7月27日から千葉北部にGOLFツアーに出かけた。
27日(木)は小見川東急CCでプレーだったが、早朝から4時間45分も運転したすぐ後だったのでGOLFはメタメタ、ニギリは全てベタ負け。
翌日のGOLF運を良くしようと、腕の実力はさて置き、神頼みで近くの有名な香取神宮に仲間達と参拝。
香取神宮前の駐車場に車を止めて参道を上った。
駐車場から朱塗りの鳥居まではお土産店街だった。
香取神宮の名物は草餅とのこと。売り子さんの呼び込みがカシマシイ。
朱塗り大鳥居の左横には1970年にハイジャックされて乗客の身代わりに北朝鮮へ行った「パフォーマンス男・山村新治郎元代議士」の像が・・(確か、自分の娘に殺されたダメ男)。
参道には朱塗りの大鳥居と石彫の「香取神宮」。
隣りの鹿島神宮と共に神社格制では官幣大社でそこら神社とは別格で、全て血税で賄われていた。
今でも神宮と名乗れるのは数少ない。香取・鹿島・伊勢・熱田・平安・明治・宇佐・橿原・鵜戸・赤間・霧島・桜・白峯・吉野・氣比・近江・石上・北白川・日前・国懸・幣立・伊弉諾・岸和田天・新日吉・宮崎・わら天・鹿児島・・・調べると多数でした。
(明治以前は香取・鹿島・伊勢の三社のみ。ただ単に神宮というと伊勢神宮のことになる)
大鳥居をくぐってすぐ右に細い暗い小道があって、その奥には護国神社と香取神宮の“要石”(かなめいし)があった。
この要石は大昔この地方が頻繁に地震に襲われて、大きな被害を受けたので大神様達が地中に長い石棒を差し込んで、地中の大ナマズを刺し通した時の石棒の手元だそうです。(丸い凸状石)
1684年に水戸光圀が香取参拝の折、要石を掘らせたが根元までは達するとこが出来なかったとも。
(近くの「鹿島神宮」にも同様な要石がある。鹿島のは地上部が凹状。)
昔から今でも、この地方は地震が多いから、鹿島・香取神宮の霊験は全く無いのでしょう。
なだらかにカーブして上ってゆく参道の両側には大きな石燈籠が並び、敷き詰めた玉砂利を踏みしめて神宮へ。
いずれも朱塗りの総門と楼門で比較的に新しい。
楼門の脇には水戸光圀が植えた「黄門桜」の老木がある。
楼門を入ると黒漆塗りの拝殿が正面に・・・。(本殿と間違えられ易いが、本殿は拝殿の奥の建物。)
GOLF仲間が明日もニギリで勝とうと必死に拝んでいました。
仲間のT氏が御神籤(200円 高いです)を引いたら「運勢・大吉」だって、「明日のニギリは大勝だ~」って騒いでた。
こちらは又負けるのかって嫌な気分・・・。
願い事で奉納してあった絵馬は馬と犬ばっかし。
拝殿の後方に本殿が。裏にも賽銭箱がありました。
GOLF仲間のZ氏は裏から拝んだ方が神様に近いとか言ってましたね。
確かに距離的には近いけど、神様の汚いケツを拝んで何を願ってるんだろうか?
香取神宮は鹿島神宮と並んで戦争(いくさ)の神様として有名だね。
戦前・戦中は天皇主権・軍国日本を鼓舞して人々を悲惨な戦地に駆り立てて大儲けした神宮だ。
今でも自衛隊と親密なので、自衛艦“香取”の錨が奉納されていた。
平和日本を隙あらば又戦争に引きずり込む魂胆ミエミエの軍国神社。
香取・鹿島・靖国などの全ての神社・神宮は税金も払わないで広大な土地を占有して役に立たないから、更地にして公園にしたら良いのに・・・中国・朝鮮とも揉めなくってね。
簡単に神社見物をすませて、駐車場の近くのお店に立ち寄った。
名物の草餅団子を注文。
「亀甲堂」の厄落し団子で420円だった。
結構イケル味で、甘さも控えめで美味しかったね。添えられていた胡瓜の漬物も気が利いていた。
店内には何故か「南極の石」と云うのが飾ってありました。店主は自衛隊員が持参したと云う。 真贋は不明です。
翌日の銚子「レインボーCC」では一勝一敗のニギリ結果でした。
(写真は携帯電話で撮ったので日光の手前です、悪しからず。)
2006 08 02(水)記。 前橋市 薄い
8月2日 パンツの日 ホコ天の日 ハーブの日 博多人形の日
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