狂歌とは社会を風刺した短歌である。権威権力を皮肉り、洒落のめす。中世に淵源をもち江戸中期に隆盛を極め、近代に至って衰えた。
先月の拙稿「2014流行語大賞を評す」から再録する。
──泰平の眠りをさます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず
黒船来航に動顛する世相、別けても幕府を揶揄し洒落のめした狂歌の名作である。高価なお茶である“上喜撰”を蒸気船に、“四杯”を軍艦四艘に掛けている。吉田松陰も「アメリカガのませにきたる上喜撰たった四杯で夜も寝ラレズ」と、直筆で記録していたそうだ。──
紅白でのサザン。さしずめこれは『平成の狂歌』ではないか。以下、1月6日付の朝日新聞から抄録する。
〓サザン「ピースとハイライト」は政権批判? 解釈で波紋
ちょびひげを付けた桑田佳祐さんがテレビ画面に映し出された。歌ったのは「ピースとハイライト」
世界各国の言葉で「平和」という文字が映し出された映像が流れる中、桑田さんは少しおどけたように歌った。
♪都合のいい大義名分(かいしゃく)で
争いを仕掛けて
裸の王様が牛耳る世は……狂気
この「都合のいい大義名分」を、集団的自衛権行使容認のための憲法解釈変更に重ね合わせて聴いた視聴者らがネットで反応した。曲名を「平和(ピース)と極右(ハイライト)」と読み替えたり、「裸の王様」を安倍晋三首相への揶揄と受けとめたり――。
ツイッターなどにはこの歌の「解釈」を巡って賛否の投稿が相次いだ。
「安倍政権の極右旋回へのプロテスト(抗議)と戦争への危惧」「素晴らしい(安倍政権への)カウンターソング」。一方では「今後一切サザンは応援しない」「日本に対するヘイトソング歌う為に紅白でたわけか」というツイートも。〓
「ちょびひげを付けた」のはヒトラーを擬したのだろうが、「極右(ハイライト)」は当たらない。英題は“Peace & Hi-lite”だから、煙草の名前だ。右翼なら“right”だ。“Peace”がテーマだから、「もっと日の当たる場所」という謂の“Hi-lite”を繋いだらしい。語呂もいい。“right”に掛けたというのは無理筋だ。「裸の王様」がアンバイくんとはとてもうまい。「都合のいい大義名分」を憲法解釈変更に準えるのもいいセンスだ。さらにこの曲のリリースが13年6月だったことを考え合わせると、「大義名分」を『かいしゃく』と訓んだ桑田の先見の明に畏れ入る(偶然とはいえ)。「解釈」が問題になる1年も前だ。
「日本に対するヘイトソング」とは、これも言い得て妙。“light”で“right“なオツムが、覿面“light”で“right“な応えを返す。公式通りで拍子抜けするほどだ。
サザン復活の記念アルバムに「ピースとハイライト」とともに収録されていたのが「蛍」である。映画「永遠の0」の主題歌である。ラッシュを見て感激し、作ったという。稿者と同様、騙された口だ。彼も泣いたそうだ。ちょうど一年前「流涕を慙ず」と題して、拙稿で不明を恥じた。両曲のアンビバレンスについて彼に訊きたいところだが、とりあえず不問に付しておこう。
「狂」には、権威を否定するとの字義がある。狂歌とはそれだ。「おどけたように歌った」のは狂態を装ったのであるし、「ちょびひげ」は「狂」の表徴にちがいない。大向うに対し「ここから先は桑田ではありません。どこかの狂人が歌います!」と、須臾にしてメタモルの合図を送っているのではないか。桑田の歌いっぷりにはいつもそんな仕掛けがあるように感じられてならない。狂歌を狂人が唄う。煙(ケム)に巻くのはオーディエンスではなく、洒落のめす相手だ。
一年納めの間際、平成の狂歌にひと時こころが躍った。 □