。記憶は鮮明だし、事の是非はキチンと付けられる。安保法案の衆院通過には胸を掻き毟るほどの焦燥感を覚えた。
 あのころ、私は特攻隊を目指す海軍飛行予科練習生だった。ミヤベは一の友人だった。山口県防府の通信学校では、特攻機が敵艦に体当たりする時に発する「突入信号音」を何度も傍受した。先輩たちの最後の叫びが今も耳朶に残る。もちろんミヤベのそれもだ。16、18、20歳と、笑いや友情、恋もあったにちがいないこれからの人生が断ち切られ、五体が炸裂し肉片となって恨み死にした仲間たち。有無を言わせぬ軍国の颶風の中で死ねと命じられ、爆弾を抱いて飛び立った先輩たち。彼らが帰ってきたのだ。いま国会の前で、デモ隊となって立ち並んでいる。
 湯のように熱い涙が止めどなく流れた。老軀の芯から燃え上がる熱が溢れた。


 『嘘みたいな本当の話』は全149本。なんだか切りが悪い。もう1本ほしい。そこで作話した。というのは正確ではない。新聞の投書欄の稿を元に超掌篇に仕立てた。有り体にいえば、剽窃である。
 7月18日朝日の“声”に、「学生デモ 特攻の無念重ね涙」(無職 加藤敦美 京都府 86)が載り、話題を呼んだ。そして本日、再び加藤氏の投稿が掲載された。要約すると、
〓拙稿がツイッターなどで広がったと聞く。死んでいった特攻隊員たちが生まれ変わり国会前で反対する学生デモ隊となったように思い、感謝の気持ちを書いたものだ。先日、東京からその「SEALDs」の学生さんが自宅まで来て下さった。
 難聴の私に、学生さんは紙に書き示してくれた。「投稿を読んで泣きました。自分たちも時代が違ったら特攻に行ったかもしれないし、死んだかもしれません。他人が書いた投稿と思えませんでした。今、動かずにはいられません」
 海軍通信学校から特攻基地へ続々と出発していった予科練仲間たちが鮮明に目に浮かぶ。安倍政権の憲法破壊、戦争路線の行き着く先は何か。憤怒のデモを続ける学生さんたちはそれを見抜いていると感じた。死んだ仲間たちは今あなたたちと共にある。〓
 と、氏は記している。多言は要るまい。氏の長寿を祈る。 □