博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

絵本楊家将 第7章 七郎遇害

2012年01月29日 | 絵本楊家将
第7章 七郎遇害

七郎が援軍を求めるために軍営に戻り、本陣に足を踏み入れようとすると、酒席での遊びの物音が聞こえます。彼が中に入ると、杯や食器が取り散らかされ、潘仁美が酒を飲んで騒いでいるのが目に入りました。七郎は怒りで全身が震えそうでしたが、我慢に我慢を重ね、高らかに潘仁美に対して言いました。「我らは敵に包囲されてしまい、危機が目前に迫っております。元帥、どうか速く援軍を送って下さい。さもなければ今にも全滅してしまいます!」

潘仁美はちらりと七郎を見て、落ち着き払って言いました。「楊家の父子は戦に長けているのではなかったのかな。本日開戦したばかりだというのに、どうして援軍を求めに来たりするのかね?」七郎は穴から煙が噴き出すほど怒り、罵って言いました。「あなたが我らに五千の軍馬さえ与えてくれれば、我らは十万の遼兵とも戦えるというのに、世の中にこんな理不尽があってたまるものか!」

潘仁美は陰険な口振りで言いました。「ここの軍馬には別の任務があるのだ。申し訳ないが援軍を送ることはできぬ。」七郎は青筋が立つほど怒り狂い、大声で罵ります。「潘仁美、この畜生め、公務にかこつけて個人の恨みを晴らそうとするとは、何と心の狭いやつだ。俺様が生きて戻って来られたら、お前をバラバラに斬り刻んでやるからな!」七郎が言い終えて本陣を出ようとすると、数人の大男が乱入してきて、彼をがんじがらめに縛り上げて門外へと連れ出します。

潘仁美は七郎を樹上に吊させて、手下に命じて矢を放たせました。七郎の体には百三本の矢が当たり、そのうち七十二本が急所に命中し、息が途絶えて死んでしまいました。潘仁美はそれでもまだ恨みが解けず、七郎の遺体を石に縛り付け、黄河に投げ捨てさせました。

さて六郎楊延昭はと言いますと、包囲を突破したものの、援軍が見あたらないので、黄河に沿って引き返して行きます。彼は突然全身に矢が刺さった死体が流れてくるのが目に入りました。六郎がすくい上げて見てみると、何と自分の弟ではありませんか。何本かの矢には「潘」の字が刻まれています。六郎は胸がえぐられるような思いとなり、泣く泣く弟を埋葬しました。

六郎が小道に沿って陳家谷へと戻ると、父親が李陵碑の前で死んでいるのが見え、こらえきれずに声を上げて大泣きし、また父親を埋葬しました。六郎は強い悲しみと、飢えと疲れも加わって、頭がふらつき目がくらんできます。彼が向き直ろうとすると、突然遼兵に包囲されてしまいました。六郎は心の中で、天が我が楊家を絶やそうとするなら、自決してしまえば済むことだと思いました。六郎が自殺しようとすると、背後から突然何者かが飛び出し、武術で遼兵を追い払ってしまいました。六郎が目をこらして見てみると、何と邠陽で行方知れずとなった五番目の兄の楊延徳ではありませんか!兄弟二人悲喜こもごもとなり、抱き合って大声で泣きました。

実は五郎は他の兄弟と邠陽で離ればなれとなった後、五台山で出家して和尚となっていたのです。この日、宋・遼の両軍が陳家谷で戦うと聞くと、五郎は下山して結果を見届けようと思ったところ、はからずも六郎と遭遇したというわけです。六郎は兄に対して父親と弟が無惨な死を遂げたことを泣きながら訴えて言いました。「私は明日陛下の御前に赴いて父上と弟のために無念を訴えることにします。」

次の日の朝、六郎は五郎に別れを告げ、汴梁へと向かいました。潘仁美は楊延昭が逃走したと聞くと、彼が都に赴いて訴え出ると予想し、矢継ぎ早に手を回し、部下の陳林と柴幹を派遣し、都への道中で殺させてしまい、楊家一門を根絶やしにしようとします。

潘仁美が予想していなかったことに、陳林と柴幹は彼の部下ではあるものの、人柄がまっすぐで義侠心に富んでいました。彼らは楊家の忠烈に敬服しており、この機に乗じて六郎を捜し当て、命を懸けて彼を守り、潘仁美の追撃から逃れさせたのでした。

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