博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

『パンダ外交』

2011年03月07日 | 中国学書籍
家永真幸『パンダ外交』(メディアファクトリー新書、2011年2月)

文字通り、中国が民国期から現代に至るまでパンダをいかに政治的に利用してきたかを概説した本です。色々と面白いネタが多い本ですが、一番の読み所は蒋介石の妻にして「宋家の三姉妹」の一人宋美齢が、1941年にパンダのペアをニューヨークの動物園に贈った話。

当時の中国は日中戦争の真っただ中で、蒋介石の国民政府は日本との戦争を戦い抜くため、アメリカの支援を必要としていました。そこで中国側が対米プロパガンダのマスコットとして利用したのがパンダでした。「平和の象徴」としてのパンダをアピールし、また欧米で広まっていた動物愛護の思想が中国でも受け入れられていることを示すことで、中国は欧米諸国と思想を共有する文明国であり、その中国が現在野蛮な日本に侵略されているというメッセージの伝達に成功します。

国際社会において先進国と価値観を共有していることを示す重要性を早くから認知していた中国。でも今の中国はあんまりこれがうまく出来てないような感じですね。で、今も昔もその重要性があんまり認識できていないのが日本というわけですね……orz

中華人民共和国になってからも、パンダを切望する日本に敢えてパンダを贈らないことで、中華人民共和国との国交樹立を渋る佐藤栄作政権にダメ出ししたり、国外へのパンダ供給が贈呈からレンタル方式へと切り替わり、贈呈が香港・マカオといった旧植民地を含めた国内に限られるようになると、台湾にパンダを「贈呈」することで台湾を中国「国内」と見なそうとしたり、(これに対して台湾は、適当な理由をつけて拒否したり、あるいはパンダがやって来るのは国際移動という体裁を整えて対抗)パンダの扱いを通じて外交に熟達していく中国の姿が描かれます。

以下、面白かった小ネタをピックアップしておきます。

○パンダの古称の話

これまでの研究では古文献に見える貘・騶虞・貔貅などがパンダの古称とされてきましたが、著者によるとこのうち貔貅が確実にパンダを指しているとのこと。その心は、貔貅(bixiu)の音が、20世紀初頭のパンダの呼称である白熊(baixiong)の音に似ているからだということなんですが、残念ながらその手の音通説にはあんまり説得力がありません(^^;) よしんば貔貅がパンダを指す語であったとしても、当初は別の動物、あるいは空想上の珍獣を指していたのが、かなり後になってパンダの意味で使われるようになったのではないかと思います。

○イギリス留学の条件としてパンダの捕獲を命じられた動物学者の話

第二次大戦終戦直後、当時の民国政府はイギリスのロンドン動物園にパンダを贈呈するかわりに、中国側が派遣する留学生を受け入れ、奨学金を支給するよう要求。そして四川大学の馬徳が留学生として選ばれますが、肝心のイギリス側に贈るパンダが確保できません。で、馬徳自身がパンダを確保するよう命じられ、四川で地元民を動員して捕獲に奔走することに。この話、読んでて何だか胸が熱くなってきますw

○黒柳徹子の話

黒柳徹子は実は戦前からの年季の入ったパンダマニアで、パンダの歴史の生き証人とも言うべき存在。きっかけは小学校低学年の頃にカメラマンの叔父からアメリカ土産としてもらったパンダのぬいぐるみだったということですが、本書によると日本でパンダが広く認知されるようになったのは1970年代からということなので、30年ほど流行を先取りしていたことになるわけですね。

この他にもアニメ映画『白蛇伝』に出て来るパンダ、パンダを通して見えてくる石原慎太郎の意外な政治手腕など、小ネタをつまむだけでも楽しい本です。なお、著者の家永氏の本来の専攻は故宮文物や出土文物など中国の国宝・文化財の政治利用とのことですが、個人的にはそっちの方の話も読んでみたいところです。
コメント (6)
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