旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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アカハラダカ・琉歌・秋の気配

2008-10-02 13:00:26 | ノンジャンル
★連載No.360

 9月23日「秋分の日」。北海道の大雪連山旭岳に初冠雪。北の大地は冬に入るが、南に下ること約2500キロの沖縄、さらに那覇から南へ約300キロの宮古島には、今年初のアカハラダカ<赤腹鷹>が姿を見せた。
 台風13号の影響でアカハラダカの〔渡り〕は、例年より10日遅れになった。北海道は駆け足で冬。沖縄はようやく秋の気配。日本列島は東端から西端まで一直線で示すと約3000キロ。南北への長さが季節感を異にしている。
 朝鮮半島などに生まれたワシタカ科の体長は約30センチのアカハラダカは毎年、秋の気配が強くなり、白く露の結び始めるころとされる「白露」のころやってくる。しかし、〔白く露の結び始めるころ〕とは、本土の季節感。日没は確かに早めになったが沖縄は、日中の気温が30度を切れない日々が続いている。
 太平洋や東シナ海を渡る鳥たちにとって日本列島は、島々が南北に飛び石状にあるのも格好の〔中継地〕なのだろう。アカハラダカやこれから渡ってくるサシバ<ワシタカ科>が、宮古島に多く見られるのは、地形が平坦で高い山がなくハブがいないのも幸いしていると言われる。バッタ類、トカゲ、野ネズミ、カエルなどをエサとする彼らには、ハブは天敵的存在。戦前は、沖縄本島各地を中継地としていたが、戦火や戦後の開発等によって山林が減り、羽を休める緑の樹木が少なくなったせいか、彼らの姿はそう多くは見かけなくなった。
 アカハラダカは、島々に羽を休めながら越冬のためフィリピンやマレー半島などへ南下するが、春には〔来た道〕を忘れずに通って、北のふるさとへ帰る。
 秋、そして冬の訪れを告げるサシバの渡りは、古くから知られているが、アカハラダカについては、1980年が初確認だそうな。30余年ほど前に宮古島には〔野鳥の会〕が結成されて固有の野鳥はもちろん、四季折々のそれを観察している。その宮古野鳥の会の調査によると、今年は9月18日の3羽を皮切りに、23日までに912羽をカウント。各地からの親子連れや、それ目当ての観光客が双眼鏡片手に沖縄の夏・秋の境目を楽しんでいるようだ。
 
 昼は渡り鳥。夜は月を楽しむ時候の沖縄。しかし、今年はフィリピン海域に発生して八重山諸島、殊に与那国島、台湾を直撃、そのまま中国大陸に抜けるものと思われた台風13号は、気まぐれな性格でUターン。久米島や沖縄本島をかすめ奄美大島、九州、四国、紀伊そして関東を経て太平洋に抜けた。
 おかげで年に一度の8月15夜も早い流れの雲、突然に降る大雨に惑わされて〔月見の宴〕は張れなかった。それでも沖縄人は、失望なぞしない。「後の十五夜<あとぅぬ じゅうぐや>がある」これである。後ぬ十五夜とは、ひと月後9月15夜のこと。実際の話、陰暦とは言え8月15夜のころまでは、夜になっても地熱があり〔暑さ〕を感じるが〔後ぬ十五夜〕にもなると夜風は肌に心地よくなる。因みに今年の「後ぬ十五夜」は、新暦10月13日に当たり「体育の日」でもある。方々の砂辺や山手の毛<もう。野原>では、趣向をこらした〔月眺み・ちちながみ〕がなされるだろう。

富盛の十五夜まつり

 このころ詠んだ琉歌はいかが。

 ♪情無ん雲や 情有てぃ風ぬ 吹ち払らてぃ呉らな 後ぬ十五夜
 〔今宵は9月の十五夜なのに、無情な雲が名月を隠している。秋風よ、キミの情けをもって、あの無情な雲を吹き払ってくれまいか。いとしい人と名月を眺め、愛を語る今宵だから〕。
 沖縄の月は四季を通してそれなりの趣があり、人びとは月に向かってさまざまな想いを託してきた。人目を忍ぶ恋路の場合は「雲よ、ふたりを光々と照らす月をキミのふところに仕舞い込んでおくれ」と言い、一方では風に頼んで雲を「払っておくれ」と懇願して名月を欲しがる。人は、月に雲に風に甘えて四季を巡らせているようだ。
 南国の8月15夜の月の清らかさは言うを待たない。その名月の下では各地、村遊び、村踊ゐ、村芝居をはじめ「獅子舞」「綱引き」が盛大に成されて、春からこれまでの労働をねぎらい、豊作を天地の神に感謝する行事が行われた。

糸満市真栄里


糸満市真栄里の綱引き

 いま1首。暮らしの中の詠歌を。

 ♪秋風ぬ立てぃば ぬが粗相にみしぇる 暑さ涼まちゃる玉ぬ団扇
 〔心もち秋めいた風を感じたからといって、どうしてすぐにクバ団扇を粗末にするのですか。夏場はあれほど涼風を送り、片時もそばを離れない、いや、離さなかった団扇ではありませんか〕。
 女心を秋風<男>とクバ団扇<女>に置き換えて、女性が詠んだ1首。親密にしていた男の態度が、このところ素気ない。そこで女は言った。
 〔若いときは、あれほど可愛がってくれたのに、わたしの目尻に秋風がシワの波を寄せるようになったら、愛のことばひとつかけては下さらない。男心と秋の空ってほんとなのネ・・・・〕
 どうやら愛にも“秋”はあるらしい。

次号は2008年10月9日発刊です!

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