今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

ウェストンココア

2006年10月31日 | 
定宿の中津川の温泉に行ってきた。
今回は行く前に、ウォルター・ウェストンの『日本アルプス-登山と探検』(平凡社)を読んでこの地の彼の足跡を偲んでみた。

W.ウエストンは、明治中期に日本アルプスを世界に紹介し、日本に登山を広めた第一人者(その功績を讚えて上高地に彼のレリーフがある)。
彼は本来は神戸の英国教会の牧師として来日したのだが、日本の山に魅せられてしまい、滞在中ずっと登山を続けて上の山行記を英国で出版した。
その彼は明治26年に中津川から恵那山に登り、翌日は中津川から神坂峠を越えて伊那に下りた。その紀行を先の書に載せている。

日本の近代登山のパイオニアたる彼の恵那山登山を記念して、数年前に山麓の恵那山神社のそばには「ウェストン公園」ができ、園内に腕組みしたウェストンの半身像が建てられた。

そして、定宿”ホテル花更紗”内の喫茶店にも、彼が恵那山頂上で飲んだココアにちなんで「ウェストンココア」がメニューに加わっている。
注文して出てきたのは、ペースト状のココアに自分で好きな分量の湯を足して、恵那山を摸したホイップクリームを載せる(クッキー付き)。
恵那山頂上に立つウェストンのつもりになって甘いココアを飲む。
確かに山でこれを飲めばおいしく、元気になるな。
この宿にこのメニューがあるのも当然で、彼が中津川から神坂峠を越えたとなれば、この宿の前の神坂峠の一本道を通らないわけがないからだ。

私はもともと幕末-明治の頃に来日した外国人の日本滞在記が好きだが、その中でウェストンの著作が一番楽しい。
たとえば、彼より10年ほど前に日本の東北・北海道を旅したイザベラ・バード(『日本奥地紀行』)などは、彼女が見た現地人を「猿」だの「醜い」だの平気で書くのだが(といってもそれらは彼女特有のストレート表現で、人種的偏見によるものではないことは読めばわかる。ほめる時もきちんとほめる)、
ウェストンの方は、不快な体験をしても、決して声高に批判せずに軽妙な皮肉でやりすごす。
彼のようなユーモアは他の著者(ビゴーなどの漫画家は除いて)には見当たらない。
でも彼の書の価値は文才だけではない。
来日した多くの宣教師が示したような、仏教に対する敵意と民間神道に対する蔑視が、ウェストンにまったくみられず、
それらを信ずる日本人への暖かい眼差しと鋭い観察眼(好奇心)が働いている。
とりわけ木曽御嶽で観察した行者の儀式の記述は文化人類学者の綿密な記録論文に仕上がっている。
彼にとって日本は、近代文明に接したばかりの最果ての異教国ではなく、ギリシャ文明や聖書の世界と矛盾のない文明国に写ったらしい。
たとえば赤石山麓の大鹿村の温泉小屋で会った老人に対して、ウェストンはこう評す。「その一生を日本の一番へんぴな谷間で送ったこの気の毒な『教育のない田舎人』ほど、真の意味の紳士を日本の内外で私は見たことがない」。
彼の牧師としての活動には後世伝えられるものがほどんどなく、登山の足跡だけが有名なのも、
日本各地を旅して日本人を観察した結果、異教徒ながらまるで聖書を理解しているような人々にあえて教化の必要を感じなかったからかもしれない。
(彼だけでなく、日本人が彼に対して好意的に接したのも、当時の日英同盟による親近感が作用していたことも事実だろうが)
彼に言わせれば、とりあえず日本に足りないのは、アルパインクラブ(山岳会)だった。

ウェストンに関する本は他に次がある(私の所蔵から)。
●W.ウェストン 「日本アルプス再訪」平凡社 文庫
●W.ウェストン 「日本アルプス登攀日記」平凡社 東洋文庫
●田端真一 「知られざる W.ウェストン」信濃毎日新聞社
●W.ウェストン(三浦嘉雄訳)「ウォルター・ウェストン未刊行著作集 上下」郷土出版社